ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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052.『視線』【提督視点③】

 甘味処間宮へと駆け込んできた翔鶴姉は頬を赤らめながら両手の指で涙を拭うも、それは次々に溢れ出して止まらない。

 俺は訳もわからず、千歳お姉に小声で問いかけた。

 

「ち、千歳。一体何があったんだ」

「わ……わかりません。私が出て行った時には何も……」

 

 千歳お姉も俺と同様に、状況が理解できていない表情だ。

 そうなると、千代田の秘密が晒された事により一悶着あった後に、翔鶴姉がここまで泣いてしまうような事が起きたという事であろう。

 だが、何故俺の元へ……翔鶴姉からは顔も合わせてくれないほどに避けられていると思っていたが……。

 もしや千歳お姉と同じく、実は瑞鶴の方が強かったとかを黒幕(大淀)がついでに明らかにしたとか……?

 泣いてばかりの翔鶴姉であったが、やがて震える涙声で言葉を紡いだ。

 

「うっ、うっ……て、提督……っ、五航戦翔鶴、意見具申願います……っ……!」

「な、何をだ」

「はい……スカートの下にジャージの着用の許可を……」

「駄目に決まってるだろ! 何を言っているんだ!」

「わぁぁーっ!」

 

 翔鶴姉は両手で顔を覆って泣き崩れてしまった。

 やべっ。思わず素で返してしまった。

 しかし思わず素が出るほどに、翔鶴姉の提案は衝撃的なものだった。

 スカートの下にジャージはイカン。それだけは駄目だ。

 

 スカートの代わりにジャージを着用するのは良い。

 確かにパンチラの可能性は無くなるが、スカートよりも尻のラインがわかりやすくなるというメリットがある。

 それはそれで(おもむき)があるものだ。ジャージを着用した翔鶴姉を想像するだけで十分オカズになる。

 現在のようにスカートというのは言うまでも無く、非常に良い。

 特に隙だらけの翔鶴姉は良質のパンチラを俺に恵んでくれる。俺の明日だ。

 だがスカートの下にジャージを着用した場合、尻のラインがわかりにくくなり、パンチラの可能性も無くなり、互いの弱点を見事に補完してしまうのだ。

 いくら隙だらけの翔鶴姉であろうともそれを身に着けたが最後、パンチラの可能性は消えて無くなる。

 おまけにエロスから遥かにかけ離れたダサい恰好になってしまう。流石にこの俺でもオカズに出来ない。

 それはまさに、上等な料理にハチミツをブチまけるがごとき思想……‼

 

 いやちょっと待て。そもそも何で翔鶴姉はそんな事をわざわざ俺に……。

 鎮守府では服装を変えるだけでも提督の承認がいるというのだろうか。

 明石によれば艦娘達が纏っている装束はバリア的な装甲であるとの事だから、いわゆる軍服、制服みたいな扱いなのだろうか……。

 駆逐艦や潜水艦、軽巡が着用しているセーラー服というのも、元を辿れば海軍の軍服なわけだし……。

 そうであるならば規則に定められていないジャージの着用について上官の承認を得ようとするのも理解できる。

 

「しょ、翔鶴姉っ。何言ってんのよ……!」

 

 うげっ、瑞鶴……。

 今度は瑞鶴が店内に駆け込んできた。どうやら翔鶴姉を追いかけてきたらしい。

 俺と目が合うと、コイツも「うげっ」と声を出し、気まずそうに目を逸らした。

 うーむ、先ほどの件があるので正直近づきたくないが、翔鶴姉に何があったのかを知っているのはこの場では瑞鶴だけ……。

 大淀さんが上手く誤魔化してくれただろうし、対応に気を付ければ大丈夫だろうか……。

 話を聞くにしても、間宮さんや千歳お姉への悪影響を考慮して、まずは瑞鶴をこの場から離す事が必要であろう。

 

「……よし。とにかく翔鶴はここに座れ。間宮、翔鶴にもしじみ汁を。千歳は翔鶴が落ち着くまで傍についていてくれ」

「は、はぁ……」

 

 俺に促されて椅子に腰かけた翔鶴姉は、カウンターに突っ伏して咽び泣いている。

 間宮さんと千歳お姉にそれぞれ指示を出すと、俺は外に歩を進めながら瑞鶴にちょいちょいと手招きをした。

 

「瑞鶴はちょっとこっちに来なさい」

「うぅっ……」

 

 心底嫌そうな表情であった。くそっ、俺もだっつーの。

 甘味処間宮の裏手で足を止め、俺はなるべく瑞鶴の方を見ないようにしながら口を開いた。

 

「大体何があったのかは千歳から聞いた。まぁ……色々あったらしいな」

「う、うん……ごめん。私が勘違いして過剰に騒ぎ過ぎちゃったせいで、千歳達が気まずくなっちゃって……」

 

 おぉ、あの瑞鶴までもが俺に謝って……! 流石は大淀さん、マジパナイ……!

 千歳お姉からの話を聞くに、大淀は完全に俺が悪くないという方向でフォローしてくれている。

 故に、あれだけ声高々に騒いだ瑞鶴は赤っ恥をかいたという事になるだろう。

 フフ……恨むなよ。全てはこの横須賀鎮守府の黒幕大淀さんが下した判断だ。

 大義の為の犠牲となれ……!

 

「提督さんにも色々考えがあったっていうのも、大淀が説明してくれた。私のせいで……本当にごめん……」

「うむ、ともかく千歳達の事は何とかしなければな。それと、さっきも言ったが気にしなくていいんだ。千歳達の性能を計る為とはいえ、胸の辺りを凝視していたのだからな。性能を計る為とはいえ、お前が勘違いしてもおかしくはない。性能を計る為にやむを得ない事だとはいえな……」

 

 大淀さんの策に全力で乗っかる俺であった。

 どう考えても薄い本じみた作戦にしか思えないが、瑞鶴も気まずそうに目を伏せている。

 コイツも本気(マジ)で信じてんのか……⁉ 大淀の話術凄ェな……!

