『ありがとう』をキミに   作:ナイルダ

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今回から原作の内容とかぶってきますので、ネタバレ注意です。
ですが、正直申し上げますとこの小説は既に原作の内容を知っている人向けに書いているつもりです。
本編ではかなりはしょって書かれておりますので、読んでいる方の知識で補完しながら読んでいただけたなら幸いです。


プロローグ ようこそ絶望学園

ーー苗木視点ーー

 

(いよいよ本格的な撮影が始まった訳だけど、はじめはみんなバラバラに撮影するみたいだ。そして、ボクは今…希望ヶ峰学園の正門の前に立っており、後ろには77期生の先輩方や学園長が集めたスタッフが大勢いる。)

 

「なんだか緊張するなぁ。えーと、確か撮影がスタートしたら正面玄関まで歩いていけばいいんだっけ?」

 

苗木はおよそ1年前の入学式を思い出しながら歩みを進めていった。

 

(改めてこの道を通ると、なんだか無性に懐かしくなるなぁ。1年前がまるでずっと昔の事のように思える程、この1年間は強烈だったよ。それと、入学式のときは少し迷子になっちゃったっけ?)

 

希望に胸を膨らませる演技をしつつ、思い出に浸っていた苗木はあっという間に予定の場所に到着する。

 

(ええっと、ここから先はアドリブだっけか…。取り敢えずみんなと合流しようかな。)

 

苗木はアドリブによって行われるこれからの撮影の為に、彼なりの順序を頭の中で整えつつ正面玄関のホールに足を踏み入れた。

しかし次の瞬間、彼の視界は途端にグニャグニャといびつに歪みだした。

 

(うっ! …なんだこれは! 頭がガンガンして、意識を保てない…。)

 

様子が急変し、遂には倒れ込んでしまった苗木に周囲は驚きを隠せない。ざわざわとするスタッフ達の中にいた、1人の少女を除いて。

 

 

***

 

 

(うぅ、…いったいどうなったんだ? ここは…、教室。それもよく見覚えがある教室だ。あの常在戦場のポスター…、ここは去年使っていた教室なのかな?)

 

前後の記憶があやふやな苗木は、だらしなく垂れていた涎を慌てて拭きつつ辺りを確認する。

そして、現在の自分が置かれている状況を冷静に分析した。

 

(偶然か必然か、玄関ホールに足を踏み入れた途端に襲ってきた頭痛。そして、恐らく誰かに運ばれてたどり着いたであろうこの教室。これは江ノ島さんのシナリオって事なのかな?)

 

ある程度状況を把握し自分が取るべき行動を推測する苗木。

〝あの事件〟で数々の修羅場を乗り切った彼は、この程度で動揺する程ヤワではなかった。

 

「これは…、入学式案内? ……随分と雑な仕上げだな。本当に希望ヶ峰学園の入学式の案内なのか?」

 

そして、もう一度苗木は教室を見渡す。

 

(やっぱりこれは、いくらなんでもやり過ぎなんじゃないかなぁ…。)

 

彼がいる教室には監視カメラが取り付けられており、さらには本来窓があるべき場所に分厚い鉄板が打ち付けられていた。

 

(大神さんクラスなら楽々壊せるモノみたいだけど、ボクみたいなか弱い一般人には到底壊せないよ。)

 

今回の映画撮影で1番張り切っていたのは……、霧切仁であった。

彼は撮影をよりリアルなものにするため、歴史ある希望ヶ峰学園を実際に改造してしまったのだ。とはいえ、いざとなれば容易に破壊もでき、中で何かあればすぐに駆けつけられるようになっている。

今は正面玄関にも重々しい分厚い鋼鉄製の扉が佇んでいるが、78期生が学園に足を踏み入れるシーンではCGを使い扉を消しているとか……

超高校級の才能を集めれば、合成映像であろうと違和感など1ミリも残らないであろう。

 

「時間は…、しまった。約束の時間を過ぎてるみたいだ。」

 

教室内の時計で時間を確認し、あたかも初めて足を踏み入れる場所であるかのように恐る恐るといった感じの演技をしつつ、苗木は玄関ホールに向かう。

 

(もうみんな集合しているみたいだ…。遅れちゃったなぁ、みんなごめんね。)

 

心の中で謝罪しつつ誰と話そうかと逡巡していると、

 

