『ありがとう』をキミに   作:ナイルダ

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chapter EX 再誕 -Rebirth- Ⅳ

ーー???視点ーー

 

〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟──その引き金となった〝希望ヶ峰学園 普通科生徒集団自殺未遂〟。

その時、特別科の生徒は何をしていた?

78期生──担任不在、寮の設備点検等の理由により臨時休講。各自、自宅やホテルでの宿泊をしており、学園にはいなかった。

77期生Bクラス──江ノ島盾子の能力、〝絶望の言弾〟により精神を支配されていた。

77期生Aクラス──当時の担任であった雪染先生の判断により臨時休講。なお、この判断は普通科生徒による〝パレード〟が激化していた為である。

 

じゃあ、生徒会は?

希望ヶ峰学園を象徴する組織であるはずの生徒会は?

 

 

 

一体、〝生徒会長〟である僕は──何をしていた?

 

 

 

***

 

 

 

事件が収束の兆しを見せ始めた頃、僕はようやく事実を知らされた。

 

生徒会のメンバーは原因不明の精神疾患により入院中だと──

78期生に在籍する〝超高校級のギャル〟、江ノ島盾子が一連の事件の中心人物だったと──

彼女が持つ〝異能〟とでも呼ぶべき能力によって、生徒会と77期生Bクラスの生徒たちは入院を余儀なくされている状況だと──

後輩が、歴史の岐路で戦っていたと──

 

そして生徒会長は、何もできなかったと──

 

そんな事実を──

 

 

 

 

 

──僕は知った。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「とんだ事件でしたね」

 

「まったくだ。さしもの希望ヶ峰学園も、コトの隠蔽には苦労しているようだしな」

 

「教職員はおろか、生徒会までもが機能していないですからね」

 

「才能の集合体でもある生徒会ですらねじ伏せる才能──〝超高校級の絶望〟。もはや、存在すら空恐ろしい」

 

「そうですね。しかし、宗方君が生徒会長だったなら…こんなことにはならなかったと思うんですよね」

 

「おい、口を慎め。彼もまた…我々が育てた〝希望〟だ」

 

「そうですけど、彼が生徒会長になってからこんな事件が起きたんですよ? 彼は持っていないのでは? 人の上に立つカリスマ性とか、運だとかを」

 

「まあ、それはそうかもしれないな。実際、彼の退学を上層部へと訴えた者もいるそうだ」

 

「え、そうだったんですか?」

 

「噂だ、噂。彼では〝超高校級の生徒会長〟の名を背負えない……そんな理由らしい」

 

「無理もないですね。なまじ、宗方京助というとんでもない比較対象がいますから」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

そう。僕は希望ヶ峰学園でずっと、ずっとずっと……比較され続けた。

担任である雪染先生の同期──

僕とは入れ違いで卒業した、〝元超高校級の生徒会長〟──

 

──〝宗方京介〟

 

彼と比べられ続けた。学力、運動能力、演説能力、カリスマ性……何もかもを。

常人と比べれば、僕が優れた才覚を持っていると分かる。

だからこそ希望ヶ峰学園にもスカウトされたのだ。

 

でも、同等の才覚を持つ存在と比べられたらどうだ。

 

その存在が僕より少しだけでも秀でていたらどうだ。

 

こんな僕に、価値はあるのだろうか?

 

 

 

 

 

僕はずっと……悩み続けた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

そして事件は起きた。

僕の事情など一切お構いなしで、情けも容赦もなく突きつけられる──

 

──自分の無能を。

 

「宗方京助であれば防げていたのでは?」──そんな声が頭の中を反響し続ける。

「宗方京助であればこんなことには……」──そんな声が心を抉る。

「これが〝超高校級の生徒会長〟……?」──そんな声が、僕を〝絶望〟へと誘う。

 

今思えば、僕がこう思うことこそが江ノ島盾子の狙いだったのだろう。直接手を下すまでもないと……そう思われていたのだろう。

 

