赤毛の紀行家   作:水晶水

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 Ys -Ancient Ys Vanished Omen-始まります。


第一章 失われし古代王国-序章-
プロローグ -呪われた地へ-


 エレシア大陸エウロペ地方の北部に僕の故郷はある。そこを出てから、僕は約1年の時間をかけてエウロペ地方を南下するように旅を続けていた。

 寄る街々で路銀を稼いだり、街の人たちと仲良くなったりしながら楽しく旅をしていたが、未だに心が震えるような冒険には巡り会えていなかった。

 

 そこで、燻り続ける冒険心に耐えかねた僕は思い切ってロムン帝国へ足を踏み入れることにした。

 最近何かと黒い噂が絶えない国だが、ここら一帯で最も栄えている国と言っても過言ではないので、情報を集めるには丁度いいだろう。

 

 そういうわけで僕はロムン帝国に入国し、東のガルマン地方で情報を集めることにした。

 街を転々としている途中で野盗に襲われていた馬車を助けたことで、馬車に乗っていたあるガルマン貴族に気に入られて数ヶ月彼の領地に滞在するハメになったが、良い仕事先を与えてもらい、情報収集にも協力してもらえたので、結果的にはとても有意義な時間を過ごすことが出来た。

 

 

 

 ガルマン滞在から数カ月が経った頃、男爵から『呪われた地エステリア』について教えられた。

 曰く、エステリアという島国は最近になって上質な銀の輸出が盛んになり、これから栄え始めるだろうと思われていたが、ある日突然『嵐の結界』と呼ばれる近づいた船を襲って難破させる謎の力場で囲われてしまったらしい。

 貿易船も調査船も尽く沈められ、原因不明のまま国交が断絶されてしまってロムンでも今問題になっているのだとか。

 

 僕は今までにない大冒険の予感を感じ取り、話を聞いたその日のうちに男爵家の方々から惜しまれつつもガルマンを出立した。

 目指すはエステリアから南に40クリメライの場所に位置するプロマロックというロムン帝国きっての貿易都市だ。

 商隊の馬車に用心棒として同乗させてもらったり、時には歩いたりしながら数日かけてプロマロックに到着した。

 

 

 

 帝国最大級の貿易都市と言うだけあって、街には多くの人たちが溢れていた。

 エウロペ人だけでなく肌の黒いアフロカ人の姿も大勢確認できる。顔の半分ほどを布で隠した女性はオリエッタの方から来たのだろう。

 

 色々と目移りするが、まずは長旅の疲れを癒すために僕は宿屋へと向かった。

 

 

 

「おや、いらっしゃい、1人かい?」

 

「はい、ひとまず1泊だけお願いします」

 

「あいよ」

 

 宿屋に入り、受付の男と軽く挨拶を交わし、僕は宿帳に自分の名前を記入する。

 

「しっかし、いまどき旅人とは珍しいね」

 

「ええ、父親が紀行家でその跡を継いで僕も紀行家をやっていまして」

 

「ふうん、ロムンは今余所者は動きにくいだろうに。何か面白い場所はあったかい?」

 

「ガルマン地方にしばらく滞在してましたが本にするようなことはまだ何も。なのでエステリアに向かおうかと」

 

 僕の服装を見て旅人だと判断した男は、続く僕の言葉に心底驚いた表情を顔に浮かべた。

 

「……兄ちゃん、悪いことは言わねぇ、エステリアだけは止めておいた方がいい」

 

「嵐の結界に挑んだ人間が一人残らず生還していないからですか?」

 

「知ってて行くってのか!?」

 

 何とも思ってないような僕の様子に、男はカウンターから身を乗り出してくる。顔が近い。

 

「はい、紀行家としてこの冒険を見過ごすことはできませんから」

 

「…今港でエステリアに行ってくれる船は一隻たりともない。行くんなら小舟で嵐の結界に挑まなきゃなんねぇが…それでも行くのか?」

 

「はい」

 

 そのまましばらく僕と男は見つめ合い、やがて男は深いため息をついてカウンターの奥の部屋へ引っ込んでいった。

 そのまま受付前で待っていると、男は蝋で封をした1枚の手紙を持って戻ってきて、それを僕に手渡した。

 

「兄ちゃん、金はあるかい?」

 

「はい、ガルマンでたっぷり稼いできたので」

 

「なら明日、そいつを港にいるノートンって男にビクセンからの紹介って言って見せてみな。それで小さい帆船を売ってもらえる。」

 

「本当ですか!? ありがとうございます!!」

 

「……紀行家ってのはみんなこうなのかねぇ」

 

 傍目から見れば死にに行くようにしか見えない僕の様子に、ビクセンさんは再三深くため息を吐く。

 ガックリと肩を落としているのが目に入るが、僕はエステリア渡航の手段に目処がついて気分が舞い上がっていた。

 