 

「そんな事よりも、翔鶴に何があったんだ。千歳もわからんと言っていたが」

「いや、その……」

 

 瑞鶴は少し迷った様子で頭を掻き、俺の問いに答える。

 

「あー……提督さんは気付いてなかったと思うけどさ、こないだの出撃から帰投した時、翔鶴姉が、その、被弾してたから、その……ちょっと下着が一部、露になってたんだけど」

 

 ばっちり気付いていましたが何か。

 むしろそれを至近距離で目に焼き付けるべく明石の泊地修理を利用したのだが、結果として股間にクレーンを叩き込まれただけであった。

 くそっ、思い出すだけで股間が痛む。

 つーか着任してから三日が経つが、初日は明石、二日目も明石、本日は金剛から三連打と、股間を痛打されてない日が無い。

 何なんだお前らは。肝心な時に役に立たなくなったらどうするんだ。

 

「それで、それを加賀さんにからかわれて……さっきの私も、私がいやらしいからそんな勘違いをするんだなんて言われて……翔鶴姉まで巻き込まれて、そんなんじゃないのに……! 私はいやらしくないのに……‼」

 

 加賀(アイツ)容赦無さすぎだろ……。

 いやアイツは俺が下心ガン積みの変態クソ提督である事は理解できているはず。

 現に瑞鶴が騒いでいた時も、アイツは俺を見て「哀れね。本当に救いようがないわ」などと言っていた。

 そこまで理解できていて、大淀の話術でころっと掌を返すものか……?

 単に瑞鶴と翔鶴姉を馬鹿にするチャンスだと判断しただけのような気がしないでもないが……あの青鬼の事だ、何か良からぬ事を考えているかもしれん。

 

 加賀の企みはひとまず置いておいて、そうか、それで翔鶴姉はあんなに号泣して……一体どんな酷い事を言われたのだろうか。

 あんなに泣くほどだ。瑞鶴はかなりオブラートに包んでいたが、きっと鬼のように残酷な言葉でキツく責め立てたのであろう。哀れね。

 くそっ、加賀の奴め。何て余計な事を……!

 おかげで翔鶴姉がパンチラの可能性を完全に潰しに来てしまった。

 瑞鶴を責めるなと言っていたのに、瑞鶴どころかラブリーマイパンツ翔鶴姉まで巻き込みおって。

 先ほどは思わず素で拒絶してしまったが、何とか論理的に翔鶴姉を納得させねば……。

 

 それはともかく、瑞鶴も正しい事を言っていたのに、馬鹿にされて、恥をかいて……考えてみれば非常に理不尽なのではないか。

 たとえ瑞鶴自身が大淀の話術によって騙されているとはいえ、それで俺に対して頭を下げるとなると……大義の為の犠牲……いかん、やはり罪悪感が……。

 心の底から落ち込んでいる様子の瑞鶴を見ていると、俺はもうたまらなくなってしまって、瑞鶴から顔を逸らし、腕組みをしながら口を開いた。

 

「瑞鶴、その……すまん。お前に謝らなければならない事がある……」

「へ?」

「その、あの場では否定したが……実は、お前の言っていた事も、間違ってはいないんだ」

「……どういう事よ?」

 

 瑞鶴が怪訝な目を俺に向けてくる。

 俺はそれを見ないようにしながら、言葉を続けた。

 

「大体は、大淀が説明してくれた通りだ。お前が騒いだように、下心から凝視していたわけではない……まず、それだけは理解してくれ」

「うっ……わ、わかってるわよ。それで?」

「う、うむ。だが、たとえそうでなくとも、その……やはり女性の体を見るわけだから、その……そのつもりは無くともだな……千歳達に、そういう感情を抱かなかったかと言われれば、その、嘘に、なる……」

 

 俺はなるべく大淀が説明してくれた事とは矛盾せず、かつ瑞鶴の言っていた事も間違ってはいなかったという風に言葉を選んだ。

 実際は瑞鶴が百パーセント正しいのだが、ここで全てを暴露してしまっては大淀の力技が台無しになり、俺は見切りをつけられ、大淀が天に立つ可能性大。

 この説明ならば、瑞鶴が感づいたものは男の本能、不可抗力的なものなのだから、大淀の説明とも矛盾しない……はず!

 つまり大淀が説明した通り、俺は下心からではなく性能を計る為に千歳お姉達を見ていたが、男の本能に抗う事ができずに少し欲情してしまい、それを瑞鶴が感づき、勘違いをしたという事にするのだ。

 これならば大淀も瑞鶴も間違っていない事になり、瑞鶴も少しは溜飲が下がると思われる。

 シュレディンガーの色欲童帝(シココ)の存在も誤魔化せるはずだが……やはり瑞鶴が追及してくる隙を見せてしまっただろうか。

 瑞鶴は意外そうに目を丸めた後で、再び俺にジト目を向けた。

 

「つまり、千歳達を見て多少ムラムラしてたって事?」

「ぐっ……う、うむ、そう言って、構わない……」

「……ふぅん。認めるんだ。意外」

「す、すまん。私もお前達をそういう目で見ないようにとは思っているんだ。気を付けてはいるんだ。その、駆逐艦とか、子供なら大丈夫なんだ。だが……」

「子供をそういう目で見てないのは知ってる。まぁ見てたら流石に軽蔑するけど……つまり、千歳達は大丈夫じゃなかったわけね。へー。美人だし胸大きいしね」

「うぐっ……そ、その、女性的で、魅力的、だとは、思う……!」

「ふーん。そうなの。へー」

 

 い、いかん……! これはなんかまずい方向に向かっているような気が……!