「オメーも、ここの新入生か?」

 

(助かった…。自分から話しかけるのはボクにはハードルが高いみたいだ。初対面のふりを親しい人にするのは案外難しいな。……それにしても、みんな思ったよりも演技がしっかりしてるみたいだ。結構安心かも……。)

 

「じゃあ、キミ達も!?」

 

クラスメイトに助けられつつも苗木は全員との合流に成功した。

所々でがやがやとしていたが、山田の発言に食い付いた人物がいた。

 

「これで15人ですか。キリもいいので全員揃ったという事なのでしょうか?」

「待ちたまえ! まだ戦刃君がいないぞ!」

 

「「「……?」」」

 

「「「……。」」」

 

山田に食い付いた石丸の発言に、残りのメンバーはそれぞれ大きく2つの反応に別れた。

戦刃が特殊メイクで江ノ島になりきっていることを覚えていないメンバーと覚えているメンバー。そして、記憶が無いという大前提を理解しているかどうかで、その反応は別れていた。

 

 

「カァァアアトォォオオーーー!!!」

 

 

校内放送から怒号が響いた。

 

「うっせーー! てかどこに問題があったんだよ!」

 

(桑田クン…。戦刃さんの特殊メイクはまだしも、記憶が無い設定って事を忘れているのかい? それに戦刃さんは江ノ島さんの代役だよ……。もしかして台本に書かれてなかったのかな? 全員の台本に書いてあることはバラバラだから確認ができないしなぁ…。)

 

苗木は色々と考えを巡らせていた。

そして、カットが入ったことによりその場の空気は緩んだようだ。

しばらくすると、江ノ島本人が現れる。

 

「おい…、石丸! 葉隠! 朝日奈! 桑田! そこに正座しろッ!!」

 

「「「なっ…!! 江ノ島(君・っち・ちゃん)! どうして2人も!?」」」

 

「んなことはどうだっていいんだよー!! 問題なのはテメーらが大前提も忘れてるってことだッ!! 撮影の前にテメーらの耳にタコができる程 、何度も何度も設定の話をしたよなーーッ!! アタシのお姉ちゃんの事は取り敢えず無視しときゃーいいっつったろーが!! つーかさっきから何テイク目だよッ!! いい加減他の奴らも疲れてきてるぞッ!

てか、私様も既に心が折れかかってるつーの!! 絶望的過ぎッ!!」

 

凄まじい勢いでまくし立てる江ノ島を前に、4人は呆然としている。

実は、この1番最初の全員が集まる場面にて、既に何テイクも撮り直しをしていた。江ノ島の再三の説教を全く理解しないアポ達が、設定をガン無視していたのだ。

 

(はぁ……。江ノ島さんも大変そうだなぁ。でも、ボクなんかじゃ役に立てそうにはないかな。あのメンバーに言うことを守らせるのは…とても骨が折れそだ。)

 

 

***

 

 

なんとか話をつけ、撮影はそれぞれが改めて自己紹介をする場面に移行していた。

 

(霧切さんと十神クンの実際の自己紹介はなかなか辛辣だったっけ。……2人とも1年前までは人を寄せ付けないオーラをバンバン出してたからなぁ。)

 

苗木は入学式後に行われたオリエンテーションでの自己紹介を思い出していた。

〝超高校級〟のメンバーによる自己紹介。苗木が場違い感を強烈に抱いたワンシーンでもあった。

 

(ふぅ…、自己紹介も無事に終わったね。ボクも何回かミスしちゃったなぁ。申し訳ない…。)

 

自己紹介も終わり、話はこの異様な学園の事に移っていく。

全員が玄関ホールに足を踏み入れた後の記憶があやふやである事、窓があるべき場所には鉄板が打ち付けられている事など、不可解な点はいくつもあった。

そして、意外とスムーズに進んだ学園についての会話は唐突な校内放送により遮られる。

 

「あー、あー…、マイクテスッ! マイクテスッ! 大丈夫? 聞こえてる?」

 

本当に記憶が失われていて、突然異様な場所に閉じ込められていたのなら…この放送はさぞかし不気味さを、恐怖を生徒達に植えつけたであろう。

しかし……

 

(((さっきから何度も何度も校内放送で説教をくらっていたから、マイクテストの必要は無いよ…。)))

