赤毛の紀行家   作:水晶水

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 種明かし回です。ボリューム的には2話分ぐらいあります。

 テレビスさん、評価ありがとうございます!


P.伝えられる真実

Main Character:アドル=クリスティン

Location:女神の王宮

 

 

 

 ゆっくりと意識が浮上し、温かな光の中で目が覚める。重い瞼を開くと、目の前にはフィーナさんの顔があった。青い瞳が僕の目覚めを知覚し、不安一色だったフィーナさんの表情が明るいものへと変わる。

 

「アドルさん……良かった……!」

 

 フィーナさんが膝枕の体勢から覆いかぶさるように抱きついてきた。抱き返すつもりで腕を動かそうとしたが、酷く反応が鈍く、思う様に身体が動かせない。考えるまでもなく、無茶した分の反動が返ってきたことを理解した。

 

「フィーナ、そろそろ離してあげて。アドルさん困ってるわよ」

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

 無抵抗なのをいいことに、たっぷり体感1分ぐらい静寂に包まれた空間で抱擁し続けたフィーナさんが、顔を真っ赤にして僕から離れる。視界が開けると、周りには困った顔をしたレアさんの他に、神官の血を継ぐ人たちやリリアさんなどの顔見知りの人たちが僕たちを囲むようにして立っていた。

 

「ダームはどうなりました?」

 

「今は完全に沈黙しているわ。イースの危機は去ったと考えていいわね」

 

 フィーナさんに支えられながらゆっくりと身体を起こし、僕が寝ていた横に長いソファーのような物に深く座り直して、一先ず現状確認をしてみると非常に簡潔な答えが返ってきた。今更ながら決戦を制したという実感が湧いてくる。

 

 

 

 その後はしばらくその場にいた人たちと談笑して時を過ごした。ラミアの村の門番​であるゴートさんも神官ダビーの子孫である事実を知らされたり、見覚えのない青年が1人いるなと思っていると、その青年が魔物の姿から戻ったキースさんだと教えられたり、驚くようなこともあった。

 イースに来てからゆっくり出来なかった分、それを精算するかのように、たくさんの時間皆が心の底から笑い合って話す光景を見て、平和の訪れを静かに実感していた。平和を目指して進んできた以上、それを喜ぶ気持ちは当然あったが、僕はどこかまだ腑に落ちていないことが幾つかある。ダレスの僕と誰かを重ねて見ていたような発言や、今もなお生えている翼のことだ。

 

「アドルさん、やはりまだ具合が悪いですか?」

 

余程浮かない顔をしていたのか、隣にいたフィーナさんが心配そうに覗き込んできた。

 

「…………フィーナさん、レアさん、お二人にお聞きしたいことがあるんです」

 

 数瞬悩み、結局自分の中のもやもやを打ち明けることを決めた。恐らくイースに深く関わりのある2人に聞かねばこれ以上の進展はないだろう。

 

「はい、私たちに答えられることなら何でも」

 

「多分翼のことでしょう?」

 

 姿勢を崩していた女神たちが居住まいを正して真面目な雰囲気を纏う。レアさんは僕がそれを聞くことを事前に予想していたのか、薄く微笑みながら僕に言葉を投げかけてきた。順序はどちらでもよかったので、僕はそれに首肯する。

 

「どこから説明したものかしら…………そうね、まずは私たちの話からしましょうか」

 

 その言葉を皮切りに、レアさんの昔話が始まった。

 

「私たちはイースに渡ってくる以前、ここより遥か西の地で暮らしていたの。そこはとても文明が発達した所で、私たちのような翼の生えた人たちの他にも、普通の人間や動物の特徴が身体に表れた人たちも生活していたわ。その多様な種族が暮らす地の名はエルディーン。エメラスと呼ばれる魔法ガラスによって栄えた今は亡き王国」

 

 レアさんの口からザバが言っていたエルディーンという言葉が放たれる。それは翼を持つ者の故郷の名。

 