 俺も誤魔化せずに正直に答えてしまったが、甲板胸的にはアウトな発言か……⁉

 どこか面白く無さそうな表情の瑞鶴は腰に手を当てて、呆れたように言葉を続ける。

 

「それで? なんで、そんな事私に教えてくれたわけ?」

「い、いや、その……不可抗力的なものとはいえ、私が千歳達にそういった感情を抱いてしまった事は事実だ。その点については、瑞鶴は間違っていない……大淀が、私が誤解されないようにとまとめてくれたのは有り難いが、その、それはそれで、何だかお前だけが不憫で……」

 

 俺が自信無さげにそう言うと、瑞鶴はがしがしと頭を掻いて、はぁぁ、と大きな溜め息をついた。

 

「……あぁもう、これじゃあ、私の立つ瀬が無いじゃん……提督さん、人良すぎ」

「う、うむ。まぁ、つまり、お前が下心と勘違いしてしまったのは、千歳達の性能を計りながら、私がそういった感情を抱いてしまっていたからだと思うのだ。だから、元はと言えば私のせいだ。そして瑞鶴は、人一倍そういう感情に敏感なのかもしれない」

「私はいやらしくなんか無いッ!」

「エェッ⁉」

「あ、いや、何でもない……」

 

 いきなりキレた瑞鶴に素で驚いてしまった。

 瑞鶴もハッと我に返り、どこか落ち着きなく言葉を続ける。

 

「あ、あのさ、若い男の人が、女の子に対してそういう感情を持つのって、おかしい事じゃないって、私もわかってるつもりなんだ。翔鶴姉や千歳は美人だし、鹿島とか、他の皆もそう……艦隊司令部の一部の人達からもそういった目で見られてるし、わかってるつもりなんだけど……私、すぐにカッとなっちゃうところがあって……」

 

「私のためにわざわざそんな事言わせちゃって、本当にごめん……」

 

 そして瑞鶴は俺に向かって大きく頭を下げたのだった。

 よ、よし。途中不機嫌そうだったからどうなるかと思ったが、案外話が分かる奴だ。

 

「だが、この事は他の者には黙っておいてくれよ。わざわざ声を大にして言う事じゃないんだ。私の精進が足りないのが原因とは言え、信頼関係にも影響が出かねん」

「これくらいで別に影響出ないと思うけど……い、いや、今の皆の状態だと出ちゃうかもなぁ……」

 

 瑞鶴は少し考え込んでから、顔をひきつらせるような苦笑いをしながらそう言った。

 確かに俺がドスケベクソ提督であるという事実は一部の艦娘達には知られているから、今更千歳お姉達に欲情していた事が知られたくらいで影響は出ないだろうが……。

 いや、今の状態というのは大淀の話術の影響下にある状態という事か。

 瑞鶴に話した事実が知られたら大淀の策が台無しになる可能性も考えられる。

 元から俺に対して疑い深い瑞鶴はともかく、大淀の説明を聞いた千歳お姉達は俺が一切欲情していないと思っているはず。

 だからこそ千歳お姉も、先ほど俺にもう一度見てもらおうなどとしたのだ。

 それに影響が出るのは非常にまずい。最悪の場合艦娘達は完全催眠から目覚め、俺は大淀に見捨てられ、天に立たれる。

 俺は瑞鶴の両肩をしっかりと掴んで、その目を見据えた。

 

「提督命令だ。いいな」

「わ、わかった……提督さんがそう言うんなら、皆には黙っとく。まぁ、確かにわざわざ口にするような事でも無いし、ある意味私が間違ってなかったってのも証明してくれたし……なら、それだけで十分だよ」

 

 そう言って、瑞鶴は小さく笑ったのだった。

 よ、よかった。わかってくれた……。

 瑞鶴がこの短時間でここまで丸くなってくれたのも大淀のお陰であろう。

 後でご褒美をやらねば……。

 内心ホッと胸を撫で下ろしてその両肩から手を離すと、瑞鶴が俺の顔を見上げながら口を開いた。

 

「その……ちなみに、見ただけで艦娘の性能が計れるのって、ホントなの?」

「え? あ、あぁ、いや、その……実は正確にではないんだ。根拠があるわけではなくて、私なりに、なんとなくだ、なんとなく」

「それでも、千代田が軽空母としての改装に目覚めている事はわかったんでしょ?」

「う、うむ……そうだな。いや、そこまで具体的にではないのだが、まぁ、なんとなくな」

「ふぅん……」

 

 瑞鶴は少し迷った素振りできょろきょろと周りを見渡してから、数瞬の躊躇の後に言葉を続ける。

 

「それじゃ、私も知りたいんだけど……」

「エッ」

 

 しまった、まさか千歳お姉だけではなくコイツまで言い出すとは……!

 いや、大淀の説明により俺は艦娘の性能を見抜く事ができる事になった……言うなれば未来を見通す占い師みたいなものではないか。

 女の子は占い好きだからな……妹達もそういうのが大好きだ。俺は全然信じていないけど。

 星座占いだの、血液型占いだの、タロットだの、手相だの、そういったもので運勢がわかってたまるかと思っている。

 しかし、艦娘達も女の子……興味を持ってもおかしくは無い。

 

 千歳お姉と同じく、瑞鶴も本気であろう。

 いや、おそらく俺を疑ってはいたのだろうが、大淀の話術によって信じる事にしたのだ。

 先ほどの千歳お姉への対応は、はっきり言って失敗だった。

 あまりに迷い過ぎた為、千歳お姉は自分に秘めた力など無いと察してしまい、傷つけてしまった。

 ならば同じ轍は二度と踏むまい。ましてや相手は疑い深い瑞鶴だ。

 ここで迷えば、やはり大淀の言った事は嘘だったのかと、そしてやはり下心だったのだと確信を持ってしまいかねん。

 

 演じるのだ、神堂貞男……! 今だけは提督ではなく、占い師になったつもりで……!

 大淀さん、見ててください……! 俺の……変身!

 俺は不安そうな瑞鶴に、真剣な表情で告げた。

 

「わかった。ちょっと見る事になるが、いいか」

「う、うん。あ、でも、男の人だから仕方が無い事かもしれないけど……あ、あんまりいやらしい目で見たら爆撃するからね⁉」

「あぁ、お前なら大丈夫だ」

「は?」

 

 俺がさらりと答えた言葉に、瑞鶴は何故か機嫌を損ねたようにこめかみの辺りをピクピクとさせながら拳を握りしめ、好戦的な笑みを浮かべながら俺を睨みつけた。

 

「何? どういう意味? 提督さん、子供なら大丈夫って言ってたよね? え? 私、馬鹿にされてるの? 何言ってんの? 爆撃されたいの……⁉」

 

 どっちにしても爆撃されるのか……。

 一体何なんだ。何を考えているのか全然わからねェ……!

