疲れも知らず   作:おゆ

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第百二十六話 490年 5月 作戦継続

 

 

 ワーレンとルッツ、二人は迷わず機雷原を迂回し、それぞれ別方向から同盟艦隊へ迫る。

 それに対し同盟艦隊は基本的に撤退にかかっている。だが単なる敗走ではなく隙があれば仕掛けるのを忘れない。

 

「全艦隊、これより撤退戦を行うが、帝国軍に少しでも傷を負わせるのがこの艦隊の任務である。同盟を守るため、この宇宙から消さないため、是が非でも任務を達成する。帝国艦を撃沈までしなくともいい。だが少しでも損傷を増やし、ハイネセン攻略を断念させるのだ。正直に言う。最後尾の負担はこの際甘受する。皆、とても済まない」

 

 クブルスリーはそう告げた。

 戦いは勝てない。せめてもの抵抗だけを命じているが、むろんそれは帝国軍に劣らない損害を受けることを前提としている。これから撃沈も戦死も増える一方だろう。

 だが、この正直な言葉によって同盟艦の士気は高まる。

 愛国心は健在なのだ。

 遁走どころか我先にと最後尾に名乗りを上げる。

 

「こちらミサイル巡航艦サマルカンド、ミサイル半数残存!」

「こちら戦艦クライペダ、我が艦に損傷なく、任務に支障なし!」

 

 そこに悲愴感はなく、あるのは民主主義の誇りと同盟を守る強い意志である。

 

 

「本部長、私が最後尾の指揮を務めましょう」

「グリーンヒル君、君の覚悟は分かるが……」

「ビューフォート准将、カールセン少将の分艦隊は帝国軍の輸送艦を狙うのに使うべきです。であれば最後尾の任務、私が適切でしょう」

「そうか、そうだな。だが死ぬなよ。君は娘さんの花嫁姿を見るまで生きる義務がある」

「娘は、強くなりました。ヤン・ウェンリーのおかげかもしれません」

 

 そうこうするうちにワーレン艦隊が先に同盟艦隊へ襲い掛かってきた。さすがの指揮であり、しかも数の違いはどうにもならない。見る間に同盟側が不利になっていく。

 そんな中において、グリーンヒル大将は味方を逃がしながら帝国に手傷を追わせようと奮戦する。逆撃を仕掛けたり、あるいは仕掛けるフェイントを織り交ぜて奮闘する。急造の第一艦隊の弱点をカバーしつつ任務を達成しようとする辺りはさすがだ。

 いったんは凌ぎ切った。もう同盟艦は全体で残り八千隻を割り込んでいる。

 だが、そんな満身創痍の状態で今度はルッツ艦隊が迫ってきた。

 

 

 

「艦隊も寄せ集めだろうが、艦ごとに見てさえ防御も攻撃も弱い。脆いな。老朽艦か何かなんだろう。だがこうなってもうろたえず、逃げるどころか立ち向かってくる精神力は敵ながら褒めてやりたいくらいだ。更に運用においては見るべきものがある。特に最後尾の艦隊は指揮が上手いな。見事といっていい」

 

 ルッツがそう感想を漏らした。その通り、同盟艦隊は更に数を減らしながらも決定的に崩れることはなく、執拗に応戦してくるのだ。

 これに手こずりルッツは瓦解までさせられず、その前に撤退されてしまった。

 

 それは実のところビューフォート准将が命と引き換えに帝国艦隊の輸送艦に多大な被害を与えたからである。

 

「よし、見えた! あれが帝国の物資輸送艦だろう。突入する!」

 

 帝国艦隊は物資の重要性を理解している。ワーレンもルッツもそんなことを軽視して目先の勝利を追い求めるような将ではない。護衛は充分に付けたつもりだ。

 ただし艦隊戦に入って機動力を行使するようになれば多少護衛が薄くなるのは仕方がない。この場合は機雷原を早く迂回することに気を取られ、艦列が伸びてしまっている。

 

「皆、ここが最後の奉公だ。民主主義万歳! 同盟万歳!」

 

 ビューフォート准将はそこを狙った。帝国側の護衛を気迫において上回った。突撃し、輸送艦の列にありったけの弾薬をぶちまけることができた。

 

 ビューフォートはその後反撃に遭って生還することはなかった。

 ここに、地味ではあるが己の使命を全うしようとする勇士が消えた。

 

