疲れも知らず   作:おゆ

72 / 143
第七十一話 487年12月  要塞攻略戦~思わぬ結末~

 

 

 艦載機戦は完全に実力の世界だ。

 撃墜を重ね、エースの称号を得て称賛を受ける者が出る一方、あっさりと虚空に消えていく者がいる。どんなに善人でも、どんなに期待されていても、ここでは実力しか問われない。不条理と言ってもそれが現実である。

 そしてエースといえども油断すれば消えて過去の人になる。

 怯える者は狩られ、実力より勇気のあり過ぎる者もまた消える。

 

 初めて尽くしの要塞攻防戦、艦載機対艦載機の死闘が続く。

 

 激しい戦いの中で同盟第十三艦隊第二空戦隊隊長イワン・コーネフが隊員たち指示を伝える。

 

「みんな、慌てる必要はない。ワルキューレは数は多いがそれだけのことだ。向こうは浮遊砲台からの狙撃を避けながら行動する分、動きはかなり制約される。ぶんぶん飛び回るように見えるのは逆にゆとりがない証拠だ。落ち着いて狙っていけば必ず墜とせる」

 

 第一空戦隊のポプランはどちらかというと隊員たちに勢いをつけ、士気を鼓舞する。

 無駄な詭弁もユーモアもそのためにある。多彩な表現力は空戦隊に必要な精神的カンフルだ。

 孤独な戦いを強いられる空戦では何よりも精神力で負けてはならない。逆に気負い過ぎてもダメであり、肩の力を抜くことが必要になる。

 ポプランは思いつきではなく考えてユニークなことを言っているのだが、だからといって誰にもできることではなく、ポプランならではの天性ともいえる。

 第一空戦隊はいつでも怯えることなく、楽し気に戦う。

 

 しかしイワン・コーネフの持ち味は落ち着きと熟慮である。それもまた必要なことだ。コーネフは自分の操縦技量もポプランに劣らないものでありながら、広い視野で戦局を考えることができた。隊員たち皆のことを把握し、攻勢と撤退を見切るのが特徴だ。そのため隊員の信頼はいやが上にも増す。

 コーネフを尊敬した隊員たちの中には、コーネフの趣味であるクロスワードパズルを始める者が続出したが誰も長続きはしなかった。もちろん、第一空戦隊の方でポプランのマネをする者がもしも出てきたら、同盟軍の風紀の上で大問題になっただろうから、まだマシだったとも言える。

 

 他の空戦隊のエース、ヒューズやシェイクリたちも自分なりの指揮方法というものを確立し、隊員たちの尊敬を集めている。結果空戦隊は自分たちの指揮官について時折呆れたりもしているが皆好いている。

 面白いことに指揮官の性格が違う各空戦隊同士に、ありがちな派閥などは存在しない。指揮官同士が仲が良いということも大いに関与している。競うのは戦果、撃墜数のみだ。

 

 

 コーネフの第二空戦隊が交戦を始めたことを知ると、地味に要塞表面にいたポプランが通信機に割り込んできた。

 

「ようコーネフ、第一空戦隊が荷物引きずってる間に撃墜数を稼ごうってのはせこいじゃないか。知ってるか。せこいと女も寄ってこないし、お前さんもパズルが解けないぜ。でも今回くらいはハンデってことにしといてやってもいい」

 

 言うだけ言うとポプランは通信を切る。作戦実行中なのでポプランも会話を続ける余裕はない。それなら最初から通信をしてこなければいいようなものだが、それでも一言言ってくるのがポプランたるゆえんだ。

 

「真面目にやれ、ポプラン。しかもハンデってのは負けてる方が言うことじゃない」

 

 コーネフは呆れるしかない。まあ、ポプランの第一空戦隊の分まで頑張るのはもちろんのことである。

 

 

 

 艦載機戦のことはともかく、要塞攻略戦は佳境に入った。

 

 勝負はまだ決さないとはいえ、防御する側は深刻度が増している。次第に減ってきているとはいっても魚雷が全く来なくなったわけではない。

 それに対し守りに使う浮遊砲台が足りない。やはり帝国軍が戦術の上で先手をとったのが大きく、後手に回った同盟が不利過ぎる。

 

 そのことが次第に明らかになり、トゥールハンマー砲台を最後まで守りきるのが無理だと悟らざるを得なくなった。

 