 とりあえず瑞鶴が危ない奴だという事だけはわかった。

 コイツは機嫌を損ねるとマジで執務室に向かって全機発艦しかねない凄みがある。

 加賀に負けず劣らず危険な女だ……。

 

「ま、まぁ落ち着け。悪い事じゃないだろう」

「そうなんだけど、何か微妙に納得できない……! あぁもう、いいわ。早くしてよね」

 

 納得のいっていない表情のままに瑞鶴は後ろ手を組み、所在なさげに視線を逸らした。

 その姿を俺はまじまじと眺める。

 うーむ、わからん。やはり俺は占い師ではないので、何もわからん……。当然の事であった。

 しかし改めて至近距離で見てみれば、本当に俺の妹、長女の千鶴ちゃんに瓜二つだな……。

 身長も体型も、今の千鶴ちゃんと大体同じくらいだろう。

 つまりこの甲板胸にも将来性は無い……哀れね。翔鶴姉に全て持っていかれたのだろうか。

 流石に髪型は違う。千鶴ちゃんはここまで長く伸ばした事は無いし、ツインテールにした事もない。

 髪を下ろせばもっと近づくんじゃないか。

 

「ちょっと髪を下ろしてみてくれないか」

「え? な、なんで?」

「いや、ちょっと気になる事があってな」

 

 ただの好奇心と時間稼ぎであったが、微妙に疑うようなジト目と共に瑞鶴は意外にも素直に応じてくれた。

 おぉ、少し髪が長すぎるが、どこからどう見ても千鶴ちゃんではないか。

 つまりやはり胸部装甲には将来性は無い……哀れね。

 

「何か変な事考えてない?」

「アイヤ! そ、そんな事はないぞ、特に装甲に将来性を感じるな!」

 

 変な声が出た。くそっ、やはり千鶴ちゃんに似ているだけあって俺の良からぬ思考にも敏感なのか……!

 少し丸くなったが油断はならん。思わず胸部装甲についてフォローしてしまったではないか。アカン。

 

「装甲……? ふぅん、私達空母は中破したら艦載機の発着艦が出来なくなるから、確かに装甲は重要だけど……加賀さん並に搭載数増えたりしないかな」

「い、いや、流石に加賀並は難しいかもな……しかし、瑞鶴にはまだまだ伸びる余地があると思うぞ。だが、全てはお前の頑張り次第だ」

 

 どうやら瑞鶴は胸部装甲の事だとは思っていないようだ。

 バストサイズ=胸部装甲という薄い本でおなじみの隠語を使用していて助かった。

 オータムクラウド先生ありがとうございます。

 

 つい先ほど千歳お姉を泣かせてしまった反省を活かし、俺は即座にPDCAサイクルをフル回転させ、瑞鶴を褒め殺す作戦へと方向転換した。

 そう、今の俺はインチキ占い師なのだ。

 つまり将来の事を的確に当てる必要など無い。ただ、今この瞬間だけ曖昧な言葉で喜ばせてやればいいのである。

 そして「全てはお前の頑張り次第」と言う事で、俺の言葉が当たらなかった場合は瑞鶴に原因がある事になる。

 もしも瑞鶴が努力の結果として伸びた場合には、俺の言葉が正しかった事になる……そう、これが智将の、本当の力よ!

 

「まぁ、空母は搭載数が全てじゃないしね。装甲が伸びるって事は継戦能力も上がるって事だし……総合的に加賀さんに勝てるかも?」

「あぁ、その通りだ。勝ち負けでは無いと思うが……長所を伸ばしていけば、きっといつかは加賀をも超えられるさ。だが、全てはお前の頑張り次第だ」

 

 俺が口を滑らせてしまったせいで装甲に将来性を見出してしまった瑞鶴であったが、胸部装甲で言うのなら加賀に敵うはずも無い。哀れね。

 俺はひたすらに耳に心地のいい言葉を並び立てるが、この天才的頭脳が何も考えていないはずがない。

 きっといつかは加賀をも超えられるとは言った……言ったが……今回まだその時と場所の指定まではしていない……!

 その事をどうか瑞鶴も思い出して頂きたい……つまり、瑞鶴が加賀を超えられるのは十年、二十年先という可能性もあるという事……!

 そして瑞鶴が加賀を超えられるかどうかの全てはお前の頑張り次第……‼

 万が一、それが現実となった場合は俺を崇め奉れ……!

 完璧だ……! 今の俺は完璧なインチキ占い師だ……!

 

「なんか、全ては私の頑張り次第ってところが気になるんだけど……」

「何の努力もせずに掴み取れる未来があると思うか?」

「くっ、正論……! ま、まぁ、頭の片隅には留めておくわ。完全に信じたわけじゃないけどね。ふふん」

 

 どうやら俺の作戦は功を奏したようで、その言葉とは裏腹に瑞鶴はまんざらでもない様子であった。

 褒められたりおだてられて不快になる奴はいないからな……結局は占いというのはその時いい気分になれればいいのかもしれない。

 というか、今更だがこれは占いというよりも、女の子に対するテクニックに近いような気がする。

 本やネットで調べても、女の子とデートする時はとにかく褒めろと書いてあったし。

 万全に予習したにも関わらず、実践する機会には恵まれなかったが……凹む。

 要注意人物の瑞鶴ですら悪い気がしない様子なのだ、他の艦娘相手にも役に立てられるテクニックだな。覚えておかねば。

 まぁ、露骨に褒めるとそれを気付かれて逆効果らしいから使いどころが難しいところだが……。

 くそっ、意識せず自然にさらっと褒めるテクニックが欲しい……!

