『ありがとう』をキミに   作:ナイルダ

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chapter6 ラストダンスは希望と共にⅠ

ーー江ノ島視点ーー

 

姉への想いを捨て、完全に退路を断つ。

 

「アタシは謝らない。

元々こういう予定だったんだ……

後悔など…あるはずもない」

 

音声は拾えないけど…画面越しに姿が、顔が、見えた。

 

まだ、アタシの為に泣いてくれる。

まだ、自分の為に泣くことが出来る。

 

それはつまり、〝生きている〟ことに他ならない。

 

「アタシ、泣いたのはいつ以来だっけ……」

 

いや、そんなことはどうでもいい。

進まなければならない。

全てを差し出し、初めて辿り着くことが出来る〝精神の極致〟

 

 

〝超高校級の希望〟〝超高校級の絶望〟だけが辿り着ける領域。

 

 

アタシはそこへ至り、〝絶望〟を証明する……

アタシが生きてきた理由を……証明する。

 

 

感傷を捨てるのよ、江ノ島盾子。

万事万象を叩き潰すのよ、江ノ島盾子。

何もいらない、何も残らなくていい。

欲しいものはただ一つ。

 

「世界の真理を求めて……

さあ、答え合わせを…始めましょう。

 

 

 

 

 

 〝超高校級の希望〟苗木誠  」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー苗木視点ーー

 

ボクは思い出す。

彼女ーー江ノ島盾子と過ごした僅かな日々を。

 

彼女は周りの人間を操り、ボクへのイジメを仕組んだ。

今思えば…〝超高校級の絶望〟としての能力が、学校全体の支配を可能としたのだろう。

しかし、ボクは屈しなかった。相当ギリギリのところではあったけど…まあ、運が良かったのかな。

 

その騒動の前から彼女はクラスの中心だった。

でも、その顔は笑っているようで笑っていなかった。

騒動の後も、それは結局変わらなかった。

 

ボクは、彼女を救えたつもりになっていた。

イジメの種を明かし、泣いたあの日。

彼女の涙を見たボクは、きっとこれから良い方向へと変わっていくだろうと思っていた。

でも、彼女の心の闇は…思っていた以上に深かったようだ。彼女の心は、殻に閉じこもったままだった。

 

その後、イジメは示し合わせたかのようにピタリと止んだ。

そしてボク達は、友達になった。

でも結局、彼女の〝本当の笑顔〟を見ることは出来なかった。

 

時は瞬く間に過ぎ、ボクは中学生になった。

隣に、彼女がいないまま。

 

 

***

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

アタシはふと思い出す。

彼ーー苗木誠と過ごした僅かな日々を。

 

ヤツは、アタシが仕組んだ絶望に屈しなかった。

精神が未発達のあの時期に、あれほどのイジメを受ければ普通…心が壊れてもおかしくはない。

だが、折れなかった。

今思えば…〝超高校級の希望〟としての能力が、それを可能としたのだろう。

 

それからアイツは、アタシに構うようになった。

表立って人気だったアタシと、影ながらに人気だったアイツ。

特段邪魔する奴等もいなかった。

ま…〝言弾〟の影響ではあるものの、イジメへの負い目もあったのだろう。

 

不思議なヤツだった。

どんなイタズラをしても、怒らない。

 

『キミが楽しくて笑ってくれるのなら、存外悪いものじゃないよ』

 

そんなことを言う始末。

でも、悪い気は…しなかったな。

 

懐かしい過去の記憶。

 

アタシを惑わせる忌々しい記憶。

 

逃げることなく、アイツの手を取っていたら…アタシはどうなっていたのだろう。

 

アタシは〝希望〟から逃げ、〝絶望〟へと沈んだ。

 

〝希望〟は怖い。裏切りがつきまとう。

 

でも、アイツが隣にいれば、アタシは……

 

〝絶望〟は心地良い。誰も、何も、信じなくていい。

 

全ては自己完結する。他人など必要ない。

 

そうだ、それでいい。

たらればの話になど、なんの意味もないのだから。

深く考えたところで、答えなど出ない。

衝動に身を任せるのよ。

全てを捨てて。

 

思い出も、繋がりも、命も、何もかも。

 

