疲れも知らず   作:おゆ

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第二十六話 486年 4月  次幕

 

 

 オペレーターは貴族たちと違い楽観などしていない理由がある。

 

「それが、エネルギー蓄積量がシールド強化に足りません!」

「何だと!」

 

 貴族艦隊はあまりに攻撃ばかり考えていたため、エネルギー量のモニターすら気に留めていなかったのだ。本来戦闘行動でやってはならない度を越した無茶な攻勢を連続して行っていたため、限界に近かった。

 

 つまり、これまでの攻勢は全て乗せられたものであり、ミュラーの緻密な防御そのものが罠だった。

 オペレーターやモニタリングの下級士官たちはもちろんそれを知って危ぶんでいたが、貴族に敢えて注進する者はいなかった。兵と貴族の乖離がここに表れている。

 

 そして今度の光条の雨は最初のものより格段に強力だった!

 

 距離を詰められていることもある。

 ただしそれだけではなく、フェザーン警備艇の中でも特に大型の艇で艦列が組まれていたのだ。

 実は最初の貧弱な火力と雑な斉射こそが欺瞞だったのだ。貴族側を油断させるための。

 

 ここからが戦術の本番であり、見事に結果を出していく。

 貴族艦隊のシールドは耐えられず貫通されてしまう。

 一つ一つの着弾は威力が小さく、直撃でもいきなり爆散する例は少ないが、それでも小破大破される艦が相次いでいく。特に後背から撃たれた以上、必然的に動力部が損壊しやすく、そうなればもはやどうにもならない。動力が低下すればシールドを張るのも推進して逃げることもできなくなるからだ。それもまたミュラーの計算のうちである。

 

 これで貴族たちの気分は急変する。命の危険を悟って無様にも慌ててしまう。

 

「こんな、こんなはずはない!」

 

 戦場にいるのに今さら危険を認識するのもおかしな話だが、貴族たちは余裕で復讐するつもりでしかなく、返り討ちにされることなど考えもしなかった。

 ようやく出した結論は実に簡単なものだ。

 何より自分の命が大事な貴族は、他の艦のことなど考えもせず逃げる、それどころか僚艦を犠牲にして助かろうとあがく。

 そこには先ほどまで口にしていた誇りも何もない。

 

 しかしフェザーン警備艇の数は多く、前後から挟撃態勢をとって押し包んでいく。戦いが進むにつれ、ミュラーの指揮がよりいっそう滑らかに機能し始めた。信頼感というものを潤滑剤として。

 最終局面だ。無理な方向転換をした艦から狙い撃ち、冷静に削り取っていく。

 

 

 

 貴族艦隊の戦意が衰えていくにつれ、ミュラーは威嚇にとどめて降伏を受け入れていく。

 やがて完全に戦いは決着した。

 フェザーン警備艇の勝利だ。貴族艦隊の艦のほとんどは逃走もままならず、降伏し、拿捕される結果となった。

 

「投降、いいや、動力を失ったため不本意ながら援助を仰ぐものだ」

 

 貴族たちは四苦八苦しながら威厳を保とうと言葉だけは紡ぎ出す。単に降伏と言うことさえつまらない工夫で避けようとするのだが、聞く者を失笑させる効果しかない。下らない上っ面のプライドだ。

 それでもミュラーは丁寧な言葉で返す。

 

「了承しました。完全に火器の停止、制御の明け渡しをして下さい。それを降伏の意志とみなし、攻撃はいたしません」

 

 戦いを通してミュラーの横にいて、その指揮ぶりを一部始終見ていたドレウェンツ中尉は感嘆を隠せない。

 ミュラーの正確な艦運動指示、精緻な行動予測の能力に舌を巻く。

 特に防御戦術においては敵と味方、どちらの動きも上手に予測しなければとうてい無理なのだ。

 そして必然的にこの勝利がある。

 

「本当に、勝ってしまったんだ。指揮一つでまさかこれほどの結果になるとは、凄い……」

 

 しかしミュラーはそれほど浮かれた表情もせず、命令を伝える。

 

「まだ一仕事お願いします。行方不明者の捜索をもう一度行いましょう。戦場全体をくまなく。そして被弾して消火作業中のものがあれば最大限の応援を。一人でも犠牲を少なくするために」

 

 その様子がまた周囲の驚きを生む。歓声を上げて勝利を喜ぶどころか、犠牲を出していることに沈んでいるとは。

 オルラウもドレウェンツも確信した。

 

「この人についていこう。とても平凡な人ではなく、将来必ずもっと大きい舞台に立つ。名将として」

 

 

 

 ミュラーは帰還しながら先ず推挙してくれたルパートに簡潔に戦いの経過と結果を伝えた。

 むろんそれを聞いたルパートはすぐに賛辞を贈った。

 

「あなたにお願いしてよかった。駐在武官殿」

 

 それは大声ではなく簡潔なものだが、心が込められている。派手な賛辞などレムシャイド伯がするだろう。

 

