疲れも知らず   作:おゆ

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第十三話 483年 2月 帝国の手

 

 

 これを聞いてしまえばルッツは驚く他ない。

 

「それは本当のことですか? 全く経験もないのに決闘の代理人になるとはにわかに信じがたいことです。命の危険があるのですよ? 火薬式銃というものは、素人が簡単に使えるものではなく、ブラスターとは違います。その話が本当なら無謀としか言いようがない」

「本当のことですから仕方ありません。だからお願いしているのです。教えてあげるのはほんの基本からで結構です」

 

 ルッツ少佐は納得してくれたようだ。いや、納得というよりも、経験なしで決闘の代理人になるという尋常ではない無鉄砲さに圧倒されたのだ。

 よく聞くと義侠心から買って出たというこれまた凄い動機だった。

 

「話は分かりましたが、どうしてここにその本人がいないのです?」

 

 これにはエカテリーナも困った。痛いところを突かれてしまった。

 

「その本人はまだ幼年学校を卒業したばかりの若さで、何と言いましょうか自分に対する万能感を過剰に持っているのです。決闘も気力で何とかなると思っているのでしょう。更なるお願いですが、私がお膳立てしたことは本人には決して言わないで欲しいのです。たまたま、偶然教えることになってしまったという流れにして頂いて」

 

 これはさすがにルッツには理解し難い。本人から頼むのが筋というものだ。

 けれど結局は引き受けた。

 それは頼んでいるエカテリーナも充分に幼いのにそんな分析をしているのが不思議に思われたからだ。エカテリーナだって決闘代理人になる者と同じくらいの年のはずなのに。

 

 

 

 エカテリーナの頼んだ通り、ルッツは下手な演技までやってくれた。ラインハルトたちが練習しているところへ偶然に出会い、火薬式銃の使い方を教えることに流れにもっていけたようだ。

 物陰からエカテリーナがその様子を見る。

 

 ラインハルトは覚えたての火薬式銃に夢中になっていた。

 

 よく考えたらたまたま火薬式銃に詳しい人間が通りがかるのはおかしいのだが。

 そんな偶然があるものか。

 ラインハルトはそこまで気が回っていないが、一緒にいるキルヒアイスは不思議そうだった。

 しかしこれで結果的には様になりそうだった。

 久しぶりに見るラインハルトとキルヒアイスはなんだか少し逞しくなり、特にキルヒアイスはまた背が伸びたのではないだろうか。

 時間が過ぎ、夕陽に近くなった。

 金髪も赤毛も逆光の中ではいっそう美しい。

 

 ルッツはルッツでこの金髪の少年が想像以上に利発で飲み込みが早いことを知る。アドバイスを着実に自分のものにしていくのだ。

 基本は教えた。決闘の相手が手練れであっても、とりあえず最小限の怪我で済ます方法くらいは伝授できたろう。

 

「最後に見本を見せておく」

 

 ルッツは銃を四度続けざまに撃ったがどれもが的の中心を射抜いた。

 少年たちが感嘆する中、ルッツは更に練習するように言い残し少年たちを後にする。

 

 

 後はルッツと依頼主のエカテリーナとの話だ。

 

「ありがとうございます。私も見ていましたが的確なアドバイスだったように思います」

「いや、本当に基本を言っただけです。あの少年がきちんと意味を理解し、ためらわず実践しただけのこと。たいしたことをしたわけではありません」

 

 ルッツの謙遜と、ラインハルトが褒められたことの両方が嬉しい。

 

「いろいろな意味で先行きの楽しみな二人なんですのよ。ここで死なせるわけにいきません」

「私も彼らの先が楽しみになってきました。軍にいればまた会うこともあるでしょう」

 

 ルッツに予見できるはずはなかった。

 あの少年二人が自分の運命どころか宇宙の運命さえ変えてしまうとは。

 

 

 

 

 決闘の当日、エカテリーナはその場に行っていない。心配だが自分が行ってどうなるものでもない。

 

 シャフハウゼン子爵夫人は当事者として、ヴェストパーレ男爵夫人は決闘代理人の証人として行かざるを得ない。正直誰もそんな血生臭い決闘を見たくはないのだが。

 決闘の模様がどうだったか、エカテリーナは男爵夫人から聞くことにしようと思っていた。

 しかしそれを別の人物の口から聞くことになる。

 

「どちらも第一撃は外したんです。第二撃は相手の決闘代理人の肩に、こちらも腕に当てられました」

「腕に当たった! ヒルダ、ではラインハルト様は腕に怪我をして! だけど死んだわけではないのね」

 

 その者とはヒルデガルト・フォン・マリーンドルフ、むろんエカテリーナの友人だ。

 ヴェストパーレ男爵夫人が女学校の生徒であるヒルダを伴っていた。そうなったいきさつまで聞いていないが、おそらく決闘の話を耳にしたヒルダの方から付いていきたがったのだろう。

 

「でもそれが問題なんです! 自分をかばっていた腕を撃たれた、つまりかばってなければ心臓の辺りに命中して死んでいたかもしれません。決闘ではルール上やってはいけないことです。名の知れた決闘代理人であればするはずありません。銃の後ですぐ剣を持ち出したりするのも変でした」

 

 まあその詮索も大事だが、ラインハルトが死んだりしていなければいい。

 とりあえずエカテリーナは安堵した。

 

 結局のところ決闘そのものが皇帝の仲裁によって無理やり終わったこと、おそらく姉アンネローゼの働きかけがあったことなどをヒルダは続けて話しているが、エカテリーナはうわの空で聞いている。

 決闘の勝ち負け自体に興味はない。まして事の原因となったシャフハウゼン子爵夫人の持つ鉱山利権などどうでもいい。

 