それらは全て…〝絶望〟の踏み台に過ぎない。

 

感傷は要らない。

 

絶望だけを求めるのよ。

 

 

 

 

 

絶望を。

 

 

 

 

 

絶望だけを。

 

 

 

 

 

「それが、それこそが〝江ノ島盾子(絶望)〟なのだから。」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

時間は過ぎる。万人に、等しく。

世界でただ一つの平等。

その時間の中で、演者は踊る。

踊り方は人それぞれ。

そこに強制力などない。自由だ。

ただ終わりの時だけは、等しく訪れる。

 

否応なくラストダンスの幕は開く。

終幕まで決して止まることはない。

演者は踊る。

十人十色の方法で。

 

ある者は、記憶なき者達へ欺瞞に満ちたヒントを与え。

 

ある者は、全てを知りながらも、別の真実をたぐり寄せるために足掻き。

 

ある者達は、何も知らずに黒幕の手のひらの上で滑稽に踊ること無理強いされ。

 

それでも尚、ラストダンスは続く。

舞台を地下へ移し、学級裁判という演出を加え。

誰も止めることは出来ない。

大きな因果が収束へとたどり着くまで。

決して…幕は引かない。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ーー苗木視点ーー

 

ボク達はお互いを疑いながらも、戦刃むくろ殺しの真相を突き止めた。

しかし、違和感が拭えない。まるで誘導されているかのような、言いしれぬ薄気味悪さが肌を伝う。

でも…それでもボクは、進む。自分が信じる道を。

 

モノクマーー江ノ島盾子は黙りこくる。

 

次の瞬間、モノクマがいた場所は煙に包まれた。

既に予測されたシナリオを綺麗になぞり、優雅に現れる。

黒幕ーー江ノ島盾子が舞台へと降り立つ。

裁判場の雰囲気が一変する。

 

 

 

「待っていたわ!

私様は待っていたのよ!

あなた達のような人間が現れる事をねッ!!」

 

 

 

狂気を湛え、笑みを浮かべ、彼女はついに姿を現した。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

ラストダンスは続く。

演者達は踊る。各々の方法で。

しかし、突如として現れた過激な演者が場を乱す。

嬉々として他の演者達を惑わせる。

その演者達のステップは、次第に狂い始める。

 

 

〝絶望〟は導く。真実が〝希望〟とは限らないと。

 

〝絶望〟は問う。希望なき世界に、何を求めるのかと。

 

〝絶望〟は嗤う。心の支えなど、既に意味を成さないと。

 

〝絶望〟は諭す。故人の遺志を、継ぐべきであると。

 

〝絶望〟が支配する。全てを呑み込み、塗りつぶしていく。

 

 

演者は踊る。狂乱のステップを。

ただ二人を除いて。

 

 

『さあ、踊ろう』

 

〝絶望〟が誘う。

 

『臨むところだ』

 

〝希望〟が応える。

 

 

ラストダンスは続く。

演者達は踊る。

本当の終りへと向かい、舞台は熱を帯びていく。

〝希望〟と〝絶望〟が混ざり合う。

ただ一つの答えを出すために。

 

 

 

 

 

二人は至らんとする…〝精神の極致〟へと。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

その場を〝絶望〟が支配する。

江ノ島盾子は選択を迫る。

否応なく、突き付ける。

 

学園はシェルターで、外は〝絶望〟に満ちている。

苗木を犠牲にすれば、他の5人は生きることが出来ると。

 

これは仕方のない事だと…弱音が聞こえる。

元々、シェルターの中で生き残ることを目的としていたんだと…言い訳が聞こえる。

 

5人は〝絶望の言弾〟の影響を受け、苗木を犠牲にする方向へと傾く。

しかし、苗木は諦めない。

彼もまた〝希望の言弾〟を使い、5人の心に影響を与える。

 

 

 

「葉隠クン、本当にそれでいいのッ!?

前に進もうとしない者に、本物の未来は訪れない。

キミにはあるはずだッ!困難に抗う力がッ!未来を掴み取る力がッ!!」

 

「……そうだべ。

こんな所に閉じ籠もってたって、未来は来ないべ。

生きてるって、胸張って言えねーってッ!!」

 

〝希望の言弾〟が、〝絶望〟を穿つ。

 

「朝日奈さん、ボク達は生きなきゃいけない。

でも…これ以上何かを犠牲にして生きるなんて、ボクならお断りだッ!!

