疲れも知らず   作:おゆ

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第八十九話 488年 7月  会議の行方

 

 

 一方のフェザーンである。

 

 そこでも長く協議が続けられていた。それはルビンスキー家の三人の話し合いから始まっている。

 

「エカテリン、ルパート、これはいよいよ面白くなってきたな」

「面白がってばかりもいられません、自治領主」

「ルパートよ、これが楽しいと感じられるくらいにならねばならん。変化を楽しめるのはまだ生きている者の特権だ」

 

「しかしお父様、具体的に帝国は今や分裂状態、フェザーンの経済活動にも支障が出ているのも確かだわ。物価の乱高下、債権の踏み倒し、夜逃げなんかも激増して」

「確かに分裂状態の弊害はある。純粋に経済活動の側面を見ればフェザーンにとって困ったことだ。しかしそれでも面白いではないか。オーディンの帝国政府、それに公然と敵対するローエングラム元帥、右往左往する各領主、こんな混乱が見られるとはな。更にフェザーンの動き一つでどうこれが変わるか」

 

 いつもの水割りを味わいながらアドリアン・ルビンスキーは楽しげだ。

 

「そのことでお父様、ここフェザーンにも人物が集まっていますわ。今後を考えるため、一度皆で会ってみるというのはどうかしら」

「それでは皆というのを確認しておこうか、エカテリン」

「今フェザーンに逃れている者は数多くいるけれど、その中でキーとなる人間、ヒルデガルト・フォン・マリーンドルフ、サビーネ・フォン・リッテンハイム、エルフリーデ・フォン・コールラウシュを」

 

 

 

 日をおかずしてエカテリーナのセッティングした会談が始まる。

 皆は事態の打開を求めており、その突破口になりうる会談に積極的だった。

 

 最初にエカテリーナにとって驚くことがある。

 エルフリーデ・フォン・コールラウシュ、亡きリヒテンラーデ侯の姪にして懐刀、数々の策略を取り仕切っていたと言われる女だ。エカテリーナはその経歴などをもちろん調べていて、その重要さを知り、だからこそ呼んでいる。

 しかし、あろうことかその顔に見覚えがあるとは!

 かつてミュラーとの水遊びの時に声を掛けてきた女だ。実物を見るまで分からなかったのはその時と化粧がだいぶ違うためだ。あえてそんなことをしていた理由は一つしか考えられない。すなわち何かの意図があってエカテリーナを見張る工作活動をしていたということになる。

 

 エルフリーデの方もエカテリーナのそんな心の動きを捉え、軽く会釈でとぼけた。

 だがしかし、エルフリーデの側にこそ驚きがあった!

 この場にルビンスキー家の者は三人いるのだが、それに加えてグラスに水割りを作り、アドリアン・ルビンスキーに差し出す四人目の者がいる。

 何と、ドミニク・サン・ピエールがまだ存在していたのだ。

 とっくに放逐されたと思っていた。利用価値などないはずだ。それがまるでルビンスキー家の一員のように、フェザーンの中枢にいるとはエルフリーデの想像の範囲外だった。

 

 

 そしてついに会議が始まる。人数的には小さな会合ではあるが、人類社会に計り知れない影響をもたらす話し合いだ。

 

「フェザーンとして取りうる方策はいろいろあるでしょうが、その一つとしてこのサビーネ様を擁立しオーディンの現帝国政府に対抗する選択肢を提案いたします」

 

 話の口火を切ったのはヒルダだ。そこからも淀みなく話をつないでいる。

 

「ローエングラム元帥の戦いの終結を待つ必要はありません。どうせ勝つことは決まっていますから。しかしその場合問題になるのは、サビーネ様とローエングラム陣営のきしみでしょう。それについて先手を打つため、サビーネ様の健在をアピールしなくてはなりません。何となればフェザーンでサビーネ様が皇帝に即位し、ここを拠点とした政権を樹立することも考えられます。その場合、仮の名は銀河帝国正統政府とでもなるでしょうか」

 

 冒頭から重大な内容に触れている。

 あいまいさなどないきっぱりした発言だ。大胆かつ相手に逃げを許さない。

 

 エカテリーナは本当にヒルダらしいと思った。その点何も変わっていない。

 

 アドリアン・ルビンスキーがグラスを片手に話を受け止める。賛成とも反対とも伺い知れない。

 

