ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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第二章『歓迎会編』
021.『報告書』


「ほぉ、舞鶴鎮守府はまた駆逐艦だけで敵中枢を撃破したのか」

「流石は駆逐艦運用のエキスパートと呼ばれるだけの事はありますね」

 

 朝風くんではないが、私はまだ涼しい朝のうちに書類に目を通すのが好きだ。

 

 朝一番に、舞鶴鎮守府からの報告書に目を通しながら、私は一人で大袈裟に呟いた。

 秘書の山田くんは、そんな私の呟きにいちいち答えてくれるのだ。彼女には何度も気にしないでいいと言うのだが、どうも無視しているように感じられるとの事で、毎回返事をしてくれる。

 真面目で気が利く良い子なのだが、そういう所は少し融通が利かない。

 横須賀鎮守府の大淀くんからさらに茶目っ気をそぎ落としたような子だ。

 

「しかし、何故、彼はあそこまで駆逐艦のみの運用にこだわるのでしょう。舞鶴鎮守府には他の艦種も豊富に揃っているというのに」

 

 山田くんは更に話題を広げようとしたのか、それとも純粋な疑問だったのか、そう言葉を続けた。 

 確かに、事情を知らない者からすれば、彼の行動は異端としか思えないものだろう。

 

「うん。実はね、深海棲艦の領海には、ある種の制限がかかっている場合があるという事が、つい最近発見されたんだ」

「制限……ですか?」

「そうだね。それを発見したのも舞鶴の彼さ。深海棲艦の領海には、ある特定のルールを持つ結界が張られている場合がある、とね」

「特定のルール……例えば、戦艦や正規空母ではその結界を抜けられない、というような事ですか?」

 

 山田くんはやはりこの事を知らなかったようだ。

 目を丸くして、興味深そうに質問攻めをしてくる。

 こうして目を輝かせている姿を見れば、年相応に見えるのだが。いや、彼女もいい大人だし、子供扱いは失礼だろうか。

 

「彼が発見したのはまさにそれだった。敵棲地の場所は推測されている。だが、何度進撃しても方向を見失い、強力な敵艦隊に迎え撃たれ、消耗するしかなかった謎の海域だった。彼はそこを、あえて駆逐艦のみの軽い編成で向かう事で、結界をすり抜け、見事、敵棲地を発見、敵を撃滅する事に成功したのだ」

「なるほど、結界が網のようになっていたとして、大型艦はそれに引っかかってしまいますが、駆逐艦は網の目をすり抜けた、といった感じでしょうか」

「彼も同様の解釈をしているのだろうね。駆逐艦が結界攻略の鍵となる場合は多い。もちろん、それで駄目な時には駆逐艦に限らず、様々な編成を試しているよ」

 

 とはいえ、彼はちょっとやそっとの事ならば迷わず駆逐艦を選ぶのだが。

 結界が疑われない海域にも駆逐艦のみの編成で出撃する。そして大体勝利する。

 思えば、結界の存在が判明する前から、彼は駆逐艦に異常なほどのこだわりを持っていた。

 

 彼は駆逐艦のみの編成で先に進めなかった場合に、ようやく他の艦種を選択する。

 曰く、燃費が良く、負傷した時に消費する資材の量も少ない為、資材が貯まりやすいとの事。

 資材に余裕が出来れば、その分、演習や実戦により効率的に駆逐艦を鍛える事ができる。

 装甲の薄い駆逐艦だが、強力な敵の砲撃も当たらなければどうと言う事も無い。

 遠征も実戦も何でもこなせる、駆逐艦は最高だとの事。

 

 欲を言えばもっと手元に朝潮型が欲しいとよく言っている。陸奥くんや高雄くんと交換でいいから、横須賀鎮守府の朝潮くん達をこちらに異動させてくれと、たびたび申請が来る。

