イゼルローン方面から侵攻する帝国軍は、キルヒアイスが一万隻と共に抜けても残りは歩みを止めない。
敵首都星ハイネセン攻略を諦めたわけではなく、キルヒアイスからそれを託されていたからだ。
多少無理なワープを重ねたため、わずかに脱落する艦がある。
それでも総数二万八千隻、これだけあれば攻略は可能だろう。今はオーベルシュタイン大将を司令官代理として、ワーレン中将、ルッツ中将が率いている。
やっとドーリア星域を抜け、シヴァ星域近傍に進みつつあった。
むろんすんなりハイネセンまで行けるとは思っていなかったが、その予想は当たることになる。
シヴァ星域に同盟艦隊が待ち構えているのを探知した。
しかも相当接近されてしまっている。
「やはり、このあたりで仕掛けるのが敵としても最適解と見たのだ。大変合理的といえる」
オーベルシュタインはいつもの通り感情を表わさない。
淡々とした感想を述べるにとどまった。
「敵艦隊総数、約一万三千隻! 我が方の進路上に位置しています。接触予想時間、あと二時間!」
オーベルシュタインはそのオペレーターの声に動じる気配もなく、軽くうなずくだけだ。
その落ち着き払った態度にワーレン、ルッツの方が驚く。今この三人はワーレン艦隊旗艦サラマンドルの艦橋にいる。
「オーベルシュタイン司令官代理! いくら予想された事態とはいえ、落ち着いている場合ではないでしょう! 敵にとってやはり自領、こちらを早くに探知して待ち構えていたのです。もはや接触まで二時間しかないのでは戦術を検討する猶予もない」
「ワーレンの言う通りだ。敵は我が方の半分以下としてもどんな罠を張っているか知れたものではない。首都星防衛のため必死に妨害にかかるはずだ。司令官代理、時間を空費することなく早急にお決め頂きたい。強行突破か、持久戦か、航路変更か、いずれかを」
ワーレンもルッツも無能ではない。事態を正確に把握してそう進言する。ただし元からオーベルシュタインと肌が合わず、口調が丁寧でないのは仕方がない。それを自覚していても戦いが間近い興奮でそうなってしまう。
この二人の声を聞いても、オーベルシュタインの表情に一切変化はない。
まるで表情を変える義務などないと言いたげだ。そして驚くべきことを言う。
「卿らの考えは理解する。ただし小官は艦隊戦について口を出すことはしない。お二方で戦いを進めていい。これは敵の最後の抵抗であり、さほどの戦力ではないと予想するが、それについても卿らの判断に任せるとしよう」
「な、何ですと! 艦隊戦を任せると仰られても」
オーベルシュタインの言葉に、ワーレンは思わず丸投げするのか、と言いかけた。
仮にも司令官代理という立場なのに。
会戦が始まるという事態へあまりに関心が薄すぎる。
「では司令官代理、お言葉通り我らは我らの考えで戦わせてもらう。そう受け取りましたがよろしいですな!」
ルッツはワーレンより少しばかり気が短い。
若干棘のある言い方を残し、憤然とサラマンドルを退去しようとする。自分の乗艦スキールニルに移るためだ。
「二人で戦おう、ワーレン。俺はひとまずスキールニルに戻るぞ」
その姿をオーベルシュタインはもう見てもいない。副官フェルナーを伴い艦橋から出て行こうとしている。
「ではいったん自室に戻って政務の続きを行なっている。時間が惜しい。統治に関して今から考えるべきことはいくらでもある。何か誤解をしているようだが、会戦に関心がないのではなく、卿らの実力を推し量った結果に過ぎない。ワーレン中将、戦いの報告はあまり細かいのは必要ない。終わってから簡潔にお願いする」
一方、ここで迎撃すべく待ち構える同盟艦隊はもう同盟軍として出せる最後の艦隊である。本来ならバーラト星系付近を管区とする第一艦隊だ。文字通りこれが最終戦力となる。
第一艦隊はこれまで外征に出ることはほとんどなかった。だが、他の同盟艦隊が傷つくたびに徐々に戦艦や空母を放出し、残ったのは老朽艦や小型艦ばかりになってしまっている。今ではとても一個艦隊の体裁はない。だがそこへ警備艇や各星系の独自戦力をかき集め、なんとか数ばかりは揃えた。
「では出立する。ドーソン大将、後は頼む。」
「了解しました、クブルスリー本部長。しかし、本部長がわざわざ迎撃に赴かないでもよろしいのでは」
「帝国軍はドーリア星域を通過するところまで来ている。シヴァまで来られたらもう同盟中枢部の玄関口だ。先手を取るという意味でも今仕掛けた方がいい。それにあの宙域は戦いに適している。それとドーソン君、忘れているようだが第一艦隊は私の艦隊だよ。長く連れ添った古女房のようなものだ。私が最後まで付き合わなくてどうする」
