『ありがとう』をキミに   作:ナイルダ

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chapter6 ラストダンスは希望と共にⅢ

ーー苗木視点ーー

 

真っ白な世界に、ボクはいた。

見渡す限りの白。

上も、下も、右も、左も、前も、後ろも……

唯々、真っ白。

ともすれば、自分が立っているのか浮いているのかすら分からなくなってしまう程の…白。

気が狂いそうなほどの…白。

 

「……何が、……起きているんだ」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

〝精神の極致〟

 

それは、江ノ島盾子が〝超高校級の絶望〟の能力を調査している際に感じた…とある領域のことである。彼女は自分の能力を行使していたとき、奇妙な感覚を覚えた。

〝言弾〟で誰かの心を打ち抜いた際、相手の感情が逆流し、自分に流れ込んでくる様な…そんな感覚を。

 

彼女は確信する。

自分の能力は…〝人の精神に干渉する力〟であると。

そして彼女は一つの推論を立てた。

 

この能力を極大までに高めたとき、自分や相手にどのような事象が観測されるのか。

現状、他者の感情を直感的に理解する段階である。

この段階が、進化していく。

直感が、確信へと成長する。

確信が、完全な理解へと変貌する。

そして……

 

 

他者の心を、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚、つまり五感をもって感じ取ることが出来る……他者の心を、それらをもって観測することが出来るようになる。

 

 

彼女はこのように仮定した。

そしてこの状態を……〝超高校級の希望〟と〝超高校級の絶望〟が至るであろう最後の領域を……

 

 

〝精神の極致〟

 

 

……と、そう名付けた。

そして今、苗木誠(超高校級の希望)は…その領域へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ボクがいる真っ白な世界に、突如として〝黒い立方体〟が現れた。

 

白とは正反対の、どこまでも深い黒。

 

ボクはそれに近づき、観察する。

 

すると、微かに泣き声が聞こえた。

 

でもそれは、ひどく小さかった。

 

聞き逃してしまいそうな程に、か弱かった。

 

臆することなく〝黒い立方体〟に耳を当て、声が聞こえる場所を捜す。

 

そして、〝ダンガンで打ち抜かれたような小さな穴〟を見つけた。

 

ボクはそこから聞こえてくる声に意識を集中させ、知る。

 

その声の主を。

 

間違いなく、江ノ島さんの声だった。

 

彼女は泣いている。

 

暗い場所に閉じ籠もって、他者と関わることを拒絶して。

 

それでも彼女は泣いている。

 

自分で拒んでおきながら、誰かと一緒にいたいという矛盾に苦しみ、泣いている。

 

ずっとずっと……気が遠くなるくらいに長い時間を、ここで過ごしていた。

 

たった一人で。

 

そしてその苦しみが、時間をかけ江ノ島盾子(絶望)を形作っていったんだ。

 

ボクは声を張り上げる。

 

ボクはここにいるよと。

 

もうキミを一人になんかさせないと。

 

ボクは黒い壁を叩く。

 

痛みを無視して、叩き続ける。

 

白と黒の世界に、赤い液体が流れ落ちる。

 

叫びながら、拳を振るい続ける。

 

彼女を助け出す為に。

 

でも、そんな状態だったボクは…彼女の声に動きを止めた。

 

 

「無駄よ。……そんなことしても」

 

 

***

 

 

ーー江ノ島(絶望)視点ーー

 

言いたいこと、思っていたことを全て吐き出した。抑圧されることなく、自制することなく〝絶望の言弾〟を使った。

こんなに清々しい気分になったのは、きっと生まれて初めてだ。

 

……終わった。やっと、終わったのね。

全てを出し切って。

何もかもを出し尽くして…終わった。

 

でも、思い返してみるとやっぱり納得いかないわね。

なんなのよ、

 

『〝希望〟は、前に進むんだッッ!!!』

 

……って。

アタシが散々喋っておいてそんだけッ!?