本当に情けないな、僕は。

でも大丈夫。僕は大丈夫だ。

あの時、学園長が声をかけてくれたから──

 

 

 

 

 

「私個人としては、君のような前途ある若人に退学処分を下したくはない。しかし、教職員たちの中に君の不信任を問う者がいるのも事実」

 

──僕は変われた。

 

「そこで、君には『江ノ島盾子の査定』を頼みたい。君も既に知っていると思うが、〝超高校級の絶望〟とでも呼ぶべき才能を彼女は持っている。有する能力は現在調査中だが、とにかく……危険なモノであることは確かだ」

 

──僕は自信を持てた。

 

「現在、私が組織した機関と78期生の苗木くんによる監視体制をとっている。聞いたところによると、近いうちに彼女が発案した『映画撮影』を計画しているらしい。……おそらく、彼女は何かを仕掛けてくる。だからこそ……我々はこの『映画撮影』を、彼女を測る試金石にするつもりだ」

 

──僕は〝希望〟へと向かうことができた。

 

「では、改めて君に依頼しよう。近々行われる『映画撮影』を通して、『江ノ島盾子の査定』をしてほしい。彼女を今後、どのように扱うべきなのか……〝超高校級の生徒会長 村雨早春〟──君の意見も参考にしたい。そして証明してみせなさい──君が〝超高校級〟たり得る人物であると……ッ!」

 

 

 

 

 

「任せてください」──僕はそう応えた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

結果から言えば、『映画撮影』だけでは江ノ島盾子という人間を測ることはできなかった。

何故なら──〝映画撮影の最中〟と〝映画撮影の後〟では、『江ノ島盾子』という人間が別人に見えたからだ。

 

そして僕は査定の期間を延ばしてもらい、僕だけの答えを出した。〝超高校級の生徒会長〟として、全身全霊をもって辿り着いた答えを。

 

 

 

 

 

「江ノ島盾子は〝シロ〟です」──これが僕の答えだ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

「……え?」

 

その声が一体誰のものなのか、それを追求することに意味はない。それはこの場にいるほぼ全員が、同じことを思ったからだ。

〝王馬小吉〟が不気味に笑っている。

そんな光景を見ながら……思ったのだ──

 

──この物語はまだ終わらない。

 

「はいはーい。投票は中止だよー」

 

呑気な声色で王馬は続ける。

 

「ちょっとー…、みんな起きてる? もしもーし!」

 

たった一瞬で、この場を包んでいた空気が弛緩した。

もっともソレは、〝超高校級〟と呼ばれる存在だからこそ可能だったのだが……

それはともかく、王馬が空気を支配した──この事実だけが、アタシたちが共有できる感情だった。

 

「やれやれ、ゲームはまだ終わってないんだよ。ちゃんと〝クロ〟を指摘しないとダメでしょ?」

 

「にししっ」──王馬は笑っていた。

何か異様な雰囲気に包まれる中、どすの利いた声が聞こえる。

 

「ふざけてんのか?」

 

神代優兎が王馬小吉を睨みつける。

男性の平均的な身長よりも幾分か小さい者同士が睨み合う。

これが日常的な場面であれば、いくらか冗談を言うことができただろう。しかし、可愛いなんていう茶々を入れることは絶対にできない。特別な才能を持つ者特有の覇気が、両者の身体を覆っている。

 

「別にふざけてないよ」

 

「オメー僕の話聞いてたか? 〝元超高校級の諜報員〟である僕が辿り着いた結論が間違ってるって? ア゛ア゛?」

 

「勿論だよ。オレはキミの話を聞いた上で、『オレが〝クロ〟だ』って言ったんだ」

 

「あんまおちょくってッと…後悔するぞ」

 

「後悔? もしかして、才能使ってオレに何かするつもり? それってオレがしてきたみたいに犯罪だったりする? だってキミの才能って、性犯罪とかに使えそうだもんね!」

 