「そして、ある時私たち翼を持つ者は、エメラスの中でも白エメラスと呼ばれる、生物としての性質を強く持つ物を生み出し、生身の肉体を捨ててその白エメラスの身体に魂を移し替えたの」

 

「それが切っ掛けで、私たちは実質的な不老不死化とともに、その身に魔力を宿した人間となりました」

 

 だから何百年も生き続けてるんですよ、とレアさんの説明を補足するようにフィーナさんが口を開く。

 

「白エメラスの身体といっても、不老不死であることと魔力があること以外は普通の人間と何も変わりは無かった。だからね、ある時、流れ着いた人間と恋に落ちた有翼人が、その人間と子供を産んだの。産まれた子供は白エメラスと生身が混じった身体をした翼の生えた子だったわ」

 

 異種族間で産まれた不思議な子供。物語ではよくある話だ。

 

「その子は人間の親そっくりの赤い髪で、有翼人の親そっくりの翼をした子でした​──────アドルさん、今のあなたのように」

 

 そんなことを思っていると、続くフィーナさんの言葉で心臓を射抜かれたような感覚が身体に走った。周りの人たちも予想外だったのか騒然としている。今すぐ口を挟みたい所だが、まだ話の途中である。逸る気持ちをどうにか抑え込んで、僕は話の続きを促した。

 

「その後、私たちがイースに来る切っ掛けになった事件でその子は両親を失って、それで、特に仲良くしていた私とフィーナがその子の世話を買って出て、共にイースに渡ったのが800年前のこと」

 

「あの子は身体の半分が生身なので、人よりは成長がゆっくりでしたが、イースが王国になる頃には、私たちよりはずっと大人の姿になってました」

 

 2人の表情がどこか昔を懐かしむようなものになる。

 

「でも700年前、イースに災いが襲いかかった際、その動乱の最中に行方が分からなくなったの」

 

「その時は魔物の侵攻で亡くなってしまったと思っていましたが、どうにか島の外に逃れられていたのでしょう」

 

「ここまで話したら流石に分かっていると思うけど、アドルさん、あなたは恐らくイースの外で産まれたその子の子孫。あなたが独自の魔法を使えたり、白い魔力を生み出すことができたりすることから、間違いないと思うわ」

 

──つまりはその世界の人物の1人がその人ではなくあなただったらというifの世界よ。

 

 レアさんの言葉を聞いて思考が急激に加速する。思い出すのは外の女神が言っていた言葉だ。女神は僕が得たいと願った能力を与えるために、僕を白エメラスの身体を持った人間として産まれさせたということなのだろう。つまり、異空間を操る能力は魔法で、僕はそれを知らずに使っていて、ダームの塔で初めて翼が生えたのも、魔力が増えたのを切っ掛けに顕現しただけで、イースの本や2人の力ではなく、それは元々僕が持っているはずだったものだということか。

 

「驚いていただけたみたいね」

 

 レアさんとフィーナさんがイタズラに成功したような無邪気な笑顔を浮かべる。余程驚いた顔をしていたのだろう。

 

「では、ダレスが僕のことを知っているような口ぶりだったのも……」

 

「恐らく、外に出る前のあの子と会う機会があったんでしょうね。私たちは翼のない頃からアドルさんの知り合いだったから間違えなかったけど、翼が生えてたら本当にあの子にそっくりだもの。間違えるのも無理はないわ」

 

 有翼人が基本的に不老不死なのもその辺りに拍車をかけたのかもね、と言いながら、レアさんは一息ついた。話すことは話し終えたという感じだ。

 一先ず疑問は氷解した。女神の同胞などと呼ばれることがあったが、彼らは恐らく僕に有翼人の血が流れていることに気がついていたのだろう。

 

「随分とスケールの大きい話だったが……とりあえず、女神様とアドルは同族だってことでいいのか?」

 

「はい、その認識で間違いありません」

 

 聴衆の1人と化していたゴーバンさんの言葉にレアさんが頷いた。他の人よりも復活が早いあたり、流石は盗賊団の頭領をするだけの胆力があると言ったところか。

 

