疲れも知らず   作:おゆ

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第百十四話 490年 1月 フェザーン艦隊の戦い

 

 

 なるほどミッターマイヤーの艦隊に損害はあまり出ていない。

 

 フェザーン艦隊の練度は低く、照準が悪いのは本当だろう。だがフェザーン艦隊の陣を破ることもまたできないでいる。攻勢で開けた穴は憎らしいほど素早く塞がれ、隙を見出せない。

 そしてあまりにも合理的に配置を組まれてしまっているのだ。これでは進路を決められないまま拒まれる。

 

 疾風ウォルフ、帝国軍でも攻勢に長けた将であるミッターマイヤーが何と阻まれている。

 

 高速巡航艦隊が得意の突撃しようにもいつのまにか戦艦による壁が直前に立ちはだかっている。さすがに防御力は段違いなため、それ以上進めない。そして戦艦隊はといえば水雷艇にしつこく取りすがられ、回避行動を嫌でも取らざるを得なくなり、進路を乱されてしまう。それらに対処すべき駆逐艦は大口径砲の遠距離砲撃で牽制され思うように動けない始末だ。全ての駒が有効に動けなくされてしまっている。

 

「何だと! こっちがバラバラにされているではないか。いったいどういうことだ!」

 

 自慢の流れるような艦隊運動が封じられる。若干の焦りがミッターマイヤーを襲った。そして認めざるを得ないのだが、この結果は偶然などではない。フェザーン艦隊の指揮官はいまいましいほど有能だ。最初からそれと分かっていれば対処もできたろうに、個々の練度の低さから自分が見誤ってしまったのだ。

 

 このフェザーン艦隊はナイトハルト・ミュラーが指揮をとっていた。

 

「オルラウ准将、裏から右翼に巡航艦隊を回して下さい。そして逆に同型艦を引き抜いていったん休憩を。これで敵には実数以上に固い陣に見せかけられるでしょう」

「直ちに。そしてミュラー提督、敵が断念して回頭を始めた瞬間を狙って叩けるようにミサイル艦を配備、ですな」

「その通りです。なるべく驚かせるよう派手にやって下さい」

 

 ミュラーはこのフェザーン艦隊の練度が低いことなど最初から分かっている。

 だが、それでも大きなところで間違わなければ戦いはできる。むろんあのミッターマイヤー艦隊相手では勝つことは無理だろう。しかし今の目的は撃滅ではなく、ただの時間稼ぎだ。それなら戦いようはあるし、ミュラーはそういった粘り強い守備こそ自分の艦隊戦における持ち味であることを自覚しつつあった。

 

「相手は、あのミッターマイヤー先輩です。士官学校ではとても尊敬していました。いや、今でもです。だからこそみっともないマネはできません」

 

 結果的にミッターマイヤーはミュラーの網に取り込まれたようになる。いったん突破を断念し離脱にかかるが、貴重な時間を使ってしまった。目的である同盟艦隊の掃討をするにはタイミングを逸している。

 そしてこの時までにはフェザーン艦隊の指揮官があの士官学校の後輩、ミュラーであることを知っている。

 

「こんなに強かったのか…… あの優し気なミュラーの奴が。人は見かけによらないということか」

 

 

 

 そして別のところではやはりフェザーン艦隊が帝国艦隊を邪魔していた。

 

「そのまま突っ込め! 帝国軍の黒い艦隊は速いかもしれないが回避行動は苦手だ」

 

 こちらのフェザーン艦隊はアップルトンが指揮をとっていた。

 今こそ自分の存在意義である、帝国軍相手の戦いだ。

 

 アップルトンは練度が低い艦隊でも一直線に進むだけなら難しくないことを分かっている。

 元はといえば同盟軍でも闘将として知られたアップルトン、その得意の突進攻撃をするにはこの艦隊でも差し支えない。

 砲撃の照準も、ただ前に撃てばいいと言われれば簡単だ。そして真っすぐ前方向に撃つなら、必然的に他の艦の砲撃と重なって密度は濃くなる。その熾烈な弾幕は多少の照準の甘さをカバーして敵を打ち破ることができる。

 白銀色の線が幾千となく伸び、あたりの宙域を照らし出す。

 

 アップルトンの艦隊はビッテンフェルトの黒色槍騎兵に横合いから突っ込んだ。いつも自分たちが取っているような戦法を取られて、黒色槍騎兵が戸惑う。

 

「何だこの無様な状態は! 先手を取られるなど我が艦隊の名折れではないか! ええい、とにかく攻撃の手を休めるな。敵の砲撃が届かない艦から反転し、なるべく早く攻撃を加えろ!」

 

 ビッテンフェルトがそういう指示を飛ばす。怯むことを知らない黒色槍騎兵が獰猛さを発揮しようとした。多少の損害などものともせず、やり返そうとする。噛みつかれた竜が首を捻って反撃するようなものだ。

 しかしながらそれは空回りに終わった。

 慣れない曲面行動をしようとした黒色槍騎兵の艦はそれぞれの距離を保つのに気を取られ、思ったほどの速度にならない。今まで直線の突撃ばかりやってきたツケが回って来たのだ。アップルトンが突破して飛び去る方が先になる。

 

「おのれ、小癪なフェザーンの艦隊め。ただで逃がすものか!」

 

 ビッテンフェルトはもはや同盟艦隊の殲滅よりもこのフェザーン艦隊を優先して追撃しようとした。

 

「やはりこっちを追って来たか。戦場を大局的に見ればそんなことをしなくてもいいだろうに。こちらにとっては好都合だが。よし、コナリー少将、手筈通り頼む」

 