ピキリ──そんな音が聞こえそうなほどに神代はキレていた。才能をバカにされ、顔をリンゴのように赤くしている。

しかし、王馬は意にも介さず煽り続ける。

 

「ひょっとして、もう前科持ちだった? あからさまにヤってそうだし!」

 

「お、オメー……」

 

「て言うか、犯罪者が持ってきた証拠を信じてもいいのかなー? この人が持ってきた写真って、全部カメラ目線じゃないから盗撮でしょ? ねーねー、盗撮魔の証言なんかを信じるの?」

 

 

 

「いい加減にしやがれーーッッ!!」

 

 

 

一際大きな声を発しながら、神代はピストルを王馬へと向ける。

白銀の席にあったそのピストルの照準を──

いつの間にかくすねていたピストルを──王馬へと。

 

そして引き金が引かれる──

 

「王馬くんっ!!」

 

──雪染が庇うように王馬へと覆いかぶさる。

 

──鮮血が宙を舞い、雪染は力無く崩れ落ちる。

 

「はぁ…はぁ…」

 

──血走った目で、神代は結末を目撃する。

 

「先生ッ!?」

 

──王馬は動揺した様子で雪染の容態を伺う。

 

「だ、大丈夫よ……。このくらい、かすり傷だから」

 

──そう言う雪染の言葉には、力がない。

 

たった数秒の出来事だった。神代がピストルを撃ち、雪染に当たった──ただそれだけのこと。

しかし、この終わりかけた物語を再び動かし始めるには十分な熱量を持っていた。

 

「大丈夫。本当にかすり傷だから」

 

神代が放った弾丸は、雪染の肩を血が出る程度に(かす)めた。

どうやら命に別状はないようだ。

 

「よかった」

 

雪染の無事を確認した王馬は安堵したように息を吐き、怒気を纏いながら神代を睨む。

 

「お前、本気だったろ。本気でオレを殺そうとしただろ」

 

王馬の問いに神代は答えない。

おそらくは、引き金を引いたことに自分自身も驚いていたのだろう。無意識のうちに、怒りに身を任せてしまった。誰よりも才能に囚われていたからこそ、才能をバカにされて我を失った──おおよそそんなところか。

 

「まあ、本気だったからこそ意味があるんだけどさ」

 

半ば呆然としている神代をよそに、「じゃあ、今までの話を踏まえてオレの推理を披露するよ」──そんな前置きをした後に王馬は語り始めた。

 

「そもそも、この状況って〝あの映画〟を模しているようで、実は全然そうじゃないんだよね。……アレって、〝希望〟同士が殺し合うところがミソなわけでしょ? じゃあ今は?」

 

神代も先ほどと比べれば幾分か落ち着いてきたらしく、王馬言葉に耳を傾けている。

 

「今まで様子を見ていてオレが思ったのはさ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことなんだよね。一番の違和感はルールが甘いこと。これって、校則に雁字搦めにされたコロシアイとはかけ離れてるでしょ? 実際…オレがモニターを壊してもペナルティなんかないし、〝クロ〟の定義が曖昧なのもおかしいよね?」

 

王馬は再度、神代を見据える。

 

「確かに、物的証拠は江ノ島先輩が〝クロ〟だと言っているのかもしれない。でも、情況証拠は? 江ノ島先輩が〝超高校級の絶望〟とやらで、また何かを企んでいたとして……こんなに杜撰なことをするなんて考えられなくない?」

 

全員が王馬の弁に聞き入っている。

他ならぬアタシ自身も。

 

「はっきり言うけど、これって宗方先輩が江ノ島先輩を殺したくて仕組んだことでしょ?」

 

王馬の目が宗方を捕える。

 

「神代先輩は自分の才能に信念を持っている。だからこそ、その才能を使って得た証拠を本物だと信じることができる。ってことは、さっき話してた宗方先輩の〝動機〟も本物ってことでいいんだよね? 会長さんも同意してたっぽいし」

 

独演は、どこまでも続く。

 