 一方、ヒルダの方は決闘を直に見れて興奮している。

 そして自分と一歳しか違わない少年がそれを行なったことに驚いている。豪華な金髪を持ち、決して気持ちの上で負けなかった少年、その印象が強く焼き付いた。

 

 

 

 ヒルダの話を聞き終わり、エカテリーナはやっと考えた。

 

「しかし殺すつもりの決闘をしかけたとはおかしなことだわ。いえ、それが本当の狙いだったとしたら。何か裏があるのかもしれない」

 

 考えているだけでは意味がない。自分の持つ力で調査を厳命した。

 しかしそれはちっとも進まなかった! 通常の調査では強固な壁に阻まれて無理である。

 フェザーンの力を使うといっても警察ではないのだ。

 金の力で買収して吐かせるには限界があり、そしてもう一つ時期が悪い。自治領主が代替わりしたばかりでまだ充分に情報網を構築できていない。

 エカテリーナもまさかラインハルトの姉アンネローゼに対するベーネミュンデ侯爵夫人の嫉妬が原因だとは思いつかなかった。本人は真面目かもしれないが、そんな下らない嫉妬の矛先が向いただけだったのだ。

 

 

 

 

 

 しかし銀河の策謀は攻めもあれば守りもある。

 

 実に真理である。フェザーンの側ばかり策謀を巡らすわけではない。密かにフェザーンに対し計画が発動していた。ついに銀河でも最大級の陰謀家が牙を剥いたのだ。

 

 銀河帝国国務尚書リヒテンラーデ侯は秘蔵の姪っ子を呼び出した。

 正確に言えば、リヒテンラーデ侯の姉の子の、更にその子だ。25歳になる。

 

 妙齢ともいえる年の貴族令嬢なのだが…… 見かけも中身も特異な者である。

 髪を乱雑に放置しているだけで驚きだ。貴族令嬢ならたっぶり一日一時間は髪を整えるためだけに費やしてもおかしくないのに。

 見た目に気を使わないことは一目で分かる。

 

 しかし、その中身もまた貴族らしからぬ怜悧な切れ者だった。

 まさにその才によってリヒテンラーデも惚れ込んでいる。

 

 もう一つの特徴がある。彼女はリヒテンラーデ一族に連なる名門の生まれでありながら、見た目の噂どころかほとんど知られてもいない。なぜなら本人は社交界に全く興味がなく、出たこともないからだ。

 それが何よりリヒテンラーデ侯に好都合なことだ!

 隠匿すべき仕事を任せるには。

 

「エルフリーデよ。一つ仕事を頼みたいのじゃが。フェザーンの新しい自治領主は警戒すべき人物と見た。これを探る工作員を早急に見繕い入れようと思う。できれば隙をみて陥れられたらなおよい」

「ふうん、大おじさま、それで私にフェザーンへ行ってやってこいと?」

「いや、懐に入って動くのはふさわしい工作員を選べばよい。それを適切に操作して指示を出せばいいじゃろう。使えそうな人物については社会秩序維持局のラングめに候補を出させてある。頼むぞエルフリーデ」

 

 

 その恐るべき女エルフリーデ・フォン・コールラウシュは了承し、さっそく動き出す。

 手始めに尖兵となって働かせるべき工作員候補に会った。

 

 それは妖艶な女性であり、何と行政府内務省地下の拘置室に閉じ込められていたではないか!

 

「ふふん、牢にいると珍しい幻影が見えるねえ。貴族夫人が面会に来る、みたいな」

 

 エルフリーデがそこに赴くと、候補となる女はいきなり皮肉めいた言葉を投げつけてよこす。

 見たところ顔は整っていて美しく、赤みがかった長い髪も綺麗だ。

 しかし斜に構えた性格が滲み出ている。牢獄の生活で根性が歪んでしまったのだろうか。

 

 ここまでエルフリーデと一緒に来た人物が女に声をかける。

 

「言葉に気を付けた方がよいぞ。ドミニク・サン・ピエール、牢から出られるチャンスがあるというのだから」

「ふん、秩序維持局の親玉が自ら来るとは、よっぽど大事な用があるんだろ。それくらい分かる頭は持ってるつもりだよ」

 

 社会秩序維持局ラング局長は仕方がないといった顔でエルフリーデの方を向いた。

 このドミニクという女を紹介した以上説明の義務がある。

 

「お嬢様、紹介して言うのもなんですが、この者はどうも躾がなってないようで。まあ見た通り工作員ができるくらいの気の強さは保証致しますが」

「この女はどうして社会秩序維持局の牢に?」

「恋人が共和主義者どものリーダーなので。見せしめのためにも捕まえたこの女を牢から出すわけにはいかんのですな。無言の圧力になる」

「なるほど。この女に罪がなくとも……」

 

「それはこの場合関係ありませんですなあ。むしろ共和主義という社会よりも個人を大事にするとかいう発想のグループが、この女を犠牲にしていることが滑稽という他ありますまい」

 

 自分のことを棚に上げてラング局長が共和主義者を揶揄している。

 しかしエルフリーデは納得した。

 この女はあらゆる意味で工作員候補にふさわしい。そう勘が告げている。

 

 

「ドミニク・サン・ピエール、牢から出たいと思うか。私の言うことを聞き、素直に従うのなら牢から出し、そして恋人の追及に手心を加えると約束する」

 

 エルフリーデはこのたった一人を選び、共にフェザーンへ向かった。

 

 フェザーンを探り、その弱みを見つけ、中枢であるルビンスキー家を倒すために。

 

 

 




 
 
次回予告 第十四話 諦観の女

危うし、ルビンスキー家!

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