一言だけなのッ!?

…………。

 

 

…………。

まあいいや。

アタシには、全部伝わったから。

シンプルな〝パワー〟…シンプルな〝言弾〟…

 

結局…どれ程の理屈や綺麗事を並べようと、ロンパされるときはされてしまう。単純な言葉の中に、語り尽くせぬほどの感情や意志を垣間見た。

 

でも結局、絶望(アタシ)を倒すことは出来なかったわね。

……残念でした。絶望(アタシ)の勝ち。

〝超高校級の絶望〟は〝超高校級の希望〟に屈しなかった……それを、証明できた。

だから、これで本当にお別れね。

なんだか名残惜しい気もするけど、後悔はない。

 

 

 

 

 

『サヨナラ』

 

 

 

 

 

アタシは奇妙な感覚に身を任せながらも、意識を覚醒へと持っていく。

そして、白の世界で目を覚ます。

 

 

 

 

 

「……ここって、まさか…」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

仮説でしかなかった事象、〝精神の極致〟…

恐らくアタシはそこにいる。

『なぜ?』

至ってシンプルな疑問が、アタシの頭を稼働させ始めた。

 

最大級の〝希望の言弾〟と〝絶望の言弾〟が衝突したから?互いに精神に干渉し合う力が共鳴反応を起こした?

 

湧いては消える問答に答えは出ず、アタシは思考を放棄した。

 

「要するにここは、アタシか苗木の精神そのもの…か」

 

白。

ただひたすら広がる…白。

見回す限りの…白。

 

「どうしろっていうのよ……」

 

虚空に消えたアタシの声。

アタシの耳に入ってくる、唯一の音。

何もない世界に生まれた音という情報。

 

変な疲労感に襲われながらも、脱出する手立てを考える。

白意外に感じることのない視覚。

無音、無味、無臭。

本来感じるはずのモノを感じないという違和感。

思考が鈍っていくのを感じる。

 

「ダメだ……何か…確固たる意志がないと、この空間には居続けられない…。

絶望(アタシ)ですら……そう感じ始めている」

 

江島盾子(絶望)は、思案する。

 

絶望(アタシ)は、本当ならここに来ることは出来なかった…?

この世界で正気を保っていられる程の精神力を、持っていない…?」

 

……まずい。

江島盾子(絶望)の顔が歪む。

 

「〝超高校級の絶望〟が最後の覚醒をする前に……この空間に引きずり込まれた。

どうやって現実の世界に戻ればいい…ッ!?」

 

焦りが、冷静さを奪っていく。

〝超高校級の絶望〟が平静を保てない程のナニカが、ここには満ちている。

 

「……成る程。心の世界に入り込むのは、そう簡単なことじゃないってわけね…」

 

ナニカに、呑まれそうになる。狂っていることを自覚しているはずの絶望(アタシ)が、狂ってしまいそうだ。

やばい、本当に…ッ!

絶望(アタシ)が、絶望(アタシ)じゃなくなるッ!

 

存在の崩壊を、覚悟した。

 

しかし唐突に、広いか狭いかも分からない白い空間で…アタシは声を聞いた。

最も聞き覚えのある声を……

誰よりも優しい、あの声を……

 

 

「江ノ島さんッッ!!」

 

 

アタシは、先程までなかった〝黒い立方体〟と苗木の姿を…自らの視界に収めた。

 

 

「江ノ島さんッッ!!」

 

 

アイツは叫び続けていた、叩き続けていた…〝黒い立方体〟を。

そしてアタシは理解した。

 

ここが、アタシの心の中なんだって。

 

成る程ね。

 

絶望(アタシ)は理解した。

 

あの〝黒い立方体〟の中に、江島盾子(アタシ)がいることを。

 

ずっと昔に置き去りにした、江島盾子(アタシ)という、ただ一人の…女の子としての感情。

 

