疲れも知らず   作:おゆ

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第三十七話 487年 4月  盟友

 

 

 マクシミリアンは更に考える。気違いじみた反逆を企んでいても、それなりに合理的な算段をつける頭はある。

 

 カストロプ家本領惑星は防空衛星システムを使って艦隊の侵入を許さないとしても、懸念はいくつもある。帝国が長期に渡って諦めず、艦隊を惑星近辺に留めておくという可能性があるのだ。長く囲まれてしまうことは即ち流通が断たれることを意味し、カストロプ領のような商業惑星は立ち枯れるほかない。幸いにも農業や工業、資源も充分に存在するため直ちに飢えにつながることはないが、繁栄など不可能だ。

 

 カストロプ家はそんな事態に対処するのに武器を多く備えて多すぎることはない。今のうちに調達できるだけ調達しておこう。

 妹エリザベートをフェザーンに送ったのもそのためである。フェザーンは基本商人の惑星、金か利権をちらつかせれば売らないものはない。ただし酷薄なことも確かだ。帝国が気づいて横やりを入れてくればあっさり手の平を返すだろう。できるだけ秘匿し、買えるだけ買い切っておく必要がある。

 そんな差し迫った事態なのに、エリザベートは理解しているのかしていないのか、機雷やミサイルを通常に買う程度の商談でまとめてきた。

 馬鹿者が、理解できる頭が無いのか。少しでも戦闘艦艇を買ってこい。

 

 

 叛乱準備もいよいよ大詰めを迎えている。

 もちろんマクシミリアンは性格の捻じ曲がった人物であり、自分以外のものを思いやる心が決定的に欠けていた。腐った帝国貴族の典型的な一人である。

 しかし物事を進めるのに非凡なセンスがあった。もしも軍人になっていたら戦果を上げ出世していたかもしれない。いや先に戦闘時の残虐行為や捕虜虐待で失脚した可能性が高いが。

 

 マクシミリアンはここで大きな動きに出た。

 純粋な武力抗争だけではなく、政略においても手を打つ、具体的には帝国の重要人物を人質に取ろうと企んだ。

 

 カストロプ家が不穏な動きをしているという噂は自然と広まってしまう。ごく小さなことでさえ貴族社会では格好のネタにして話すからだ。

 しかしマクシミリアンはそれをも利用していった。

 

 

 

 カストロプ家領地に隣接するところに古くからの名門貴族がいる。

 

 それはマリーンドルフ家というカストロプ家に匹敵する名家のことだ。国務尚書を輩出すること数度に及び、同じように財務尚書を出すことの多いカストロプ家とは昔から深い親交がある家である。過去を遡ると複雑な血縁関係もある。

 その当主フランツ・フォン・マリーンドルフ伯爵がカストロプ領を尋ねてきたのだ。反乱の噂を聞いて真意を問うためである。もちろん、マリーンドルフ伯も本当にマクシミリアンが謀反を起こすとは考えていない。いや、マリーンドルフ伯爵だけでなく、噂を囃す者さえ誰一人帝国に反逆など本当のこととは思っていなかった。

 ともあれマリーンドルフ伯は変な噂が一人歩きしていると考え、困っているであろうマクシミリアンと一緒に対処を講じてあげようとしたのだ。

 

 マリーンドルフ伯は貴族らしからぬ温厚かつ親切な人間であったが、ここで痛恨のミスをしてしまった。マクシミリアンの本意を見抜けなかったのだ。護衛もつけず、それどころか長年交流をもっているカストロプ家に久しぶりに表敬する意味もあって一人娘のヒルダを伴って訪問した。

 

 ヒルダはこの訪問をとても嫌に思った。昔からマクシミリアンのことを好きではない。何というか趣味が合わない以上に視線も雰囲気もぞっとするものを感じていた。

 むろん父親に言われて拒むような娘ではない。一緒にカストロプ家本領惑星に行ったことは行った。

 

 しかしながら、その軌道上から降下はしなかった。

 

「お父様、万が一、万が一です。そのカストロプ家の謀反が本当だとしたら皆で降り立つのは危険です! マリーンドルフ伯爵家はお父様と私の二人だけ、そのどちらも捕らわれたら伯爵家はお終いではありませんか」

