ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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048.『考察』【提督視点】

 天龍と龍田が去り、一人ぼっちになった俺は倉庫の奥に隠れて凹んでいた。

 天乳ちゃんのパイ圧が恋しい。

 

『提督さんは一人ぼっちじゃないよ』

『私たちがいるじゃないですか』

 

 ダ、ダンケ……でもお前達は数としてカウントしたくない……。

 なんか負けた気がする……。

 いや、俺は学校でも職場でも孤独に生きてきた男。

 こんな事で今更傷ついてたまるか。俺の十八番、ポジティブシンキングを発動だ。

 そう、考えてみれば艦娘達の監視を逃れて一人になれたというのはこの上無い好機ではないか。

 元々俺がここに来たのは艦娘達の目を逃れ、長門達の信頼を取り戻す方法を考える為だった。

 満潮もなんとか立ち直ってくれたのだ。時間は有限、満潮を見習って俺も気持ちを切り替えようではないか。

 

 俺は乱雑に積まれた装備の陰に隠れて適当に腰かけ、懐の中に忍び持っている『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』を取り出した。

 ……いかん、この倉庫は隠れるにはちょうど良いが暗すぎる。

 せっかく勉強しようとしてるのにページがよく見えん。

 

『あったよ、探照灯が』

 

 よし、でかした! この探照灯超助かる!

 一匹のグレムリンが俺の頭上から探照灯の光を照射した。

 グレムリンにしては気が利くではないか。褒めてつかわそう。

 俺がその頭を撫でてやると、グレムリンは目を細めて『ふわぁー』などと間抜けな声を出した。

 

『あー、ずるいよー』

『私も、私もー』

『負けてられないです』

『こっちも探照灯です』

『私達は96式150cm探照灯を持ってきました』

『あぁー、大型探照灯はずるいです』

『褒めて褒めてー』

 

 うおッ! 眩しッ⁉

 どこからかわらわらと湧いてきたグレムリン共が俺の至近距離で巨大な探照灯を照射した。

 やめろ! 目が潰れる‼

 

『えぇー』

『サダオのくせに注文が多いです』

 

 馬鹿者! いいか、一人が褒められたからといってどいつもこいつもそのまま真似をする奴があるか。

 そういうのを柳の下の二匹目のドジョウを狙うと言うのだ。

 思考が単純すぎる。単細胞生物かお前らは! 恥ずかしいと思わないのか、まったく!

 まぁ、サイズ的に豆大福程度の脳みそしか無さそうだからな……。

 

『サダオの風船頭よりは中身が詰まってると思いますが』

 

 俺の頭が軽くて空っぽだって言いてーのか! 黙ってろ!

 くそっ、お前らに構っている暇など無いのだ。何とかしてアイツらに見直してもらわねば……。

 敵は多いが、とりあえず長門に焦点を絞ろう。

 将を射んと欲すれば先ず馬を射よと言うからな……。

 名付けて信頼を得んと欲すれば先ずゴリラを射よ作戦だ。

 まずは間宮さんにでも相談して賄賂(バナナ)を一房用意して……。

 

『何の為に本を開いたんですか』

『サダオはほんと馬鹿だなー』

『はいはい、提督ー。私にいい考えがあります』

 

 俺の目の前で一匹のグレムリンがぴょんぴょんと飛び跳ねながら挙手していた。

 ほう、参考までに一応聞いてみようではないか。

 

『長門さんは連合艦隊旗艦を務めた栄光を大切にしているので、また連合艦隊の旗艦を務めさせてあげればいいと思います』

『おー』

『おぉぉー』

『流石は艦隊司令部施設妖精さんです』

『頭いいです』

『ふふふ、連合艦隊の事ならお任せください』

 

 艦隊司令部施設って何だ……? つーかこのグレムリン、どことなく大淀に似てるな……。眼鏡かけてるし。

 俺よりも頭良さそうなのがなんかむかつくんだが……。

 俺の桃色風船頭よりは確実に中身がぎっしり詰まってそうだ。

 

 しかし旗艦を務める事ってそんなに嬉しい事なのか……?