 

「うむ、こんなところだろうか。もう髪も戻していいぞ」

「あ、うん。何か意味あったの?」

「まぁ、ちょっと見てみたくてな。それに下ろしたのも似合ってたぞ」

「なっ……な、何それ、意味わかんない。答えになってないし……そ、それより、翔鶴姉を何とかしてよ。私はどうかと思うけど、ジャージの着用くらい許してあげてもいいでしょ?」

 

 髪を結いながら、瑞鶴は何故かふいっと顔を背けてしまった。

 そうだ、瑞鶴の髪型や胸部装甲の将来性などどうでもいい。

 大事なのは翔鶴姉がパンチラ根絶作戦を意見具申してきているという事だ。

 これを認めてしまったが最後、一度前例が出来てしまっては、他の艦娘達から同様の意見が出る可能性だって否定できない。

 そうなるともう拒否できなくなる。翔鶴姉だけ特別扱いする事はできないからだ。

 

 智将の天才的頭脳は常に最悪の場合を想定する。

 そう、スカートの下にジャージの着用が有りなのならば、上半身に重ね着だって有りであろう。

 せっかく大淀が合法的に艦娘の胸を凝視できる状況を整えてくれたというのに、例えば艦娘達がポンチョのようなものを着用してみろ。

 身体の線が出るから目の保養になるのだ。てるてる坊主のような状態の艦娘を見ても何のオカズにもならない。

 千歳お姉達や瑞鶴に対しては普通に服の上から判断できたのだ。薄い布一枚で性能が見えなくなったから脱げなどとは今更言えない。

 つまり翔鶴姉にジャージを認めてしまった場合、翔鶴姉のパンツだけでなく艦娘達の胸部装甲(ボイン)を視姦するチャンスも永久に失われる可能性が――。

 

 ――繋がった。脳細胞がトップギアだぜ!

 加賀がこのタイミングで翔鶴姉を焚きつけたのはその為だと考えれば辻褄が合う!

 言わば大淀の策により俺が視姦を行う事に対しての対策……!

 

 おそらくあの青鬼(加賀)でも黒幕(大淀)に直接逆らう事はできないのだ。

 さっき大淀に睨まれただけで、あの鬼畜艦隊がおとなしくなってしまった事からもそれは明白だ。

 しかし、大淀は黒幕として暗躍する事を目的としている以上、なるべく提督()に逆らう事はしない。

 そして加賀は先ほどケツを蹴り上げに来たように、俺に対してならば普通に歯向かう事が出来る……提督の威厳は何処へ。

 

 つまり俺は加賀に弱く、加賀は大淀に弱く、大淀は提督()に弱いという三すくみの関係が成立しているわけだ。

 いや、大淀がその気になれば普通に俺よりも強いから本来俺は最弱なのだが……。

 

 したがって加賀は大淀の策に対抗する為、俺を動かす事を画策した……!

 翔鶴姉に涙ながらに懇願させる事でジャージの着用を許可させ、それをきっかけとして胸部装甲(ボイン)を隠す口実を得る事こそが目的……!

 俺が認めた事であれば大淀も逆らえない。逆らう時は俺が切り捨てられる時だけだ。

 

 しかも奴は自分の手は汚さずに、翔鶴姉を使って……! あ、あの外道がッ……!

 目つきや態度だけではなく頭もキレるのかアイツは……しかし、馬鹿めが! この智将にその程度の策で対抗しようとは片腹痛いわ!

 

 智将の天才的頭脳は瞬時に加賀の奇策への対策を緊急立案した。

 名付けて『邀撃(ようげき)! ボイン防衛作戦!』発動!

 外道共め、今に見とれよ! こがいな事では負けん! 全部やっつけてやるけぇ!

 

『翔鶴姉を励ます』。『パンツも守る』。両方やらなくちゃあならないってのが提督のつらいところだな……。

 覚悟はいいか? 俺はできてる。

 俺はキリッと表情を引き締めて、瑞鶴と共に再び甘味処間宮へと入店した。

 泣きながらしじみ汁をすすっていた翔鶴姉が、ぱっと立ち上がって俺に向かい直った。

 千歳お姉や間宮さん、鳳翔さんなどはすでに翔鶴姉から事情を聞いていたようで、泣いていた理由の情けなさからか、困ったような笑みを俺に向けている。

 

「……事情は瑞鶴から聞いた」

「は、はい……私の注意が足りないせいで、これからも提督に見苦しいものを見せてしまいかねません。どうか、ご許可を……」

「先ほども言ったが、却下だ。その意見を許可する事は出来ない」

「そ、そんな……!」

 

 翔鶴姉は愕然とした表情で固まってしまった。

 俺の言葉が意外だったのか、鳳翔さん達が僅かに目を見開く。

 だが、動じては駄目だ。悪びれては駄目だ。これが当然であると、当たり前であると、自信を持って主張せねばならない。

 下心などでは断じて無い。これは翔鶴姉のためなのだ。

 智将の頭脳はすでに俺にとっての最善手を導いていた。

 

「……翔鶴。お前は自分に隙が多いという事を自覚しているという事だな」

「はい……だから、だから私はもう、こうするしか……!」

「先ほど、私がお前の言葉を聞いて即座に却下したのには理由がある。短所を克服しようとする姿勢は間違っていない。それはとても素晴らしい事だ。だが、翔鶴。今、お前が意見具申した方法は何の解決にもならないのだ」

「えっ……」

 

 俺の言葉に、翔鶴姉は涙ぐみながら顔を上げた。

 

「翔鶴、お前だけが特別な服装をしているわけでは無いだろう。瑞鶴に赤城、加賀、それに鳳翔さんも――」

「鳳翔です」

「――鳳翔も、似たような和風の装束だ。そして裾の長さ自体はほとんど変わらない」

 

 鳳翔さんの優しい微笑みが怖かった。目が笑っていない。

 いや、だってお艦鳳翔さんを呼び捨ては演技とは言えちょっと体が受け付けないというか……。

 内心ビビッているのを何とか表に出さないように言葉を続ける。

 

「翔鶴。お前は、皆も自分と同じように隙が多いと思うか?」

「い、いいえ! そんな事はありません。皆、私とは違って……」

「そうだ。そうであるならば、装束がほとんど同じような翔鶴と皆で何が違うのか……一言で言えば、意識と所作なのだろう」

「意識と所作……ですか」

「そうだ。赤城の隙の無さを思い出してみろ」

「確かに……常在戦場といった感じですね」

 

 翔鶴姉にあの赤鬼と同レベルの隙の無さまでは求めないが……説得の為には致し方ない。

 俺は翔鶴姉の目を真剣に見据えて、言葉を続けた。

 