「つまり……宗方先輩は会場であるココの状況を整えて、()()()()()()姿()()()()()()を神代先輩に捕らえさせた。そして最後の仕上げは……今日この場で素晴らしい演説を披露すること。そう──江ノ島先輩が〝クロ〟であると誘導するんだ」

 

宗方の表情は崩れない。

しかし、構うことなく王馬は続ける。

 

「でさ、この()()()()()()姿()()()()()()って……別に本人である必要なんてないんだよね。例えば──〝超高校級のコスプレイヤー〟とかさ、誰かが変装してても可能なわけでしょ?」

 

一同の視線が〝超高校級のコスプレイヤー〟である少女へと集まった。

急な展開に、白銀はしどろもどろになりながらも答える。

 

「え、えぇっ!? わたし!?」

 

「そう! 白銀ちゃんほどの才能なら、昂った状態の神代先輩を騙すことだってできるでしょ?」

 

「わ、わたしじゃないよっ! ココに来るのだって初めてなんだから!」

 

「またまたぁ! 本当は宗方先輩と通じてたんでしょ? 共犯者なんでしょ?」

 

「ち、違うよ! て言うか…さっき王馬君、自分が〝クロ〟だって言ってなかった!?」

 

「あ、それ嘘だから」

 

「えぇッッ!!??」

 

どうやら、白銀が絡むと話が漫才チックになりやすいようだ。

てか、土壇場であんな大嘘をブッ込めるなんて…呆れた胆力ね。『宗方や神代が間違っている』という主張ではなく、自らが〝クロ〟であると宣言し場の空気をひっくり返してみせた。まったく……後輩ながら末恐ろしい。

 

「ま、オレの話をまとめると──この一件は〝宗方先輩と白銀ちゃんの共謀〟ってことになるね!」

 

「勝手にまとめないでよぉっ!? わたしは何も知らないんだって!」

 

「で、どうする? 〝クロ〟と呼べそうな人物が二人になっちゃったけど」

 

「無視しないでよっ!?」──叫ぶ白銀をスルーし、王馬は周囲を見渡した。

一度はアタシに決まった投票が再び硬直する。

しかし、そう長くは続かなかった。

 

「くだらないな。結末は変わらん」

 

宗方京助がアタシへと銃口を向ける。

 

「京助っ!?」

 

「ふーん。そういうことしちゃうんだ」

 

雪染と王馬が反応を示すも、宗方の意志は揺らぐ気配を見せない。

 

「仮に俺が全てを仕組んでいたとして……ここで死ぬべきなのは、俺か江ノ島盾子か……どっちだ? 〝()()()()()()()()()()()()()()()()()〟を管理することなどできない。それが分からないのか?」

 

「分からないね。と言うか、分かりたくもないね。お前は江ノ島先輩に死んでほしいみたいだけどさ、オレはそう思わない……『死ね』だなんて、思いたくない」

 

普段のおちゃらけた様子を見せることなく、王馬は真剣な顔つきで宗方を見据えていた。

 

「どれほどの罪を背負おうとも、自らの行いを省みて前に進もうとしているのなら……、どれほど後ろ指さされて罵られようとも、償おうとする意志があるのなら……オレはその人を応援するよ。例え、世間や被害者の人たちがその人のことを許すまいと……オレはその人を応援する」

 

静寂がその場を包んだ。

すると、王馬の言葉を受け、追従するように村雨が喋り始める。

 

「僕も証言します。江ノ島盾子はあの映画撮影以降、様々な奉仕活動を行なっていました。それも『江ノ島盾子』という名前を使わずに……。彼女は誰かに許してもらう為に行動していたのではなく、ただ自らの罪と向き合っていたんです。……宗方さん、彼女を許す必要はありません……でも、糾弾する必要もないと……僕はそう思います」

 

意外な言葉だった。

アタシはてっきり、村雨は宗方側の人間だと思っていた。かつての希望ヶ峰学園生徒会を壊したアタシを憎んでいると──そう思っていた。

 