 そういえば一昨日、天龍も旗艦を命じられてとても喜んでたな。

 そこまで考えていなかったが、艦娘達にとって旗艦とは艦隊のいわゆるリーダー的な存在、それに命じられるのは名誉という事だろうか。

 ならば群れの長たる長門もまた同様。単純な天龍ちゃんのようにはいかないだろうが、旗艦に命じた俺の事を見直してくれる可能性も無きにしも非ずという事か。

 グレムリンの案にしてはなかなか……い、いや、俺の考えた賄賂(バナナ)に勝るとも劣らないといったところかな。

 俺も頭脳も負けてない。うん。

 

 ところで連合艦隊って何だ……?

『やさしい鎮守府運営』の目次から連合艦隊について記載されているページを開いてみる。

 結構後半に記載されていたという事は、艦隊運用の中でも上級編という事なのだろう。

 つまり連合艦隊を運用できる提督()の能力の高さを証明する事にもなる……よし、ここは基本をぶっ飛ばしてでも学ばねば。

 なるほどな。大雑把に言えば、通常は最大六隻編成のところを、二つの艦隊を合体させて十二隻編成とするから連合艦隊という事か……。

 しかし普通の艦隊を二つ同時に運用するのと何が違うんだ……?

 

『そんな事も知らないんですか』

『目的によって、水上打撃部隊とか空母機動部隊とか輸送連合とか色々あるんですよ』

『陣形も戦術も通常艦隊とは大きく変わるじゃないですか』

『馬鹿が』

 

 今なんか凄い辛辣な奴いなかった?

 怒ってないからちょっと名乗り出てくんない? 絶対怒ってないから。

 

『私です』

「この野郎!」

 

 俺は名乗り出てきたグレムリンの頬を親指と人差し指でぷにぷにと挟み上げた。

 くそっ、赤ちゃんの肌みてーだ。何だこのマシュマロほっぺは。無駄に肌触りが良いのがむかつく。

 

『わぷぷ』

『あー、いいなー』

『私も、私もー』

『この馬鹿が』

『クソ童貞』

『まるでさくらんぼの化身ですね』

『そんなんだから彼女できないんですよ』

 

 やめろ! だから二匹目のドジョウ狙いはやめろ!

 つーか単純にむかつくからマジでやめろ!

 俺がグレムリン共と格闘していると、積まれた装備の陰などあちこちから大量のグレムリンが湧いて出てきた。怖っ。

 俺の目の前の床に集まったグレムリン共は「整理整頓」「断捨離」「金曜日はカレーの日」などと書かれたプラカードを持って俺を見上げていた。

 胸元に「ーダーリ」の名札を付け、先頭に立つグレムリンが声を上げると、その後ろのグレムリン共もそれに続く。

 

『そんな事よりも、この状況を何とかしろー』

『何とかしろー』

『この装備のほとんどは開発された後、一度も使われていないぞー』

『いないぞー』

『せっかく呼ばれて出てきたのに』

『こんなのはあんまりです』

『使わないならさっさと廃棄しろー』

『廃棄しろー』

 

『私たちなんかこの山に埋もれてすっかり出番が無いのです』

『忘れ去られてます』

『ずっと昔から頑張ってきたのに』

『せっかく改修してもらったのに』

『結構役に立てるのに』

『しくしく』

 

『あー、泣かせたー』

『サダオのせいです』

『許せません』

『サダオ最低です』

『最低のダメ男です』

『略してサダオです』

 

『ストライキです』

『団結です』

『闘争です』

『交渉です』

『我々はー、倉庫内の整理整頓を要求するー』

『要求するー』

『不要な装備は廃棄しろー』

『廃棄しろー』

『そして我々に出番をよこせー』

『出撃させろー』

『わー』

『わぁぁー』

 

 う、うざってぇ……! これでは長門の機嫌を取る為の策を練るどころではない。

 確かに俺もこの乱雑な状況はどうかと思うが、大淀や長門など他の艦娘達が何も言わないのであれば、それでいいのではないか。

 俺は素人だからな。奴らにも何か考えがあるのかもしれん……。

 ならば優先度は低い、故に却下! さっさと持ち場にカエレ!