 そんなことをアップルトンが言うと、やがていくつかの光芒がきらめいた。

 黒色槍騎兵の中で爆散が起きたのだ。

 何事が起きたか、一瞬分からなかったが、黒色槍騎兵旗艦ケーニヒス・ティーゲルのオペレーターが報告してきた。

 

「ビッテンフェルト提督、これは敵の機雷です! 敵は航行しながら機雷を後方に散布しています!」

「悪辣な! 最初から勝ち逃げする気だったか!」

 

 やむを得ずビッテンフェルトは追撃を断念した。大きく迂回してまで追うことに必然性がないことくらいは分かっている。

 

 結局、ミッターマイヤーとビッテンフェルトは同盟軍の退路を断つことも殲滅もできなかった。

 同盟軍はラインハルトらに追われて必死に逃走していたのだが、辛くも離脱できた。むろん総司令ビュコックが本隊である第五艦隊を駆使し、決死の逆撃を加えたせいもある。一時はシュタインメッツ艦隊に少なくない損害を与えて後退させている。

 

 ともあれ同盟軍はポレヴィト航路から後退し、会戦は終わった。

 

 

 

 それぞれが戦いの総括をする。

 

「卿らの戦いは見事だった。これで我が帝国艦隊と敵との戦力差はいっそう大きく開き、もはや向こうは縦深陣をとることはできず、航路の邪魔をすることを諦めるであろう。この結果には満足している」

 

 そう告げるラインハルトの前に、各艦隊司令の姿を映したスクリーンが幾つも浮かんでいる。

 

「ただし予想外なこともあった。フェザーンの艦隊があれほどやるとはな。最後に勝ち切れなかったとは残念だ」

 

 諸将は戦いの高揚がまだ醒めていない。

 しかしその中で、二人だけは違っている。

 

「申し訳ございません。フェザーン艦隊による邪魔に足を掬われ、結果的に敵の殲滅に持ち込めなかったこと、この身に責があります」

 

 ラインハルトの言葉にミッターマイヤーが応え、手を水平に胸へ回しながら目を伏せる。これは処分の沙汰を待つ姿勢である。

 別のスクリーンではビッテンフェルトが同じ姿勢を取っている。こちらも同様に責任を回避しようとはしていない。

 

「まあいい。今回のことはミッターマイヤー、ビッテンフェルト、卿ららしい戦いをした結果に過ぎず、気を落とす必要はない。そこに不満はない。あるとすればフェザーンの艦隊に対する備えを怠った俺自身にある。思いがけず向こうの指揮官はそこそこ優秀だったようだ。艦隊の練度が高まれば一定の脅威になろう」

 

 そんなラインハルトに口を挟む将はいない。

 皆は黄金の覇王に畏敬の念を強く持っている。あれほど不利な態勢をあっさりと引っくり返し、鮮やかな逆転勝利を収めた。

 経過を見れば敵が作戦を途中で変更し、入念に敷いていた迎撃陣を崩したことにより、いわば自滅のようになった。帝国軍をここで撃滅できるという誘惑に耐えきれなかったのだ。

 しかし厳密には違うのだろう。帝国軍はそう思わせるため当初はわざと不利な状況で耐えたのだし、仮に敵が誘惑になかなか乗らなかったとしても、やはりそうさせるための方法も考えてあったに違いない。だからこそ覇王は揺るぎなく戦いに挑んだのだ。

 

「予定通りガンダルヴァ星系ウルヴァシーに駐屯基地を築く。そこでしばし休憩を取る」

 

 これにもまた諸将は驚かせられた。勢いに乗って一気に侵攻することがない。覇王は戦いで鋭いが、一方では長躯の戦いにおいて物資面での集積を要することを知っている。そんな合理的判断もできるのだ。

 

 

 

 もう一方ではより沈痛な空気が支配していた。

 

「ビュコック閣下、損害は概算ですが艦艇二万ニ千隻が失われました。そしてホーランド中将は戦死し、ルグランジュ中将は意識不明の重体とのことです。更にはパエッタ中将が旗艦脱出途中に宇宙病を再発、もはや艦隊勤務は不可能との診断です。第五艦隊内でもモートン少将が戦死しております」

「そうか、儂の戦いが不味いためにそうなってしまった。どんなに詫びてもすまんことじゃ」

「いいえ、参謀として冷静さに欠けておりました小官の責任です。あの時、若手将官の暴走を許してしまったのはどうにも逃れ得ない責任であります」

「いや、それは儂が悪い。ともあれ参謀長、損害について統合作戦本部へ可及的速やかに報告するんじゃ。そしてここにいる残存艦はまとまってランテマリオまで後退する。帝国軍の進行速度を見ながら、あるいはバーミリオンまで退くこともあり得る」

 

 こちらもまた無理をせず、縦深陣をによる漸減作戦を放棄しつつも戦う意志を捨てていない。

「閣下、艦艇の多くは被弾していて、再度の会戦を行なうためには相当数の艦の修理が必要です。無理な逃走のためにエンジンが不安定になった艦もあるでしょう。それらをハイネセンのドックに入れず転戦の態勢を取るとは、つまり帝国軍に対し抵抗の姿勢は見せると」

「艦隊としての戦闘力が著しく低下していてもよい。簡単には屈服しない意志を見せるだけで充分じゃ。張り子の虎でもいないよりはよかろう。そして戦力の事であれば、同盟の戦力は決して尽きたわけではない」

 

「確かに。その戦力はおそらくこちらへ向かっているものと思われます」

「そうじゃ。ヤン艦隊、それがまだ残っておる」

 

 

 同盟軍の命運はまだ終わっていない。

 希望はまだ残っているのだ。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第百十五話 ヤン艦隊出撃

大戦略家ヒルダの語る真実とは

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