疲れも知らず   作:おゆ

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第二十話 484年 1月 良将

 

 

 ラルフ・カールセン准将の率いる同盟軍本部分隊千二百隻と、シュムーデ少将率いる帝国軍千七百隻はほぼ同時にお互いを探知した。

 

 どちらも自分の任務には充分過ぎる艦艇数だと思っていた。ところがもはやそう思っていられる事態ではない。これは本格的な艦隊戦になる。

 数の上では帝国軍の方が明らかに多く、これはカールセンの同盟側には憂慮すべき戦力差である。

 しかし帝国軍にとってここは敵地だ。さっさと任務を済ませてどちらかの回廊まで逃げなくてはならない。同盟の本格的な後詰が来れば終わりだ。この時間的制約、また補給のない物資的制約を考えればおのずと使える戦術は狭められ、シュムーデの帝国艦隊は不利な状況に立たされていることを自覚せざるを得ない。

 

「敵艦隊発見! 接近しつつあり!」

 

 何度聞いても聞き飽きることがない緊張のセリフだ。言うオペレーターも聞く側にとっても鼓動の高鳴る一瞬である。

 

 探知はほぼ同時だった。

 

 しかし、反応はシュムーデ少将の方が早かった。敵地にいる緊張感が良い方向に作用したのだ。

 そして驚くことで時間を空費するような無能ではない。

 シュムーデ少将は相手が自分たちより少数であることを知った瞬間、直ちに急戦を選択した。

 どのみち逃げても振り切ることはできない。地理不案内なこちらよりも相手の方が速度を出せるだろう。それならばここで一戦して破っておいた方がいい。下手に付かず離れず追尾され、その上応援を呼ばれたら挟撃の憂き目にあって全滅してしまう。

 

「急進して短時間のうちに決着をつけることを企図する。全艦最大戦速、最短距離をとって向かえ! その間に戦艦はエネルギー充填、長距離砲斉射準備。レッドゾーンに入りしだい斉射をかける!」

 

 

 

 対するカールセンは乱戦を望まない。

 探知しても慌てることなく出方を伺っていた。きちんと準備して後の先を取るつもりだ。

 そして帝国軍の思惑が予想の範囲内だと知る。

 

「防御力の強い艦を前へ。空母及び駆逐艦は後方に移動。被弾しにくいよう敵に対し真っすぐ向き、陣形を整えろ! 基本は損害を少なくし、徐々に後退する。どのみち帝国側は深追いするわけがない」

 

 互いの艦隊が近付く。

 イエローゾーン突破、そしてレッドゾーン。

 

「撃て!」

「ファイア!!」

 

 ここから死のエネルギー束が互いに飛び交う。宙域は明るい光の帯で一気に白熱した。

 

 帝国軍の勢いが勝った。その数と斉射の威力に優れていたのだ。

 

「よし、コースそのまま、攻勢を強化して敵中央部を突破する!」

 

 シュムーデは序盤においてうまくいったのを知る。

 敵陣の中でも防御の弱い小型艦艇を中心に被害が拡大していき、陣形も乱れてきたのを見て取った。

 

「押せ押せ! こっちは背水の陣だ。ここでモタモタしたら全員生きて本国を拝めないぞ。死ぬ気で戦え!」

 

 シュムーデ少将はもともと正統派の戦術を好み、こういった猛攻が性に合っている。

 部下を叱咤した。聞いている兵士もここが敵地なことくらい言われなくとも分かっている以上、必死にならざるを得ない。

 

 

 

 帝国軍の攻勢は尋常なものではなく、これはカールセンの予想を上回るものだ。

 しかしカールセンは落ち着きを崩さない。

 

「全艦隊、ゆっくりと後退しつつ撃ち返せ。集中砲火は必要ない。間断なく撃ちかけ、相手に斉射をさせないよう妨害すればいい」

 

 同盟側はいったん守勢に回りながらチャンスを伺うことに徹する。艦隊をコンパクトにまとめ、乱れた陣形を修復して付け入る隙を与えない。

 

