紫色の酒宴   作:dokkakuhei

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デミウルゴスとコキュートスが好きすぎて書いた。後悔はない。






紫色の酒宴

 地下深くの一室。酔いの香りが漂うこの部屋のインテリアはシンプルで格式高い黒壇のカウンターと、それに見合ったこれまた黒壇の椅子。そして手元が見える程度に光が絞られた照明。

 

 ここは異形達の桃源郷(シャングリラ)、ナザリック地下大墳墓の中にあるバー。趣を楽しむ大人の空間である。

 

 席についているのは臙脂色のスーツに身を包み、髪を後ろにかき上げた形で整えた悪魔。そして(いかめ)しい錆御納戸色の外皮に覆われた、冬を纏う甲虫。

 

 異形の二匹は隣の席に座りながらも、もうずっと黙して酒を煽っている。外見の全く違う二匹だが、不思議とこの空間の雰囲気にピタリと当てはまり、絵になっている。

 

「…突然の誘いに応じてくれてありがとう。嬉しいよ、誰かと飲みたい気分だったからね。」

 

 静寂を破ったのは悪魔の方、甲虫もそれに答える。

 

「イヤ、気ニスルコトハナイ。オ前ガ誘ワナケレバ私ガ誘ッテイタ。誰カト飲ミタイ気分ダッタカラナ。」

 

「ふふふ。」

 

「ハハハ。」

 

 二匹は気の置けない友人同士の様だ。声からの親しみの感情が手に取るようにわかる。

 

 

 

「タダ、コノママ時ヲ過ゴスノモ悪クナイガ、ソロソロ話ヲ聴カセテモイイ頃合ジャナイカ?」

 

 甲虫は自らの得物の様に真直ぐな問い掛けをする。

 

「そうだね。…実は君に相談があるんだ。」

 

 悪魔は視線を火の吹くような強い酒の入ったグラスに固定したまま言った。その後、じっと口を噤んだ。何か言い難いことでもあるのだろうか。甲虫はチラリと相手を伺うが話の先を促したりはしない。相手が口を開くまでずっと待つつもりだ。

 

 悪魔の迷いは長い。幾ら親しい友人でも躊躇われる話らしい。だが、相手の懐の深い態度に再度口を開く。

 

「パンドラズ・アクターのことさ。」

 

 パンドラズ・アクター。ナザリックを支える最高知能の一角で、同時に宝物殿の番人。定まった形を持たないドッペルゲンガー。そして、我らが仕えるべき主人に直接創造された存在。

 

 甲虫は、悪魔の言わんとすることを察した。羨ましいのだ。その境遇が。彼はシモベの中で唯一の、本当に幸運の存在だ。シモベ達は主人に仕えられることこそが最高の喜びである。しかし直接の創造主を身近に感じられることも何物にも代えがたい喜びだ。

 

「この数年はアインズ様に仕えられることが本当に最上級の喜びであると思って日々生きてきた。だが彼の存在を知ってから、もしこの場にウルベルト様がいて下さったらと思うことはなかったと言えば嘘になる。」

 

「…。」

 

 この発言はややもすると主人に対する忠誠心の欠落とも思われかねない。守護者統括殿がいれば激しく叱責を受けただろう。しかし、甲虫は悪魔の言葉に深く耳を傾け、静かに聴いている。

 

 この葛藤はナザリックにいるものなら大なり小なり抱える悩みの1つだ。皆そこから意識的に目を逸らしてきた。それがパンドラズ・アクターの出現で現実を突きつけられてしまったのだ。今迄は皆同じ境遇であったから耐えられた。しかし、はっきりと格差を叩きつけられてしまったのだ

 

 だからと言ってパンドラズ・アクターに妬み嫉みを向けるナザリックのメンバーでは無い。この不幸は自分自身に向けられるのだ。お前が余りにも惨めで矮小だから、創造主はお前を見捨ててしまったのだと。

 

 特に1人でいる時は自己嫌悪が忽ちその影を伸ばして心を鷲掴みにする。だから異形達はこの様に身を寄せ合い互いを慰める。どうにもならない憤懣を酒で洗い流し、気の合う仲間で励まし合うのだ。

 

我が神(エリ・)我が神(エリ・)なぜ私をお見捨てになったのか(ラマ・サバクタニ)…か。」

 

 悪魔が言うには皮肉の効きすぎる言葉だ。

 

 

 

「ナア、デミウルゴス。」

 

 じっと黙って話を聞いていた甲虫が口を開く。

 

「オ前ノ創造主ハ、イツモオ前ヲ褒メテイタナ。」

 

 その言葉に悪魔はハッとして相手を見る。突然何を言い出すのかと愬える悪魔の凝視も気にせず甲虫は言葉を繋げる。

 

「マサニ自分ノ理想(イデア)ヲ詰メ込ンダ存在ダト。」

 

 悪魔は相手のしたい事に気がついた。なんてことは無い、この親友は自分を励まそうとしてくれているのだ。とても不器用な彼なりに。悪魔は相手の優しさに目頭が熱くなった。

 

「君の方こそ、創造主が一番大事にしていた武器を持たされたじゃないか。」

 

 悪魔が反撃(返礼)をする。2人は顔を見合わせた。

 

 

 

「ふふふ。」

 

「ハハハ。」

 

 

 

 ああ、そうだった。思い出した。自分達は捨てられたのではない、今の至高の主人に託されたのだ。我が創造主は一度たりとも自分を蔑ろにしたことなどなかった。いつも誇りに思ってくれていた。少しばかり会えないぐらいで打ち拉がれている場合ではない。其れこそ失望を買いかねないのだ。

 

 悩んでいる暇があれば今の主人の為に務めを果たすのが一番いい。

 

 

「じゃあ。」

 

「ソウダナ。」

 

「「2人の主人に乾杯(フタリノシュジンニカンパイ)。」」

 

 

 

 

 紫色の酒宴は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 


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