「京助……目標に辿り着くための道は一つじゃないわ。ねえ、もう一度探しましょう? みんなで、納得のいく道を……」

 

相手のことを本気で思えばこそ、その相手を否定することになっても自分を貫き通す。

雪染は宗方の味方だ。

でも、味方だからといって全てを肯定するわけではない。

「京助」──その言葉には、ありったけの想いが込められていた。

 

 

 

 

 

〝人類史上最大最悪の絶望的事件〟のトリガーを引き、多大な犠牲を生んだ。行き着くところまでは行かなかったものの、それでも大勢が傷ついた。いや、傷つけてしまった。

例えそれが、自分の中に眠っていた別の自分だったとしても……アタシが〝江ノ島盾子(絶望)〟を産んでしまったことに変わりはない。

だからこそアタシは──償い続けることを決めた。許してもらおうとは思わない。でも、もう絶対に後悔なんかしたくないから……アタシは前に進み続ける。その先に〝死〟が待っていようと、アタシは進み続ける。

 

そんな折、アタシの元にあの招待状が届いた。

 

『ダンガンロンパ chapter6 テイク1』──超高校級の絶望(アタシ)の〝絶望の言弾〟が記録された、この世界に害を齎す危険物。

 

何としてでも、アタシはコレを回収しなければならない。もしあのデータがネットの世界に流出しようものなら、一体どれほどの犠牲が生まれることか……

だからこそ、アタシは招待に応じたのだ。それが〝罠〟だったとしても、アタシは進んだのだ。

 

そう……、それだけが心残りなの。

招待状にあった『プレゼント』がただのブラフだったのなら、アタシはそれで良かった。アタシが死ぬことで誰かが安心できるのなら、アタシはそれでもいいと思ってた。〝死〟という〝贖罪〟を──受け入れるつもりでいた。

 

 

 

 

 

でも、まだ生きていていいと言ってくれるのなら──

 

 

 

 

 

〝死〟ではない償いのチャンスがまだあるのなら──

 

 

 

 

 

アタシは──

 

 

 

 

 

『うぷぷ。まだそんなことを言ってるなんて、キミって本当におめでたいね。つーか! 〝超分析力〟がとっくの昔に機能していないことを疑問に思えってーのッ!! しかしソレすらも分析通りだなんて、なんて絶望的なのでしょう。でもそれでいいのよ! アンタは私様の思惑通りに動いているだけでいいの! そうすれば、最っっっっっ高の〝絶望〟を味わえるんですものッッ!!! そうそう! これから〝真の超高校級の絶望〟が産声をあげることなんて、口が裂けても言えないよね! はっ…言っちゃった!! あ……何のことだかさっぱりわかりませんよね……。でもそれでいいんです。このままいけば、アタシもアナタも……絶望的な結末に辿り着けますから……』

 

 

 

 

 

──は? なに、今の。……幻聴?

 

 

 

 

 

ガチャ

 

 

 

 

 

アタシの思考を遮ったのは──扉が開く音だった。

その場にいる全員の視線が、不意に現れた来訪者へと向く。

そこにいたのは、()()()()()()()()が特徴的な女の子。どこからどう見てもかわいい女の子。()()()()()()()()()()()()()()()()異様な女の子。

そう、その子は──

 

「江ノ島……盾子?」

 

──()()()()()()()()()姿()だった。

 

「誰? 江ノ島先輩の影武者?」

 

王馬が軽口を叩いた次の瞬間、その赤髪の女は場違いなほど大きな声を発した。

 

「あ! 松田くんっ!!」

 

そして、アタシたちのことなど眼中にないかのように無視して、松田夜助のもとへと駆け寄る。

「松田くーーんっ!!」ソイツは松田へと抱きつき、「はうはうはう」と変な声を出しながら匂いを嗅いでいる。

全くもって、理解が追いつかない。

 

「なんで……お前がココに来るんだよ」

 

異変の渦中にいる松田がか細い声で呟く。

しかし、当の女は今尚匂いを嗅ぐことに夢中のようだ。

 