「やれやれ、何か手を打たなきゃいけないが、時間がないときた」

 

 ヤンは飄々として言うが、顔は真剣なままだ。

 

 

 ラインハルトの方では「もう一息だな」と言いつつ戦況を見る。こちらも真剣だ。

 艦載機戦は期待したほど芳しいものではなく、ケンプに対し失望しているといってもいい。損失の方が上回っている状態が続いているからである。未だ誘導ブイの破壊は続いているのだ。そのため実は魚雷の半分以上が操作不能になって失われている。

 

 しかし、ラインハルトはただ艦載機に任せていたのではない。

 たびたび艦隊を繰り出して、トゥールハンマーの死角を突けないか狙っている。なぜならトゥールハンマー砲台は今や自由に動けない。下手に動いて魚雷の濃密なところに行ってしまえば目も当てられず、自滅してしまう。そして魚雷の位置や進行状況は帝国軍しか知らないのだ。

 トゥールハンマーは正面ばかりではなく射軸調整によって斜め方向にも撃てるのは確かだが、格段に照準も射程も甘くなってしまう。うまく突ければ艦隊でも戦える。そういったこともまた帝国軍はよく知っているのだ。元々は帝国軍の要塞だったのだから。

 ヤンはそれに対処するのに、下手に第十三艦隊を出せば混戦に持ち込まれ、数で優る帝国軍の思うつぼになるのが分かり切っている。

 

 

 

 

 しかしこの時、驚きの声が上がった。

 旗艦ブリュンヒルトのオペレーターが叫ぶ。

 

「緊急報告します! 後背より艦隊接近!」

「何! 何だと!」

 

 ラインハルトも驚きを禁じ得ない。しかし素早く立ち直り考える。帝国艦隊が今さら応援に来た? いやそんなはずはない。

 敵が増えたのならそれにも対処するだけだ。どうせそんなに戦力が残っているはずがなく、応援がそれほど大規模とは思えない。

 おそらく陽動だろう。驚かせて撤退させようというのだ。姑息ともいえるが順当な戦術である。だがそんな陽動ごとまとめて叩いてくれる。ラインハルトにとって要塞攻略の方が面倒で、むしろ艦隊戦なら望むところだ。この四万隻があればいかようにも叩いてくれる。

 

 緊張と高揚に包まれ、ラインハルトの覇気がいっそう増大する。

 

 しかし、後背からというはちょっと解せない。

 ここまでイゼルローン回廊を注意深く索敵しながら来たのだ。作戦行動中に伏兵に襲われたりすることがないために用心しながら。敵艦隊がこっそり動いていたなら見逃すはずがないのに。

 

「しかし、事実を事実と認めないのは愚か者のすることだ。行うべきことは新しい事態に対処することであって目をつむることではない」

 やはり勝利の美神である。

 そんなラインハルトをオペレーターたちが称賛の目で見る。

 

「それで、詳しいことは分からないのですか。所属や規模は?」

 

 キルヒアイスがオペレーターに問うた。それは当然の疑問である。

 

「戦闘行動の通信妨害のため、解析が完全ではありません。いえ、今出ました!」

 

 またしてもオペレーターは驚愕している。いや、その驚きは前よりも大きい。

 声が一瞬途切れる。

 そこをラインハルトが促す。

 

 

「どうした。驚くのは構わないが時間を空費する必要を認めないぞ」

「申し上げます! 接近中の艦隊は敵ではありません! しかし、友軍のコードではありません!」

「何! 敵でも味方でもないとはどういうことか。存外貴官らも独創性のある発想をするものだ。しかし今それを発揮するのは遠慮してもらおう」

「いえ、これは帝国軍に属する艦隊ではないということです。つまり、帝国貴族の私領艦隊だと思われます!」

 

 

 

 これにラインハルトも声を失う。敵でも味方でもないという報告は正直ラインハルトも戸惑うものだった。その回答は実に正直なものであったが、驚きは何倍にも増す。

 

 あり得ないことが起きているからだ。

 

 作戦行動中の帝国艦隊に貴族の私領艦隊が接近するなどラインハルトの記憶のどこにもない。

 

「続けて報告します! 艦型照合、出ました! し、しかし、これは本当でしょうか。艦隊の中心にいる旗艦らしいものはオストマルク、戦艦オストマルクです!」

 