「いやあ……何かこう、急に遠くに感じちまうなぁ。アドル様って呼んだ方がいいか?」

 

「あはは……変な感じがするので今まで通りでお願いします」

 

 ゴーバンさんの冗談を効かせた台詞に、静まっていた王宮の空気が再び笑いに包まれた。

 

 

 

「んじゃまあ、あいつら回収しに行かなきゃならんし、俺はそろそろお暇するぜ。アドル、また後でな」

 

 話し込んで時間も日が暮れる頃合になってきたところで、ゴーバンさんが王宮から去っていった。それを皮切りにして、他の人たちも続々と一言僕らに挨拶してから足早に出ていってしまった。急にどうしたのだろうか。

 

「フィーナ」

 

「大丈夫」

 

 フィーナさんと短く言葉を交わし、レアさんも立ち上がって出口の方へ歩き始めた。

 

「アドルさん、よろしくね」

 

 去り際にウィンクを1つ飛ばして出ていってしまったが、今のは何を頼まれたのだろう。

 状況がよく分からず、助けを求めてフィーナさんの方を見ると、いつになく真剣な表情をしてこちらを見据えるフィーナさんと目が合い、思わずたじろいでしまった。

 

「こうして2人きりで話すのも、何だかとても久しぶりのような気がします」

 

 まだ1日しか経っていないのに変ですよね、とフィーナさんが曖昧に笑いかけてくる。

 

「アドルさんがエステリアを解放した後、私の記憶は戻りました。それですぐに姉さんが迎えにきて一緒にイースまで帰って……後はご存知の通りです」

 

 僕と別れてから起きたことを噛み締めるようにフィーナさんが口にした。

 

「記憶を失っている間、女神ではなく1人の女の子として過ごしたことで分かったことがあるんです」

 

 揺らぐ青色でフィーナさんが僕の瞳を覗き込んでくる。

 

「女神の自分が知らない世界で、人はこんなにも強く、美しく生きていて、もう私たちのような女神や神官がいなくても、人は自分たちの力だけで歩いていけるってことをこの目で見て学びました。そして悟りました。私たちの築いたイースという国は、もう過去の国になってしまったんだなって」

 

 揺らぎが大きくなり、2つの青が滲みだす。

 

「今まで何百年も生きてきて、楽しい思い出はたくさんありましたが、何より、アドルさんと出会えて過ごした日々が1番楽しくて、嬉しかったです」

 

 白磁の肌をしたフィーナさんの手が、壊さないように慎重な手つきで僕の手に触れた。

 

「アドルさん、あなたとは女神としてではなく、フィーナという名の1人の女の子として過ごすことが出来たから。短い間でしたが、本当に心の底から嬉しかった……」

 

 しかし、その顔は酷く悲しみに濡れていて、これではまるで​──────

 

「でも、もうそれも終わりなんです。失われた国イースの女神としての最後の仕事、私と姉さんは2度と黒真珠が復活しないようにそれを封印しに行かないといけません」

 

​──────今生の別れを告げるようではないか。

 

「黒い魔力を放つ黒真珠を封印できるのは私たち有翼人だけです。そして、それを完遂する頃には、私たちはもう生命活動を続ける力を残してはいないでしょう」

 

 フィーナさんの双眸から1粒涙が零れ落ちた。

 

「アドル、さん……あなたの、思い出に消え、ることを、許して…………」

 

 それを切っ掛けに、耐えきれなくなったフィーナさんの青い瞳から涙が溢れ出した。

 

「ときどきで、いいから……思い、出してください……私の、ような、女の子がいたって、ことを…………! もう、お別れ、です…………」

 

 くしゃくしゃに顔を歪めながら、フィーナさんは僕の手から手を離し、涙を拭って王宮の外へ歩き出した。

 フィーナさんの涙混じりの言葉を聞いて僕は​──────

 

「フィーナさん」

 

​──────去りゆく彼女の身体を後ろから抱き止めた。




 原作既プレイ勢じゃないと分からないことを堂々と使って申し訳ないという気持ちはあります。

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