 彼は駆逐艦育成にも長けており、彼が着任してから吹雪くんや叢雲くんも改二に至る事が出来たという実績もある。

 駆逐艦運用のエキスパートとして、横須賀鎮守府で燻ったままなかなか芽が出ない朝潮くん達を育ててやりたいという事だろう。

 

 この一か月間、横須賀鎮守府には提督が不在であったが、そう言えば彼は駆逐艦だけなら引き取ってやってもいい、などと言っていた。

 流石にそれは戦力が偏る為に却下したが。

 

 それはともかく、彼の持つ駆逐艦への評価。そしてそれを証明するかのごとき実績。

 彼のような発想を持つ提督など、今まで存在しなかった。

 私や今までの提督達には考えもつかない発想。これが若さ、という事なのだろうか。

 

 艦娘と深海棲艦が現れてからの数年間。

 今までの提督達に多かったのが、いわゆる大艦巨砲主義。

 戦艦や正規空母などの大型艦の圧倒的火力を持って、敵を駆逐するのが一般的であった。

 その頃の軽巡洋艦や駆逐艦は遠征任務による資材の確保が主な任務であり、敵潜水艦が確認できた場合に、軽空母と合わせてその海域に出撃するくらいであった。

 重巡洋艦は高い性能を持っていながら、戦艦の安定性には劣るという事で、あまり用いられない時代があった。

 

 しかし、いくら資材を上手くやりくりしても、やはりそれでは消費量が多すぎるのだ。

 必然的に、勝率と反比例して出撃の頻度は減少し、その間に深海棲艦に再び領海を侵攻される隙を与えてしまう。

 そして最近まで判明しなかった結界の存在により、大艦巨砲主義だけでは進撃を行う事が上手くいかなくなっていた。

 舞鶴の彼がいなければ、じわじわと深海棲艦側に侵攻を許していた事だろう。

 

「うぅむ、しかし彼は駆逐艦達からの評判はいいのだが、他の艦娘達からは出番が少なすぎるとブーイングが多いんだよなぁ。今度私が視察に行って、声かけでもしておこうか」

「こんな事でいちいち現場を訪れていては、身体がいくつあっても足りませんよ。もっと一大事が起きたというのならともかく」

「うーん……そうだな。舞鶴の資材備蓄量は他の鎮守府に比べてダントツだし、彼が駆逐艦の練度を高めてくれている事で舞鶴の艦娘全体の性能差も縮まっているし……もう少し様子を見ようか」

「気になるのでしたら別の者を舞鶴の視察に向かわせましょうか」

「あぁ、それで頼むよ」

 

 視察ついでに、私の言葉を伝えてもらえばいい。

 山田くんは痒い所に手が届く提案を即座にしてくれる、とても気が利くいい子なのだ。

 真面目ではあるが顔立ちも整っており、他の男性職員からも人気が高いと聞くが、男っ気が一切感じられないのが不思議である。

 男よりも仕事だというのならば勿体ない、そろそろ結婚を考えてみては、などと考えてしまうのは私が歳を取ってしまった証拠だろうか。

 こういう事を口に出すのも最近ではセクハラ扱いになるらしい。難しい世の中になったものだと思う。

 

「しかし、佐世保鎮守府、大湊警備府の彼らにも負けず、皆若いのに優秀なのですね」

「横須賀鎮守府にも二日前から、新しい若者が着任した。まさかこの国の未来が、まだ三十歳にも満たない四人の若者達の肩に託されるとはね」

「実際に会ってみて、横須賀の彼はどうなのですか?」

「うん。近頃は珍しい、愛国心に溢れた若者だったよ。それ故に、こちらの事情できちんと教育を施す事なく鎮守府に着任させてしまった事が申し訳ない。彼自身もその困難さは理解できていたようだが……」

「よくそれで彼も納得しましたね」

「彼はむしろ、一刻も早く着任したいと言っていたからね。自身の不安よりも、提督不在で本来の性能を発揮できず、敗戦を重ねていた艦娘達をこれ以上見過ごす事が出来なかったのだろう。彼がそこに居る、ただそれだけで、少なくとも艦娘達は本来の性能を発揮できるのだからね」

