Main Character:アドル=クリスティン
Location:鐘撞き堂
飛来した黒雷が建物の側面に直撃し、鐘撞き堂全体を揺るがす。バランスを崩して倒れそうになるが、何とか堪えてダレスを睨みつける。
「ははは! これで準備は整った!」
「お前────ッ!」
ダレスは一転して勝ち誇ったような表情をローブの下から覗かせる。
「今の贄でイースは地上へ降り始めた。ここまで1人で奮闘してきたようだが、地上に降りてしまえば、ダーム様はより多くの人間の悪意を取り込めるようになる。これが意味することが分からないわけではあるまい」
繁栄の陰に育った人の負の感情からダームは生まれた。つまり、エネルギー源である人の悪意を何かしらの方法で得ることで、更に大きな力を得るといったところか。
「ではな、翼を持つ者よ。イースが地上に降りるまで無為に過ごすといい」
「待てッッ!!」
ダレスが足元に魔法陣を展開して転移しようとするのを慌てて止めに入るが、剣が到達する寸前で魔法が完成してしまった。剣が空を斬る音を残して、鐘撞き堂を静寂が支配する。
鐘を止めることが出来なかった罪悪感から暫し呆然としてしまうが、無理矢理気を持ち直して階下に視線を送ると、そこにはサダさんの姿がなかった。恐らくマリアさんの所まで戻っていったのだろう。そう思い当たり、僕も大鐘楼を後にして生け贄の間へと降りていった。
「マリア……! マリア……!!」
「サダ……! 私のためにこんな……!」
1階まで戻ると、そこには泣きながら抱き合うサダさんとマリアさんの姿があった。少し頭の理解が追いつかない。いや、生きてくれているのは嬉しいのだが、ダレスの言葉もあって、もう亡くなったとばかり思っていたので、想定していた光景との違いに頭が疑問符で埋め尽くされている。
「神様、私はマリア=メサ。つまり、神官メサの末裔です。私が生きているのは神官縁の品が私の身代わりになってくれたからなんです」
余程顔に出ていたのか、いつの間にか抱擁を終えていたマリアさんがそう説明してくれた。よく見ると、彼女の足元には原型が何なのか分からないぐらいに砕かれた金属の破片のような物が散らばっている。所有者の身代わりになる魔道具か何かだろうか。
「…………僕たちも宮殿まで向かいましょうか」
僕の言葉に2人はしっかりと頷いた。まだ話したいことはあるだろうが、こんな所で話し込むわけにはいくまい。
Location:女神の王宮
道中戦闘になることはあったが、何とか無事に女神の王宮にたどり着くことが出来た。周辺とその内部は聖なる気で満ちていて、魔物が近づきにくくなっているようなので、ここを集合場所にした選択は間違っていなかったようだ。
「アドルさん! やっぱりアドルさんだったんですね!」
助け出された人たちの中から聞き覚えのある声がしたかと思うと、笑顔のリリアさんが目の前に飛び出してきた。
「リリアさん!? 何故こんな所に……?」
「アドルさんが村から出発した後に聞いたんです。アドルさんが私の病気のために貴重な物をフレア先生に無償で渡してくださったって。それで、薬を飲んだら本当に身体が楽になって、お礼を言おうとして慌てて追いかけたら、その、魔物の人間狩りに遭遇して……」
「……一先ず、無事で良かったです。大事はないですか?」
「はい! 少し怖かったですけど、身体の方はお陰様で」
そう言って、リリアさんは明るい笑顔を見せてくれた。驚きはしたものの、本当に何事もないようでほっと胸を撫で下ろす。
「アドル殿、少しよろしいでしょうか」
「どうかしましたか?」
立て続けに色々と起きすぎたので頭の中を整理していると、キースさんが真剣な面持ちで声をかけてきた。何かあったのだろうか。
「イースの女神があなたをお呼びです。この奥の女神の間までお進み下さい」
どうやら奥にある女神像からお呼びがかかったらしい。これは予想していたことなので、キースさんの言葉に頷いてから、僕は1人王宮の奥へと歩を進めた。
《アドルさん、よく来てくださいました》
女神像の前まで来ると、今までとは違って勇者ではなく自身の名前で呼びかけられた。
「もしかして、本物のフィーナさん?」
《はい、今回は私自身がイースの中枢から呼びかけています》
今までが偽物であったわけではありませんけどね、と付け加えてフィーナさんの話は続く。
《先程、イースは地上に向けて降下を始めました。完全にイースが地上に降りてしまえば、今度はもうダームを止められなくなるでしょう》
ダレスの言っていたことは本当らしい。破滅の時は刻一刻と迫ってきている。
《だから手遅れになる前にアドルさんにはイースの中枢まで来て欲しいの。金のペンダントはファクトの血を継ぐ者が回収しているみたいね》
今度はレアさんの声が語りかけてきた。話によるといつの間にかキースさんがペンダントを回収していたらしい。王宮に来る途中でザバの遺品が無くなっていたことを不思議に思っていたが、恐らくあの間にキースさんが動いていたのだろう。
《今、神官の血を継ぐ者たちに中枢に集まるよう呼びかけています。アドルさんもこの場にいるファクトの血を継ぐ者とメサの血を継ぐ者を連れて来てください。お願いします》
その言葉を最後に、女神像の光が霧散する。今回は魔力の譲渡はないようだが、それを気にしている余裕はないようだ。
すぐに皆がいる場所に戻ると、僕に気づいたキースさんとマリアさん、サダさんが近づいてきた。
「女神の声が聞こえました。行きましょうアドル殿」
「アドルさん、ここの守りは俺が残ります。ですから、マリアをお願いします」
「はい、こっちは任せますね」
サダさんと頷き合ってから、僕は2人を連れ立って夕暮れに染まる神殿を走り出した。
物語が核心に迫りつつあります。