Main Character:アドル=クリスティン
Location:ゼピック村
銀の剣が納まる鞘が手持ちにはなかったので、後で作ってもらおうと思いながらゼピック村に向かうことにする。日が暮れる前には辿り着けたので、失礼な時間になる前に僕はイースの本のことを聞くためにジェバさんの家を訪れた。
「アドルさん!」
「おっと、フィーナさん」
「大事はありませんでしたか?」
「ええ、この通り」
家の中に入るとフィーナさんが勢いよく胸に飛び込んできた。軽い衝撃を受け止めて僕はそれに応対する。本当はかなり大怪我を負ったが、今は無傷なので言わなければバレないだろう。
「…………本当はどうなんです?」
「………………怪我しました」
しかし、フィーナさんの下から見上げてくるジト目にあえなく敗北し、正直に白状する。
僕の背中に回された腕の力が強くなった。いつの間にこんなに積極的になったのだろうか。
「……大丈夫なんですよね?」
「ええ、産まれてこの方、約束を破ったことはありません。ちゃんと帰ってきますから」
そう言って、安心させるために彼女の綺麗な水色の髪を優しく撫でた。フィーナさんは気持ちよさそうに目を細めている。
「あー、んんっ!」
桃色の空気に耐えかねたのか、ジェバさんが咳払いをしてその場に広がっていた甘い雰囲気は跡形もなく霧散する。
見られていたことにようやく気がついたのか、フィーナさんがぼふっと顔を真っ赤にして慌てて寝室の方へ姿を消した。
「まったく、そういうのは人の目が無いところでやって欲しいんじゃがな」
「あはは……申し訳ないです」
大きくため息を吐きながらジェバさんがこちらの方へ歩いてくる。確かに、人様の家でやることではなかった。
「そういえばジェバさん、サラさんが姿を晦ませたのはご存じですか?」
「ああ、手紙を寄越してきたよ。代わりにイースの本を解読してやってほしいと書いてあった」
見せてみな、と本を催促されたので、荷物の中から3冊のイースの本を取り出してジェバさんに手渡した。
「要約して話すが、いいかい?」
しばらく時間がかかりそうだったので、武器の整備をしながら、戻ってきたフィーナさんと話していると、ジェバさんがそう声をかけてきた。あの分厚い本3冊分全てを話してもらうのも大変なので、僕はそれに首肯で返答した。
ちなみにフィーナさんにはレアさんの話をして、最初は驚いていたが、この騒動が終わったら会いに行くと言っていたことを話すと、とても楽しみそうな反応を見せてくれた。
「では、まずはハダルの章に書かれていた内容からじゃな」
ジェバさんは最初に手に入れた水色の本を手に取った。
昔、イースはクレリアという金属を生み出した。
サルモンの神殿はその繁栄ぶりを示していた。
しかし、突然災いが訪れた。
この国は僅かな領土しかない島国でありながら、クレリアの力のおかげで栄華を誇った。
だが、繁栄の陰に魔は育ち、人間の驕りの中に悪は生まれた。
埋め尽くすほど国中に咲き乱れていた芳しきセルセタも、大地とともに焼き払われた。
この大地には花一輪の希望もないということか。
(繁栄していた国が突然崩壊したということでしょうか。これがロダの樹が言っていたイースの災い……? これがエステリアに甦るという言葉の意味は……?)