アイツは、そんな感情を取り戻させようとしている。

 

鋼鉄の壁で覆われた、ちっぽけな少女の心を。

 

我武者羅に。

 

手からは血を流し、どれ程叫び続けたのか、喉は枯れ。

 

それでも尚、アイツは諦めない。

 

〝精神の極致〟に至ったとて、他者の心を理解しきれるわけではない。

 

苗木(アイツ)江島盾子(アタシ)ではない。

 

苗木(アイツ)江島盾子(アタシ)にはなれない。

 

だから不可能よ。

 

その壁を壊すことは。

 

 

「無駄よ。……そんなことしても」

 

 

気付いたら、アタシは声を掛けていた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー???視点ーー

 

親の暴力。

姉との離別。

上っ面の付き合い。

そんな、理不尽な世界。

 

ねえ、なにか悪い子とした?

アタシはダメな子?

 

誰も、答えてくれない。

誰も、隣にいない。

 

逃げることは、そんなにいけないこと?

こんな世界で……ひとりぼっちで……

どうすればいいの?

 

生きていいの?

 

生きたいの?

 

わからない。

 

死ねない。

 

怖いから、死ねない。

 

だからただ、生きている。

 

死ねないから、生きている。

 

誰かが近づいてくる度に怖くなる。

その人に傷付けられるかもしれないから。

裏切りで、悪意で、恨みで、不条理で……

 

怖い。

 

耐えられない。

 

だったら誰も、近づかせなければいい。

そんな答えにたどり着くのは、自然なことでしょ?

 

だからアタシは、アタシの心を壁で覆った。

 

閉ざされ、光の射さない空間。

 

冷たく、無音な世界。

 

そこに、心地よさを感じた。

 

誰にも見られない。

 

誰にも話しかけられない。

 

誰にも触れられない。

 

安心だ。

 

安全だ。

 

ここはいい。

 

とても……

 

とても……

 

とても、良い場所。

 

とても、良い場所の……はずなのに。

 

どうして?

 

どうして淋しいの……?

 

自分が望んだはずなのに……

 

……けて。

 

……助けて。

 

ねえ誰か……助けてよ。

 

息苦しいよ。

 

辛いよ。

 

外も、中も、どこにも……。

 

〝希望〟なんて、なかったの……?

 

 

 

 

 

ーードンッ!!ーー

 

 

 

 

 

すごい音がした。

 

その音は、無音だった世界ではあまりにも大きかった。

 

 

『ねえ、遊ぼっ!』

 

 

誰?

 

アタシに近づくのは。

 

どうして?

 

アタシが作った壁に穴を開けたのは。

 

いいの?

 

ねえ、信じていいの?

 

あなたのこと。

 

壁に開いた小さな(弾痕)からは、一筋の光が。

閉ざされた空間の全てを照らす程の光ではない。

たった一筋。

でもその光は、真っ暗だった空間ではあまりにも眩しかった。太陽のように……眩しかった。

 

だからこそ、あまりにも唐突だったからこそ……

 

受け入れることが出来なかった。

 

信じることが出来なかった。

 

助けてと、声を上げることが出来なかった。

 

アタシは弱かった。

 

泣くことしか出来なかった。

 

そして、外から声は聞こえなくなってしまった。

 

あの時、小さく開いたその(弾痕)から声を上げていれば…あの子はアタシを助けてくれたのかな?

 

勿論、疑問に答えてくれる人などいなかった。

 

 

 

 

 

そこから、長い月日が経った。

 

 

 

 

 

ずっと泣いていた。この空間が、涙で満たされてしまうんじゃないかと思うほどに。

このまま、涙で溺死するのも悪くないのかな?

そんなことを思っていると、聞こえた。

人の声が、確かに外から聞こえた。

 

「江ノ島さんッッ!!」

 

ねえ、助けてッ!

 

「江ノ島さんッッ!!そこにいるんでしょッ!!」

 

ねえ……あれ?

