疲れも知らず   作:おゆ

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第百三十二話 490年 7月 下準備

 

 

 今、ケンプ艦隊はポレヴィト会戦以来の本格的な艦隊戦に臨もうとしている。

 

 ケンプはラインハルトの命により、マル・アデッタ星域からフェザーン方向に向かいつつある。ここまでゲリラ戦を受けることもなく、航路上に邪魔なものはなかった。そのために早いペースでフェザーン回廊近辺まで戻ってこれている。

 しかし今、索敵からの急報を受けたのだ。

 

「索敵ブイから信号あり! 艦隊発見! 識別信号ありません、敵です! 当艦隊に向けゆっくり接近しつつある模様」

「そうか、敵もかくれんぼに飽きてようやく出てくる気になったか」

 

 ケンプは今旗艦ヨーツンヘイムの艦橋に立っている。

 そして闘志をたぎらせ、望むところという不敵な表情を保っているのだ。

 正直ケンプにとってはちまちまとゲリラ戦や妨害行動をされる方がよほどイライラすることで、正面からの艦隊決戦なら喜んで受けて立とうと考えている。

 

「詳細判明、やはりあれはフェザーン艦隊です! 艦艇総数約一万四千から五千隻」

「なるほど、我が方は一万三千隻、数の上ではやや不利か。しかしながら兵の錬度を考えれば明らかに我が方の優勢である。特に艦載機の質や量は上回る。それを活かせる状況に持ち込むのが勝利への早道だ。よし、先ずは向こうの出方を見極めながら、近接戦闘にするタイミングを計る」

 

 ケンプも将としての器がある。素早く計算しながら、各種の戦術パターンを考える。

 もちろん得意な艦載機戦にしたいのは山々だが、そうもいかない場合のことも考えなくてはいけない。

 

「戦闘配備完了シグナル、全艦隊確認!」

「そのまま待機、敵艦隊から目を離すな。接触予想時間など目安に過ぎんと思え。それと索敵ブイは惜しまず全方向へ飛ばしておけ」

 

 ケンプ艦隊旗艦ヨーツンハイムの艦橋が緊張する。

 

「敵艦隊進路そのまま! あと15分でイエローゾーン突入!」

 

 

 

 一方、こちらは対するフェザーン艦隊のミュラーである。

 ここで若干の誤算がある。

 本当ならもう一つのフェザーン艦隊の帰還を待ち、二個艦隊でこのケンプ艦隊を叩くつもりであった。その方が圧倒的に勝算が高い。

 しかしながら待っていても帰還してくることがない。そのためミュラーは自分の持つ一個艦隊でケンプ艦隊と対峙せざるを得なくなってしまった。これ以上引き延ばせば、ケンプ艦隊はフェザーン回廊に入ってしまい、現在フェザーンに駐留しているロイエンタールの艦隊と一体化してしまう。それではフェザーンの意図する各個撃破が成らなくなってしまうのだ。

 それにフェザーン回廊付近の微小航路に隠れているエカテリーナの身も危険に晒される。

 

 これ以上は待てない。

 このポイントでケンプ艦隊を叩くと決めたミュラーはさっさとオルラウに伝える。

 

「オルラウ准将、相手のケンプ艦隊は艦載機を使った近接戦闘を考えているはず。前面に駆逐艦を並べ、全体として凹形陣を形成して対処を」

「直ちに、ミュラー提督」

 

 そう答えながら、オルラウは内心ミュラーのことを不思議な人だな、と思っている。

 やはりフェザーン艦隊を任されていることで遠慮が抜けないのだろう、言葉使いは司令官としては丁寧過ぎるくらいだ。しかし、やろうとしていることは途轍もなく豪胆ではないか。ほとんど同数の帝国艦隊相手に仕掛け、むろん勝つ気でいる。

 

 

 

 そして艦隊戦の序盤は静かなものになる。

 

 二つの艦隊は距離を保ちながら通常通りの砲戦を展開する。時間が経つにつれ、はっきりと帝国軍が押す展開になってきた。

 

「よし、敵は思った通り弱兵だ。ここから艦載機で叩き、勝利を決定付けてやる」

 

 ケンプはやはり得意の艦載機戦で勝ち切るつもりであり、一斉発艦を命じた。

 だがそれがフェザーン艦隊に取り付く前に、熾烈な対空砲火を浴びせかけられようとするのが分かった。そのまま艦載機を行かせるには危険なほどの密度である。

 

「む、全機いったん後退しろッ!! この対空砲火ではまずい!」

 

 ケンプは諦め、間一髪で引き返させた。その判断もさすがである。そしてこんな密度の高い対空砲火を作れるのには原因があるはず、と思って見ると、それは簡単な理屈だった。

 フェザーン艦隊は前面に駆逐艦を多く置いている。通常なら防御の弱い駆逐艦を砲戦の矢面には使わないはずなのに。

 その配備と弾幕を作るのに適する凹形陣とが相まってこれほどの対空砲火になっていたのだ。

 それが逆に砲戦で弱く、引き気味に戦っていた理由でもある。

 

「あやうく敵の策に陥るところだった。こちらの艦載機をそれほど恐れているとは光栄とでもいうべきか。だったら作戦を切り替え、戦艦を中心に押しまくって勝つ。突撃の用意だ!」

 