 

ほぼ全員が声の主に対して同じようなことを思っていた。どうやら江ノ島は、自らのシナリオに意外と律儀であるようだ。

 

(江ノ島さん、本当に大変そうだなぁ。……あっ、霧切さんと目があった。若干笑いを堪えていたような。でも、相変わらずのポーカーフェイスだなぁ。)

 

その後、モニターの向こうにいるナニカの影は、入学式を執り行うという言葉を残し校内放送を終了した。

そして校内放送終了後、すぐに体育館に移動するメンバーとそうで無いメンバーに別れる。

 

(うん。確かに十神クンとかは真っ先に行っちゃうだろうなぁ。)

 

おおよそ苗木の予想通りのメンバーがアクションを起こしていく。

すぐに移動しなかったメンバーも放送に対してそれっぽいセリフを言い合った後、体育館へと歩みを進めた。

 

 

***

 

 

体育館前のロビーに移動した後、躊躇いを見せる演技をしつつ78期生は体育館へと足を踏み入れる。

 

「入学式みたいだね…。どこからどう見ても。」

 

「だから言ったべ! きっとこれから〝普通〟の入学式が始まるに違いないべ!」

 

次の瞬間、彼らは〝普通〟ではない光景を目の当たりにする。

 

「オーイ、全員集まった? それじゃあ、入学式を始めよっか!!」

 

「え……? ヌイグルミ?」

 

誰かがそうつぶやいた。

そこにいたメンバーは例外なく、目の前で喋り、動いているソレに唖然としていた。

しかし、それも無理からぬ事である。このヌイグルミは今回の映画撮影の為だけに秘密裏に作られた、NASAもビックリな最新技術の結晶であったのだ。

 

(何だあれ。本当にヌイグルミにしか見えないけど、人が入っているかのように機敏に動いてる…。こんなモノまで用意しているとは……力の掛け具合がすごいなぁ。感心することしかできないや。)

 

「まずはボクの自己紹介でもしようかな! ボクはモノクマだよ! キミ達の…、そしてこの学園の、学園長なのだッ!!」

 

 

***

 

 

「そういうことだから、ヨロシクね!」

 

「うわぁぁぁ!! ヌイグルミが喋ったーー!!」

 

「落ち着くんだ! きっと中にスピーカーが入っているに違いない!」

 

呆然を通り越し、現実に帰ってきた生徒達は驚きの声を上げていた。

 

「静粛に! 静粛に! …えー、では! 起立、礼! オマエラ、おはようございます!」

 

石丸のみがモノクマの挨拶に反応した。

最も、記憶が無かったとしても彼はモノクマの挨拶に応えていただろう。

 

「では、これより希望ヶ峰学園第78期生の入学式を執り行います! まず最初に、これからの学園生活について……。えー、オマエラのような才能溢れる高校生は〝世界の希望〟に他なりません! そんなキミ達を保護する為に、オマエラには〝この学園の中だけ〟で共同生活を送ってもらいます。ちなみに期限はありませんっ!! つまり、ここで一生を過ごすということです!!」

 

訳も分からないままここで一生を過ごせと言われたなら、間違いなく不平や文句を叫ぶであろう。そして自分が置かれている状況に嘆く者も現れるであろう。

 

さて、撮影現場はというと……

何名かは本物の、そしてもう何名かは演技の糾弾を行っていた。

 

(成る程…。これで学園内で生活する流れになるのか。となると全体の謎は、外の状況や学園が脱出不可能になっている事とかなのかな? 何かしらの設定があるのは間違いなさそうだね。)

 

今後の展開を予測している苗木。

言い争いが激しくなっていたモノクマ達だが、モノクマの次の台詞により周囲は静寂に包まれる。

 

「ここから出る方法が無いわけじゃないよ…。」

 

そしてモノクマは、卒業というシステムとそのルールについて説明を始めた。

 

 

***

 

 

「〝希望〟であるキミたちが殺し合う…。なんて〝絶望〟的なんでしょう!! ドキドキが止まらないねーー!!」

 

〝希望〟と〝絶望〟というワードに何名かが若干反応を見せる。

そして残りの生徒はコロシアイという内容に余計に反応し、収集がつかない言い争いに発展していた。

そんな中、苗木は江ノ島に思いを馳せる。

 