 帰還すれば、ミュラーは待ち構えていたエカテリーナと真っ先に会う。

 

「おめでとう、凄いわミュラー!」

 

 もちろんエカテリーナは上気しながら祝ってくる。

 

「うまく行き過ぎくらいさエカテリン。僕は運が良かったんだ」

「いいえ、運じゃない。あなたの戦術指揮のおかげじゃない。今記録を見たけど凄いわ。特に柔軟防御が大したものよ、全然危なげなかったもの」

「へえ、エカテリンはそんな軍事の言葉も知っていたんだ」

 

 エカテリーナは心から嬉しかった。

 戦いに勝ったこと、ミュラーが無事だったこと、そしてクロプシュトック艦隊の兵が守られたこともある。

 フェザーンもまた守られた。ついでに貴族艦隊を拿捕し、多大な収穫を得た。

 もう一つ重要なことがある。ミュラーはクロプシュトック艦隊を単なる囮の役にしか使わず、直接戦わせることはなかった。これはたぶん復讐の連鎖を避けるためなのだろう。おそらくミュラーはそこまで考えてくれたのだ。

 

「全然破られる感じがしなかったわ。鉄壁よ、ミュラー」

 

 

 

 

 フェザーンはこの一連の事件をなるべく穏便に済ませた。

 貴族たちはフェザーン回廊に不法侵入し、あまつさえフェザーン警備艇と交戦したのだ。捕虜にした貴族をフェザーンはいかようにもできる立場である。しかし敢えて罪に問うことはしない。

 ただし艦は全て没収した。

 クロプシュトック艦と同様に、有用な機材は取り外したのち恒星突入処理すると公表した。

 

 クロプシュトック兵たちはようやくこれで一安心できる。フェザーンにしばらく逗留しながら、自由惑星同盟側の亡命受け入れの決定を待つ。

 

「フェザーン、自由の国、万歳!」

 

 そこには笑顔があった。

 皆、フェザーンに心から感謝していた。正直フェザーンがこうまでしてくれるとは思わなかった。実はクロプシュトック兵でさえフェザーンなど商人の国に過ぎず、金儲けの狡猾なイメージしか持っていなかったのだ。それなのにフェザーンはあれほどの危険を冒しても絶望から自分たちを救ってくれたとは。

 

 

 

 

 事件の顛末を弁務官レムシャイド伯爵がとりまとめ、オーディンの国務尚書リヒテンラーデ侯に報告した。

 

「そういうわけで戦いは我が帝国の駐在武官の活躍により無事収まりました。フェザーン回廊に不法侵入した貴族たちは迷惑料という賠償金をフェザーンに払うことで解放されたよしにございます。クロプシュトック兵の方は予定通り叛徒方面へ順次亡命を」

「ふむ、これは儂としても思わぬ事件になったの。しかし伯の適切な対処のためそれだけで済んだと言えよう。ご苦労じゃった」

「もったいないお言葉にございます。国務尚書閣下。」

 

 通信が切れた後、リヒテンラーデ侯が言う。

 

「フェザーンめ、この事件も利用して焼け太りおって。帝国に貸しを作ったつもりかの。それに戦いが済んだ後、艦艇を本当に処分したのじゃろうか。まっこと胡散臭い。油断ならんの」

 

 

 そんな呟きが終わるやいなや、横から声がかけられる。

 

「大おじさま、それならフェザーンをまた探ってみるの?」

「いや、エルフリーデを呼んだのは別のことを頼みたいと思うたからじゃ。実のところ事件はまだ終わっておらん」 

「別のこと?」

 

 リヒテンラーデ侯がエルフリーデにその頼みごとを説明していく。

 それはフェザーンとはまるで関係がなく、むしろ帝国軍内部の動きについてであり、政治的なものだった。

 

「今、ブラウンシュバイクめのところに帝国軍の少将が捕らわれておる」

「え? それがどうかしたの?」

「そのことだけなら儂が関与するようなものではない。その少将とやらは軍監をしていたがブラウンシュバイク公の逆鱗に触れたかなにか、つまり冤罪で捕らわれた。問題はここからじゃ。その少将と仲間があのグリューネワルト伯爵夫人の弟に助けを求めて接近しようとしておる」

 

 エルフリーデは素早く考えを巡らせ、リヒテンラーデ侯の言いたいことを先取りする。

 

「分かったわ。その事件によってどんどん結びつきができていくってことね。少将は助けられたら忠誠心を抱く、いや忠誠心を引き換えに助けるでしょう。要するに、その弟が帝国軍内で派閥化するかもしれないってことかしら」

「おお、よく分かったのうエルフリーデ。これも良い機会かもしれんと思うてな。その実態を探ってほしいのじゃ」

 

 

 恐るべき懐刀、エルフリーデ・フォン・コールラウシュが密かに動き出す。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第二十七話 女と男

この二人の抗えない運命が……

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