大淀達を遠征に送りだし、他の艦娘達にも自室での待機を命じた。
今、執務室の中にいるのは俺と明石だけである。
俺の監視をしていた夕張も、俺の渾身の勇気を振り絞ったセクハラにも目ざとく口を挟んでくる大淀も、今は俺の策によりここにはいない。
夕張と大淀、その他水雷戦隊の皆は、今頃無人島へのクルージングを楽しんでいるはずである。
距離もあるようだったので、数時間は帰ってこないだろう。
何なら無人島でのバカンスを楽しんでくれても良い。
策士、俺。フフフ、俺の才能が怖いか?
まだ着任初日で正直仕事の仕方もよくわからない俺の近くには、秘書代わりとして明石を指名した。
佐藤さんから貰った『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』には、まだまだやらねばならない事が書いてある。
その為には、先ほど大淀がやっていたように、放送を流したり艦隊司令部に連絡をしたりと、俺にはよくわからない仕事があると思ったからである。
明石は「私が秘書艦ですか⁉ 頑張ります!」と、非常に嬉しそうだった。
提督の秘書という地位は、やはり名誉だという事なのだろう。提督の権力とは、やはり相当強力なもののようだ。
このまま二人きりで執務をする事で、やがて互いの距離は縮まるはずだ。
ちょっとしたボディタッチくらいなら許されるようになり、最終的には「明石の工廠へようこそ!」「俺のクレーンにあまり触ったら危ないですよ……オウフ、そこはもっと危ないです」という作戦である。
完璧すぎる作戦だ。フフフ、俺の才能が怖い。
しかし大淀も明石も、セーラー服の中には透けにくい素材の長袖インナーを着込んでおり、上半身のガードは固い。
にも関わらずスカートはあの短さで、おまけに妙なスリットが入っており太ももが丸見えだ。
君たちガードのバランス極端すぎない? 上半身に比べて下半身のガードが貧弱すぎるだろ……。
と、明石の姿を改めて眺めていて気が付いた。
いかん。二人きりであるせいで、明石の注目は必然的に俺に注がれている。
秘書として、気を利かせようと頑張ってくれているようだ。
これでは俺の視線など丸わかりだ。くそっ、二人きりになったお陰で逆にガン見しにくくなるとは、策士、策に溺れるとはこの事か。
しかしガン見はできないが、明石の太ももは嫌でも視界に入る。目の保養のつもりだったのに、目の毒になってしまった。
心を落ち着かせる為に、俺は執務机の上に『艦娘型録』を開き、翔鶴姉のパンツを眺める事にする。心は落ち着いたが今度は股間が落ち着かない。
「そういえば提督、何で大淀たちに妖精さんを同行させたんですか?」
「あぁ、道案内をさせようと思ってな。羅針盤代わりだ」
「へぇぇ、そんな事ができる妖精さんがいたんですね。それに、提督は随分と、妖精さんに好かれているようでした」
「そうか?」
好きな子ほど虐めたくなるってか。小学生か。そんな訳が無い。
さっきから妖精さん達は、単に俺の事をバカにしているだけだ。
艦娘は妖精さんの声が聞こえないらしいからわからんのだろう。
さっきまでお前らの目の前で童貞童貞と連呼してたんだぞ。
あまりにも耳元でブンブンとうるさいので、大淀たちに無理やり押し付けてやった。
アイツらが指定した目的地なのだ。道案内くらいはできるだろうと思ったのだ。