「ヒルダ、我が家とカストロプ家とは数百年の交流がある。捕らえるなどあるわけがない。ずいぶん心配性に育ってしまったのかな、私の娘は。どうせ今回の謀反騒ぎも噂が勝手に燃え広がっただけだろう」

 

「数百年の交流とはいっても今のマクシミリアンが数百年生きているわけでなし、危険です。お父様」

「普段のおてんばはどこに行ったのだろう。何にでも首を突っ込みたがるお前が。まあ、そう言うなら私が降りて先に話を始めておくよ。話が終わったら呼ぶからその時に来なさい。夜のパーティーだけにでも出ればいい」

 

 ヒルダは本当にその危険を考えていたのだが、マリーンドルフ伯は娘が単に嫌がっているものと考えた。しかし、無理強いはせず、ヒルダの意見を聞いた。フランツ・フォン・マリーンドルフ伯はそれほど優しい心の持ち主だったのだ。

 

 

 

 マクシミリアンにとっては飛んで火にいる夏の虫だ!

 

 惑星表面に降りてきたマリーンドルフ伯を難なく捕らえた。マリーンドルフ伯はひどくがっかりしながら素直に捕まった。どのみち抵抗しても無駄なことだ。

 しかし娘を早急に逃がさなくてはならない。

 

「噂は本当だったのか…… ヒルダの用心は適切だった。さすがは我が自慢の娘だ。しかし、今は早く知らせて逃げさせなければ」

 

 大人しくしているフリをしながら隙をみて軌道上の艇に連絡しようとした。それはなんとかうまくいき、ヒルダに直ちに去るように命じた。

 しかしこれにヒルダは従えない。

 

「お父様だけを置いて逃げることは、できません!」

 

 なるほど理性で事態を考えれば、自分だけでも逃げるべきなのだが、しかし父親を見捨てて逃げるなど感情がそれを許さない。

 救出の方法を考えているうちにマクシミリアンが先手を取る。むろん、もっとも狡猾で順当な方法を使って。

 

「マリーンドルフ家の艇に告げる。当主は捕らえた。艇にいるものは全員直ちに降りてこい」

「……反逆は本当だったのですね。マクシミリアン・フォン・カストロプ。そっちこそお父様を返しなさい。罪を重ねてどうする気ですか」

「マリーンドルフ伯は温厚なのにその娘はずいぶん気が強いな。だが人質を取ってある以上、命令する権利はそちらではなくこちらにあると分かるか。さっさと降りてこいと言ってるんだ」

「人質といっても殺したりできるもんですか。それこそ同情の余地がなくなるだけのことです」

 

「ふん、口は達者だが議論など無駄なことだ。もう一度言おう。生殺与奪の権利はこちらにある」

「犯罪者が権利など口にしていいものではありません。更に指摘してあげます。仮にマリーンドルフ家を人質を取ったとしても帝国の態度が変わるでしょうか。手心を加えるとお思い? いや、おそらくマリーンドルフ家は帝国のため命を捧げたと讃えられる結果になるだけでしょうね」

 

 

 マクシミリアンは驚いた。マリーンドルフ伯の娘は本当に賢い。

 

 こんな場合、並の貴族令嬢なら泣いて喚き散らすしかできないだろう。それがメソメソするどころか素早い頭の回転で逆に交渉術を仕掛けてくるとは。やむを得ず更に狡猾な手を使った。

 

「帝国が手心を加えるかどうかは、これまでのマリーンドルフ家の忠勤によるだろう。ではこちらも指摘しておこう。人質を殺さなくとも痛めつけるという選択肢が残っているぞ。そちらには不幸かもしれないが、電磁ムチの用意ならいくつもできている」

 

 これではさすがにヒルダも交渉継続は無理になる。

 自分も降下して捕まるしかなく、マリーンドルフ家の断絶という最悪の事態も含めた状況になってしまう。

 おまけにマクシミリアンはもっと悪辣なことを考えていた。

 この娘はただ帝国に対する人質にしておくのは勿体ない!