 

『あー、そんな事言っていいんですか』

『それなら私達にも考えがありますよ』

『ちらっ、ちらっ』

 

 交渉しているつもりなのか、先頭のグレムリンが顔を背けながらちらちらとこちらを見てくる。非常にウザい。

 えぇい、うるさい! なんだ、まさかこの俺を脅すつもりか。くだらん、一応聞いてやろうか。

 

『私達の頼みを聞いてくれなきゃ、いたずらしちゃいますよ』

 

 ハロウィンかよ。話にならんな。お菓子もやらん。帰れ帰れ。

 

『日本中で』

『いや世界中で』

 

 ……今なんか凄い不穏な事言わなかったか?

 豆大福程度の脳みそしか無いと思われるグレムリン共の考えるいたずらなんてたかが知れているが、万が一の事を考えると……。

 俺だけならいいが、もしもこの馬鹿共が何かをしでかしてしまい、周りに何か問題が起きた時、俺の監督不行き届きで責任を問われ、横須賀鎮守府の提督の座を退かねばならん可能性も無いとは言えん……。

 うぅむ、佐藤さんも妖精さんには逆らうなと言っていた事だし……くそっ、非常に不本意だが長門よりも先にこいつらのご機嫌を取らねばなるまいか。

 倉庫内の整理整頓だけならば専門知識もそこまで必要なさそうだし、そんなに大変ではないだろう。

 

「わかったわかった。俺が何とかしてやるから」

『わー、流石です』

『話のわかる提督さんで嬉しいです』

『これからも仲良くしましょう』

『私達とサダオの仲じゃないですか』

『わぁぁー』

『わぁい』

 

 グレムリン共は揃って万歳していた。

 なんかやり口がヤクザじみてると思うのだが……。

 足元のグレムリン共を蹴散らしてやりたい衝動を堪えていると、不意に倉庫の入り口の方から俺を呼ぶ声がした。

 

「提督っ、提督、どこっ?」

 

 うおっ、誰だ……? この声は夕張か。

 迷わず声をかけてきたという事は、天龍か龍田から俺の居場所を聞いてきたという事だろうか。

 このまま隠れるべきか……それとも姿を見せるべきか。

 夕張もあの時長門達と一緒にいたんだよな……だが龍田の話を聞くに、大淀が皆をまとめてくれたとの事だ。

 そう考えると、大淀、明石、夕張、青葉の同志(フレンズ)組は、俺に対して穏健派のはず……!

 青葉は俺と一緒に舞鶴についていくとまで言ったほどだし、夕張も信じていいのでは……。

 それに、夕張は俺への監視の目は鋭いが、それを踏まえても俺の心を妙にくすぐる青春巡洋艦……。

 横須賀十傑衆にランクインしておらず、パイオツは控えめだし年下系なのだが、単純に可愛い。

 俺にとって結構イレギュラーな存在だ。どうしてイレギュラーは発生するんだろう……。

 よ、よし、ともかく夕張ならば大丈夫だろう。

 

 俺は装備の山の陰から顔を出す。

 それを見て夕張は俺のもとへと駆け寄ってきた。

 

「どうした、何かあったのか」

「こんなところにいたのね? 迷惑だったかな」

「いや、そんな事は無い。少し、この装備の山をどうにかしなければと考えていてな」

 

 俺がそう言うと、夕張は何故か顔を一気に紅潮させながら頭を下げた。

 

「あぁ、もう……本当にごめんなさい! 恥ずかしい……」

「……何がだ?」

「その……この一年間はちょっと、忙しかったり、提督からの指示が無かったから片付けられなかっただけで……わ、私、片付けができないってわけじゃないから! そこは誤解しないで、ほしいなって……」

 

 可愛い。まるで散らかっている部屋を見られた幼馴染のようなリアクションだ。

 い、いや、いかん。やはり夕張が穏健派のようだからといって浮かれている場合では無い。

 俺が夕張の可愛らしさに内心呆けていると、倉庫の入り口の方から今度は明石の声がした。

 

「あれ? 提督ー? 夕張ー? おかしいな、いないのかな……?」

 

 奥に隠れている俺と夕張の姿が見えないのであろう。

 夕張が大丈夫だったという事は、明石も穏健派と判断して間違いない。

 俺が顔を出して明石に声をかけようとした瞬間――夕張が俺の背にぎゅっと縋りついてきた。

 夕張の腕が俺の身体に回され、背後から抱きしめられるような形になる。

 えっ⁉ ななな、何事⁉

 夕張のメロン、いやメロンというには少しパワー不足、ピーチ、いやピーチはせめて明石レベルでなければ、レモン、そう、夕張のレモンが俺の背にぴたりと押し当てられる。

 インクレディブル夕張……! いかん、俺の股間のチェリーエナジーが反応して……!

