赤毛の紀行家   作:水晶水

28 / 68
 顔色が悪い男の回です。


Y.ファクトの血を継ぐ者

Main Character:アドル=クリスティン

Location:ダームの塔最上階

 

 

 

 扉を抜けるとそこは、ドーム状の天井に覆われた半円状の広間になっていた。円周にあたる部分からバルコニーのような所に出られるようで、そこから外の様子が見て取れる。もうすっかり夜になってしまったようで、エステリアは既に夜の闇に沈んでしまっていた。

 

「来たか……」

 

 部屋の中央で待ち構えていた男が口を開いた。ローブを着た金髪で身長が高い男だが、頭からは大きな赤い角が生えていて、肌の色もおおよそ人のものとは思えないほど色が落ちている。特に異質さを発揮しているのがその目の色で、元々白かったであろう部分は真っ赤な血の色に染まっていた。

 

「ダルク=ファクト……」

 

「よくここまで来たものだ。それに関しては誉めてやろう」

 

 髪と同じ金色の瞳がこちらを射抜く。誉める気など毛頭ないどころか、視線だけで射殺さんばかりの勢いである。

 

「銀の装備を揃えたようだが、お前は所詮人間。魔の力をこの身に宿した私に敵うはずもなし。私の計画のために​──────死んでもらうぞ」

 

 瞬間、ダルク=ファクトの身体から真っ黒な禍々しいオーラが溢れ出した。あまりの威圧感に思わず1歩下がりそうになるが、何とか踏みとどまってクレリアの剣と盾を構える。

 

「ハアァッ!!」

 

「ッ!!」

 

 ファクトが手のひらをこちらに向けて黒い球状の魔力の塊を放ってきた。それは凄まじい勢いで僕のところまで飛来するが、何とか盾で上方向へ弾き飛ばすと、それは天井をそのまま突き抜けて大穴を開けた。瓦礫が部屋中に落ちてきて、月の光が崩落した天井から差し込んでくる。

 

「流石にこの程度は防ぐか。ではこれはどうだ?」

 

 そう言うと、ファクトはオーラを手元に集めて、黒い1本の直剣を作り出した。それはあらゆる光を吸い込んでしまう闇そのものを剣の形に整えたような剣だった。

ファクトが剣を振りかぶって一足で僕の目の前にたどり着き、そのまま上段からの一撃を振り下ろしてくる。それを剣で受け止めようとしたが、先程言っていた魔の力の恩恵のせいか、膂力に大きな差が出てしまっていた。

 受けきれないと判断して黒剣を受け流して地面に振り下ろさせるが、彼は既にこちらに左手を向けており、僕の眼前で魔力を爆発させた。何とかクレリアの盾で防いだが、踏ん張れていない体勢であったのもあって、勢いは殺しきれずに大きく後方へ吹き飛ばされてしまう。

 

(手強い……っ!)

 

「ふむ、思っていた以上にやるようだな」

 

 ファクトは再び僕との距離を詰め、今度は黒剣によるラッシュを繰り出してきた。圧倒的な膂力から放たれるそれを剣と盾で何とか受け流していくが、そのせいで防戦一方になり上手く攻めることが出来ない。

 

「ぐぅッ​────!!!」

 

 とうとう連撃を捌くことができなくなり、クレリアの鎧越しに鋭い突きをもらってしまった。鎧は貫通しなかったが、突きの衝撃が身体を貫いたせいで吹き飛ばされ、勢い良く壁に叩きつけられる。

 

「やはり、人と魔の者の力の差は歴然であろう。疾く諦めるがよい」

 

 こちらの戦意を削ぐように言葉を投げかけながら、ファクトはゆっくり近づいてくる。しかし、絶対に諦めるわけにはいかない。僕は身体に喝を入れてファクトを睨みながら立ち上がった。

 

「何故諦めぬ。勝ち目がないことなど既に分かっているだろうに」

 

「必ず帰ると約束しましたので、死ぬわけにも諦めるわけにもいかないのですよ」

 

「ふん、馬鹿馬鹿しい」

 

 ファクトは僕の言葉を鼻で笑い、黒剣を構えてこちらに向かってくる。確かにこのままでは勝ち目がないのは言われるまでもなく明白である。流れを変えなければ朝日を拝まないうちに僕は命を散らすことになるだろう。

 故に僕はクレリアの剣を彼に向かってぶん投げた。

 

「自棄になったか」

 

 回転しながら飛んでくるクレリアの剣を黒剣で弾き飛ばしながら、全速力で走ってくる僕にファクトは吐き捨てるようにそう言った。だが、間違っても自棄になった訳では無い。

 

(切り札を切らせて頂きます……!!)