 その頭脳をこちらのために利用すれば理想的ではないか。

 

 

 結果、ヒルダは不本意極まりない利用のされ方を強要された。父親が共に捕らわれている以上仕方がない。

 

 後にその知謀、一個艦隊に優ると讃えられたヒルデガルト・フォン・マリーンドルフの冠絶した頭脳がこの時マクシミリアンに味方する。

 それが一貴族の単純な反乱で終わるはずのものを銀河の歴史に関わる大事件に変えていくとは、誰も予想もしなかった。

 

 

 

 

 

 一方、こちらはフェザーンである。

 エリザベート・フォン・カストロプがまたやってきた。

 帰ったばかりなのに、いったいどういうことかといぶかしく思いながらもエカテリーナが応対しようとした。

 

 その時のことだ!

 エカテリーナは驚いて固まるしかない。

 

 あの粗野なエリザベートが自分の目の前に平伏している。

 フェザーン統治府ビルのカーペットもない硬い床の上に。しかもここは部屋ですらなく、廊下のところで。

 

 それは人としてのプライドを全て投げ捨てた、正に全面降伏の姿だった。

 肩を震わせ泣いている。そんな中、エリザベートはただお願いだけを口にしている。

 

「どうか、憐憫をたまわりたく存じます。お助け下さい。そう言う資格も義理もないのは分かっております。これまでの冷淡な交友を考えれば。ですが今はただひたすら憐みを請うことをお許し下さい」

「え…… どういうこと…… 」

 

 エカテリーナは困惑するしかない。

 別にエリザベートが自分に平伏する姿を見て嬉しいことは何もない。

 エカテリーナは勝ち誇る快感を欲しい種類の人間ではないのだ。相手が誰で、これまでの経過が何であっても。

 対等に戦っているならともかく、平伏の姿を取っている相手を更に傷つけることなどできはしない。

 

「と、とにかく顔を上げてエリザベート。あなたがどうしてそんなことをするのかちっとも分からないわ」

「代価は私にはありません。しかし、どんなことでも致します。どうかカストロプ家に何かの武器をお与え下さい」

「止めて! あなたがそこまでする理由を聞きたいわ。是非聞かせて頂戴」

 

 

 エリザベートはこれまでの長い長い話を涙ながらに話す。

 それは誰にも話したことのないカストロプ家の暗部である。家の恥になることだ。しかも長きに渡って自分がムチ打たれていることまで話すのは本当に恥ずかしく、心が痛んで止まない。

 

 話を進めていくうちに、次第にエリザべートは自分で気が付いた。

 

 本当は武器などどうでもよかったのだ。

 

 いっとき兄への恐怖から逃れるためにそれを欲していたのだが、自分が真実欲しいのはそんなものではなかった。むしろ武器などないほうがよい、カストロプ家など破滅してしまえとさえ思うのが本心だ。自分も兄もこの世には要らない人間なのだ。世のために何の役にも立たず、むしろ害であり、消えてしまえ。

 滑稽なことに本人たちですら幸せではない。痛めつけられている自分も、狂った考えに取りつかれている兄マクシミリアンも。

 

 しかし、もしも、もしも過去に戻れるのならば得たいものがある。

 自分が望んでいたのは心を開ける友だった!

 

 ただそれだけが欲しかった。

 今までそんな友を得たことがないのは、兄のことで自分から心を閉ざしていたせいだ。それは単なる言い訳に過ぎない。今、ここにきてようやく思い知った。

 

 

 エカテリーナの方ではエリザベートの心の傷を知った。

 全く思いもよらない話であり、幸せに育ってきたエカテリーナにはそれがどんなに酷いことか正確に想像することは無理だ。

 しかし分かることがある。

 エリザベートは単純に粗野で気の強い女などではなかったのだ。そうなるべき悲痛なほどの理由があった。

 

 エリザベートの心はあまりに深く傷つき、決して癒されることがない。

 今もなお溢れ出る血は止まっていない。エリザベートはその血の底でもがき苦しんでいるのだ。

 エカテリーナはその痛みを自分の痛みとして感じた。

 

 この瞬間、長年の敵対関係は終わり、二人の確執はきれいさっぱり消失した。

 

 いや、それどころか二人は互いに盟友を得たのだ。

 友として絆で結ばれた。

 死によって引き裂かれるまで決して崩れることのない絆で。

 

 

 

 加えて、エカテリーナはエリザベートが望んだ武器などを遥かに超える物を持っていた。

 今、それが明らかになる。

 フェザーン自治領が秘密裏に作り上げた力、フェザーン防衛艦隊、である。

 

 

 




 
 
次回予告 第三十八話 不安

いよいよカストロプ動乱迫る

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