何故か妖精さん達は『わー、頑張ります』『やっと海に出られる……』『提督さん、流石です』と喜んでいたので、まぁいいのだろう。
アイツらの考えている事はわからん。
俺は艦隊司令部からの任務リストに、改めて目を通してみた。
むむっ。『敵艦隊を撃破せよ!』。どこでもいいから出撃し、一回敵艦隊を撃破すればいいという簡単そうな任務があった。
先ほどまではよく意味の分かっていなかった、一か月間の報告書をもう一度開いてみる。
この鎮守府近海では、駆逐イ級とかいう弱い敵艦が偵察の為か、少数で侵入してきているのを、度々迎撃しているようだ。
こちらは水雷戦隊で何とか迎え撃っている。そうなると、それ以上に強い艦で出撃すれば、この任務は簡単に達成できそうではないか。
そうなると、『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』にあった『艦載機の運用を学ぼう!』の辺りも、せっかくなので試してみるといいかもしれない。
艦上戦闘機の扱いなどは難しそうだったので読み飛ばした。
とりあえず艦上攻撃機を沢山積んで、アウトレンジから先制攻撃を仕掛ける事で敵を殲滅する方法もあるというページだけは目を通していたのだ。
艦上攻撃機と艦上爆撃機ってどう違うのかがよくわからん……。
そういう時はとりあえず艦上攻撃機を選んでおけばいいと書いてあった。佐藤さんアバウトすぎる。
艦上偵察機の使い方もよくわからなかったが、とりあえず索敵は大事らしいとの事で、このページも軽く流し読みはしておいた。
艦上戦闘機による制空権の確保が重要らしいが、この辺りは時間のある時にでも読んでおこう。
要するに、大量の艦上攻撃機があればあるほど、敵艦には大打撃を与える事ができる。
しかし一人に積める艦載機の量は限られている……。
ならば、編成を組む六人全員を空母にすればよいではないか! 単純に考えて威力も六倍! 天才か俺は。
俺の考えた世界水準を軽く超える前衛的強靭無敵最強空母機動部隊がどの程度有効なのかを試しがてら、デイリー任務も達成する。
これを一石二鳥と言います。
そうと決まれば話は早い。
俺は明石に声をかけた。
「明石、空母のみで編成した艦隊を鎮守府正面海域へ出撃させようと思うのだが」
「えぇっ……? く、空母のみですか? 鎮守府正面海域に⁉」
「うむ。何か問題があるか」
「い、いえ……そうですよね。提督の事ですから、何かお考えがあるという事ですね」
「勿論だ。そうでなければこのような編成はしないだろう」
「……了解しました! この明石、提督を信頼しています! 空母のみで六人となりますと、この鎮守府の正規空母と軽空母を総動員する事になりますね」
明石が挙げた名前は、赤城、加賀、翔鶴姉、瑞鶴、龍驤、春日丸だった。
鳳翔さんは、どうやら今は前線には出ておらず、小料理屋を営んでいるらしい。
オータムクラウド先生の作品に描いてあった通りではないか……鎮守府内には一般人は立ち入り禁止だというのに、どこでそんな情報を仕入れて作品に反映させているのだろう。
流石は、俺が人生で唯一尊敬する人だ。俺もこの姿勢を学ばねば。
オータムクラウド先生の偉大さを改めて感じながら、俺は鳳翔さんも含めて七人の空母を執務室に呼び出すよう、明石に頼んだのだった。
◆◆◆
執務机を挟んで、俺の目の前には七人の空母が横並びに立っている。
先ほどはよく観察する事のできなかった七人の姿を、改めてじっくりと品定めする。