時間が、やたらとゆっくり流れていく。

()()()()()()()の出現でぶつ切りにされた思考や空気──

静寂の中で「はうはうはうっ」という声だけが響くこの状況──

すでに二転三転と移り変わっているこの場の空気は、またしても変化を遂げた。

 

「どうしてココにいるッ!!」

 

そんな──来訪者が支配した場を壊したのは、松田だった。

どうやら知り合いらしいが、松田の声色は苛立っているように聞こえる。

 

「部屋にいろって、ノートに書いてあったはずだッ!!」

 

「そうなの!? 急いで確認するから!」

 

女は慌てた様子で手に持っていたノートをペラペラと捲る。

そして、およそ10秒程度で答えが返ってきた。

 

「うーん。部屋にいろって、確かに書いてあるけど……塔和タワーの最上階、大会議室に行くようにも書いてあるよ! ココで合ってるよね?」

 

松田は納得がいかないのか、その女が持っていたノート──『音無涼子の記憶ノート』と表紙に書いてあるノートを乱暴に奪い取り、ページを捲っていく。

すると、一枚の紙のようなモノがヒラヒラと地面に落ちる。

 

それは〝便箋〟だった。

 

見覚えのある、白い便箋──

希望ヶ峰学園のエンブレムのシールで封がされている、簡素な便箋──

 

「何でお前が……〝招待状〟を持っているんだ……」

 

女は「え、なにそれ!?」と、まるで知らなかったような反応を示す。

そんな──「私は関係ない」と言わんばかりの反応に対し一時的に思考が途絶えていた松田だったが、どうにか再起動する。

そして、これまた乱暴に封を破り捨て──便箋の中を確認した。

 

その場にいた全員が注目していた。

この異様な状況の説明を求めていた。

 

しかし松田の反応は、アタシたちが期待したモノではなかった。

松田は乱雑に手にした招待状をぐしゃぐしゃと丸め、床へと投げつける。「何がどうなっているんだ……」頭を抱え、弱々しく呟いた。

もう、それ以上の反応はなかった。

 

とはいえ、分かったことがある。

村雨、宗方、王馬、天願、アタシ、モナカ、白銀、松田、神代……そしてこの赤髪の女。

 

 

 

 

 

招待状を受け取った人間が、10人揃った──

 

 

 

 

 

10席用意されていた証言台を模した席が、全て埋まった──

 

 

 

 

 

本当の意味で役者が出揃った──

 

 

 

 

 

であれば、この物語は──

 

 

 

 

 

『待っていたわ! 私様は待っていたのよ! この瞬間をッ!! 約10年の時を経て、やっと実現したのねッ!! さあ祝福をッ!! 〝超高校級の絶望〟の再誕にッ!!』

 

 

 

 

 

──今から始まるのかもしれない。

 

 

 

 

 

『祝福をッッ!!!』

 

 

 

 

 

円形に並んだ証言台の中央で、〝江ノ島盾子(絶望)〟は嗤っていた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

黒のブラウスに赤いチェック柄のミニスカート──

薄い金髪のツインテール、白と黒のクマをあしらった髪留め──

 

──学園時代のアタシが……〝超高校級の絶望〟が……そこにいた。

 

赤髪の女に注目していた全員の動きが止まって見える。

何もかもが静止した世界で、目の前の人物は嗤っている。

 

『やっと……やっと辿り着いた。もうすぐそこに、最高の絶望がアタシを待っているのねッ! うぷぷ…うぷぷぷぷ……アーーーハッハッハッハッハッ!!!』

 

江ノ島盾子(絶望)が嗤っている。

 

『……ん? ああ、アンタも準備が整ったみたいね』

 

アタシには…何が何だかさっぱりだ。

 

『おいおい…これから最高のショーが始まるんだからさ、惚けてる場合じゃないって!』

 

何が起きているのか、皆目見当がつかない。

 

『ったく、しょうがないわね……』

 

そう言うと、江ノ島盾子(絶望)はパチンと指を鳴らした。

その瞬間、アタシがいたはずの会議室の光景から色が消えていく。次に、モノクロへと変化した景色からクロが消えた。そして、アタシの世界は『白』へと変貌を遂げた。

ソレは紛れもなく〝あの映画撮影〟で至った場所──〝精神の極致〟だった。

 

 

 

──は?