「スカートの下にジャージを着用する。そうすれば確かに翔鶴が抱えている問題はすぐに解決するだろう。だが、それではお前が泣くほどに思い悩んでいる隙の多さという根本的な問題は解決しないんだ」

「あっ……」

「少し違うかもしれないが、何度も計算間違いをするからと言って電卓の使用を願うようなものだ。それでは頭は鍛えられないだろう」

「は、はい……っ」

「意識や所作であるならば、克服できるはずだ。それは翔鶴自身の成長に繋がる……私は、問題を解決するにしても楽で安易な方法に頼って欲しくは無いのだ」

 

 スカートの下にジャージを履いて欲しくないというだけで、俺は真剣な表情で一体何を熱く語っているのだろうか。

 いや、考えてはイカン。冷静に自分の姿を顧みてはイカン。

 先ほどの瑞鶴で学んだテクニックを早速活かす時が来た。褒めていい気分にさせるのである。

 

「翔鶴。私はな、空母の中ではお前に一番期待しているんだ。あの赤城よりもだ」

「えっ、そ、そんな、何で私に」

「お前の弱点はその僅かな隙の多さだけだろうと思っている。だが、それを克服した時、お前はきっと赤城にも匹敵できると、私は信じているんだ」

「私なんかが……あの赤城さんにも……⁉」

「そうだ。だがその全てはお前の頑張り次第だ。ここで安易な方法に頼ってしまってはその可能性さえも失われかねない……」

 

 空母の中で翔鶴姉に一番期待しているという俺の言葉は嘘ではない。

 何しろ翔鶴姉は横須賀十傑衆第五席。俺ランキングの中で五本の指に入る実力者。

 他が赤鬼(赤城)青鬼(加賀)、その二人ですら恐れる大鬼(鳳翔さん)、妹似の要注意人物(瑞鶴)いい奴(龍驤)天才美少年(春日丸)というどうしようもない面子だらけの空母勢の中で唯一のエンジェルだ。

 空母勢の良心と言い換えてもいい。

 個人的にはその隙の多さも、欠点どころかラブリーマイエンジェル翔鶴姉の大きな美点のひとつ。

 そしてそれはちょっとやそっとの努力では改善されないだろうと信じている。

 赤城に匹敵できるは少し言い過ぎたような気がしないでもないが、翔鶴姉の隙が無くなる日はそう近くは無いから構わないだろう。

 俺は翔鶴姉に向かって、最大限のキメ顔で言ったのだった。

 

「欠点を克服する、それはとても難しい事だ。私だってそう思っているし、実際なかなか上手くいかない……それでも、それでもだ。翔鶴、お前に辛い、恥ずかしい思いをさせてしまうが……その可能性を、私に見せてくれないか」

「……っ! て、提督! 申し訳ありませんでした! 私、私は何も考えずに、提督の仰る通り、安易な方法に頼ろうとして……!」

 

 おぉっ! 妹と違って想像以上にチョロいぞ! 流石は翔鶴姉!

 翔鶴姉の涙は先ほどの悲しみからのものとは違い、感涙へと変わっていた。

 チョロすぎて若干不安になった。おそらく大淀の話術の影響下にあるのだろうが……。

 翔鶴姉は俺に駆け寄り、その手を取って言葉を続けた。わぁい、柔らかーい!

 

「私、頑張ります! 赤城さんを見習って、精進します! でも、その間、提督にお見苦しいものを見せてしまうかもしれません……!」

「気にするな。そんな事で私は迷惑だなんて思いはしない。成功への過程にはいくつもの失敗がつきものだ。たとえ意図せずに見えてしまったとしても、私はそれを見苦しいなどとは思わないよ」

「提督……ありがとうございます!」

 

 なんでパンツ見られる前提でお礼言われてるんだろう……。

 いや、俺の天才的話術によるものだとはわかっているのだが、大淀の話術の影響が強いとは言え、翔鶴姉チョロすぎる……。

 瞬間、俺の隣から強烈な殺気と視線を感じた。

 見れば、瑞鶴がもの凄い目で俺を睨みつけている。

 

「……まさかパンツ見えなくなったら困るってわけじゃないよね?」

「ば、馬鹿な。お前は一体何を言っているんだ」

「瑞鶴、なんでそう提督を疑うような事を言うの。提督は私の成長の為に、見苦しいものが見えてしまっても気にしないと言ってくれているのよ」

「やっぱり微妙に納得できない……!」

 

 くそっ、やっぱりコイツ油断ならねェ……!

 チョロすぎる翔鶴姉と極端すぎんぞ。胸部装甲を全て持っていかれた代わりに、注意力を全て受け取ったのだろうか。

 さっきは丸くなったかと思ったが、やはり俺への警戒心は健在のようだ。

 いや、大淀のおかげで初日に比べればマシになった方か……?

 少なくとも、俺の下心に関しては敏感だが、初日に感じていた全体的な敵意みたいなのは感じられないし……。

 疑いはしたが騒ぎもしないし、納得していないようだが堪えてくれている。

 うぅむ、ともかく、やはり瑞鶴の前では下手な真似は出来ないと考えていた方がいいだろう。

 丸くなったとはいえ、気を抜けば俺に向かって躊躇いなく艦載機を向かわせる事が出来る奴だ。

 

 瑞鶴はしばらく疑うように俺を睨みつけていたが、やがて大きく溜め息を吐いた。

 

「まぁいいわ。翔鶴姉が立ち直ってくれたのは事実だし……ほら、翔鶴姉っ、そろそろ倉庫の片付けに行こう。あまり長いと、また加賀さんに何か言われちゃうよ」

「えぇ。提督、ありがとうございました。私、これから赤城さんを見習って、隙が無くなるように頑張りますね! うふふっ、行きましょう、瑞鶴」

 

 翔鶴姉は笑顔でぺこりと頭を下げ、外へと歩み出し――瞬間、地面に躓いた。

 

「きゃっ」

「あっ、翔鶴姉、危ないっ!」

「きゃああっ⁉ うっ、うぅっ、痛い……」

 

 瑞鶴は反射的に手を伸ばし、翔鶴姉のスカートを掴み、だがそれで体重を支えられるはずもなく、翔鶴姉は見事に転んでしまった。

 何がどうなったのかは俺の提督アイによる動体視力でも捉えられなかったが、何故か翔鶴姉のスカートは綺麗に足からすっぽ抜け、瑞鶴の手に握りしめられている。

 翔鶴姉は瑞鶴の手元と自分の下半身を見比べて、瞬時に頬を染めながら絶句した。

 

「あ、あぁぁっ……⁉」

 

 翔鶴姉は現在パンチラどころかスカートを失い、パンモロしていた。

 紐だけではなく、その薄い桜色のパンツと白くきめ細やかな肌、柔らかな太ももと大きなお尻が白日の下に晒されてしまっている。

 それを見て思考停止してしまったのか、瑞鶴も頬を染め、口をぽかんと開けたまま固まってしまっていた。

 ありがとうございます! こういうのを待っていました!

