赤毛の紀行家   作:水晶水

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 だいぶ難産だった回。


D.双子の女神像

Main Character:アドル=クリスティン

Location:ランスの村

 

 

 

 かつての神官たちとの話を終え、ランスの村に帰ってくると、僕は村人たちの盛大な歓声で迎えられた。神界の杖を目にすると更に興奮が増し、熱狂する村人たちに応対しながら何とかフレアさんの診療所まで転がり込むと、真剣な表情で薬を調合するフレアさんが目に入る。

 

「おや、お帰りアドルくん。もうすぐできるから待っていてくれ」

 

 指示に従って、椅子に座りながら部屋に漂う薬品特有のあの何とも言えない匂いを楽しみながら待っていると、しばらくして2つの瓶を持ったフレアさんがこちらへやって来た。

 

「ほら、これがリリアちゃんの薬だ」

 

 そう言いながら、液体の入った青い小瓶をフレアさんが渡してくる。

 

「数日開けちゃって仕事が溜まってるから、申し訳ないけど代わりに届けてくれないかい?」

 

「はい、構いませんよ」

 

 フレアさんの頼みを、そういうことならと引き受け、僕は特効薬を受け取った。

 

「原材料はアドルくんに貰ったセルセタの花の原種だから、お礼と言えるかは微妙だけど、これをあげるよ」

 

 フレアさんが持っていたもう一つの小瓶を渡してくる。今度は赤い小瓶だ。

 

「これは?」

 

「セルセタの花の成分を抽出したものを薬にしたものでね、そこらのポーションよりもずっと効果がある薬さ。何でも、どんな傷だろうと忽ち治してしまうらしい」

 

 話の通りなら何とも凄い効能である。やはりフレアさんに花を渡して正解だったようだ。名前をつけるならセルセタの秘薬と言ったところだろうか。

 

「ありがとうございます、フレアさん」

 

「いやいや、お礼を言うのはこっちの方さ。原種もこんなに貰ったしね。それよりも、早く行っておやり」

 

「はい、失礼します」

 

 フレアさんに促されたので、僕はバノアさんに薬を渡すために診療所を後にした。

 

 

 

「これが……これでリリアの病気が……ありがとうアドルさん」

 

「いえ、フレアさんの力があってこそですよ。僕は何もしていません」

 

 薬を渡すと、バノアさんは涙ぐみながらそれを大事そうに胸に抱えた。

 

「そのフレアさんを助けたのはアドルさんよ、村の人も皆感謝してたわ。本当にありがとう」

 

 バノアさんが真っ直ぐにこちらを見据えてから深く頭を下げてくる。こういう風に感謝されるのは素直に嬉しいが、何となく恥ずかしくなって指で頬をかいて誤魔化した。

 

「では、僕はそろそろ」

 

「何も返せなくてごめんなさいね」

 

「いえ、リリアさんにはここまで案内してもらった恩がありますので」

 

 そう言って、バノアさんの家を後にした。外に出ると、広場の方で子供たちが遊んでいるのが目に入る。そこから少し離れたところでリリアさんが座ってその様子を見ているようだ。出発の前に挨拶ぐらいはしていこう。

 

「リリアさん」

 

「アドルさん、戻られたんですね」

 

 僕に気づいたリリアさんが、立ち上がってこちらの方まで歩いてくる。

 

「もう行かれるんですか?」

 

 リリアさんは身支度を終えた僕を見て出発するのを察したようだ。

 

「はい、サルモンの神殿までの道も分かりましたので」

 

「そうですか……気をつけてくださいね」

 

 少し寂しそうな表情をした後、リリアさんはニコリと笑ってそう言った。

 

「では行って参ります」

 

「はい、ご健闘をお祈りします、アドルさん」

 

 

 

Location:ムーンドリアの遺跡

 

 

 

 あの後、村の人たちに惜しまれながら出発した僕は、村の外でレグスさんという人に女神像の存在を教えられて、遺跡の奥の方へ足を運んでいた。聖域からサルモンの神殿へ行く前にお祈りぐらいはしておいた方がいいと思ったからだ。