クブルスリー本部長はむろん艦隊司令官として前線に赴いている時もあった。その当時は攻勢にも守勢にも強い有能な将と見られていた。ハイネセンの統合作戦本部に異動し、艦隊から離れて久しいのだが、それで能力が錆び付いていることはない。本人も改めて気合いを入れている。
「俺からも頼んだ。ドーソン」
「ドワイト、貴様も行くんだな。無事で帰ってこいなんて無粋なことは言わん。せいぜい派手にやることだ。中年組の頑張りをヤン・ウェンリーなんかの青年組に見せつけてやれ」
「そうだな、そうしてやろう。残りの宿題をそっちに押し付けるのも心苦しいが、そこは仕方がないな。諦めてくれよ」
「喜んで押し付けられてやるさ。元から後方組の俺がやることだ。それにドワイト、士官学校では宿題を写させてもらったのは俺の方だから、そのお返しだ」
湿っぽいことは言わない。ハイネセン防衛のための悲壮な戦いに赴くものであろうと。
男の別れはそれで充分だ。
シャトルはクブルスリー本部長兼艦隊司令官、参謀のグリーンヒル大将の二人を乗せ、ハイネセンから飛び立った。
そしてシヴァ星域会戦が始まる。
この戦いは勝敗というものには意味がなく、お互い戦闘目的を達成するためのものだ。
帝国軍にとっては抵抗を破って進むための戦いになる。
同盟軍にとっては継戦能力を奪って撤退させるための戦いである。
「よし、どうせ向こうは寡兵だ。急戦で一気に破るぞ。ルッツ、平行進撃で突破だ」
「分かったワーレン。では俺は進行方向左翼から行く」
帝国軍ではさすがにワーレンとルッツ、ラインハルトに信任された艦隊司令官として充分な力量を持っている。しかもこの二人は平素から仲が良く、呼吸を合わせて連携を取るのは造作もない。
的確な間合いから砲撃戦を仕掛け、あっという間に優位に立つ。
「敵はずいぶん練度が低いな。一斉砲撃のつもりで撃ってるんだろうが微妙にズレている。照準も甘い」
「ワーレン、そう思ったか。俺もだ。しかも奴ら艦列を整えるのにしょっちゅう微調整をしている。おそらく艦隊の形を成したのは最近のことで、乏しい戦力の寄せ集めなのだろう。我らの目をごまかすことはできんぞ」
同盟艦隊が寄せ集めであることを簡単に看破すると、いっそう攻勢を強める。
それに耐えかねたように同盟艦隊前衛が後退を始めた。崩壊寸前でこらえているような姿だ。
「ビューフォート君は、上手にやってくれているようだね」
「本部長、第一段階はうまくいきそうです。前衛は崩壊寸前と見せかけて後退、帝国軍を予定のポイントまで引っ張ってこれるでしょう」
同盟軍の側では、ビューフォート准将は難しいとされる欺瞞の敗走をやり遂げた。寄せ集めで弱いのは本当のことであり、その意味ではよかったのかもしれない。
ともあれ必殺の罠を張り巡らせた宙域に帝国軍を引きずり込む。
最初に気付いたのはワーレン艦隊旗艦サラマンドルのオペレーターだ。
「あ、前方に機雷原あり!」
「む、そうか、これが奴らの罠か。なるほど正面から当たれば敵わぬと見て、策を巡らせて対抗する気だな。全艦、速度を落とし退避を図れ」
「右翼方向にも機雷原発見! 詳細判明、接触型のようです!」
「何? 敵が機雷原をあちこちに用意するのは分かる。こちらの機動力を封じ、数の差を補うつもりだろう。しかし妙だな。罠ならば艦に寄って来る追尾型を使いそうなものだが。まあいい。ここはいったん退避だ。何も無理に押し渡ることはない」
多少疑問に思うことがないではないが、やることは一つだ。機雷原を避けて艦隊をまとめる。むろんルッツ艦隊も同様に慎重策を取る。
どちらも無理をして将兵の命を軽んずるような愚かな指揮官ではない。
だが、そこへ同盟艦隊から発進した分艦隊がいくつも襲い掛かってきたではないか。しかもそれは機雷源からだ。
「斜め前方から敵小艦隊接近、数およそ千五百!」
「右舷から同様に小艦隊接近中、数およそ千二百!」
「なんだと!? 機雷原の中を敵がやってくるのか?」
ワーレンもルッツも驚く。
現実を認めないわけにはいかないが理屈が分からない。もちろん素早く迎撃態勢を取るが、思わぬ方向から接近されたこともあって損傷を受けた艦は少なくない。
その後も小艦隊が色々な方向からやって来てはしつこく出血を強いてくる。追おうとすると機雷原の中に消えるのだ。そして反撃しようにも帝国軍にはもちろん機雷原が邪魔になる。
まるで正規艦隊のゲリラ戦のようなものである。苛々するような戦いぶりだ。
「グリーンヒル君、反復攻撃も見事だな。特にカールセン少将の動きは特筆に値する。もっと早く艦隊司令級にすべきだった」
「本部長、今となっては遅いのですが、同盟軍が以前から実力主義であれば彼のような人物が埋もれていることはなく、こんなに弱体化はしなかったでしょう。残念です」
だがこんな戦いは続かなかった。