 ケンプは艦載機戦にこだわることなく、敵の裏をかくことにした。

 大型艦で突入攻勢をかけ、敵の小型の駆逐艦など蹂躙し、決着をつけるのだ。

 

 

 帝国艦隊は大型艦を中心に密集隊形を取り、一気に突進していく。

 それは見事に脆弱なフェザーン艦隊を破り、成功しつつあるように見えた。

 だがおかしなことにフェザーン艦隊に慌てた様子はない。しかも戦果と損害をあらわすメーターがおかしい。

 こんなはずがあろうか。

 どちらかというと攻勢に出ている帝国艦隊の方に損害が多いではないか。

 

 

 

「帝国艦隊はかかった! このまま間断なく撃ちかけて消耗させる。そして駆逐艦は急進し、向こうの空母を探索しつつ砲撃!」

 

 ミュラーもいつまでも丁寧語ではいられない。

 今が艦隊戦の分水嶺だ。

 ケンプ艦隊をうまく引っ掛け、突入させた。しかもわざと隙をみせることでその場所さえも誘導している。その突進の破壊力をいなしつつ、徐々に削ぎ取りにかかる。これは言う程簡単なものではないが、ミュラーはそれを粘り強くやっていく。

 防御陣を巧みに斜め方向に配置し、撃ち崩されないまま圧迫だけを加える。そうして行動を制約したところで狙い撃つのだ。

 こういった守りと適切な逆撃こそミュラーの持ち味であるし、本人もそう自覚している。

 

 同時にミュラーは会戦を決定付ける手を打つ。

 それはケンプ艦隊の空母を叩く動きを見せることだった。

 空母は比較的鈍足であり、通常は突入攻勢に用いられない。だから帝国軍は後方に空母をまとめて置き、守備しているはずなのである。そこへ向かって駆逐艦の列を向かわせる。

 

 

「空母群が襲撃を受けつつあり、至急来援を乞う、との通信あり!」

「何だと! そこを狙ってきたのか!?」

 

 これにはケンプも慌てざるを得ない。せっかく突入を成功させ、敵フェザーン艦隊の中核を叩いて瓦解させようと考えていたのに、その前に虎の子の空母を叩かれようとしている。

 もちろん空母から急いで艦載機を出させる連絡を取るが一歩遅かった。最も砲撃に脆い空母が先に射程距離へ捉えられてしまう。

 

「くそっ、艦載機をさっさと離艦させて敵の駆逐艦を叩け! そして止むを得ん、この本隊は戻るぞ」

 

 ケンプはこの突入した艦隊を戻らせるなど悪手だと知っていた。せめて敵中を突き抜けてから大きく曲がって戻るべきなのだ。

 しかし今は止むを得ない。その前に空母を壊滅させられたら、離艦させた艦載機でさえ戻る場所を失い、丸ごと失われる。

 そんな事態は大事に艦載機乗りたちを育ててきたケンプに耐えられない。

 

 

「今だ! 回頭する帝国艦隊を後背から叩け!」

 

 こちらはミュラーであり、ケンプ艦隊の突入を見事に後退へ追い込んだばかりか絶対優位の態勢を作り出した。

 ケンプの強みである艦載機を逆に守るべき弱みへと変える作戦が効を奏したのだ。

 

 艦隊戦ははっきりとフェザーン側に傾いた。

 尚も食らいつき、ケンプ艦隊を混乱に追い込む。簡単には立て直しを許さない。

 ついに逆転を諦めてケンプは大きく後退する。

 

 

 

 会戦はフェザーン艦隊が勝利した。

 こうしてケンプ艦隊は補給路の保全を成し得ず、四千隻もの損害を被って撤退に転じる。

 

 しかもここで戦略的に重大な誤りを犯している。

 

 敗けてどんなに数を減らそうと、遮二無二フェザーン回廊に入り、フェザーンを押さえているロイエンタールの方へ向かうべきだった。しかしケンプは単純に戻ってしまっている。その方が安全なのと、ラインハルトの帝国軍本営がガンダルヴァ星系ウルヴァシーにある以上、そこへ合流するのが自然と考えたからである。

 まさか補給路の寸断をしてきたフェザーン艦隊が、それが最終目的ではなくフェザーンを狙っているものだとは想像することもできなかったのだ。

 

 対するミュラーの方は胸をなでおろす。

 もしも帝国艦隊がフェザーンへ向かうのなら死闘を継続し、損害は莫大なものになっただろう。フェザーン艦隊も突入をいなすために無傷とはいかず、ここまでで千五百隻は失っている。これ以上の損失は避けたいところだった。なぜなら艦数が減ってもフェザーン艦隊に当面補充は見込めない。それは修理を終えてプールしていた艦を全てガンダルヴァ会戦時に同盟へ供出してしまっているからだ。

 

「ケンプ提督は無能な将ではないが、大局的なことを考えられないらしくて助かった。これで本艦隊は一つの目的を達成し、続いてフェザーンへ向かう」

 

 

 ともあれ、これでフェザーン駐留帝国艦隊とケンプ艦隊による挟撃の可能性を排除したのだ。

 

 後はフェザーン奪還に向けてひた走る。

 

 

 

 

 




 
 
次回予告 第百三十三話 遺したいもの


最後に華を、アドリアン・ルビンスキー!

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