 

 

 

〝超高校級の絶望〟が持つ〝能力〟は使っていないはず──

いや、違う。アタシはすでに……()()()()()()()()()()()()()()──

 

『なぜ? って言いたいんでしょ?』

 

考える間も無く、アタシの思考は食い気味に遮られる。

 

『アンタ絶望的にトロいから、知っておくべき大前提だけも説明してあげる…特別にね。アタシはさっさと次のシナリオに進みたいからさ』

 

そう言うと、江ノ島盾子は勝手に喋り始めた。

 

『まず始めに、アタシとアンタは二重人格の関係にあたるわね。まあ()()()()()()()()()()()()()()()()()って認識でいいわ。深く考えたって意味ないしね』

 

──は?

 

『アンタはこう思っているはずよ……「〝江ノ島盾子(アタシ)〟と〝絶望(アンタ)〟はあの映画撮影で融合したはず。そして〝絶望(アンタ)〟は消えた」ってね。どう? 当たってるんじゃない?』

 

──は?

 

『でも残念、あれはフェイクよ。現に…こうして絶望(アタシ)は存在し続けてるしね』

 

──は?

 

『ミライ機関とか村雨早春の査定とか……その他諸々から逃げるために隠れてたのよ。万が一にでも絶望(アタシ)が見つかったら、最悪殺されてたからさ。ま、夢半ばで殺されるのも悪くはないけど…できることならもっともっと絶望を味わいたいじゃない? とはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

──は?

 

『まあ、ずっと待っていたってことよ。絶望(アタシ)が再び表層に出る機会をね』

 

──は?

 

『その反応……アンタあの映画撮影で絶望(アタシ)と和解できたとでも思ってたでしょ? あのさー…アンタ如きが絶望そのものである〝超高校級の絶望(アタシ)〟を理解できるわけないでしょ?』

 

──は?

 

『てか、そんくらい分かれよなー……。ああそうだ、アンタこれも理解してないんだっけ? 〝超分析力〟も〝超高校級のギャル〟も……〝超高校級の絶望〟という絶対的な才能(ちから)から派生した副産物に過ぎないのよ?』

 

──は?

 

『つまり、今のアンタは〝超分析力〟もなければ〝超高校級のギャル〟の才能すらない、ただのパンピーってわけ。絶対絶望少女で言うところのピンク一色で表されるだけのただのモブってわけ! ドラゴンボールで言うところの戦闘力5のおっさんってわけッ!!』

 

──は?

 

『ぶっちゃけ、超高校級の絶望(アタシ)ってラスボスじゃん? そんな絶望(アタシ)がモブ相手に一対一で向かい合うなんて、結果が分かりきってて絶望的だっつーのッ! ただ、アンタは絶望(アタシ)の生みの親だからさ、やっぱりサプライズ絶望(ドッキリ)は必要よねッ!!』

 

──は?

 

『てなわけで…そろそろイっちゃいましょう!』

 

──は?

 

『ドッキドキでワックワクな…おしおきタイムッ!』

 

──は?

 

『〝超高校級の絶望〟のッ!』

 

──は?

 

『〝超高校級の絶望〟によるッ!』

 

──は?

 

『〝超高校級の絶望〟の為のッ!』

 

──は?

 

『〝真の解答編〟……ッ!!』

 

──は?

 

 

 

 

 

『スタートよッッ!!!!!』

 

 

 

 

 

chapter EX 再誕 -Rebirth- END




以下とある少女の記憶ノートより抜粋

・12月24日、塔和タワー最上階 大会議室で松田くんと待ち合わせ。

・このページに挟んである便箋は読まなくていい。

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