 

 私も彼が着任するにあたり、細かく内情は説明したつもりだ。

 提督が指揮を執るかどうかで、彼女達の性能は大きく変わる事。

 しかし、前任の提督はそこに居るという事すらも受け入れられないほどに、彼女達に拒絶されたという事。

 彼女達にとって、そしてこの国にとってかけがえのない存在が、彼の手によって失われてしまったという事。

 その他にも、彼が提督として鎮守府に着任するにあたり、最低限必要な、重要な事柄だけを選りすぐって話したつもりである。

 私が話をしている間、彼は真剣な面持ちで何かを考えているようだった。

 前任の提督の指揮下にあった艦娘達が、一体どのような心情であったのかを考えていたのかもしれない。

 

 前任の提督の影響は未だに残っているだろう。

 提督というだけで、彼に不信感を持つ艦娘達も多いと推測はしている。

 更に、横須賀鎮守府の艦娘達は提督の指示に逆らった。それに大きく動揺した艦隊司令部の対応もまずかった。

 おかげで、横須賀鎮守府の艦娘達は提督に不信感を持ち、艦隊司令部の一部は艦娘達に不信感を持つという、実に不味い空気が広がっている。

 

 内情を知れば、前提督は歯向かわれても当然だと思うのが普通だと思うが、艦隊司令部の一部の者はそうではなかった。

 艦娘は軍艦であり、兵器であり、提督の指示に逆らうなど有り得ないと言う考えがそこにはあったのだろう。

 艦娘達は提督への信頼感により性能を増し、提督の指揮下で本来の性能を発揮できる。そこから、使う側の人間の方が、立場が上だという考えに繋がったのだろうと思う。

 戦う事が使命である艦娘達が、人間の指揮下で戦う事を拒んだ。

 これは大きな波紋を生んだ。

 

 艦娘達は、必ずしも私達の味方では無いのではないか。

 そう言った声が艦隊司令部の中からも上がってしまったのだ。

 それを声高々に主張したのが、それ相応の地位を持つ者だったから、性質(たち)が悪い。

 私からしてみれば、信じられない事だった。

 

「……山田くんは、艦娘達はただの兵器だと思うかい?」

「私は人間派ですよ。いわゆる軍艦の妖怪や付喪神とも言われる彼女達ですが、紛れも無く命ある、一人の女の子です」

「うん。私もそれに近い。資材の不足している状態の彼女達は、ただの人間の少女だ。しかし資材という名の不思議なエネルギーと、提督への信頼により神がかった力を発揮する。私は、艦娘達はただの人間ではなく、現人神(あらひとがみ)であると考えているんだ」

現人神(あらひとがみ)……人間でありながら、神であるという事ですか」

「そうだね。アニミズムって言葉を知っているかい」

 

 私の言葉に、山田くんは目を輝かせて顔を向けてきた。

 今まで見た事が無いくらい、興味津々といった感じだ。

 山田くんは早口に言葉を続ける。

 

「身の回りの全ての物に霊魂が宿っているという考え方の事ですね。ラテン語の『(アニマ)』に由来する言葉です。アニメの語源でもありますね。私、アニメは好きです大好きです」

「う、うん、私はアニメには詳しくないが……この国には八百万の神、つまり自然のもの全てに神様が宿るという考えがある。トイレや台所にもいるのだから、軍艦に宿っていてもおかしくは無いだろう」

「そうですね。実際に、彼女達を道具、兵器であると見なしているのはごく一部のグループだけで、多くの国民には、彼女達はこの国の守り神、守護神として扱われていますし。そして深海棲艦は台風などと同じように、ある種の天災として認知されています。いわば、深海棲艦は善神である艦娘と対を成す悪神でしょうか」

 