 やっと詳しいことが分かりかけてきたが……だとしても何も考えようがない。

 どう解釈したらいいのだろう。

 

 

 

「ラインハルト様。戦艦オストマルクとは、確かリッテンハイム侯の私領艦隊の旗艦になっているものでは」

「そうだキルヒアイス、どでかいばかりの代物だろう。貴族どもの悪趣味の産物だ」

 

 ラインハルトは艦や武器というものは性能を追求し、しかもスマートで美しいものであるべきだと思っている。今乗っているブリュンヒルトのように。

 ゴテゴテ貴族趣味を詰め込んで膨れ上がった艦など眼中にない。

 

 しかしそんなことより、なぜここにいるかが問題だ。とにかく意図が分からない。

 

「通信を送れ。こちらは帝国軍ローエングラム元帥、作戦行動中だ。見て分かるだろう。しかもイゼルローン要塞を奪還するための重大な局面である。直ちに接近する意図を明らかにせよ、と」

 

 返信が返ってくる間にも頭は休むことなく考え続ける。

 

「ラインハルト様、帝国軍に貴族の私領艦隊が近付くとは聞いたことがありません。しかも、ここはイゼルローン回廊です。叛徒とどうして今さら戦う気になったのでしょう」

「確かにそうだ。そもそも私領艦隊など貴族の馬鹿どもが海賊相手にお遊びするくらいのおもちゃに過ぎん。本物の戦闘に使えるようなものではない。前線に何の用があろう。しかも強力な探知妨害をかけながら来るとは。」

 

 二人はしばし考え込み、同じ結論を出した。

 

「そうか、キルヒアイス。今さら来るとは要塞奪還の功にしたり顔であずかろうということか。貴族らしい姑息なことだ。そうまでして名を上げたいのかリッテンハイム侯は。確かリッテンハイムといえばブラウンシュバイクに水をあけられて焦っているはずだからな」

「確かにそう考えると良いタイミングですね。要塞攻略が佳境に入った今が最適でしょう。わずかな手伝いで報酬は大きくなりますから」

「ふん、忌々しいことだ。かといって追い返すこともできない」

 

「どうなさいます。ラインハルト様、要塞奪還の功を分け与えるのですか。逆に言えばリッテンハイム侯に恩を売る機会でもありますが」

「手柄を分ける? そんなことをするものかキルヒアイス、要塞奪還に貴族の手など一切必要ない。そこでおとなしく待たせておけばいい。恩を売る必要もないだろう」

 

 ラインハルトは結論を出した。

 あくまでイゼルローン要塞は自分の手で奪還する。政治的なことなど考慮しない。

 

「またオストマルクに通信を送れ。そこに停船し、作戦終了を待つべし、と」

 

 

 

 しかし、今度こそ想像もしなかったことが待ち受けていた!

 オペレーターはまたしても驚愕の声で報告してくる。

 

「探知妨害解かれました。詳細出ます! リッテンハイム侯私領艦隊、総数、総数三万隻以上! そして、主砲充填反応見られます! これは、まさか攻撃準備では!!」

 

「全艦直ちに急速発進! 先頭はイゼルローン要塞をかすめるようにカーブしつつ散開! 後衛はその隙間を最大戦速まで増速しながら進め! とにかく急げ!反転時期は後で指示する」

 

 さすがにラインハルトである。一瞬の間も置かず、考えられる限り正しい指示を伝える。

 

 私領艦隊とはいっても大貴族リッテンハイム侯の艦隊だ。内容的にはともかく数は多く、ここに展開する帝国軍とそう差はない。しかも圧倒的に有利な位置に着かれてしまっている。

 リッテンハイム侯の艦隊とすれば後背から迫るのだから、何も考える必要はなく、いかに弱兵といえどただ撃つことぐらいできるだろう。

 おまけにラインハルトは未だ敵の物であるイゼルローン要塞との間に挟まれる格好になっている。これでは艦隊運動も制限を受け、必敗である。それが分からないラインハルトではない。

 

「通信が入りました!」

「オストマルクからか。いったいどういうつもりだというのか!」

「いえ、違います。オストマルクからではなく、首都星オーディンからの超光速通信です。そしてその電文は、」

 

 今度もオペレーターが固まった。いったい何度目の驚きになるのだろう。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第七十二話 失望

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。