一航戦、赤城。自然体に見えて隙が無い。
オータムクラウド先生の『一航戦の誇り……ここで失うわけには……』にはたまにお世話になっていたが、リアルのコイツにセクハラするのはまず不可能だろう。
隙だらけに見えて手を伸ばしたが最後、その腕を掴まれて憲兵を呼ばれるのは明白だ。赤鬼である。ハーレムに編成できる自信が無い。
一航戦、加賀。猛禽類のような目で俺を睨みつけている。
オータムクラウド先生の『ヤりました』にはたまにお世話になっていたが、リアルではセクハラどころの話ではない。
コイツは危険すぎる。手を伸ばしたが最後、鎧袖一触で「殺りました」となる事は明白だ。青鬼である。ハーレムに編成できる自信が無い。
五航戦、翔鶴姉。その姿を見るだけで俺の高角砲が自動的に対空見張りを厳とする。
オータムクラウド先生の『スカートはあまり触らないで』には数えきれないほどお世話になっています。
きょ、今日のパンツは何色ですか。俺のセクハラ被害担当艦に任命したい。天使である。俺のハーレムに編成不可避。
五航戦、瑞鶴。こちらも俺を睨んでいる。不信感が隠しきれてない。年下っぽいからか、俺の一番上の妹に似ているからか、俺の高角砲はピクリとも反応しない。ハーレム対象外だ。
軽空母、鳳翔さん。何というか、俺は年上好きだし、地味ながら清楚で素朴な美人なのだが、何故か恐れ多いというか、逆に孝行したくなるというか、胸を揉むより肩を揉みたくなるというか、その……ハーレム対象外だ。
軽空母、龍驤。ハーレム対象外だ。
軽空母、春日丸。男である。
しかし春日丸は『艦娘型録』の写真でも、名前以外は顔も髪型も恰好も女の子っぽいなとは思っていたが、直接見てもやはり女の子に見える。
男装の麗人の逆というか。いわゆる男の娘という奴だろう。男の娘ならぬ男の艦娘。
今思い出したが、オータムクラウド先生ではない別の同人作家の作品で、何かの間違いで春日丸が主役のものを偶然目にした事があった。
主役というか、竿役というのか、あれは。立派なモノが生えていた。反射的に途中で読むのをやめてしまったが、やはり男の艦娘という事なのだろう。
他にも水無月とかいう子にも生えていたので、男の艦娘は春日丸だけではなく他にもいるという事であろう。
その作品の中で時雨や最上にも生えていたのは作者の取材不足によるものだろう。自分の事を僕と呼ぶから男だと勘違いしたのか。二人ともどう見ても女の子じゃないか。
一目見ればわかるだろうに男と女の区別もつかないとは、可哀そうな事に、女性と全く縁が無い作者なのだろう。
リアルな艦娘描写に定評のあるオータムクラウド先生を見習ってほしいものだ。
牛若丸とか森蘭丸なんかの歴史上の有名人も女性に見紛うほどの美少年だったというし、ならば名前が似ている春日丸も女の子に見える少年という事で何らおかしい事は無い。
その法則に従えば、名前しか知らないが多聞丸とかいう人もさぞかし美少年なのだろう。
まぁ、春日丸は美少年というには少し芋っぽいというか、素朴なところがあるが。鳳翔さんに少し似ている気がする。実は隠し子とか。
話が逸れてしまった。
そう、この春日丸。明石の話では実戦経験が無く、演習のみでしかその性能を見せた事が無いという。
今までは演習巡洋艦香取と鹿島の二人に優しく手取り足取り、演習してもらう毎日だったらしい。
ふざけるなよ貴様……! 俺の香取姉と……羨ましすぎんだろ……!