 山田くんがこんなに生き生きとしている姿を初めて見た……。

 意外にも、山田くんはアニメとか、もしくはその影響でなのか、民俗学やら神道やら、そういうものが好きだったらしい。

 うぅむ、人は見た目ではわからないものだ。そういうイメージは全く無かったのだが。

 勉強一筋の真面目な子だと思っていた。

 しかし飲み込みが早くて私としては非常に助かる。

 

「神には二面性がある。ぞんざいに扱われた神は、果たしてそれでも人々を守ってくれるだろうか」

「あぁー、なるほど。たとえ軍艦の神であろうとも、神としての性質がそれであるなら、という事ですね」

「神には祈りを捧げるものだ。深海棲艦という天災から、この国をお守りください、とね。だのに、艦娘に限り、まるで道具のように扱うのはおかしい事では無いか……と私は思うのだよ。まぁ、私一人の考えなのだが」

「いえ、たった今、私達二人の考えになりました。私も、その考え方は嫌いではありません」

 

 山田くんは、ふんすふんすと若干鼻息を荒くしながら、私に同意してくれた。

 この考えはあくまでも私一人が考えているだけであり、艦娘に関して現在主流の考え方ではないのだが、それでも共感をしてもらえるという事は嬉しいものだった。

 こんな事を主張した日には、自分の考えこそが正しいのだと信じて疑わない者達から無意味な議論を吹っ掛けられ、彼らが論破したと感じるまでそれに付き合わなくてはならなくなる。

 私は不毛な事が嫌いだ。彼らはこう思っており、私はこう思っている。

 艦娘の存在理由や、艦娘とは何か、という問いに正解などあるのかわからないのだから、互いに信じる考えがある、それで良いと私は思うのだが。

 

 ただ、私の考えと彼らの考えで、明確に違う部分があり、そこに衝突の可能性がある。

 それだけが少し、心配なのだ。

 

「私は、艦娘達は兵器ではなく、『兵器の神様』、そして人間であると考えている。ならば、神を祀るように、かつ、彼女達の人権を尊重して接しなければならないと思っているんだ」

「神として、かつ、人間の女の子として扱う、ですか」

「神様には祈りや供物を捧げるもの。ただし、彼女達はただの神様ではなく、現人神(あらひとがみ)だ。そうなると、ただの祈りや供物では無く、別のものを所望するのではないかと思うのだよ。そして彼女達の望みを満たした時に、彼女達は神としての力を存分に振るう事ができるのではないか、とね」

「彼女達が神としての力を発揮する為には、人間として、そして若い女の子として、欲しがるものを捧げなくてはならないという事でしょうか」

「うん。まぁ、仮説ですらない思いつきなのだが、その辺りはもう私は疎いからなぁ……山田くんは何か思い当たるものは無いかね」

「えぇと、美味しいものとか、お洒落とか、あとは……色恋沙汰とかですかね。若い女の子なら、その辺りに興味の無い子はいないんじゃないですか」

「ほぉ。山田くんもかね」

「そ、それは企業秘密です」

 

 山田くんは少し狼狽えると、誤魔化すように視線を逸らしてしまった。

 これもセクハラとやらに当たってしまうのだろうか。難しい世の中だ。

 しかし、美味しいものに、お洒落という衣食住に関する事はともかく、色恋沙汰。これは真面目な話、とても重要な事に繋がっているような気がする。

 この国だけではなく、世界の神々ですら、色恋沙汰で人間以上に面白おかしく踊り狂っている。

 若い女の子としてだけではなく、神としても、色恋沙汰にはとても関心があるのではないか。

 私の勘だが、そんな気がするのだ。

 

 色恋沙汰の行きつく先。

 神の前で誓う、永遠の絆。

 

 絆――それは、現在、私達が研究している新装備に関わるキーワードだった。

 