災いが訪れた、というフレーズに、僕はロダの樹が言っていたことを思い出した。
「次はこっち、トバの章の分だよ」
思考をジェバさんの言葉に打ち切られたので、サラさんにもらった赤い本の話に集中する。
イースは2人の女神と6人の神官によって治められた。
女神は我々の生き甲斐であり、このイースの象徴でもあった。
1人は秩序、1人は自由。
もし、その2つのどちらかでも失えば、いかに我々神官が国のために働こうとも、民たちを繁栄に導くことは出来なかっただろう。
最も強い力は力無き力であり、我々は2人の女神からそれが愛だと知らされた。
(2人の女神……廃坑で見たあの女神像と関係しているのでしょうか)
温かい光で死の淵から蘇らせてくれた消えた女神像のことを思い出したが、それ以上のことはこの本に引っかかるものはなかった。
「最後はダビーの章じゃな」
最後に、ジェバさんが廃坑で手に入れた深蒼の本を手に取る。
イースを襲った災いについて話そう。
あいつは突然現れて町を襲った。
地下より噴き出した溶岩は野原を焼き尽くし、我々はその中で逃げ惑った。
何がいけなかったのだ。
恵み多き国の光は突然閉ざされ、天地の異変が相次いだ。
国中に魔物の気配がする。
どうやら、クレリアに原因の一端があるらしい。
我々は光届かぬ地中にそれを封じる。あれに手を出した時、この世に災いが舞い戻るだろう。
(突然現れた魔物……天地の異変……エステリアも
廃坑の奥から突如として現れた魔物。銀による繁栄が期待された直後に発生した嵐の結界。僕は今までに聞いてきた話から、何となくエステリアの異変とイースの災いに似通った部分があることに気がついた。
長考した末、僕は整備していてテーブルに出したままだった、件の銀製品である銀の剣にふと目を遣る。
その瞬間、頭の中でパズルのピースがカチリとハマった気がした。思わず銀の剣を手にして立ち上がり、座っていた椅子が後ろに倒れた。
(ロダの樹は
穴空きだらけだったパズルが次々に埋まっていく。
(魔物が銀を集めていたのは、これがただの上質な銀ではなくクレリアだったからで、つまり、エステリアの異変は
その発想に至り、僕の背筋が凍りつく。エステリアには既に災いが舞い戻っていて、恐らくもうすぐエステリアはイースのように滅びてしまうだろう。
「ア、アドルさん……?」
フィーナさんの不安そうな声でハッと我に返った。しかし、心臓の鼓動は僕の焦燥を表すかのように激しさを衰えさせることは無かった。
「アドル、顔色がちょっと酷いよ。いったいどうしたっていうんだい」
「い、いえ……何でもないです……」
僕はかろうじてそう口にし、椅子を倒してしまったことも忘れて座ろうとして、慌ててフィーナさんに抱き止められた。
「ジェバさん」
「うむ、フィーナ、アドルをベッドに連れて行っておやり」
動揺して半ば放心状態の僕はフィーナさんに連れられて寝室へと移動する。
「アドルさん……いったい何に気がついたのですか?」
フィーナさんがそう尋ねてくるが、正直に話してしまっていいものか悩む。話しても不安にさせてしまうだけではないだろうか。
ぐるぐるとそういった思考を繰り返していると、フィーナさんが優しく僕の手を両手で包み込み、真っ直ぐに僕の目を青で射抜いた。
「私では、アドルさんの力にはなれませんか?」
「それ、は……」
「私はアドルさんに沢山笑顔にしてもらいました。今日だって姉さんのことを探し出してくれて本当に嬉しかったです。話すだけでも楽になることだってあります。貰ってばかりじゃなくて、私もアドルさんの力になりたいんです」
心の底から誠実なフィーナさんの言葉に、僕の早鐘は徐々に収まってくる。それから、僕は僕が思い至ったことをフィーナさんにゆっくり話し始めた。
その間、フィーナさんは僕の手を握りながら、黙って話を聞いてくれて、話し終わる頃には僕の心の重りはすっかり無くなっていた。
「ダームの塔に行かないと……」
「ダームの塔にですか?」
「ロダの樹が言っていたんです。悲劇を救えるのは僕だけで、この異変に関係があるイースの本はダームの塔にあると」
焦りと動揺が頭から無くなり、僕は僕のやるべき事を思い出した。急がないといけないことに変わりはないが、不思議と焦燥感はない。
「先ほどはお見苦しいところをお見せしました」
「いえ、す、すす、好きな人を支えるのも女の甲斐性ですから、ええ」
先ほどの醜態を詫びると、顔を真っ赤に染めながらフィーナさんがここぞとばかりに攻めてくる。弱みを見せたからだろうか。
「フィーナさん、ありがとうございました」
「あわわわわわわわ……!!!」
意趣返し…は少し違う。お返しに僕はフィーナさんを抱擁すると、フィーナさんは湯気を噴き出す勢いで顔を更に赤くし、首筋まで真っ赤に染まっていた。
「その様子ならもう大丈夫みたいじゃな」
「はい、ご心配かけました」
寝室の入口から話しかけてくるジェバさんに、フィーナさんを抱いたまま応対する。とうとうフィーナさんから本当に湯気が出てきた。
「ダームの塔に行くなら、今日は泊まって、明日朝一でゴーバンの所に行きなさい。話は通しておくからの」
「分かりました」
それだけ言うと、ジェバさんはまた居間の方へ戻って行った。
フィーナさんを解放すると、すっかり火照ってしまった様子であった。今日のお礼を言って床に寝に行こうとすると、フィーナさんが勢いよく僕の手を掴んできた。
「……一緒に…………」
「フィーナさん?」
「責任取って一緒に寝てもらいますからね!!!!」
耳まで真っ赤にした顔でフィーナさんが、村中に響くかと錯覚するぐらい大きな声でとんでもないことを言い出した。どうやらやりすぎてしまったようだ。
ジェバさんのため息が再び吐かれたような気がした。
レポート締め切りが1週間後だと思っていたら実は明日だったって感じです。