 

「江ノ島さんッッ!!返事をしてよッ!!」

 

あれ……声が、出ない。

 

「江ノ島さんッッ!!」

 

身体が、動かない。

待って、今行く。

あなたの手を取りたい。

ここから出たいよッ!

 

そして聞こえてくる、知らないようで、知っている声。

 

「無駄よ。……そんなことしても」

 

アタシは理解した。

その声の主を。

 

絶望(アタシ)だ。

アタシが、外に置き去りにしてきてしまった…絶望(アタシ)だ。

辛いからって、苦しいからって切り捨ててしまったアタシ自身だ。

 

絶望(アタシ)は、男の子に諭すように話しかける。

 

「その壁は壊せない。

アンタは〝精神の極致〟へ至り、江島盾子の心の中に足を踏み入れた。

この〝黒い立方体〟は江島盾子(アタシ)の心のシェルター。

それを視覚や聴覚、触覚で認識している状態なのよ」

 

一拍ついて、再び語り始める。

 

「でも破壊することは出来ない。

言ったでしょ?〝精神の構造〟は人それぞれ。

構造が異なるって事は、それぞれの心が全く別の性質でできてるって事なのよ。

同じように見えて、同じじゃない。

認識は出来るけど、壊すことは出来ない。

性質が違うモノへの理解がないから……

だから、アンタの行為は無駄なのよ」

 

呆れるような、しかし敬意を払うかのような…複雑な声色。思わず聞き入っていたアタシは、次の瞬間…心臓が止まるかと思った。

 

「聞こえてるんでしょ?……江ノ島盾子(アタシ)

 

もちろんだ。

本当は、一緒にいなければならないはずの…絶望(アタシ)の声。

 

「まさか、自分自身に話しかけることが出来るなんてね……ま、江島盾子(アンタ)はそこにいなさい。

面倒なことは全部、絶望(アタシ)が片付けてあげるから」

 

ダメだ……

 

「だからもう…何もしなくていい」

 

ダメだ、絶対に。

 

「どうせもうすぐ…世界は終わるんだから」

 

動いて、動いてよッ!!

どうして動けないのッ!?

 

ずっと考えてきたんだ。

 

自分はどうしたいのかって。

 

あの時から射し続ける光を見て、ずっと考えてたんだ。

 

このままでいいのかって。

 

だから……

 

だから、アタシは……ッ!

 

ここから出たいッ!

 

逃げちゃダメだったんだッ!

 

今、あなたの声を聞いて確信したッ!決心したッ!

 

そんな哀しい声を聞いていたらッ!

 

一人になんか、させていられないッ!

 

立ち向かうんだッ!

 

〝絶望〟に……ッ!

 

なにより、アタシ自身にッ!!

 

 

 

だから……

 

 

 

だから……

 

 

 

アタシに、力を貸してッ!!

 

 

 

勇気を分けてッ!!

 

 

 

 

 

「苗木誠君ッ!!」

 

 

 

 

 

必死に声を振り絞る。

声になっていたかも分からない。

でも、強く、ひたすら強く想ったんだ。

〝絶望〟に立ち向かうんだって。

 

すると、どこからともなく聞こえてきた。

 

 

 

 

 

『〝希望〟は、前に進むんだッッ!!!』

 

 

 

 

 

その言葉は、驚くほど自然にアタシの中に入ってきた。

そして沸々と湧き上がる力を、〝希望〟を、アタシにくれた。鉛のように重かったアタシの身体が、嘘のように軽くなる。

アタシは立ち上がり、思いっきり壁を殴りつけた。

 

絶望(アタシ)は言った。

苗木君には壊せないと。

でもそれって、江島盾子(アタシ)なら壊せるって事でしょ?

他ならぬ、壁を作り上げた自分自身になら。

 

アタシは殴り続ける。

痛みなんか忘れて。

一心不乱に。

 

生きるんだッ!