 

(改めて見てみると、確かにフィーナさんとレアさんに似ている気がしますね)

 

 特に迷うこともなく女神像の前までたどり着き、石像をじっくり観察してみると、既知の女性の面影を石像に感じるような気がした。

 しかし、全く関係ないが、何故この石像はこうもボディラインを強調するような造形をしているのだろうか。職人は何というか、まあとんでもない人だったんだろうと推測する。

 そんな風に思考が若干逸れ始めた時、双子の女神像が突如輝き出す。

 

《イースの本を集めし勇者よ、よくぞ参られました》

 

「あ、フィーナさん、記憶が戻られたんですね」

 

《……? 失礼ですが何処かでお会いしたことがありますか?》

 

 やたら他人行儀なフィーナさんの声に思わず首を傾げる。もしや記憶が戻った時にその間の記憶を失ったのだろうか。

 

《……なるほど、地上に降りた後に私と知り合った方のようですね》

 

「えっと……つまりどういうことでしょう?」

 

《私たちは女神が地上に降りる前に、未来の勇者を導くために残された、言わば残留思念のようなものです。記憶の共有はしていないので、私たちがあなたのことを知らないのであれば、つまりはそういうことなのでしょう》

 

 そういうことらしい。一瞬忘れられてしまったのかと思って動揺してしまった。

 

(ん……? 翼が勝手に……?)

 

《え、あ、な、何故突然服を……!?》

 

 女神の力に反応したのか、僕の背中から勝手に翼が顕現したので服を脱ごうとすると、フィーナさんの声が慌て始める。

 

「ああ、すいません、突然翼が出てきてしまったようでして」

 

《え、えっと……翼を広げるのに服を脱ぐ必要はありませんよ……?》

 

 ……………………そう言われると、確かにレアさんはラドの塔であのローブ姿のまま翼を広げていたような気がする。あの服は背中が開いたデザインではなかったはずだ。

 

《翼が着ている服を透過するイメージをしながら翼を広げてみてください》

 

(透過するイメージ……)

 

 一旦翼をしまってから、服を着てもう1度何にも阻まれない自由な翼をイメージしながら背中から翼を展開してみた。

 

「おお、上手くいきました」

 

 パタパタと服を透過しながら翼を動かしてフィーナさんに主張してみる。少し楽しい。

 

《今までそれでは不便でしたでしょう? ひょっとして、神官たちから受け取った魔法も使い方が分からなかったり……?》

 

 フィーナさんの言葉で、そういえば使い方を全く聞いていないことに気がついた。確かにその時は混乱していたのもあったが、それにしたってしっかり聞いておくべきだろうに。

 

「良ければ教えて下さると助かります」

 

《そうですね……。ではまず、身体の中にある魔力について説明しましょうか》

 

 魔法だ魔物だと今まで散々聞いてきたが、そもそもその魔の力、すなわち魔力については何の説明もないままここまで来てしまったので、いい機会ということでしっかり聞いておこう。

 

《魔力とは心臓から生み出される奇跡を起こすための力。そしてそれは心臓を起点として全身に巡っているものです》

 

「それは誰でも持っているものなのでしょうか?」

 

《いいえ、魔力を持つ者は限られています。私たちと同じ存在や黒き魔力で動く魔物。他には後天的に魔力を与えられた、言わば神官たちのような者以外には恐らくいないでしょう。そして、私たちは呼吸するように魔力を扱うことができますが、後天的に得た者はそうはいきません》

 

 そうなると、僕は後天的に女神の加護やイースの本のアシストで魔力を得た者になるのだろうか。

 

《魔力を糧にして引き起こされた奇跡を私たちは魔法と呼びます。魔法は使用者の強いイメージがなければ効力を発揮しません。私たちの翼は魔力で編まれたものですので、先ほどの翼を透過するイメージというのも、展開する翼に魔力を上乗せして、物質を透過する効果を付与するのに必要な行為だったわけです》