「マリーンドルフ嬢の言うことは大変興味深い。要するにフェザーンとして内乱に対する立場を鮮明にせよと言うのだな」

「自治領主様、もちろん、これはフェザーンにとって利益になる提案です。第一に帝国現政権からの干渉を今後受けることがなくなるでしょう。そして第二にフェザーンが政権交代の立役者になることを広く知らしめることは、フェザーンの貢献と実力を示すことでもあります。今後の活動に有利になるのは自明です」

「なるほど、確かにフェザーンのためになりそうな話にまとめてあるな。しかし本当にそうだろうか。例えば最終的にオーディンがブラウンシュバイク家からリッテンハイム家に変わったところで、フェザーンに対する圧力が変化する保証はない」

 

 ヒルダの言うことも嘘ではなく、正しい。

 しかし慌てることはない。そして話の穴を見つけ出すのだ。

 

「マリーンドルフ嬢、政権を形にするのを急ぐのは別の理由があるのだろう。ローエングラム元帥側との意思疎通が充分ではない印象を受ける」

 

 

 

 アドリアン・ルビンスキーはいったん話を別の方向に振り向けた。

 

「一つの事実をここで明らかにしておこう。実は帝国からも提案が来ている。ラインハルト・フォン・ローエングラムを相手にせず、経済的取引は全て帝国政府側とだけ行う、それをフェザーンが明確に公言せよと。そうすれば今後恒久的な自治を認めるという約束だ。これはフェザーンにとって願ったりかなったり、悲願の達成だ」

 

 この場ではルビンスキー家しか知らない情報である。

 それは帝国側からいかにも言ってきそうな魅力的な話である。意図も明白だ。そんなことをされたらブラウンシュバイク側が戦略的に有利になる。

 

 サビーネのことなど見事に無視されている。

 もちろんローエングラム元帥のことが片付けば、軍事的実力のないサビーネなど当然問題にもならない。

 ヒルダもしばし思考に入らざるを得なかった。

 

 

「ふうん、そんな言葉に意味があるのかしら?」

 

 ここでエルフリーデが斜に構えた発言をする。

 

「恒久的? とっても面白いわ。帝国の辞書で恒久的、というのを引けば、きっと動乱が治まるまでと書いてあるのね」

 

 フェザーンにとって例えようもなく魅力的なブラウンシュバイク側の提案、しかしその信憑性など考えるまでもない、と言う。

 ブラウンシュバイク公が約束を守るものか。

 いったん敵を排除して安泰になれば、フェザーンという美味しい果実をほっておくわけがない。

 エルフリーデには分かり切った話である。貴族の考えなど誰よりも知り尽くしているのだ。

 

 それに答えてきたのはルパートだった。

 

「仰る通り。信用できるかどうかは別問題でしょう。実はフェザーンの見解でも信用できないと結論を出しました。今の帝国政権が不安定かつ短慮であることを思えば、フェザーンの自治が将来危うくなるとも予想しています。ですがここで一つ問いますが、フェザーンが中立を保つことこそ最も安全であるのも否定できないのでは。難しい賭けなら最初から賭けない方がいいことはフェザーン人なら誰でも知るところです」

 

 それにはヒルダが否定してよこす。自明のことだ。

 

「中立はどちらの勢力にも恨みを残すことになり、とうてい賢いやり方とは言えません。どう転んでも確実に復讐を呼ぶだけのことでしょう」

「ではもっと野心的な案もあると指摘します。ローエングラム元帥と帝国政府が争いを続けるよう巧みに誘導し、共倒れしたところを支配下に入れるという案もなかなかと思うのですが?」

 

 小出しにして話を組み立て、巧みに会話を取り仕切る。

 この様子にアドリアン・ルビンスキーも満足げだ。ルパートは優れた話術を身に付けた。もう自分が先導する必要はなく、子供たちは立派に成長した。

 

「それは机上の空論でしょう。フェザーンが飲み込むには帝国は大き過ぎます。帝国の統制を崩さず、官僚を有効に使うには当面帝政を保つ他はありません。しかもフェザーンが望むのは混乱しない帝国であって、戦乱により荒廃した帝国ではないはずです。今のところ独立を宣言した星系はありませんが、情勢次第ではどうなるか。仮にそうなれば戦乱は限りなく拡大するでしょう」

「確かにお嬢さんの仰る通り。取り引き相手のいなくなったフェザーンに繁栄はないというのもそうでしょう」

 

 

 ここでルパートが最大の問題に立ち返る。

 

「では、話を元に戻しましょう。お嬢さんにお伺いします。自信を持っておいでですが、ローエングラム元帥が確実に勝てるでしょうか。何を考える上でもそれが大前提になります」