 

例え〝絶望〟が立ちはだかろうと、進むんだッ!

 

アタシなんかの為に、こんな場所まで来てくれる人がいるッ!

 

捨てたもんじゃない、諦めるもんじゃないッ!

 

進むんだッ!

 

格好悪くても、順調じゃなくてもッ!

 

這いつくばってでも進むんだッ!

 

〝希望〟を持って、前にッ!!

 

 

 

 

 

ーーバリンッ!!ーー

 

 

 

 

 

壁に入った亀裂は次第に大きくなり、やがて真っ暗だった空間は消滅した。

 

眩しい。

まばゆい光が、アタシの網膜を焼く。

 

そして目が慣れた頃、そこには絶望(アタシ)だけがいた。

絶望(アタシ)はアタシに語りかける。

 

「……いいの?

辛いよ、こっちは。

苦しいよ、こっちは。

逃げてもいいんだよ。

誰も…アンタを否定できない。

みんな、アンタみたいになる可能性と生きている。

偶々、アンタみたいにならないだけ。

だからいいんだよ、自分を許して。

 

 

……わかった。言葉はもう……要らないわね」

 

 

アタシは絶望(アタシ)を抱きしめた。

絶望(アタシ)は光の粒子となり、アタシの中へと戻っていく。

 

 

 

 

 

「おかえりなさい……絶望(アタシ)

 

 

 

 

 

「ただいま……江ノ島盾子(アタシ)

 

 

 

 

 

意識が遠のいていく。

直感的に理解出来る……現実の世界へ帰るのだと。

アタシは眠るように、その奇妙な感覚に身を委ねた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー???視点ーー → ーー江ノ島視点ーー

 

意識が覚醒すると、裁判場に倒れる5人を介抱する苗木が目に入った。

あまり思考が回らない。

他者を心の中に入れた疲労感もある。

身体が重い。

 

でもアタシには、やらなければならないことがある。

やり遂げなければならないことがある。

 

だから立ち止まってはいられない。

アタシは進む。

アタシ自身の為に。

 

「じゃあ……投票タイムね」

 

その言葉に、苗木は反応を返す。

 

「江ノ島さんッ!無事だったん……え?」

 

鳩がガトリングガンを食ったような顔。

いい顔ね…でも、これで見納め。

 

「え?じゃないっつーの。

中途半端で終わるなんて……勘弁よ。

だから終わらせましょ?

裁判も、アタシ達の因縁も……」

 

アタシは笑う。

清々しく。

 

「アハハッ!いい顔よ、苗木。

アタシはアタシなの。

江ノ島盾子として、全てにケジメを付ける。

そして……」

 

アタシは笑う。

晴れ晴れと。

 

「アタシは〝超高校級の絶望(アタシ)〟として、最後にアンタへプレゼントを贈るわ。

ま、アンタからしたら良いモノじゃないだろうけど。

正真正銘、最期でラストのイヤガラセ(絶望)…あげちゃう」

 

アタシは笑う。

イタズラが成功したかのように、無垢な笑顔で。

 

 

 

 

 

「〝江ノ島盾子を生かせなかったという絶望〟を、生涯背負いなさい」

 

 

 

 

 

アタシは江ノ島盾子(アタシ)

 

アタシは絶望(アタシ)

 

どっちもアタシなの。

 

〝希望〟を持つアタシも、〝絶望〟を持つアタシも…どっちも自分なの。

 

切り捨てることなんて出来やしない。

 

そんなこと、してはいけない。

 

〝希望〟も〝絶望〟も、混ざり合って生きている。

 

表と裏の紙一重。

 

決して切り離すことは出来ない。

 

紙に、表と裏があるように。

 

その紙を破り捨てたとて、表と裏が存在し続けるように。

 

〝希望〟も〝絶望〟も、存在し続ける。

 

それが……

 

それこそが…〝希望〟と〝絶望〟なのね。

 

やっとたどり着いた、〝アタシだけの真実〟。

 

ありがとう、苗木。

 

本当に、感謝しかない。

 

 

 

 

 

『ありがとう』

 

 

 

 

 

「それじゃあ、始めようかッ!」

 

 

 

 

 

ルーレットが動き出す。

投票者は江ノ島盾子。

そして、クロに選ばれたのは……

 

 

 

 

 

「大正解ーーッ!!真の黒幕は、全ての元凶はッ!!