 

「つまり、イメージ次第では翼に色々な効果を付与することも可能ということでしょうか?」

 

《そういうことになりますね》

 

 そういうことなら、魔力の可能性というのは凄まじいものだ。ダルク=ファクトが絶対の自信を持っていたのも分からなくはない。

 

《次に、あなたの中にある魔力を知覚してみましょう。心臓から温かいものが溢れ出すのをイメージしてみてください》

 

 言われた通りにしてみると、心臓が熱を持ち、その熱が全身に巡っていくのが知覚出来た。これが魔力か。

 

《できましたか?》

 

「はい、全身が温かくなってきました」

 

《では、その魔力を……そうですね、あなたが持つクレリアの剣に流すイメージをしてください》

 

(…………これは廃坑の魔物と戦った時と同じ……?)

 

 剣に熱を移すイメージをすると、クレリアの剣が眩い光を放ち始めた。あの時は無意識に魔力を使っていたということだろうか。

 

《移せたようですね。それでは、あなたのイメージを乗せて剣を壁に振るってみてください》

 

(剣にイメージを……それなら​──────っ!)

 

 思い出すのはダームの塔で戦った大カマキリの飛ぶ斬撃。あれが出来れば剣だけでも遠近どちらも対応できて良いだろう。

 強いイメージを以てクレリアの剣を振り下ろすと、剣の軌跡に沿って光の斬撃が飛んでいき、遺跡の壁を破壊した。

 

《やはり、筋はよろしいようですね。しかし、クレリアは魔力を通しやすいですが、慣れないうちは神官に与えられた魔法の杖を使って魔力を魔法に変換する感覚に慣れると良いでしょう。あれは単一の魔法しか発動できない代わりに、魔法の発動自体は比較的簡単にできるようになっていますので》

 

 フィーナさん的には非常に好感触だったようだ。だが、確かに初めての試みのせいか、一振りで疲労感が薄く身体に纒わり付いている。発動までに時間もかかっているし、これでは実戦ではまだまだ使えないだろう。なので、言われた通りにしばらく遠距離攻撃はファイアーの魔法を使うことに決めた。

 

「ご指導ありがとうございました」

 

《いえ、イースの女神として当然のことをしただけですよ》

 

 女神像に深く一礼すると、嬉しそうな声色でそう返してきた。

 

《勇者よ、聖域の扉を越えるとそこは氷に閉ざされた地です。たどり着いたらまずはそこにいる私たちを探して訪ねてください》

 

「分かりました」

 

 魔法講義が終了し、次にするべきことをフィーナさんが示してくる。寒いところならしっかり着込んだ方がいいだろうか。

 

《最後に、私たちに触れてもらえないでしょうか?》

 

「え? ああ、はい、これでいいでしょうか?」

 

 思考がフィーナさんの声から逸れている時に、フィーナさんからそう指示された。戸惑いつつも、僕は右手をフィーナさんの像の右手に添えると、女神像の輝きが増し、その輝きが僕の中に流れ込んできた。

 

《これで私たちの役目は終わりです。勇者よ、あなたに残った私たちの力を託します。世界を、イースを救ってください》

 

 その言葉を最後に女神像の光は消え、女神像は物言わぬ石像になってしまった。

 自分の中に強い熱を感じる。力が漲ってくるようだ。

 

(この感じ……流れてきたのは女神像に残されていた2人の魔力……?)

 

 フィーナさんとレアさんの力を受け取り、何となく気分も上がったような気がする。

 

(そろそろ行きましょうか)

 

 翼を1度羽ばたかせてから消し、2人の温かさを感じながら、僕は聖域の方へと足を向けた。

 




 冒険と冒険の間の物語とか、晩年に北極点を目指す途中に行方不明になったアドルくんが実は軌跡世界に神隠しに逢っていたっていう話とか、TRPG繋がり(イースのTRPGが実はある)で、アドルくんがクトゥルフ神話の探索者になる番外編とか、色々と本編以外でも書いてみたい話は結構あったりする。

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