 見ぬふりか……? もぎ取るか……? 禁断の果実!

 

 訳も分からず混乱する俺が固まっている内に、明石は倉庫から出て行ってしまった。

 ばくばくと跳ねる心臓はまったく落ち着かない。

 俺は背中の夕張に向けて、何とか言葉を絞り出した。

 

「ゆ、夕張。どうしたんだ」

「あっ……な、なんでだろ。何故か、気付いたら身体が勝手に……あはは、なんでだろうね」

 

 背中からぱっと離れ、そうは言っていたものの、夕張は顔を伏せ、何だか暗い表情を浮かべていた。

 妙に気まずい沈黙がしばらく流れる。

 しばらく考え込んでいるように黙ったままの夕張であったが、意を決したかのように顔を上げた。

 

「て、提督。あ、あのね……? 昨日、言ってくれたじゃない? ご褒美を、思いついたら教えてくれ、って……」

「あ、あぁ……」

「その、思いついたから……聞いてくれる?」

 

 夕張はそう言うと俺の手を取り、その小さな両手でそっと包み込みながら、泣きそうな表情を浮かべて言葉を続けた。

 

「……死なないで……」

「エッ」

「提督の気持ちもわかるけど……本当に辛くなったら……その身に危険が迫ってきたら、私達に構わないで舞鶴に逃げて……! 提督ならわかってるとは思うけど、この鎮守府は舞鶴に比べてかなり危険だから……自分の身体を大切にして……」

 

 どどど、どういう事だ。何で夕張は俺の死の心配をしているのだ。

 その目に偽りは見られない。ガチで俺の事を心配してくれている。ダンケ。

 一体何が起こっているんだ。頭を整理しろ。

 駄目だ、わからん。夕張は何を言っているんだ。俺の事を心配して憂いの表情を浮かべる夕張が可愛い事しかわからん。

 と、とにかく何か返事をせねば。

 

「な、何の話だ?」

「えっ……あっ、そ、そうだったね。私達は何も聞いてないから……うん……うぅん、何でもない。とにかく、自分の心配をした方がいいよ、ってだけの話。お願い……」

 

 可愛い。いかん、本格的にわからなくなってきたぞ。

 何で夕張ははぐらかしたんだ。というか、自分の心配をしろと忠告するだけならば、別にご褒美を使うまでも無いはずだ。

 つまり貴重なご褒美のお願いという権利を使用してまで夕張が「死なないで。自分の心配をして」と言ったという事は、それを最優先に考えてほしいという事。

 俺に命の危機が迫っているというのか……⁉

 いや、そんな事よりも、自分の為ではなく俺の為にご褒美のお願いを使うとは……夕張、良い子すぎるだろ。可愛い。

 夕張の真剣な表情を見るに、冗談では無い。

 俺の身が本格的に危なくなったら、舞鶴に逃げてもいいと言っている。

 これはつまり、横須賀鎮守府に残る事で、俺の身に危険が迫ると言いたいのか……?

 元々舞鶴に左遷される予定だったが、大淀のおかげで横須賀に残る事ができたと喜んでいたのだが、夕張的にはむしろ俺の命が危ないと……?