家庭教師のお姉さんと無垢な少年の危ない関係が危惧される。提督権限を行使して今後の演習は即時中止とし、これからは厳しい実戦に挑んで頂こう。
これを職権乱用と言います。
大体演習しか経験してなくて実戦経験がありませんって、それでは素人童貞と同じではないか。恥ずかしいと思え。俺? 神童貞です。凹む。
「鳳翔さん」
「はい。……えっ。あっ、あの、提督。鳳翔とお呼び下さい」
あっ。そうかしまった。ここでは俺の方が上官なのだから、呼び捨てにするべきだった。
オータムクラウド先生の作品ではそれが当たり前だったから、つい。
「む……そうか。そうだったな。つい、いつもの癖でそう呼んでしまった」
「い、いつものとは」
「いや、常日頃から、鳳翔さんには敬意を払うべきだと思っていたものでな」
「あ、あの、ですから、鳳翔と……」
うーむ、慣れない。
何と言うか、この人老けてるわけじゃないし、むしろ俺より僅かに年上ぐらいにしか見えないのに、貫禄があるんだよな。
それこそ、春日丸の母ですと言われても違和感が無いというか。
本人には絶対に言えないが。
呼び捨てにする方が違和感があるのだが、俺は提督なのだ。演技がバレないようにする為にも威厳を保たねば。
「鳳翔。これから赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴、龍驤、春日丸の六人で、鎮守府正面海域に出撃してもらおうと思うのだが……春日丸についてどう思う」
「実戦経験に乏しい事だけが気になりますが、素晴らしい才能を秘めています」
「一言で言えば天才やな。ウチが血ヘドを吐く思いで習得した改二を、あっと言う間に習得しよった」
将来有望な天才美少年か。ますます妬ましい。
さぞかし俺の香取姉や、同人界隈では鎮守府のサキュバスと称される鹿島にちやほやされてきたのだろう。くそっ、なんて奴だ。
このままでは同人界隈で何故かショタ提督との絡みが多い俺の高雄や愛宕まで、いつか春日丸の毒牙にかかってしまいかねん。
やはり提督権限を発動するしかない。
鳳翔さんにいくら反対をされようとも、ここだけは譲れない。春日丸は実戦の荒波に揉まれ、世間の厳しさを知るがいい。
その間に俺は香取姉の荒波を揉もう。いや、揉まれよう。
「ふむ、なるほどな。よくわかった。春日丸は今後、演習を卒業し、実戦に積極的に投入していく。異論はあるか」
「……いえ。私もそろそろ実戦経験を積ませるべきだと思っておりました。提督のご配慮に、感謝致します」
おや。鳳翔さんは意外にも反論しなかったな。
やはり大人の女性という事か。
鳳翔さんも頭は切れそうなので、理不尽な指示という事は気付いているだろう。
心の中では納得せずとも、ぐっと堪えてくれたという所だ。うむ。提督権限の効果は上々だ。
しかしオータムクラウド先生の作品では、この人だけは絶対に怒らせてはならないらしいからな……ほどほどにしておこう。
「ただ、春日丸さんは過去の記憶から、夜の海に恐怖を抱いています。一人では怖くて眠れず、毎晩、私と一緒のお布団で眠るくらいです。この時間に初めての実戦となると少し不安が……」
何? 未だに鳳翔さんと一緒の布団で寝ているだと⁉ 何てうらやま……いや、そうでもないな。むしろ微笑ましいとすら思える。
しかし春日丸も男の子なのだから、そろそろ一人で眠れるようにならねばならん。
夜が怖いという気持ちは俺にも痛いほどわかる。そんな俺も昔はおばあちゃんと一緒に寝ていたが、小学校三年生の頃に卒業した。
今までは女所帯だったから、春日丸は見た目も中身も女の子らしく影響されてしまっているのだろう。鳳翔さんも甘やかしすぎだ。
ここは数少ない男として、この俺が一皮剥けるお手伝いをしてあげようではないか。
ちなみに俺が今から一皮剥ける為には手術をするしかないと思われる。凹む。
「可愛い子には旅をさせよと言うだろう。春日丸が一皮剥ける為にも必要な経験になるはずだ」
「……わかりました。提督の判断を信じます」
鳳翔さんは、不満をぐっと飲み込むように、俺の眼を見てそう言った。
お、怒ってないですよね。う、うむ。
気を取り直して、俺は空母達に指示をした。
「それでは早速だが、実戦だ。お前たちにはこれより、鎮守府正面海域に出撃し、敵艦隊を迎え撃って欲しい。先制攻撃に成功したら即座に撤退してくれ」
俺の計算では、先制爆撃だけで敵は壊滅するはずだ。
空母達は燃費も悪いし、敵に被害を受けた場合、回復の為にかかる資材も馬鹿にならないらしい。
アウトレンジからヒット&アウェイで無傷のまま敵を蹂躙するのが俺の作戦だ。
先制攻撃後はさっさと撤退してもらった方が資材の節約になるというものである。今回は実験だし。
「提督さん、質問してもいいかな?」
まるで不審者でも見るかのような視線と共に、瑞鶴が手を上げる。
非常に嫌な予感がした。
「うむ」
「この出撃の意図は何?」
「私も同感ね。五航戦の子と意見が合うのは気に入らないけれど、説明をしてもらいたいわ」
俺は思わず組んでいた指の上に額を乗せて、顔を伏せた。
どっ、と冷や汗が体中から噴き出る。
ヤッベェェェェエ!