「山田くん、真面目な話だが、艦娘達も年頃の女性だというのなら……その、結婚とか、そういった事にも興味はあると思うかい」

「け、結婚ですか……ま、真面目な話なんですよね?」

「勿論だ」

「うーん……私の意見なので参考になるかはわかりませんが、やはり多かれ少なかれ、興味はあると思いますよ。駆逐艦にはまだ小学生くらいの精神年齢の子もいますけど、私が小学生の頃の夢はお嫁さんになる事でした。大人になればなるほどに、結婚という事には嫌でも興味を持つ事になるのではないでしょうか。艦娘達くらいの年頃であれば、素敵な旦那様と一緒になる事、自分が素敵なお嫁さんになる事を想像しない女の子はいないと思います」

「ほぉ……山田くんの将来の夢がねぇ」

「真面目な話ですっ!」

「ご、ごめん、つい……」

 

 山田くんは顔を真っ赤にして机を叩いた。

 真面目な話だと言ったのに冗談を言ってしまった私が間違いだった。申し訳ないと頭を下げる。

 

「いや、艦娘の性能の限界を超える特別な装備の研究がされているのは知っているだろう」

「えぇ。それは、まぁ」

 

 私は自身の左薬指を撫でる。

 家内を病で亡くしてから二十年以上経つが、それを未だに外す事は出来ない。

 それを家内に渡した時のあの顔だけは、今になっても忘れる事は出来なかった。

 

 この数年で、ほぼ確実と言われている事。

 それは、艦娘は必ず女性としての姿を持ち、提督の資質を持つ者は男性しかいないという事。

 処女航海や姉妹艦などという言葉が示す通り、古来より船は女性として扱われてきた。

 私もあまり詳しくは無いのだが、ルーツを辿れば外国からの風習が根付いたという事らしい。

 それ故にか、彼女達は女性としての姿形を持ち、頼れる、信頼できる提督を、男性を求めている。

 

 艦娘が現れてからの数年間で、人間側が艦娘に色情を抱いたという話はよく聞くが、艦娘が人間に対してそうであるという例は聞いた事が無い。

 横須賀鎮守府の鹿島くんなどは男性のファンが多いとも聞くし、艦隊司令部の若い男性職員が視察ついでに口説きに行くという話もよく聞く。

 説教ついでに話を聞けば、全く脈が無い、上手くあしらわれてしまうと、皆、口を揃えて言う。

 鹿島くんに限らず、他の艦娘も、人間とそういった関係になったという話は聞いた事が無い。

 

 人と神では、やはり感覚が違うのか。

 それともうちの若い者に魅力が無かっただけなのか。

 もしくは、「提督」で無かったからなのか。

 

 だとするならば、偶然にも若者達が提督となった現在は、今までとは状況が違うのかもしれない。

 

「提督と艦娘の絆……か。ふぅむ、説得力はあるし、提案してみてもいいかもしれないな。いやいや、山田くん、ありがとう。実に参考になったよ。今度ご飯でも奢るよ」

「えっ、でぃ、ディナーですか?」

「ハハハ、若い女性をディナーに誘う訳にはいかんだろう。安心したまえ、ランチだよ。近くに美味しい定食屋を知っているんだ。私のオススメはチキン南蛮定食なんだが」

「そ、そうですか……」

 

 山田くんは何故か落ち込んだように目を伏せてしまったが、話題を変えるように、すぐに顔を上げて口を開いたのだった。

 

「あ、あぁ、そう言えば、新しい提督が着任したばかりの横須賀鎮守府からたくさんの決裁書類が届いてましたよ。私もまだ目を通せていませんが」

 

 やけに今日は書類の量が多いと思ったが、横須賀鎮守府のものだったのか。

 しかしあの膨大な量……まさかこの一か月間で溜まっていた書類を僅か一日足らずで処理したとでもいうのだろうか。

 流石にこの量にしっかり目を通すとなると、私でも一日では捌き切れる気がしない。

 うーむ、どうやら彼はやはり仕事も出来るようだ。

 今は仕事はしていないようだったが、調べてみれば前職も事務職だったようだし、こういった書類仕事には慣れていたのかもしれない。

 