 引き換えに帝国輸送艦の半数近くが失われた。

 それを知るとワーレンもルッツも戦いを手仕舞いにする。どのみち相手を全滅させる必要はないのだ。追い散らし、この宙域を突破できればそれでいい。それよりも物資の方が重要である。

 帝国艦隊が攻勢を止め、コンパクトにまとまり出すのを見て取ると、同盟艦隊も一気に戦場を後にする。

 

 

 

 シヴァ星域会戦はそれで終わりを告げた。

 

「敵は必死だった。少ない戦力でこちらを傷つける戦術に徹したのだ」

「してやられたわ。確かにこちらは撃沈こそ少ないが損傷は結構な数になる。しかも物資の半分が失われたとは」

 

 ワーレンもルッツもとうてい艦隊戦で勝利した雰囲気ではない。

 事実、どちらかというと帝国軍の方に徒労感が大きい。

 

 

 

 逆に同盟ではクブルスリーとグリーンヒルが安堵の溜息をついている。ドワイト・グリーンヒルは奮戦のため乗艦が大破したが、辛くも離脱に成功していたのだ。

 

「グリーンヒル君、ご苦労。これで向こうに手傷は負わせた。概算だが艦の損傷と補給物資の損失、これを考え併せると希望的観測だが帝国軍の半数は足止めできたろう」

「欲を言えばもっと損傷を増やしたかったことろです。しかし、これでハイネセンは救われるでしょうか」

「そう、ハイネセンにはアルテミスの首飾りがある。帝国軍もその情報は掴んでいたので、指向性ゼッフル粒子を用意してきたのだろうが、対抗できることは証明された通りだ。アルテミスの首飾りが有効なら、その防御力は艦艇一万隻、いや一万五千隻でも阻止できる。その数まで帝国軍が減っていればハイネセンは攻略されない。ようやく防衛戦の光明が見えてきた」

 

「本部長、それでこそシヴァで仕掛けた甲斐があったというものです。この艦隊も尋常でない損害を被り、ビューフォート准将も失われました。訓練も充分でないまま戦った兵たちは、力量はともかくその意気においては誇るべきものでした。多くの人間が命尽きるまで同盟のため精一杯戦ったのです」

「グリーンヒル君、少なくとも生き残った者がそれに意味を持たせ、語り継がねばな」

 

 同盟第一艦隊は過半数に当たる七千隻もの艦を失っている。

 元からの第一艦隊所属の艦は練度が低くなかったのでそこまで撃沈されていない。ところが他の急造である艦の多数が失われた。

 つまり、この戦いのためにかき集められた巡視艇、警備艇に甚大な被害を被ったのだ。もちろん乗員も死んでいる。

 

 そんな星系単位のローカル警備艇には同盟軍を退役してから入った者が多い。

 むろん定年を迎えた老兵が、やはり宇宙の仕事を求めて入った場合もある。だが一番多いのはこれまでの艦隊戦で負傷した者が入っているパターンである。

 同盟軍は前線での負傷兵に対し、当たり前だが放り出すことはせず、後方勤務に移るという道を用意している。名誉の負傷なのだ。それに応えるのは当然である。

 だがずっと戦闘艦乗りでやってきた者にはそれなりの矜持がある。後方勤務で良しとはならない。それより退役してまた宇宙に戻り、星系警備に移ることを選ぶ。正規の同盟軍よりも星系警備は傷病に対する基準が緩いからだ。力仕事はできなくとも、経験と勘を生かして貢献するために。

 

 それらの者たちは今回の戦いに加わるに当たって意気軒高だ。

 誰もが恐れるどころか戦いに高揚している。帝国と戦い、もう一花咲かせる機会を与えられた。

 警備艇自体が本格的な艦隊戦に耐えられないものであっても、嘘の申告をしてまでこの戦いに参加してきた。中にはシールドのジェネレーターが最初から壊れているものまであったという話だ。

 

「死に損ないが役に立てるとは。帝国艦隊とまた戦えるなんて最高だな!」

「俺は第十二艦隊の生き残りだ。女性兵の護衛で残ってしまった。ここでやらなきゃボロディン提督に合わせる顔がない」

 

 それは相手となる帝国軍が精強で数が多いと知っていても変わらない。

 同盟側が寄せ集めで最初から敗色濃厚と分かっていても動ずることはない。小艦隊で大艦隊に挑み、損害を与えようとするのは始める前から大変な重圧がかかる。

 だがそれをものともせず、それら無名の元傷病兵たちは文字通り残された命の限りを尽くすのだ。

 