「回避行動は直撃を同時に食らわないことのみ心掛けろ。先ずは損害を最小に抑えるんだ。ミサイルで牽制しながら距離を保て。相手の帝国軍は補給を受けられない以上こんな猛攻は続けることはない。柔軟防御に徹してチャンスを待てばいい」

 

 二つの艦隊は戦いながら互いの力量を推し量る。

 

 帝国軍の鋭鋒があと一歩で突破を果たし、分断に成功するところまで来た。

 しかし、またしてもカールセンの同盟軍は一瞬早く艦列の隙間を埋めてそれを許さない。

 

 

 

「むう、だめか……」

 

 シュムーデは決定的に破ることができないのを悟った。敵は無能ではない。

 瓦解に持ち込むのは無理だ。

 このままの戦いを続ければ帝国艦隊の方が先に行動限界点に達してしまい、敵領でそんな状態になるのは100%の死を意味する。

 この戦いを諦め、帰還の方を優先させるよう方針を転換した。

 

「全艦、もう一度斉射と同時にミサイルをありったけ撃て。そうしたら着弾を見ることなく急速後退せよ。敵が艦列の修復を図る間にできるだけ距離をとれ」

 

 欺瞞の大攻勢をかけ、その一撃の隙にシュムーデは撤退をはかった。

 攻撃の成果を観測することもなく後退に転ずるというのも常識外れの戦術だ。シュムーデは思い切った行動も取れる良将だった。

 

 

 さて帝国軍が撤退に転ずれば、カールセンの方では待ちに待った反撃のチャンスとなる。

 

「よし、前進を始めろ! 攻勢に出るぞ。帝国艦隊の後尾を削り取ってやれ」

 

 しかし慎重さを捨てることはないのは、カールセンもまた凡庸な将ではないからである。

 

「慌てて突出すると逆撃に遭う。落ち着いた行動をしろ。距離を丁寧に観測しながら長距離砲でゆっくり迫ればいい。向こうは必ず罠をしかけることを考えている」

 

 その通りだった。シュムーデの方は逆撃をもう一度や二度行えるくらいのエネルギーと弾薬は残していたのだ。

 ここから丸一日にも渡る撤退と追撃の戦いは、互いに疲労の貯まる神経戦になった。

 

 

 

 戦いの帰趨は双方にとって不満足な結果に終わったといえる。

 

 シュムーデの艦隊のうち半数にも満たない八百隻だけが追撃から逃れることができた。

 実はすぐ近くまで同盟軍ボロディン第十二艦隊が来ていたのだが、ぎりぎり遭遇しないで済んだのは本当に幸運だった。もしも一個艦隊の一万隻以上と戦うことになっていたなら全滅は火を見るより明らかだ。

 

 シュムーデは物資の関係でそこから更に三百隻を断腸の思いで廃棄することになる。そうしないとイゼルローン要塞まで戻ることもできない。

 

 こうして艦隊の大半を失いつつ帰還できたシュムーデは驚くべきことを知る。

 当初の目標であるヘルクスハイマー伯が自分とは別に出動していた巡航艦によって片付けられていたのだ。

 

「シュムーデ少将、ご苦労であった。亡命貴族ヘルクスハイマー伯爵の件は別働艦によって片付いたと知っていよう。ただしそれは結果論に過ぎず、卿の働きも無駄ではない」

「ミュッケンベルガー元帥、当艦隊が任務に失敗してしまい弁解の言葉もございません。しかしそんな別働艦が出ていたとは複雑な気分にならざるを得ません」

 

 シュムーデも敵領へ決死の作戦を敢行したのだ。ミュッケンベルガーもシュムーデの意を汲み、その労をいたわる。

 

「卿の気持ちはよく分かる。いかに取り繕ろったところで、卿の艦隊はただの囮であり捨て石にされたようなものだからな。しかし、今回の任務は二重三重の手を打たねばならないほど重要なものだったのだ。帝国中枢部からの厳命である。そして、作戦の目標が達成されたのは重畳だ。卿が敵と戦い、目を引いてくれたおかげとも言える」