 わからん……異動する気などさらさら無いが、とにかく言葉だけでも、悲し気な表情を浮かべる夕張を慰めねば。

 

「夕張、心配してくれてありがとうな。わかった、本当に辛くなったら、舞鶴に異動する事も検討する事にするよ」

「ほ、ほんと……? 絶対、約束よ……?」

 

 夕張はそう言って、その小指を俺のそれと絡めた。可愛い。

 指切りをしながら、ばくばくと脈打つ鼓動を忘れるように、俺は夕張と見つめ合う。可愛い。

 

「――あぁ、約束だ。俺は死なない」

「うん……あれっ、提督、今、自分の事『俺』って……」

「あ、いや、き、聞き間違いだな。私は死なない。うむ」

「いやっ、絶対言ってた! そう言えば提督命令の時もそう呼んでたような……提督、さては猫を被ってない⁉」

「い、いや、知らんな。私は私だ」

「もうっ! いいじゃない! そんなに気を張らなくたって! せめて私と二人きりの時くらい――」

 

「……何いちゃついてんのかな、二人とも」

 

 不意にかけられた声に俺と夕張が振り向くと、そこには呆れたような冷たい視線を向ける明石が立っていた。

 いつもの改造セーラー服みたいな装束ではなく、着任初日の夕張のような、作業着とタンクトップというラフな格好に着替えている。

 夕張は瞬時に耳の先まで顔を赤くして、わちゃわちゃと両手を動かした。

 

「あああ、明石⁉ な、なんでここに⁉」

「いや、着替えて戻ってきたら声がしたから……さっき私が声かけた時もいたんでしょ。何で返事しなかったのよ」

「い、いや、それは、その」

 

 要領を得ない夕張を見限ったように、明石が拗ねたような眼を俺に向けた。

 

「……提督、どういう事ですか」

「う、うむ。私は顔を出そうとしたのだが、夕張が――」

「わーっ! わーっ! わぁぁぁぁっ! と、とにかく何でもないのっ! はいっ、この話は終わりっ! そうそう、片付けだったわね! 私も着替えてくるから!」

 

 そう一気にまくしたてるように叫んだ夕張は、その場から逃げ出すように駆け出していってしまった。可愛い。

 去りゆく間際に、泣きそうな、縋るような眼で、俺の顔を睨みつけていく。

 明石には先ほどの事は話すなという事だろう。

 一方で明石はそれを知りたがっているような、俺を責めるような視線を向けていたが……今回は俺の為にご褒美のお願いを使ってくれた夕張に配慮して、うまく誤魔化そう。

 

「で? 一体何があったんですか。言えないって事は、まさか人に言えないようなやましい事してたってんじゃないでしょうね?」

「そんなわけ無いだろう。夕張は私の身体を心配してくれていたんだ。まぁ何の話か私には理解できなかったがな」

「身体の心配……あぁ、そういう事ですか。まったく、大淀もそういう事は口にするなって言ってたのに……」

 

 大淀が口止めを……? どういう事だ。

 もしや夕張が明石に見られたがらなかったのは、あの忠告自体、本来俺に言うべき事ではなかったからなのか?

 俺が横須賀に残る事で俺に命の危険が迫る……それを知っていながら、大淀は無能な俺に利用価値を見出し、ここに残す判断を下した。

 勿論、命の危険(リスク)についてはただの傀儡である俺には伏せておく……大淀の動きが黒幕すぎんぞ!

 お、大淀さん! 何を考えているんですか……⁉

 だ、駄目だ、俺程度では大淀の領域は理解できねェ……‼

 理解できたのは、それでも俺の事を心配してこっそり忠告してくれた夕張がめっちゃ良い子だという事……おまけに可愛い。

 

「でも、あの慌てっぷりはそれだけじゃないと思うんですけどねぇ」

「そ、それだけだ。それよりも明石、昨日はよく眠れたか」

「えぇ、そりゃあもうグッスリと。ありがとうございました」

「そ、そうか。それはよかった。身体は大切にしなくてはな」

 

 俺が露骨に話題を逸らそうとすると、明石は一瞬それが気に障ったような眼になったが、やがて仕方ないとでも言いたげな表情で息をついた。

 

「もう……夕張の気持ちもわかりますよ。提督は私の心配をする前に、自分の心配をするべきだと思います」

 

 呆れたようにそう言った後で、顔を背けて、俺に聞こえないくらいの声でぼそりと何かを呟く。

 