忘れちゃダメだッ!みんなの意志をッ!!」

 

「さくらちゃんだったらさ…きっと諦めないよね。

……うんッ!そうだよッ!私も諦めないッ!

見てて、さくらちゃんッ!!」

 

〝希望の言弾〟が、〝絶望〟を穿つ。

 

「キミがどんな思考回路なのかは分からない…でもッ!

停滞の中で、新しいモノを見つけることはできないッ!」

 

「アタシ的にはどっちでもよしッ!

単純に楽しそうな方を選びまーすッ!

あ、白夜様が来ることは最低条件だから」

 

〝希望の言弾〟が、〝絶望〟を穿つ。

 

「十神クン、まさか諦めてるの?

キミはいつだって自信に満ち溢れていたはずだッ!

まだ終わってなんかいないッ!!」

 

「ふっ、愚民が……

貴様に言われずとも分かっている。

十神の名は決して滅びない…この俺がいる限りッ!!」

 

〝希望の言弾〟が、〝絶望〟を穿つ。

 

「霧切さん、キミが探し求めた結末はこんな終り方なのッ!?

ボクが知ってる霧切さんなら、真実を超えた結末を見せてくれるはずだッ!!」

 

「きっと、私のお父さんなら…誰かを切り捨ててまで生きろとは言わない。

私はそう信じたい……いえ、そうよ。

私は黒幕を倒し、みんなと進む道を選ぶわッ!!」

 

〝希望の言弾〟が、〝絶望〟を穿つ。

 

 

 

〝絶望〟が、押し流されていく。

〝希望〟は伝染し、その場を支配する。

5人の目には、確かな〝希望の光〟が灯っていた。

最早、〝絶望〟が入り込む余地はない。

勝敗は決した。

誰もがそう、確信した。

 

「もう終わりのようだな。そろそろ投票タイムか。」

 

「手元のスイッチで投票だべッ!」

 

「じゃあ、押すよッ!」

 

「白夜様と、新世界へッ!」

 

「終わらせましょう…全てを。私達の手で。」

 

〝希望〟は選ぶ。新しい未来を。

困難を越え、逆境に打ち勝ち、未来へ進む。

 

5人がスイッチに手をかける。

その時……

 

 

 

 

 

「あーあ、アタシってホント…何やってんだろ」

 

江ノ島盾子は俯いたまま、抑揚のない声を発する。

 

 

***

 

 

ーー江ノ島視点ーー

 

〝言弾〟

 

それは人の精神に直接干渉する危険な武器に他ならない。

毒にも薬にもなる。

心に刻まれた傷は、そう簡単には消えない。

下手すれば、一生モノだ。

 

だからこそアタシは…手加減をした。

苗木はともかく霧切達の心は、アタシの〝本気の言弾〟に耐えることはできない。

壊れてしまう。

 

「クラスメイトだから…?」

 

どうして〝言弾〟を十分に使えないの?

 

「この期に及んで、救いなんて…」

 

どうしてアタシは、ブレーキを掛けてしまうの?

 

「もう散々、後戻り出来ない状況にしてきただろ…」

 

 

 

どうして、捨てることが出来ないの?

どうして?

世界も、学園も、先輩も、クラスメイトも、姉も……

何もかもを踏み台にしたあげく、アタシは何をしているの?

こんな中途半端な結末、許されると思っているの?

全部捨てろって……あれ程言っただろ?