「申請書類の類は後で目を通すよ。それよりも、報告書はあるかな」

「はい。先に目を通されますか?」

「うん。提督達の初陣の報告書を見るのが私の数少ない楽しみでね」

 

 あまりいい趣味ではないのかもしれない。

 しかし、この初陣がいつか深海棲艦を打倒する第一歩なのだと思うと、どうにも心が躍るのだ。

 優秀な佐世保や大湊、舞鶴の彼も、着任初日は模索しながらの艦隊運用となり、最初の戦果は鎮守府近海の駆逐イ級などだ。

 そこから少しずつ進軍し、やがて鬼や姫級を打倒できるまでに成長する。

 その小さな一歩が、未来へと繋がるのだ。

 

 しかし、彼の場合は状況が違う。

 最初から提督に従順である艦娘達が揃う鎮守府に、事前にある程度の教育を受けて着任するのとは、あまりにも状況が違い過ぎる。

 横須賀鎮守府で彼を待つのは、出撃命令にすら従うかわからない、提督に不信感を持つ艦娘達。

 そして彼は、事前に教育を受ける暇が無いまま着任した素人だ。

 

 あの一癖も二癖もある艦娘達が、あの若い彼に素直に従うだろうか。

 ぱっと思いつくだけでも、まず加賀くんは絶対に従わないだろう。

 磯風くんも、心を開かせるのは難しいと思う。

 出撃命令一つにさえ、彼女達は執拗に噛みついてくるだろう。

 彼の心が折れていないかどうかが心配だ。泣いたりしていないといいのだが。

 

「うーむ、出撃すらもできていないかもしれないな。ともかく、後で励ましの電話を一本入れておこうかな」

 

 私はそう呟きながら、報告書に目を向けた。

 

 

 

『戦果報告』 ○○年○月○日 鎮守府正面海域

 

【艦隊名 深海夜間強襲主力精鋭艦隊】

 戦艦棲姫 一隻 撃沈

 泊地棲鬼 四隻 撃沈

 潜水棲姫 一隻 撃沈

 

【艦隊名 深海夜間強襲洋上補給部隊】

 重巡リ級flagship 六隻 撃沈

 輸送ワ級flagship 十二隻 撃沈

 

【艦隊名 敵はぐれ艦隊】

 駆逐イ級 十六隻 撃沈

 駆逐ロ級 十四隻 撃沈

 駆逐ハ級 十二隻 撃沈

 軽巡ホ級 十隻 撃沈

 

 敵主力艦隊の完全撃滅、敵資材集積地の掌握により鎮守府近海の奪還に成功。

 

『建造結果報告』

 建造回数 一回

 金剛型戦艦一番艦 金剛 建造成功。

 

『遠征結果報告』

【強行偵察任務及び敵補給路寸断作戦】

 敵領海への強行偵察の結果、敵資材集積地を三箇所発見。及び、上記敵補給艦隊への後方からの奇襲作戦、対象の完全撃滅に成功。

 

 以下、詳細を記す……

 

 

 

「…………」

 

 私は無言で目を擦る。

 いかんな。私ももう歳だからか、最近老眼気味なのだ。

 山田くんが手渡してきたから横須賀鎮守府の報告書と勘違いをしたが、おそらくこれは他の鎮守府のものだろう。

 いや、それにしてもここまで大きな戦果というと、それこそ大規模侵攻と呼ばれるような、年に数度あるか無いかのものだ。

 ましてや、鎮守府近海に鬼級や姫級が侵攻してきたとなると、それは喉元に刃を突き付けられているかのごとき、前代未聞の、この国の危機だったという事だ。

 他の鎮守府からそんな大規模迎撃作戦を行う予定という報告は事前に受けていないが……これはいけないな。迎撃に成功したらしいから良かったようなものの、このような重大な事は、前持って報告するように指導しておかねば。