 

 僕が剣の間合いに入った時、まだファクトの腕はクレリアの剣を弾くために振り上げたまま戻ってきていない。たった一度きりしか通用しない技だが、故に最大限の効果を発揮させてもらう。僕は無手で剣を振り抜く体勢に入りながら、弾き飛ばされた剣を手元に呼び戻した。

 

「なっ​──────!?」

 

 ファクトの驚愕する声が聞こえてくる。そして、そのまま黒剣がこちらに到達する前に、クレリアの剣は光り輝く軌跡を描きながら黒剣を持った彼の腕を斬り飛ばした。

 

「貴様ァァァァァァァァッッ!!!!!!」

 

 腕を斬り飛ばされたファクトが鮮血を撒き散らしながら憤怒の表情で叫ぶ。こっちは早々に切り札を切るハメになったのだ。腕の1本ぐらい我慢して欲しい。

 

(しかし、余裕がなかったとはいえ、腕1本しか奪えなかったのは少々辛いですね……どの程度戦力が低下してくれるか分かりませんが、ここからが正念場です……!)

 

 ファクトは怒りに身を任せて魔力の弾をばら撒き始めた。精彩を欠いた攻撃だが、その一撃一撃は馬鹿にできない威力を誇っているようだ。壁や床を破壊する弾幕に当たらないように、比較的薄い欠損した右腕の方に迂回しながらファクトとの距離を詰め、先程から何故か光っているクレリアの剣を防御ができない右脇腹に向かって振り下ろす。しかし、彼は左腕から黒いオーラの鉤爪を伸ばしてこれをギリギリのところで防いだ。光と闇が拮抗する。

 

「死ねェッ!!」

 

 片腕となっても力の差があるようで、ファクトは剣を弾き飛ばして僕の体勢を大きく崩そうとしてきたが、流れに沿って身体を回転させてこれを後方に逃れた。浅く腕を斬られてしまったが、再び距離を詰めて近接戦に持ち込む。

 乱暴に振り抜かれる鉤爪を盾で防ぎながら、僕はクレリアの剣で確実にファクトの身体に傷を負わせていく。爪を受け止める度に重たい衝撃で腕が軋むが、両腕が健在な分、今は何とか僕が攻めに回れていた。

 

「せいっ​────やぁぁぁっ!!!」

 

「ぐおぉぉぉぉぉぉっ!!?」

 

 クレリアの盾に打ちつけ続けて罅割れた鉤爪をシールドバッシュで叩き割り、隙を晒したファクトの胴体に全力で横薙ぎの一撃を振り抜く。これで決めるつもりで放ったが、腹に無視出来ない傷を与えて殺すまでには至らなかった。咄嗟に後ろに逃れられたようだ。

 追撃を繰り出すために前に出ようとしたが、ファクトが足元を爆発させたので後方へ跳び退く。距離を離されるとまた弾幕に晒されるので、急いで走り出そうとして彼の方を見ると、何やらファクトの様子がおかしいことに気がついた。

 

「私の計画は完遂されなければならない……ダルク=ファクトの名を歴史に刻むためにも……!」

 

 彼の長い金髪が根元からだんだん灰色に変わっていく。彼の怨嗟の声に呼応して塔が揺れているような気がする。

 

(いや……これは不味いっ!!)

 

 嫌な気配を感じ取り、僕は一直線にファクト目掛けて全力で足を動かした。到達する前に剣を構え、剣の間合いに滑り込みながら袈裟斬りを放つ​──────が。

 

「遅いッッッ!!!!」

 

「ッッ​────!!」

 

 剣がファクトに届く前に、彼の貫手が僕の腹を貫いた。

 

(ここで止まったら死ぬ…………っ!!)

 

 しかし、血を吐きながらも僕は勢いを止めずにクレリアの剣をそのまま振り抜いた。剣はファクトの左腕を根元から断ち切り、腕を抜こうとしていた彼は後方へバランスを崩して倒れていく。彼はまるで有り得ないものを見たかのような顔をしていた。

 倒れ込むファクトに止めを刺すべく、腹に腕を残したまま前進する。1歩動く度に意識が飛びそうになるが、今チャンスを逃せばもう僕の命はない。

 

(止まるなッ! 行けッ! 今行けッ! すぐに行けッ! 絶対に止まるなッッッ!!)

 

 動かなくなりそうな身体を心で奮い立たせ、倒れ込むファクトの真上に跳躍し​──────光り輝くクレリアの剣で彼の心臓を貫いた。

 

 




 Zまでいきませんでしたね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。