 

 

「こんなの、〝江ノ島盾子(絶望)〟じゃない。」

 

 

要らないんだよ、心配なんて。

 

要らないんだよ、恐れなんて。

 

要らないんだよ、未来なんて。

 

全部捨てちまえ。

何もかもを。

必要か不必要かなんて、考えなくていい。

何も考えるな。

 

求めろ、〝自分だけの真実〟を。

 

求めろ、〝絶望〟を。

 

 

 

至るんだ、〝精神の極致〟へ。

 

 

 

江ノ島盾子(絶望)は、ゆっくりと顔を上げる。

5人はスイッチに手を掛けたまま、江ノ島盾子(絶望)から目を離せずにいた。

ニタリと、狂気を湛え江ノ島盾子(絶望)は嗤う。

 

江ノ島盾子(アタシ)は負けた。

でも、〝絶望(アタシ)〟はまだ、死んじゃいない」

 

ただ一人を見つめ、江ノ島盾子(絶望)は語りかける。

 

「チャンスをあげる。

絶望(アタシ)を打ち負かす、最後のチャンスを」

 

立場も、状況も、度外視で。

 

「まあ、どっちでもいいんだけどね。

アタシが決めたルール(校則)に則った上で負けてるし。

このまま投票でも構わないよ」

 

江ノ島盾子(絶望)に、恐れはない。

 

絶望(アタシ)希望(アンタ)の、最後の勝負。

どうする?……〝超高校級の希望(苗木 誠)〟?」

 

 

受ける筋合いなど、見当たらない。

 

「お、おい苗木っち、こんなの無視すんべッ!」

 

「何を考えてるッ!もう勝負はついたはずだッ!」

 

「ちょっと!苗木ッ!」

 

5人は取り乱す。

誰の目から見ても、勝敗は決している。

江ノ島の負け惜しみに過ぎない。

 

しかし苗木だけは真剣に、ただ真剣に江ノ島を見つめる。

そして……

 

 

「わかった。受けるよ……その勝負」

 

 

苗木(希望)は、そう答える。

江ノ島盾子(絶望)もまた、ニヤリと応える。

 

「……それでこそ。それでこそだよ、苗木」

 

分かっていたと言わんばかりに、江ノ島盾子(絶望)は微笑む。

しかし、それを聞いていた5人は猛反発する。

 

「何考えてんだべッ!?」

 

「正気かッ!?」

 

「もう決着はついたんじゃないのッ!?」

 

最早、江ノ島盾子(絶望)の耳に雑音は届かない。

江ノ島盾子(絶望)は全てを無視し、話を再開する。

 

「ルールは単純。

先程と変わらず投票で決めるわ」

 

ただ淡々と、江ノ島盾子(絶望)は説明を続ける。

5人を置き去りにして。

 

 

「投票権を持つのはアタシだけ。

 

アタシがアタシに投票すれば、絶望(アタシ)の勝ち。

アタシがアンタに投票すれば、希望(アンタ)の勝ち。

 

選ばれた方は勿論、処刑だから。

ま、勝ち負けの観念はアンタに委ねるよ。

アタシが投票した方が死ぬ。

それだけよ……」

 

 

常人からすれば、意味不明な内容であった。

投票の権利を持つ者が、一方的に生死を決めることが出来る。

更に、江ノ島の処刑は〝絶望〟の勝ちを意味し、苗木の処刑は〝希望〟の勝ちだと…江ノ島盾子(絶望)は言い放った。

 

 

「さあ、始めましょう。正真正銘、最後の戦いをッ!」

 

〝希望〟は押し戻され、再び〝絶望〟がその場を支配する。

 

「〝真実〟を掴みたくば、命を賭すのよッ!」

 

そして江ノ島盾子(絶望)は選択を迫る。

 

「全てを差し出し、〝絶望(アタシ)〟から〝江ノ島盾子(アタシ)〟を救ってみせなさいッ!」

 

狂気と信念を天秤に掛け。

 

 

 

 

 

「〝超高校級の希望(苗木 誠)〟ぉぉぉおおおッッッ!!!」

 

 

 

 

 

江ノ島盾子(絶望)は吼える。

ガトリングガンの様にバラ撒かれた〝絶望の言弾〟は、一切の容赦なく全てを破壊する。

 

それでも尚、苗木誠(希望)は退かない。

そして彼等は進む……

 

 

 

〝自分だけの真実〟を求めて。

 

 

 




以下ウサミファイルより抜粋

・最後の学級裁判が始まる。

・〝精神の極致〟。江ノ島により命名されたとある領域。現在詳細は非公開

・最後の学級裁判は〝希望〟の優勢であったが、江ノ島盾子が〝絶望〟を覚醒させたことにより決着は繰り越された模様。

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