 

 最後は自分の信ずるもののため、見事に散っていった。今度こそ命を使い果たした。

 

 愛した人、愛した国家、愛した信条、それを守る心が何にも勝ったのだ。

 グリーンヒル大将が言ったのはそれらの者たちへの哀悼である。

 

 それこそが同盟の底力である。

 彼らの尊い犠牲は無駄に終わっていない。

 首都星ハイネセンにあるアルテミスの首飾り、それで食い止められる程度にまで帝国艦隊へ傷を負わせたつもりだ。

 

 

 

 

 会戦終了後、ワーレンとルッツはオーベルシュタインの自室に赴く。

 もちろん艦隊戦の報告をするためだ。

 二人とも気が重い。

 むろん戦いには勝った。しかしこれは戦力を考えたら当たり前だ。しかし損傷艦を予想以上に出し、補給物資も多く失われた。一言でいえば不味い戦いをしてしまったのだ。もちろん二人はごまかすつもりは微塵もなく、そのため正直に報告する。

 

「オーベルシュタイン司令官代理、敵の妨害を跳ね除け、甚大な被害を与えつつ星域を突破しました。しかしながらこちらも少なくない損害を被ってしまい、言い訳もできません。撃沈こそ二千隻にとどまったものの、損傷艦は一万五千隻にも及びます。応急修理で作戦継続可能なものはせいぜいその半数程度でしょう。加えて輸送艦もほぼ半数が失われ、回収可能分を考えても補給物資の四割は失われたことになります」

「ワーレンの言う通り。敵は犠牲を厭わず足止めにかかりました。うまく乗せられ損害を増やしたことはこの身に責があります」

 

 だがオーベルシュタインはそれに対しても無表情のままだ。

 報告された損害に対し激昂することもなく、逆にねぎらうこともない。

 

「報告は分かった。卿ら二人は特筆すべきことはないが順当に戦いを行なったということになる。敵には後がなく、奮戦も当たり前である。しかし卿らの実力もまた本物であった。結果は期待以上でも以下でもなく完全に予想の範囲内である。その意味では満足している」

「司令官代理、我らの実力についてそう仰っていただけるのはありがたく思いますが、手痛い損害を被ったのは事実、こうなった上は新たに方針を定めませんと……」

 

 ルッツやワーレンは知っている。敵首都星ハイネセンまでもう少し道のりがある。

 この残存艦数では正直不安だ。

 新たに方針というのは、援軍を要請するか、あるいは後退するかの話である。

 

「卿らの考えは理解するが、方針についてはいささかも変更はない。もう一度言うが戦いの結果は予想の範囲内である。艦艇数についてもここから先の作戦行動に使える物は計算すると約二万隻という報告ではあるが、無理をせず損傷した艦は全て置いていく。一万四千隻まで絞り込むとしよう。これによって補給物資の損害に見合った数になり、実に都合がよい」

 

 

 この返答には驚かざるを得ない!

 むろん、作戦中止と確信していたわけではない。だが、オーベルシュタイン司令官代理は何の躊躇もなく平然と継続を明言したのだ。

 ワーレンは慌てて疑問を投げかける。

 

「司令官代理、一万四千隻で遂行すると仰られるのか! 敵首都星攻略をその数で成すと」

 

 ルッツはもっと具体的に深刻さを指摘する。

 

「今回の戦いで指向性ゼッフル粒子が使えないことが判明してしまった。悔しいが向こうには対抗兵器がある。必然的に敵首都星の防衛要塞を排除できないということだ。一万四千の艦隊では、もう攻略は困難と言わざるをえん」

 

 

「私は卿らの功績の中で最たるものを指摘するのを忘れていたようだ。敵が指向性ゼッフル粒子への対抗手段を持っていると判明したことは大きな収穫である。この時点で分かったことは非常に助けになる」

「ならばどうして! 司令官代理! 我らの功績などどうでもいいことです。それよりも防衛要塞の排除が不可能になっても作戦継続とはどういうことか、その根拠をお示し頂きたい!」

 

 オーベルシュタインは二人が詰め寄っても表情を変えず、淡々と言い切る。

 

「卿らはそんなことを心配していたのか。本来敵首都星の攻略に一万四千隻でさえ過剰戦力と言うべきものだ。指向性ゼッフル粒子が使えなくとも何ら差支えは無い」

 

 

 

 




 
 
次回予告 第百二十七話 戒厳令

義眼が光る時、血も凍る作戦が


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