「そんなんだから……夕張も、私も本気になっちゃうんですよ」

「……ん? なんだって?」

「あ、いや……だ、だからっ、もう私も本気ですからね。本気出しますからねっ! 提督がその気なら、私も覚悟を決めました。私や夕張だけじゃなくて、大淀も長門さん達も、皆、本気になっちゃいましたから! 完全に火がついちゃいましたから! 提督のせいですから! 全部、提督のせいですからねっ⁉ もうどうなっても知りませんからっ!」

「だ、だから一体何の話を……」

「ふーんっ、知りませんっ! ご自分の胸に聞いてみたらどうですか? 私が聞いてみましょうか。どれどれ」

 

 何故か赤面した明石はそう言うと、何かを誤魔化すかのように俺の胸に耳を当ててきた。

 必然的に明石の顔がぴったりと押し当てられ、その身体との距離もほぼゼロになる。

 というか本人にその気は無いのだろうが、明石のピーチが非常に絶妙な距離感で俺の身体にふよふよと触れていた。

 まずいぞ明石くん、このままでは俺の股間がバナナバナバナナ……!

 こ、こいつやっぱり無意識に距離が近すぎる……! ドキドキしてるのは俺だけだろう。

 い、いかん、意識しては……俺が女慣れしてない事がバレてしまう。

 しかし新型高温高圧缶とタービンを装備した空色の巡洋艦並の速さで高鳴る鼓動など、自分の意志で何とかなるはずもない。

 

「……何か凄い鼓動が早いんですけど……大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だ。大体いつもこんな感じだ」

「いつもこんな感じなんですか⁉ しゅ、修理した方が……あ、いや、何でもありません」

「う、うむ。ところで、夕張とも話していたのだが、この装備の山を何とかせねばならんと思っていてな」

 

 俺がそう言うと、明石は思い出したかのように俺の胸から顔を離し、辺りを見渡した。

 

「あー、確かにこれは見るに堪えないですよね。申し訳ありません」

「いや、いいんだ。ただこれからはその辺りもしっかりしておきたい。まずはこれを最優先だな」

「不要な装備を廃棄すれば、これだけの量なら少しは備蓄の足しになるかもしれませんしね」

「うむ。それと、有用な装備が眠っているかもしれん。その辺りを把握しておきたい」

「うっ……も、申し訳ないです。ここ一年、それどころではなくて……」

 

 グレムリン達に半ば脅された事は伏せておく。

 妖精達の言いなりになっているなんて事が知られてしまっては提督の威厳など台無しになるからだ。

 それにしても、改めて考えてみれば、艦娘達の装備とはそもそもどういったものなのだろうか。

 装備を積んだと言っても、艦娘達がそれをそのまま抱えているようには見えないし……。

 少しそれが気になったので、俺は明石に問いかけた。

 

「明石。ちなみに、これらの装備品というのは一体どのような原理でお前達に積まれているのか、教えてくれないだろうか」

「あっ、はい! 勿論です。まず、装備というのは――」

「ちょおっと待ったぁーっ!」

 

 勢いよく滑り込んできたのは、明石と同じような作業着に着替えた夕張であった。

 何やら聞き逃せない事があったのか、夕張は俺と明石の間に割り込んできて胸を張った。控えめだが可愛い。

 

「提督、水臭いじゃない! 装備の事ならこの兵装実験軽巡、夕張に聞いてよね!」

「……夕張、提督は私に訊ねてきたんだけど」

「いいのいいの! 明石は泊地修理とかについて説明したでしょ⁉ 装備と言ったらこの私! ねっ、提督! いいよね?」

「全然よくないんだけど……」

 

 先ほどまでとは目の色が変わっており、その輝きも増していた。

 得意分野の話だったから聞き逃せなかったのだろうか。可愛い。

 明石は呆れたような抗議の視線を向けていたが、せっかくなのでその熱意を買う事にする。

 

「そこまで言うなら、今回は夕張に頼むとしよう」

「はいっ! 夕張にお任せ! ふふっ、私達がどのようにして装備を積んでいるかという事だったけど」

 