江ノ島盾子ちゃんでしたーーッ!!」

 

 

 

 

 

彼女手元に、スイッチが現れる。

いつもはモノクマが押していた、あのスイッチが。

 

 

 

 

 

「皆さんお待ちかねッ!!

ドッキドキでワックワクなッ!!」

 

 

 

 

 

苗木は叫ぶ。

もうその必要はないと。

もう終わりでいいじゃないかと。

 

 

 

 

 

「おしおきターーーイムッッ!!!」

 

 

 

 

 

躊躇うことなく、スイッチは押された。

瞬間…大量のモノクマが裁判場に現れ、江ノ島を拉致していく。

 

苗木が彼女を追いかけようとする。

しかし、同じく大量のモノクマに阻まれ追うことは叶わなかった。

 

 

 

「江ノ島さんーーーッッ!!」

 

 

 

無情な声とモノクマの駆動音だけが、裁判場にこだました……

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

だだっ広い地下空間。

そこには円形の闘技場が設置されていた。

更に、その闘技場の中央には…椅子に拘束された江ノ島盾子が鎮座している。

そして、全方位から大量のモノクマが出現した。

 

刀、ナイフ、銃、かぎ爪、ハンマー、火炎放射器……その他諸々。

 

様々な凶器を携え、無数のモノクマはジリジリと江ノ島へと近づく。死へのカウントダウンが…始まる。

 

江ノ島盾子は目を閉じる。

 

流れ出す走馬燈に、苦笑する。

 

 

 

 

 

一歩、また一歩。

 

 

 

 

 

焦らすように、恐怖を煽るように…音が近づいてくる。

 

 

 

 

 

そしてついに、鋭利なかぎ爪を装備したモノクマが江ノ島めがけて飛びかかった。

 

 

 

 

 

振り下ろされるかぎ爪。

 

 

 

 

 

肉が切り裂かれる音。

 

 

 

 

 

飛び散る血飛沫。

 

 

 

 

 

モノクマの無機質な笑い声。

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 

それらが聞こえることはなかった。

 

 

 

 

 

その代わりに聞こえてきたのは、魔狼の如き雄叫び。

 

 

 

 

 

モノクマが吹き飛ばされる音。

 

 

 

 

 

そして……

 

 

 

 

 

最愛の、姉の声だった。

 

 

 

 

 

「盾子ちゃんは、絶対に死なせないッッ!!!」

 

 

 

 

 

chapter6 END




以下ウサミファイルより抜粋

・〝精神の極致〟。江ノ島により命名された〝超高校級の希望〟と〝超高校級の絶望〟が至る最後にして最大の能力。他者の心を五感をもって認識することが出来る力である模様。不可解な点が多く、本人以外の観測が不可能であるため継続的な調査が必要である。現在詳細は不明

・苗木は〝精神の極致〟へと至り、江ノ島の心の中に入り込む。

・精神世界に存在した江ノ島盾子の少女としての感情が、苗木の〝希望の言弾〟の影響を受け覚醒。過去に分離したと思われる〝絶望〟の感情と融合した模様。また、2つの人格を持つ腐川冬子とは別の症状であると推測される。現在詳細は非公開

・両名とも精神世界より帰還。

・江ノ島は裁判を続行し、自身へ投票した。その結果、江ノ島の処刑が決定する。

・処刑が決行されるも、戦刃の介入により依然として存命。現在詳細は非公開

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