(これが今回の映画の中で重要な要素である〝コロシアイ〟か……。どうして江ノ島さんはこんな内容にしたんだろう? やっぱり彼女はまだ…、真っ暗な〝絶望〟の中にいるのだろうか…。)

 

苗木が思考にふけっている姿は、モノクマの発言をうまく飲み込めずにただ呆然としていたように映っていたであろう。

一方で、大和田は不毛な言い争いを止めるべく行動を起こしていた。

 

「もういい…、テメェらはどいてろ。…オイコラ、今更謝ってもおせぇぞ!!」

 

演技で言い争いを止めようとした大和田であったが、モノクマの、もとい江ノ島の容赦ない挑発に本気でキレた。

 

「があぁぁああッッ!!」

 

我を失った大和田はモノクマを掴み上げ、〝超高校級の暴走族〟らしい怒号を浴びせた。

校則違反を訴えていたモノクマであったが、突然反応が消える。その代わりに無機質な機械音が体育館に響き渡った。次第に間隔が早くなる機械音……

しかし依然として、大和田はモノクマを掴み上げていた。

 

「危ない、投げて……ッ!!」

 

霧切の言葉に反応した大和田は素早くモノクマを中に投げる。

次の瞬間、周囲は熱気と爆発音に包まれた。

体育館にいたメンバーは言わずもがな、モニターで様子を見ていたスタッフ達までもが呆然としていた。

そんな混乱のさなかに思考を巡らせる事ができたのは、とある双子の姉妹だけであった。

 

「まったく…、だから校則違反はダメだって言ったじゃないかッ!!」

 

「ま、また出てきた!?」

 

「テ、テメェ…! 今の〝マジ〟で俺を殺そうとしやがったなッ!!」

 

「この学園内では校則を厳守してください!! もしも破ったのなら、さっきよりももっとグレートなお仕置きが待っているからねッ!! じゃあ、オマエラの入学祝いにこれを全員に贈呈します! とても貴重なモノだからなくさないように! 詳しい校則もそこに書いてあるから、お仕置きされたくなかったらちゃんと読んでルールを守った学園生活をしましょう!! じゃあね、ボクは帰るから!!」

 

モノクマは電子生徒手帳を全員に配った後、どこかに消えていった。

 

ーー静寂。

 

しっかりと記憶を有していて尚、混乱に陥り黙り込んでしまう生徒達。

数秒の後、その静寂は〝死〟という恐怖に耐性がある霧切とセレスにより破られる。

 

「みんな、落ち着いて……。さっきまでの話を整理しましょう。」

 

霧切を中心に、落ち着きを取り戻したメンバーが先の話を要約していく。

そして十神の台詞により、またしても静寂は訪れた。

 

「今の話は嘘か本当かが重要ではない…。問題なのはその話を信じるかどうかだ。」

 

そして互いが互いの顔を見渡す。

相手の腹の内を探ろうとする視線を周囲に向けていたーー

 

ーー数名は本気で。

 

あまりに衝撃的な事が続いたために、これが映画撮影であることを完全に忘れてしまったようだ。

 

(何人か目が本気に見えるのは……きっと…、気のせいだよねッ!!)

 

 

 

苗木は思考を放棄した。

 

 

 




ーーウサミよりーー

ミナサン!こんにちはでちゅ!
ついに江ノ島さんの計画の一端であろう映画撮影が始まりまちたね!このまま何も起きずに撮影が終わってくれるといいでちゅが……
えっ!今のは完全にフラグでちゅって!?
はわわ…あちしとしたことが!!先生失格でちゅ…。
でも、あちしは決して絶望しないでちゅ!
しっかりと役目を果たしまちゅからね!


以下ウサミファイルより抜粋 

・希望ヶ峰学園は実際に完全封鎖されている。しかしその強度はそれほど高くはない。大神や希望ヶ峰学園の技術を持ってすれば破壊可能である。

・現在映画に出演している江ノ島は戦刃に特殊メイクを施し本人そっくりになっている別人である。そのことを生徒達は理解している模様。

・モノクマは今回の為だけに作られた模様。複数体いるようだが、最大数は不明。現在詳細は非公開


ちゃんと仕事をこなせまちたよ!それではミナサンまた来てくれるのを楽しみにしてまちゅね!

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