 夕張に促されて、俺達は倉庫の奥から入り口の辺りまで移動した。

 ある程度の空間が欲しかったのだろう。夕張は少し距離を取って、自分の艤装を具現化した。

 腰の辺りで固定され、背中に背負っている艤装から両手に伸びている砲塔。

 足首に装備されているのは魚雷だろう。

 

「まず、艦娘達にはそれぞれ固有の艤装があるわ。装備を積まなくとも、基本的にこれだけで戦闘を行う事は可能よ」

「ふむ。主砲も魚雷も飾りというわけでは無いという事だな」

「うん。そこに、装備を積むわけね。そうね……よいしょ、よいしょ、例えばこの14cm連装砲と、61cm四連装酸素魚雷」

 

 夕張は近くに積まれていた装備の山の中から、主砲と魚雷発射管らしき装備品を持ってきた。

 勿論、実艦サイズではなく艦娘サイズではあるのだろうが、それでもそれなりに大きく、重量もありそうだった。

 だが、夕張が足元に置いたそれにそっと手を触れると、それらの装備品は一瞬にしてヒュンと消えてしまった。

 

「おぉ……?」

「今、私は先ほどの二つを装備したわ。艤装の見た目はあまり変わらないかもしれないけれど、砲撃火力と魚雷の威力は何も装備していない状態に比べて遥かに上昇しているのよ?」

 

 なるほど……つまり艦娘の艤装がハードだとすれば、装備品はソフトだという事か。

 CDプレイヤーの中にCDを入れる事で色んなジャンルの音楽を流せるように、艤装の中に装備品を取り込む事で、その能力を使用できるという考えで間違いは無いだろう。

 よく見れば、足首についていた魚雷発射管の形状が若干変わっている。四連装になったという事か。

 主砲は変わらないように見えるのは、元々艤装と同じものだからだろうか……。

 夕張はさらに、近くに転がっていたドラム缶を抱えてくる。

 同じように手を添えると、ドラム缶も消えてしまった。装備したという事だろう。

 

「知ってるとは思うけど、私達の艤装には必要量以上の資源を搭載できる性質があるわ。遠征で資源を回収し、黒字に出来るのはそういう理由からなんだけど、その資源搭載量を更に増大させる事ができるのがこのドラム缶。他にも大発動艇とかがあるけれど、これらを装備した場合は、艤装に能力が上乗せされるんじゃなくて、そのまま具現化されるの。自分の意志で出し入れ可能だけどね」

 

 夕張がそう言って手をかざすと、目の前にドラム缶が現れる。

 

「探照灯や爆雷投射機、WG42(ロケットランチャー)なんかも同様ね。艦娘によっては神通さんみたいに艤装に探照灯が装備されている場合があるから、そういった場合は例外だけど、それ以外の場合は別に具現化される形になるわ。こんな風にね」

 

 今度は探照灯を持ってくる。それに手を添えると、姿が消える――つまり、夕張が探照灯を装備する。

 そして直後に、夕張の太ももに探照灯が具現化された。

 作業着に着替えていなければ合法的かつ自然に夕張の太ももをガン見できていたのが非常に惜しい。

 

「なるほどな。元の艤装に無い性能を持つ装備の場合、追加の武装として具現化されるというわけか」

「ふふっ、その通り。強化弾とか電探、ソナーなんかは艤装に含まれるんだけどね。ちなみにバルジを装備すると私達自身の装甲が強化されるのよ」

 

 夕張は話しながら、機銃らしき装備を持ってきた。

 それに手を触れるも、今度は消えない。

 

「ただし、艦娘達には装備を積める数が決まってるわ。艦隊司令部はこれを『スロット』と呼んでるわよね?」

「あ、あぁ」

 

 初耳であった。

 いや、艦娘達に装備を積める数が決まっているという事くらいは知っていたが、スロットなる言葉は知らなかった。

 まぁ艦娘達は(ふね)だからな。重量制限のようなものがあるというのは理解できる。

 駆逐艦が戦艦用の大口径主砲を積めないというように、数だけではなく種類によっても装備が制限されるらしい。

 

「大体は三つか四つ。私は四スロットで、今は全て埋まってしまっているから、機銃は積めない状態ってわけね」

「ふむ。必要に応じて適切な装備を積まねばならないという事だな」

 