ついにツッコむ奴来ちゃったよ! しかもよりにもよって加賀まで乗っかってきやがった。
他の艦娘が雰囲気に呑まれてくれてんのに、何空気読めない発言してんの⁉
何でそこで質問しちゃうんだよ!
高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処しろよ!
くそっ、妹に似てる時点で嫌な予感はしていたのだ。俺とコイツは絶対に相性が悪いと思っていた。
ヤバい。ヤバい。
そうだ、大淀にでも適当に解説させよう。って大淀がいねェ! 提督の危機にどこに遊びに行ってんだアイツは! 誰の指示だ! 俺だった。凹む。
俺の考えた空母機動部隊は前衛的だと思っていたが、実際のところどうなのだ。
あんな顔で説明を求めるくらいなのだ。普通ではない提案なのだろう。
そう言えば明石も一瞬戸惑っていた。
明石! お前何で止めてくれないの⁉
アッ、俺の事信頼してるとか言ってくれてた。ダンケ。
明石は戦場に立つ艦娘では無い。後方支援に長けた艦娘だ。現場の声には疎いのだろう。
現場の人間的に、今回の編成は有りなのか、それとも無しなのか。
俺の天才的な頭脳では完璧な作戦なのだが、現場の人間にしかわからない弱点があるのかもしれない。
灯台下暗しというやつだ。
そうなると、こいつらに俺が無能だとバレる事になる。
有能である提督を演じ続ける限り、俺はこの鎮守府でハーレムを築くチャンスを得る事ができる。
しかし無能だとバレた瞬間、艦娘からの信頼は得られず、それは儚く崩れ去ってしまうだろう。
人の夢と書いて儚いと読むと言うではないか。
瑞鶴と加賀、お前ら、人の夢を何だと思ってるんだ!
人から夢を奪う権利がお前らにあるのか。
夢を失った男は終わりだ。
お前、これで俺の夢が潰えたら許さんからな。絶対に許さんからな!
「提督、ひとつよろしいでしょうか」
天使が俺を呼んだ。
俺が顔を上げると、ラブリーマイエンジェル翔鶴姉が俺を見つめてくれている。
瑞鶴と加賀のせいで荒み切った俺の心に光と水を与えてくれる。セクハラ被害担当艦に任命したいとか考えてすいませんでした。
あぁ、癒される……。今日のパンツは何色なのだろう。やっぱり薄い桃色なのかな。空はあんなに青いのに。
「艦載機はどう致しましょう」
「全員、高性能な艦上攻撃機のみで十分だろう。後は艦上偵察機を忘れるな」
「了解しました」
「索敵、先制を大事に、という事ですね」
赤城も翔鶴姉に続いた。
コイツは反抗的では無いが、底知れぬ恐ろしさがあるな。
瑞鶴と加賀は明確に俺の敵だと理解できたが、コイツだけは読めん。気をつけねば。
「ほな、そろそろ行こか。早よせんと日が沈んでまうで。この時間に呼び出すくらいや。ここで長々と説明している暇は無い。時は一刻を争う、ちゅー事やろ?」
龍驤がそう言うと、加賀と瑞鶴は不満げに唇を噛んだ。
龍驤お前、いい奴だったんだな……。
加賀と瑞鶴を抑え込む事ができるとは。
その見た目故にハーレムに入る事は決して無いだろうが、今後も重宝してやろうではないか。
ともかく何とか、佳境は凌いだようだった。
龍驤と翔鶴姉のファインプレーに感謝しつつ、俺は最大級のキメ顔で空母達を見送ったのだった。
「うむ。よろしく頼む」
加賀と瑞鶴にめっちゃ睨まれた。凹む。
◆◆◆
灯台下暗しとはこの事か。
俺は焦っていた。