ワーレンもルッツもひとかどの将であり、同盟軍の用いたからくりに気付いた。
「そうか分かったぞルッツ! 奴らが通れるのは、機雷原に一目では分からないような抜け道が隠されてあるのだ。接触しても爆発しない機雷を混ぜ込むことによって。しかもそれは曲がりくねった道なのだろう。あらかじめその道ができるように設計して機雷を置いたのだ」
同盟軍の用いた仕掛けは単純なことだった。
だからといって対処は容易ではない。
「なるほどワーレン。だから敵は勝手に動かない接触型の機雷を使った、ということか」
「そういうことだ。ルッツ。少し考えれば予想できたはずなのだが、このところ勝ち戦が続いて勘が鈍っていたようだ。戦術的にはさほど珍奇とも言えず、過去にいくらも例があるだろうに」
「しかし、その抜け道を解析するのは無理だ。我らにとって機雷は見た目では区別がつかん。それまで奴らがどこから出てくるか分からず、しかも我らがその道を追うことはできない。ここは大きく退いて、改めて迂回するか……」
だが、ここで用いられるべき方法がある。
こんな事態を予期してのものではないが、今使えばとても有効だろう。
「ルッツ、ここはあれを使うべきだろう」
「そうか、あれか! そうすれば一気に機雷原を排除できる。使ってみるか」
ワーレンとルッツは合意し、新たな戦法を取る。
帝国艦隊から特殊な工作艦の群れが出ていった。機雷原の前に到達すると恐るべき仕事を始めていく。
それは大型のゼッフル粒子発生装置だった。しかもゼッフル粒子を移動させられる指向性を付与できるものだ。
帝国軍の特殊兵器、指向性ゼッフル粒子である。
実は敵首都星ハイネセンに防衛要塞群が存在することを既に帝国軍は掴んでいる。そのあらましの性能も把握している。一個艦隊をも寄せ付けないというのは厄介なしろものだ。
それが嘘ではない証拠に、かつてカストロプ家がほぼ同じようなしろもので惑星の守りに使い、凄まじい防衛力を見せていたではないか。
だからこそ防衛要塞群を排除するための方策を用意した。
それがこれである。衛星軌道上に絞ってゼッフル粒子を分布させ、一気に発火させる。そうすれば局所的な高熱で防衛要塞群をきれいさっぱり除去できるだろう。
それを今、ワーレンとルッツは機雷原除去に使おうとしている。
「ゼッフル粒子発生器にエネルギー注入、発生臨界点へ」
「放出確認。誤差範囲内で濃度上昇」
オペレーターの声を聞きながら、ワーレンが指示し、プロセスを進行させる。
「よし、そのまま発生させ続けろ。濃度のチェックを怠るな。所定の濃度に来たら前方へ移動開始だ」
ワーレンはサラマンドルの艦橋から、ルッツもスキールニルから、腕組みをしながらスクリーンを見る。これから予見されることを期待しながら見据えている。
しかし、間もなくオペレーターが驚きの混じった声を叫ぶ。
「ゼッフル粒子、移動しません! 指向性放射器に異常!」
「何だと!?」
帝国軍の工作艦の中にゼッフル粒子発生装置を積んでいる艦がある。それを同盟艦隊でも察知していたのだ。
カールセン少将が呟いた。
「あの時の苦労がここで報われるとはな。あの高慢ちきなチビッ子の世話をした甲斐があった。あのあと俺はしばらくメイド司令官と呼ばれたんだ。今思い出しても腹が立つ」
それは以前同盟領内でヘルクスハイマー伯爵の子女を保護をした時の話だ。カールセンは苦手な子守りを強いられ、絵に描いたような帝国貴族の子女にさんざん振り回されたものだ。
同じような意味で、クブルスリーとグリーンヒルの二人も会話している。
「やはり帝国軍は指向性ゼッフル粒子を持ってきていたか。グリーンヒル君、亡命してきたヘルクスハイマー嬢からの情報が役に立ってよかった」
「それもありますが、我が同盟技術部の頑張りのおかげです。指向性放射器を無力化する装置の開発に間に合いました。」
結局、ゼッフル粒子はちっとも移動せず、ただ無意味に放出されるばかりだ。宇宙で拡散を続けていけば薄くなり、発火すらしない。もちろん機雷原の除去には全く使えない。
ルッツもワーレンも少なからず落胆する。
しかしそれが敵の妨害手段のためと気付くともうこの策に拘ることはない。さっさと諦め、素早く次の行動に出る。
「仕方ないルッツ、一気に機雷原を迂回して奴らを追い詰める」
「よし、それなら二人で時間差を付けながら退路を断ってやるか」
そうと決まればダイナミックな艦隊運動を駆使する。二人はどちらかというと攻勢に強いタイプだ。ゆっくりと後退しつつあった同盟艦隊に追い付くと、即座に食らいつき、確実に打撃を与えていく。
ここからは帝国軍の強さがストレートに現れる。
次回予告 第百二十六話 作戦継続
あくまでハイネセンを狙う帝国軍……