 

 おっほっほっほっほっほっほっほっほぉ~!

 もう変な声しか出ませんよ……!

 何ですか~? この神々しいまでのフォルムは!

 これってつまり、翔鶴姉を抱きしめてもいい! という公式の許可が下りたって事ですよねぇ!

 なんて素晴らしいアイテム(パンツ)なんでしょう! 素晴らしい!

 では早速、心火を燃やしてチューから行かせていただきや~す! あざ~っす!

 

「提督さんは見ちゃ駄目! っていうか見すぎ!」

「ぶっ⁉」

 

 俺の視界を塞ぐように顔面に何かが投げつけられたが、翔鶴姉のスカートだった。

 しょ、翔鶴姉の……スカート……⁉

 拭いたい……! これで汗を拭いたい……‼

 やめろ! そんな事したらな、提督の風上にも置けねえぞ!

 で、でも目の前にあったら拭いたくなるじゃないですか……!

 いや、翔鶴姉はパンツが見えても気にしないと言った俺の為に、あえて顔面(ここ)にスカートを置いてくれているんだ!

 やったー! アーッハッハッハッハッ!

 ンフフフフ……ではここは心火を燃やして遠慮無く……!

 

「あぁーっ! 間違った⁉ 返してっ! ちょっ、何その恍惚とした顔⁉ 提督さん絶対変な事考えてたでしょ⁉ 仕方ないってレベルじゃなくて! やっぱり微妙に納得できない‼」

「ば、馬鹿な。誤解を招くような言い方はやめてくれないか。そんな事は無い。やはり瑞鶴が敏感故に大袈裟に感じるだけではないかな」

「私はいやらしくなんか無いッ‼ ……あっ」

 

 瑞鶴が甘味処間宮の入り口を見て固まった。

 翔鶴姉もそれを見て、顔をそちらに向ける。

 そこにはまるでフナムシを見るような目で翔鶴姉を見下ろしている青鬼が立っていた。

 加賀は翔鶴姉のスカートを握る瑞鶴と、下半身パンツ一丁状態の翔鶴姉を交互に見比べて、吐き捨てるように言ったのだった。

 

「ちょっと様子を見に来たのだけれど……姉妹ならではの流れるような見事な連携で提督に下着どころか下半身を見せつけるなんて……やはり五航戦は疑いの余地無くいやら姉妹ね」

「わぁぁーっ! もうやだぁっ! なんで私ばっかりぃっ!」

「あぁっ、翔鶴姉ごめーんっ! わざとじゃないのーっ!」

 

 翔鶴姉は再び号泣しながら店の外へと駆け出して行き、瑞鶴も慌ててそれを追って行った。

 加賀は表情ひとつ変えずに「それでは失礼します」と言って一礼し、再び帰って行く。

 何しに来たんだ。翔鶴姉を傷つけに来ただけじゃねぇか。鬼かアイツは。鬼だった。

 せっかく翔鶴姉の説得に成功したのに、これでまたジャージを履く意思が固くなってしまったらどうするんだ。

 いや、むしろ加賀はそれが目的と思われる……わざわざ様子を見に来て、翔鶴姉を更に傷つけてまで……何て奴だ。

 まぁ元はと言えば翔鶴姉が転んだのがいけないのだが……あの筋金入りの隙の多さと不幸っぷり……しばらく赤城みたいにはならなそうで一安心である。

 これからも俺のセクハラ被害担当艦としてよろしくお願いします。

 

 五航戦のファインプレーのおかげで俺の股間の高射装置が起動を開始し始めたので、俺は即座に席についた。

 席についた瞬間に完全に立ち上がってしまう。長10cm砲ちゃん、あんまり暴れないで! 空母もういないから!

 微妙な空気に包まれてしまっていた店内であったが、俺はカウンター越しに間宮さんを見上げて言ったのだった。

 

「……昼食にしようか」

「そ、そうですね! 提督、色々とお疲れ様でした。冷えてしまったものを温め直しますので、少々お待ち下さいね」

「わ、私もそろそろ作業に戻りますね。千代田とはちょっと気まずいけれど……とりあえず働きながら色々考えてみようと思います。提督、ありがとうございました」

 

 何の解決にもならなかっただろうに、千歳お姉は俺にお礼を言ってから、そそくさと店を出て行った。優しい。

 考えてみればさっきまでは横須賀十傑衆第一席と第四席と第五席がこの狭い空間にいたのか……。

 千歳お姉とも間近で話せたし、翔鶴姉の生パンツもバッチリ見れたし、匂いは嗅げなかったがスカートが顔に覆い被さるというご褒美も貰えた。天国かな?