空母達を送り出して、なんとなく落ち着かなかったので、少し『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』に目を通してみたのだった。
そこには「正規空母は潜水艦に弱い」との一文が。
艦隊運用の初歩の初歩らしい。今の今まで目を通していなかったのだ。
正規空母の艦載機では海中にいる潜水艦に攻撃する事はできず、逆に相手の魚雷のいい的になってしまうという。
潜水艦にとって、正規空母はまさにカモだというわけだ。
軽空母なら潜水艦にも攻撃できるらしいのだが、今回の編成では龍驤と春日丸だけ。
俺のフォローに定評のある龍驤はともかく、あんな実戦経験のないお坊ちゃんに何ができるというのだ。潜水艦には手も足も出ないだろう。
恐る恐る、ここ一か月の報告書を見てみると、鎮守府近海を潜水カ級とかいう潜水艦が結構うろうろしているではないか。
アカン。
俺はてっきり、敵は雑魚の駆逐艦程度しかいないだろうと思っていたから蹂躙できると思っていたのだ。
ここに、明らかに格下なのに正規空母相手には無敵の潜水艦と鉢合わせてみろ。
手も足も出ずにボコボコにされ、無能な司令官と見なされ、帰還した加賀達に俺がアウトレンジから蹂躙されかねん。
今は提督という権力補正があるから、赤城や翔鶴姉も俺に従順なのだろう。
ここで信頼を失い、翔鶴姉まで俺に反抗的になってみろ。「提督ったら、スカートはあまり触らないで!」なんて言われてみろ。興奮する。いや間違った、俺は死ねる。
更に追い打ちをかけるように、夜は潜水艦の時間らしい。
夜の潜水艦に攻撃を当てる術など無い。
潜水艦と夜戦になったが最後、正規空母だけでなく、軽巡も駆逐も、戦艦までもが、一方的に攻撃されてしまう事態になるという。
ダメ押しに、夜はそもそも艦載機の発艦自体ができないとか。
窓の外を見る。
綺麗ね……夕日。素敵だわ。
私、この艦隊に来て、この風景が一番気に入ったわ。
So lovely……。
言ってる場合かーーーーッ!
「明石ッ!」
「はっ、はいっ⁉ ななな、何でしょうっ⁉」
「今鎮守府に残っている者の中で対潜能力に長けた者を六人、早急に執務室へ呼んでくれ!」
「えぇぇ⁉ も、もう日が落ちますよ⁉ いくら対潜能力が高くても、日が落ちてしまっては……」
「このタイミングしか無い! 今しか無いんだ! 時は一刻を争う! 俺を信じろ!」
「……わかりました! 明石、提督の判断に全てを賭けます!」
なるべく表情は崩さずに、口調だけ激しく、明石にそう命じた。
もはや呑気に『艦娘型録』を見て選定している時間も無かった。
自分で選ばず明石に任せるのは疑われるだろうかとも思ったが、俺の必死さで何かを察したのか、明石は迷う事なく執務室を飛び出していった。
しばらくすると、鎮守府中に呼び出しの放送が流れ出す。
時間が、時間が無い。
早くせねば、空母達が被害を受ける前に間に合わねば、俺のハーレム生活が……!
その僅か数分後。
執務室には、明石の厳選した精鋭六人が集合していた。
「水上機母艦、千歳です!」
「同じく水上機母艦、千代田です!」
「うち、浦風じゃ! 提督、よろしゅうね!」
「第十七駆逐隊、磯風。推参だ」
「駆逐艦、浜風です」
「よっ、提督! 谷風さんだよ! かぁ~っ、この時間に対潜哨戒かい? 粋だねぇ!」
明石お前、何の精鋭呼んでくれてんの?
俺、対潜能力に長けた者をって言ったよね?