「じゃあ失礼しますね!」

 

「はいはい、これが部屋の鍵だ。2階の一番奥の部屋だからな。」

 

 力無く手を振るビクセンさんに笑顔で応え、僕は明日の準備をするためにさっさと部屋へと向かった。

 

 

 

 その後は特に何事もなく時間が過ぎ、ワクワクのあまり眠れないというようなこともなく無事に朝を迎え、僕は身支度を終えて宿屋を出発した。

 

「アドル!」

 

 宿を出てすぐにビクセンさんに呼び止められて僕は振り返る。

 

「まあなんだ、無事に戻ってきたら一杯やろうや」

 

「はい、料理も美味しかったので是非また寄らせていただきます」

 

「おう、最高のつまみを用意しといてやるよ。お前さんの土産話を楽しみにしてな」

 

 ハニカミながら宿に戻っていくビクセンさんを見届けて、僕は再度港へ出発した。

 

 

 

 港は漁船から魚を運び込む漁師たちが慌ただしく動き回っていた。どうやら漁船の帰還とタイミングが被ったらしい。

 

「参りましたね。これではノートンって人を探すのは大変そうだ」

 

「俺がどうしたって?」

 

 あまりの人の多さに途方に暮れていると、後ろから筋骨隆々の大男に話しかけられた。鍛えられた海の漢というフレーズが似合いそうだ。

 

「あなたがノートンさん?」

 

「おう、確かに俺はノートンだが。お前さんは?」

 

「僕はアドルといいます。それで、ビクセンさんからこれを渡せと」

 

「紹介状?ビクセンの旦那から?」

 

 どれどれと口に出しながら、ノートンさんは手紙の封を開けて読み始める。表情がだんだん険しくなっていくが、僕はノートンさんの返事を待ち続けた。

 

「アドル…と言ったか。お前、本気か?」

 

「はい、僕はエステリアへ行きます」

 

「死ぬかもしんねぇぞ」

 

「いえ、必ず生きてたどり着きます」

 

 威圧感を出しながら、脅すようにノートンさんは僕を真っ直ぐ睨みつけてくるが、僕もしっかりとノートンさんの目を見返す。

 すると、ふいにノートンさんが大声で笑い出した。周りの漁師たちも何事かと視線を向けてくる。

 しばらく笑った後、ノートンさんは僕から体を背けて漁師たちの方へ向けた。

 

「よぉしお前ら聞けぇ!!」

 

 漁師たちが姿勢を正す。

 

「ここにいるアドルという男は今からエステリアに向かうそうだ!!」

 

 漁師たちは驚愕した顔で僕の方を見てきた。

 

「とんだ命知らずの大馬鹿野郎の船出だ!! 派手に送り出してやろうじゃねぇか!!!!」

 

 瞬間、漁師たちの声が大きく港の空気を震わせた。雄叫びの大合唱である。

 

「気に入ったぜアドル」

 

 呆気に取られる僕の背中をノートンさんがドンと叩き、僕は遅れて状況を把握した。

 

「海の男ってのはなぁ、お前さんみたいな無理無茶無謀に挑戦するやつが大好きでな。」

 

 嬉しそうな顔でノートンさんは僕に話しかける。

 

「できねぇって言われて燃えるのが男ってもんよなぁ? 船代はタダにしてやる、代わりに絶対帰ってこいよアドル」

 

 そう言いながらもう1度僕の背中を叩き、ノートンさんは船着き場の方へ歩いていった。僕はそれを慌てて追いかける。

 

 漁師たちに声をかけられ、それに応えながらノートンさんに追いつくと、帆のついた小舟が用意されていた。オールも積み込んであるようだ。

 僕はそれに乗り込み、腰に留めてある剣を抜いて、船着き場と船を繋ぐロープを断ち切った。

 

「ご厚意感謝します」

 

「かまわんかまわん、頑張ってこいよ!」

 

「はい、行ってきます!」

 

 別れを告げ、僕は船乗りたちの声を背に受けながらエステリアへと出航した。

 

 

 

 良い風が吹いていたので順調にエステリアまで進めていたが、ちょうどエステリアとプロマロックとの中間に差し掛かったあたりで空模様が急激に変化するのを目にした。

 

「これが嵐の結界…!」

 

 みるみるうちに悪天候に変化し、今は目を開けるのも辛いほどの豪雨に見舞われている。

 僕は必死に船を進ませたが、閃光一瞬、雷撃が小舟の後部に直撃し舟は大破する。当然僕も衝撃で身体が宙を舞い、勢い良く荒れ狂う海へと投げ出されてしまった。

 入水した瞬間から上下左右の感覚が狂い、水面へ出ようとするが一向に出ることは出来ない。

 そして、抵抗も虚しく、僕は海中で気を失ってしまった。


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