 私は眉間を軽くつまみ、老眼鏡の購入を視野に入れながら、改めて報告書に目を向けた。

 

 ……うん。横須賀鎮守府の提督印が確かに押してあるな。

 その隣には作成者である大淀くんのサインがある。うん、横須賀鎮守府所属の艦娘だ。

 

 …………。

 

「すまない、山田くん。私も疲れているのかな……ちょっとこの報告書を声に出して読んでみてくれないか」

「は、はぁ」

 

 山田くんは首を傾げながらも、私から報告書を受け取った。

 

「えー、横須賀鎮守府戦果報告」

「わかった、もういい。ありがとう」

 

 どうやら私の目がおかしいのではないようだった。

 耳までおかしくなっているとは思いたくない。

 これは紛れも無く、横須賀鎮守府の報告書であるらしい。

 

 あの大淀くんが虚偽の報告書を作成するはずがない。そんな理由も無い。

 これが真実だというならば、素人である彼にそんな指揮が出来るはずが無い。

 彼は愛国心だけはあるが、艦隊指揮の知識については素人だ。それは私が一番良く知っている。

 彼の持つ知識と言えば、私の執筆した『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』を一冊、餞別に渡した程度である。

 そうなると、艦娘達が主導して作戦を練り、迎撃したという事だろうが、それだけではこの敵編成には敵わないだろう。

 何しろ、あの横須賀鎮守府の艦娘達は、提督という存在に不信感を抱いていたからだ。

 信頼とは程遠いそんな状態で、鬼や姫級の深海棲艦を撃滅できるだけの性能を発揮できるはずが無い。

 かと言って、たった一日かそこらで、あの提督不信に陥っていた艦娘達に信頼されるなど、私にはとても想像できる話では無かった。

 

 しかも、今まで多くの提督達が、そして艦隊司令部が望みながら決して得られなかった、建造に成功した鎮守府には褒賞を与えるとまで言われていた金剛の建造に成功している。

 詳細に目を通せば、この戦果は全て彼の指示によるものだという記載がある。

 彼には素人だと悟られないように演技をしてくれと指示は出しているが……何なのだこれは。

 

 彼が鎮守府に着任してから、僅か一日で何があったというのだ。

 

 …………。

 

 私は椅子から立ち上がり、なるべく動揺を悟られないように、山田くんに言った。

 

「……ちょっと、今から横須賀鎮守府に視察に行ってくる」

「えっ、い、今からですか? 本日は十七時から会議の予定が」

「それまでには帰るよ。数分だけでもいいから、横須賀鎮守府で直接話を聞いてみたくなっただけだ」

「で、では私もお供致します」

「いや、付き添いはいらない。私一人でいい。君はここに待機して、何かあったら私に連絡をくれ」

 

 私の態度から、何かを感じ取ったのかもしれない。

 扉の前で帽子を被り直した私を、山田くんは戸惑いながらも敬礼をしながら見送ってくれたのだった。

 

「は、はい。了解しました。お気をつけて行ってらっしゃいませ、佐藤元帥」

 




現在夏イベ真っ最中ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

私はE2で春風がドロップするとの情報を得て、先に進まずひたすら掘る毎日でありました。
やたらドロップするコモン艦の面々に心が折れそうになりましたが、今回無事、春風をお迎えする事が出来ました。
春風は私が艦これを始めた理由でもある艦であり、喜びもひとしおでございます。

というわけで春風をお迎えできた嬉しさにより、予定を変更して第二章のプロローグだけ先走って投稿した次第であります。
第二章はどんなお話になるのか、楽しみにして頂けますと嬉しいです。

まだまだお迎えしたいニューフェイスはたくさんおります。
私はE3でドロップするという噂の神風を目指して、今度はE3攻略に向かいます。

夏イベに参加されています全ての提督達が、お目当ての艦をお迎えできますよう祈っております。
第二章の続きも気長にお待ち頂けますと幸いです。


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