「ありがたいお言葉です元帥。多数の部下が帝国に還ることなく散りました。この作戦に意味があったという今の言葉は大いに慰めになるでしょう」

「それだけではない。よく敵地での遭遇戦からよくぞ五百隻も戻らせた。この功により卿には中将への昇進が内示されている」

 

 複雑な表情のまま退室するシュムーデを見ながら、ミュッケンベルガーは考えた。

 次に帝国軍が軍事行動を取る際にはシュムーデの面目を施してやろう。

 

 

 

 

 一方、こちらは同盟軍カールセンである。

 同盟領に侵入してきた帝国艦隊を全滅させられなかったのを至極残念に思った。有利な状況の追撃戦にやっと持ち込んだのに。

 

 それには一つの理由がある。

 追撃の最終局面で救難信号の出ている脱出艇を感知したのだ! それは民間航路上にあったのだが、この戦場から遠くない。通信をとってみれば、何とヘルクスハイマー伯爵の子女と従者が乗っている艇だった!

 その子女が乗っていた自家用旅客艇は度重なる過負荷によってエンジンが不安定になり、暴走の危険が生じたため廃棄したとのことだ。

 カールセンは勇猛な軍人ではあるが非情ではなく、追撃よりもその救助を優先させた。

 

 

「妾は狭苦しいところにずっとおったのじゃ! 遅いではないか。同盟軍とやら」

 

 その小さな娘は最初から機嫌が悪い。

 さすがに帝国屈指の貴族ヘルクスハイマー家、脱出艇といえども普通のものよりよほど金がかかった立派なものだ。それなのに狭くなったのは豪華過ぎるドレスと山ほどある荷物のせいではないかとカールセンは思ったが、ここは丁重な言葉で返した。

 

「ヘルクスハイマー家の方ですか。ご安心下さい。自由惑星同盟に亡命希望ということは聞いています。その亡命は受理されていますので、先ずはこちらの戦艦に移乗下さい。艦内での行動の自由は保証します。ではこれより首都星ハイネセンまで航行を開始します」

「そちは平民じゃろう。言葉の使い方がまるでなっておらぬぞ。敬意が感じられぬ」

 

 カールセンは驚いた!

 少女の返事は救助してくれた感謝どころか居丈高としか言いようがない。

 自分としてはかなり気を使った物の言い方だったのだ。それをいきなり否定されるとは。

 

 この少女の隣には帝国軍の軍服を着た従者らしいものが控えている。

 無言ではあるが目はこちらに必死で訴えていた。「こういうものなのです。ご容赦下さい。」

 帝国貴族とはそんなものなのか。たかが十歳程度の娘でも尊大だ。

 カールセンは心で溜息をつきながら、しかしいっそう丁寧な言い方を心掛けた。

 

「お嬢様に置かれましてはごゆるりとお過ごし下さいませ。この艦で一番上等な部屋をご用意いたしますので。旅が快適になりますよう私共一同、そろって努力いたしたく存じます。途中、何なりとお申しつけ頂ければ」

「そんなこと当たり前じゃ。いちいち言うでない。それより早う案内せよ。ベンドリング、荷物を持ってまいれ」

 

 

 

 このときカールセンの部下の少なくとも半数が駆け出して行った!

 手近な物陰かあるいは別通路に入り込む。そこで大笑いをするためだ。

 日頃謹厳実直な艦隊司令官が、取って付けたような丁寧語で子供の機嫌を取っている。

 まるで出来損ないのメイドのような珍妙な言葉だ。

 これは笑わないではいられない。物陰に到達する前に笑い声を隠しきれない者までいた。

 

 カールセンもそんな部下の気持ちはよく分かる。

 元々カールセンは部下には寛容な苦労人であった。

 

 しかし、後で部下の数人が周りにウケを狙って、「全艦主砲、お撃ちになって下さいませ」「シールド展開して頂かないとわたくし困りますわ」などと言っているのを偶然聞いてしまった際には、遠慮なくぶちのめした。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第二十話 内患

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