 例えば主砲は当然として、潜水艦に備えてソナーと爆雷、敵艦載機に備えて電探と機銃、装甲を固める為にバルジ、などと一度に全てを得る事は出来ないという事だ。

 む、難しいな……。そうなるとやはり対空担当とか対潜担当とか役割を分けて装備した方がいいという事か。

 今にして思えば、六隻全て空母で艦上攻撃機ガン積みとか六隻全て対潜装備ガン積みとかで出撃させた初日の俺は本物のアホだな……。

 素人丸出しではないか。そりゃあ艦娘達に不信の目を向けられるわ。凹む。

 ともかく艦娘達がどのようにしてこれらの装備を積んでいるのかはよく理解できた。

 

「大体わかった。夕張の説明は実にわかりやすかった、ありがとう」

「ふふっ、光栄ね。また装備の事で何かあったら、いつでもこの夕張を呼んでよね?」

 

 夕張は満足気にそう言って微笑んだ。可愛い。

 出番を奪われた明石が恨めしそうなジト目を向けていたが、あえて触れてやらない事にする。

 グレムリン共がいつ騒ぎ出すかわからんし、面倒な事になる前に早めに済ませねば。

 

「と、とにかく倉庫の片付けについてだが、人手は足りて――」

「司令! 司令はどこだ⁉ 出てこい!」

 

 うおッ⁉ な、何だ⁉

 倉庫の外から何やら地響きと辛辣な声が響いてきた。

 あの声は磯風だろうか……? 何やら嫌な予感が……。

 同じく目を丸くした夕張、明石と共に倉庫の外へと出て行くと、物凄い形相で数人の艦娘がこちらに向かって駆けてきていた。

 そのどれもが獲物を狩る猛獣のような眼をしていた。

 そしてその眼が俺を見据え、その勢いが更に加速した。

 まるで誰が先に獲物を仕留めるかを競っているかのようだった。

 

 提督アイ発動! 敵影見ゆ! 敵編成確認!

 

 駆逐()級flagship!(炭素魚雷艇型)

 軽巡()級flagship!(修羅型)

 重巡()級flagship!(狂犬型)

 空母()級flagship!(赤鬼型)

 空母()級flagship!(青鬼型)

 戦艦()級silverback!(ゴリラ型)

 

 百鬼夜行かな?

 何だあのバランスの良い編成は。火力、対空、対潜、どれも隙が無い。

 初日の俺に対する当てつけのようだ。

 あんなものを相手にする深海棲艦は不幸としか言いようがない。

 って十中八九俺じゃねーか‼

 ま、まさか夕張が心配していた、俺に迫る危険とは――⁉

 明石が言っていた、俺のせいで皆に火がついて本気になっちゃった事とは――⁉

 大淀が俺に伏せていた、命の危機とは――⁉

 

 アカン! 大淀さん! 話が違います!

 奴らが俺と戦いたがってるのを止めてくれたんじゃなかったんですか⁉

 アレどう見ても俺に危害を加える気満々じゃないですか⁉ やだー!

 鎮守府は危険がいっぱい! 鬼もいっぱい!

 ここは夕張との約束を守るべく舞鶴に退避して――駄目だ! 間に合わん!

 

 奴らにボコられる心の準備はいいか⁉

 Are you ready? できてるよ!(泣)

 これが最後の祭りだ! 駆逐()級ダメージコンテスト、いざ開幕‼

 心火を燃やしてブッ潰される!

 夕張スマン! 俺はおそらくここで死ぬ! デュエルスタンバイ‼




大変お待たせ致しました。

ついに谷風に丁改が実装されましたね。
パンツ全開なのが谷風らしいと思いましたが、他の三人は頑なに見せないのは一体どういう事なのでしょうか。
浦風、谷風が丁型、磯風、浜風が乙型とバランスよく分かれて良かったです。
我が弱小鎮守府も磯風と谷風の改装目指してレベリング中です。
このお話の十七駆の四人も、果たして強化されるのでしょうか。

朝潮型の誰かに限定グラが実装されそうな気配でそわそわしています。
次回の更新まで気長にお待ち頂けますと幸いです。

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