 

 確かにブラウンシュバイク側を倒せるということが出発点だ。これがない限り話に意味がない。

 

「確かに艦隊戦は問題ないでしょう。ローエングラム元帥は既に二度も勝ちました。しかし艦隊しか持たない元帥がオーディンを陥とせるでしょうか。そうしなければ現政権の打倒はできません。そして、オーディンには宇宙最強の精鋭地上部隊がいると聞いております。艦隊にいる陸戦隊などではとてもとても」

 

 ラインハルトとキルヒアイスの実力はどれほど声を大にして言ってもいい。ヒルダはそう確信している。

 だが同時に人口二十億という巨大なオーディン、それを相手にする困難さも想像できる。数で来られたら何ができるというのだろう。

 そこをルパートに突かれてしまい、しばし口をつぐむ。

 

 

「うふふ、そこを何とかする策があれば、ローエングラム元帥が勝ち、サビーネ様が即位、そしてフェザーンも利益を得る、理想の結末だわね」

 

 明るく声を投げかけ、軽くまとめたのはエルフリーデだ。

 皆がそちらを振り向いた。

 そんな策が簡単に見つかるとも思えない。エルフリーデは何を言いたいのだろう。

 

 

 

 だが今、エルフリーデの胸には、大叔父様リヒテンラーデ侯ならばきっとこう考える、というものがある。

 

「では何とかいたしましょう。ヒルデガルト様もご一緒に。ついでにルビンスキー家の皆様に一つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか」

「それは何だろう、エルフリーデ嬢」

「大したことではありませんわ。少しの間、そこのドミニクをお借りしてもよろしい?」

 

 エルフリーデからの突然の指名にドミニク・サン・ピエールは目を見開いた。

 なぜ、そんな銀河の戦いに、この自分が……

 だが一瞬おいて妖しく笑う。

 

「私を? まあ面白いこと。人生のドラマは多過ぎた気もするけど、もう一つくらい重ねても同じかしらね」

 

 素早く頭を巡らせ、ドミニクにはある程度の想像がつく。

 自分を指名するということは、エルフリーデが表に出られない工作を担うということだ。

 すなわちエルフリーデの顔を知る貴族を相手に仕掛けることを意味する。

 

 

 

 

 ここまで話を聞いていたエカテリーナがまとめにかかる。

 

「いい策があるというのね。では、それをやってもらえばいいわ。オーディンの戦いを有利にするために。でもまだ話は終わっていない。その後、勝利を掴んだリッテンハイム家が帝国をどうするのか、そしてフェザーンをどう扱うのか、はっきり言ってもらわないと」

 

 フェザーンの立場としてはその通り、当然の要求である。フェザーンの利益の確約が欲しい。それがないのならばブラウンシュバイク側の提案に乗るのと何ら変わりがない。

 

 そしてこの質問に答えられるのはヒルダではない。

 代わって答えることはできない。

 

 言うべきなのは他の誰でもなく、リッテンハイム家の生き残り、クリスティーネの子にして皇位継承者サビーネだけなのだ。

 

「父と母の遺志に従って、皇帝になります」

 

 サビーネの透き通った少女らしい声が通る。

 まだ幼い少女であり、政略の難しい話にはついていけず、またヒルダを信頼して任せている以上それまで黙って話を聞いていた。

 しかし今は皇帝候補としての立場で話す時なのだ。

 

「そこに至るまで助力頂いた全ての者が満足できるような報酬を必ず与えます。もちろんフェザーンとの関係も含めて。今それを約束します」

 

 明確な決意に満ちている。

 単なる口約束ではない。真実の約束であることを誰もが信じる、そんな声だ。

 

 

 そしてサビーネの言葉はそれで終わることなく、結びがあった。

 

「皇帝になった後、見たこともないような素晴らしい国を作り上げます。悲劇が二度と起こることはなく、帝国もフェザーンも、誰もが幸せに生きられるように」

 

 一同は目を見開いた。

 少女が指し示したのは、今問題にしている細かい争いなどではなかった。

 

 

 見据える先は人類社会の大きな未来だ。

 

 そして同時に威厳の萌芽とも言うべき風を感じ、居住まいを正す。

 皆は頭を垂れ、ルビンスキーでさえグラスをテーブルに戻し手を離した。

 

 

 この小さな少女もまた、あのルドルフ大帝の子孫なのだ。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第九十話 孤軍奮闘

ラインハルトに改めて対するヒルダ、その奮闘はいかに

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