 思い返せばその前の鬼畜艦隊との落差が酷い。

 しかもこの後は待ちに待った間宮さんの昼食だ。一体何が出てくるのだろうか……凄く香ばしくていい匂いがするけれど……。

 

「お待たせしました! 名付けて日替わり提督定食です!」

「おぉっ、美味しそうだな」

 

 満面の笑顔の間宮さんが運んできてくれた料理を見て、俺は思わず喉を鳴らした。

 まず、これはいわゆるスタミナ丼というものだろうか。どんぶりに盛られたご飯の上に、ニンニクや玉ねぎ、ニラと炒めた豚肉が載せられ、仕上げに卵が落とされている。

 ニンニク、玉ねぎ、ニラ、豚肉……どれも精力がつく食材として有名だな。

 間宮さんの料理は俺の股間が元気になる傾向があるが、こんなものを食べて大丈夫だろうか。

 次に山芋をすりおろしたもの、いわゆる山芋のとろろが小鉢で添えられている。

 わさび醤油でいただくのだろう。美味しそうだ。

 山芋……粘り気があり、精力がつく食材として有名だな。こんなものを食べて大丈夫だろうか。

 更に、牡蠣をさっと茹でたもの。レモンを絞っていただくのだろう。昼食にしては贅沢すぎる。

 海のミルクと呼ばれる牡蠣はセックスミネラルと呼ばれる亜鉛を豊富に含み、ビタミンCと一緒に摂取する事で吸収率が上がるという……つまり精力がつく食材として有名だな。大丈夫だろうか。

 汁物も添えてある。さっきしじみ汁を飲んだばかりなのだが、これは別腹なのだろうか……。

 野菜がたっぷりで栄養バランスも良さそうだ。何か見た事の無い肉が入っているが……一体何だろう。

 ただの味噌汁や先ほどのしじみ汁とかでは無さそうだが……。

 

「これは何だ?」

「スッポンのお鍋です。味が染み出て美味しいですよ」

 

 そうか、スッポンか……食べるのは初めてだな。

 言うまでもなく精力がつく食材として有名……って全部精がつく食材じゃねぇか!

 現在オ〇禁一日目、そしてこれからも継続していかねばならない俺が食っていい代物ではない。

 食べたらムラムラしてしまう食材のオンパレードではないか。

 これは一体どういう事だ。間宮さんだけでなく鳳翔さん達まで何故……。

 固まってしまった俺を見て、間宮さんが少し不安そうに言った。

 

「あ、すみません。もしかして、苦手なものが……?」

「い、いや! そうではない。思ったよりも豪華で、驚いてしまっただけだ。まさか牡蠣やスッポンが出てくるとは……常備しているのか」

「ふふっ、私と伊良湖ちゃんは給糧艦ですから」

「出汁を取るとなると時間もかかりそうだが……」

「ふふっ、給糧艦ですから」

 

 わ、わからない……。

 夕張が装備の説明をしてくれたように、給糧艦は食材を艤装に保管できるとか、そういう事なのだろうか……。

 調理にも時間がかかりそうだが、それも給糧艦だから何とかできるのだろうか……。

 ま、まぁいい。気になっているのはそういう事では無い。

 

「なんというか、元気が出そうな食材ばかりだな」

「わかりますか! 実は、佐藤元帥に言われたんです。提督は、自分自身に対して無頓着なところがある、食事を通して提督を支える事が、私達の大切な仕事なのだと」

 

 さ、佐藤さん、裏で間宮さんにそんな事を……基本的にいい人なんだよな。俺のケツを狙ってさえいなければ……。

 いや、しかし身に覚えが無い事だ。佐藤さんは何でそんな事を……。

 

「佐藤元帥の言葉とはいえ、私は自分に無頓着だとは思っていないが……」

「いいえ、提督。着任当日は夜食のおにぎりとアイスしか口にしていないでしょう。翌日は夕方に目覚めて、歓迎会で私達が作った料理を食べて下さりましたか?」

 

 ……そう言えば、テーブルには美味しそうな料理が沢山並んでいたが、結局何も箸をつけなかったな。

 つけなかったというか、つける暇が無かったというか……。

 艦娘達が次から次に挨拶に来て、その対応に必死だったからな……。

 酒をがぶがぶ呑んでたから別に空腹も気にならなかったし、そもそも食は細い方だし……。

 足柄のカツカレーも食えなかったから、結局口に出来たのは磯風の焼いた炭だけだ。あれは料理にカウントされない。

 

「……い、いや、色々あって食べる暇がなくてな」

「ほら、やっぱり……私も、せっかく心を込めて作ったのに……皆に構って下さるのは私としても非常に嬉しい事ですが、それでも箸をつけられないというのは、少し、寂しいものです……」

「わ、悪かった、悪かった……」

 

 しゅんと落ち込んでしまったような間宮さんであったが、すぐに眉を吊り上げて自信満々に言葉を続けた。

 

「と言うわけで、今回は栄養補給を重視して、元気が出るような食材を選んでみました!」

「そ、そうか……そこまで考えてくれていたんだな。ありがたくいただくよ」

「はい! お代わりもありますよ! これからは三食、私達が心を込めてお作りします。食事を抜こうとしないで下さいね?」

 

 結婚したい。完全にご褒美ではないか。

 元気が出る方向性がちょっと違うような気がするが、まぁ一応間違ってはいない。

 股間が元気になるという事は全身に活力がみなぎるという事と同義だからな。

 元気が出る食事というものは栄養が豊富という事なのだから、男の場合は必然的に股間も元気になるものなのだ。多分。

 

 しかし俺の股間に即効性が強い間宮さんの料理……オ〇禁一日目の俺は正気を保っていられるだろうか。

 下手をすれば俺の中に封印されている魔物が理性の鎖を引きちぎって解き放たれる可能性も……。

 しかし普通に美味そうだし、ここまで心を込めて作られた手料理を残す事などできるはずも無い。

 う、うむ。きっと大丈夫であろう。なんかイケそうな気がする、いやイッたらアカン、いけそうな気がする!

 長10cm砲ちゃん! だからあんまり暴れないで!

 俺は自分の意思の強さを信じて、待望していた昼食をようやく口に運んだのであった。




大変お待たせ致しました。
仕事の都合も相まり遅筆っぷりに拍車がかかり申し訳ありません。
なんとか新艦も全員お迎えでき、待望の照月をお迎えする事も出来ました。
次回のイベントでは秋月と朝風との出会いに期待したいところです。

ついにアニメ第二期が発表されたらしいとか、某正規空母や夕雲型などの改二が実装されるらしいとか、気になる情報が入ってきて落ち着きません。
特に改二実装についてはその対象とタイミングによって今後の展開にも結構関わってきたりするのでそわそわします。
アニメ第二期は時雨主役の西村艦隊メインらしいですね。楽しみです。

次回の更新まで気長にお待ち頂けますと幸いです。

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