何で一人除いて対チン能力に長けた者を呼んでんの? 爆雷ならぬ爆乳ガン積みで俺の股間のチン水
一人除いて胸部装甲の厚い順に呼び出したわけじゃないよな。こいつは胸が厚いな……!
こいつら本当に駆逐艦なの? 谷風は除いて。
大体なんだこの谷風という奴は。谷間も無いのに谷風を名乗るとは名前負けも甚だしい。
それとも、山が無いから谷風という事か。名は体を表すという事だな。
いや、完全にアウェイな中で気まずいだろうに、来てくれたんだ。感謝せねば。
谷風、揉み心地の良さそうなのばかりに挟まれて、居心地悪くない? 俺のせいでゴメン。いじめとかじゃないから。
ってそんな事を考えている時間は無い!
明石の人選のせいで危うく俺の脳内で「駆逐艦も有りなのではないだろうか」という会議が開催される所だったではないか。
そんな事で悩んでいる時間は無いのだ。
時間があれば五人の姿をじっくりと眺めたい所だったが、それはもう後日の楽しみに取っておこう。
明石が俺の隣から、声をかけてくる。
「現在鎮守府に残っている中では、彼女たちが最も練度と対潜に長けています。すでにソナーと爆雷は一セットずつ装備。千歳と千代田は甲標的を……」
「甲標的もソナーか爆雷に変えてくれ」
「それでは完全に対潜しか……」
「構わん。対潜に全力を注いでくれ」
「了解しました」
甲標的とやらがそもそも何なのかよくわからなかったが、対潜水艦ではソナーと爆雷が大事。とりあえずこれだけは覚えた。
俺は威厳を保つために何とか立ち上がり、大袈裟に机を両手で叩き、そのままの体勢で六人に目を向けた。
前かがみになる為である。
「説明している時間は無いので端的に命じる。お前たちは先ほど出撃した赤城達の後を追い、合流。敵潜水艦が確認できた場合はそれを撃破。その後は赤城達を護衛しつつ撤退してくれ」
「……この時間に、空母だけの編成で出撃させたなんて、提督の意図がわかりません。そして今回の急な出撃も……」
千歳お姉がそう言った。おっしゃる通りです。ハイ。
「私も千歳お姉と同じ意見よ。出撃する前に、提督の考えが聞きたいわ」
「同感だな。この磯風も興味がある。司令、納得のいく説明を頼む」
「提督、お願いします」
いかん。千代田と磯風、浜風まで俺を不審に思っている。
しかしここで説明している時間も、迷っている時間も無い。早くしないと夜が来てしまう!
だがこのままでは納得してくれそうにも無い!
どどど、どうすれば――
「ままま、それくらいにしときなよ! 説明してる時間が無いって提督も言ってたろ? 話は後、後! ささっ、出撃出撃ぃ!」
谷風が全員を宥めると、千歳達はそれもそうね、と矛を収めてくれたのだった。
何? 龍驤といい谷風といい、ペチャパイっていい奴しかいないの? 瑞鶴は別として。
「説明は帰投してからの楽しみにしておこう。覚悟しておくのだな、司令」
磯風が不穏な事を言い捨てて、執務室から出て行った。
くそっ、ちょっと胸部装甲がデカいからっていい気になりおって。
ちょっと迷いはしたが、やはり駆逐艦はハーレム対象外だ。
椅子に腰を下ろした俺の隣に、浦風が駆け寄ってくる。
浦風は俺の耳元に顔を近づけて、こう囁いたのだった。
「すまんねぇ。磯風も浜風も、真面目なだけで悪い子じゃ無いんじゃ。なぁに、赤城姐さん達は、うちがついておるから大丈夫じゃて! うちに任せとき!」
そう言って、浦風はにっこりと微笑むと、そのふくよかな胸をどんと、いや、ふにゅんと叩き、執務室から駆け出していった。
駆逐艦も有りだ。
私はそう結論づけざるを得ないのだった。