疲れも知らず   作:おゆ

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第十話 482年12月 陰に潜む者

 

 

 

 ニコラス・ボルテックはルパートを通して伝えられたルビンスキーからの要請を即座に却下はしない。

 いかにもルビンスキーに都合のいい話だが、ボルテックはボルテックで思うところがある。

 

 そこを見極めて、ルパートは更に仕掛けを強化する。確実に耳に入るであろう噂をばらまく。

 

「帝国は実力を用いることも辞さない。叛徒との戦いが長引く中、もう一度帝国を引き締めるため、フェザーンの勝手など許さない。フェザーンが自主独立などという夢を見るなら、早めにその芽を叩き潰し、従来の正しい秩序を重んじる者の手に任せると決めた」

 

 そういった噂を流したのだ。

 するとボルテックの強すぎる野心が一つの方向を向くことになってしまう。いや、向かわせられてしまう。

 

 

 

 

 ボルテックはそのことを相談するため、最も有能な側近である第一秘書グラズノフを呼び出した。

 

「グラズノフ、帝国はフェザーンの動向に重大な関心があり、もはや介入も辞さないようだな」

「帝国としては当然でしょう。フェザーンの独立志向など許せるわけがありません。帝国はフェザーンがあくまで帝国の一部と思っているはず」

「だから危険だ。愚かなことに民衆が帝国の危険に感づくのはよっぽど後のことだ。その一方でルビンスキーは民衆の支持も上がっている。正直なところ、いくらルビンスキーを妨害したところで奴は自治領主になれるだけの人気を得てしまった」

「非常に残念ですが、その通りです。もはや避けられないでしょう」

「そこで俺は路線の変更を考えた」

 

「…… ボルテック上級補佐官、それはまさか帝国の力を借りる、ということでしょうか」

「グラズノフ、よく分かったな。その通りだ。先ずはフェザーンの高等弁務官としてオーディンへ行く。ルビンスキーめに乗せられたふりをするのだ。そこで帝国に取り入り、帝国の支持を俺に取り付ける」

「なるほど……」

「その上でルビンスキーの危険性を帝国に訴える。といってもこれは事実だがな。そして帝国に腰を上げさせ、その介入によってフェザーンの自治領主をすげ替える時に俺がその地位を手に入れる。それができる可能性は高い」

 

 

 重大な相談である。ボルテックが自治領主になるために亡国スレスレの戦略を考えているのだから。

 

 だがそこまで言っても第一秘書グラズノフは表情を変えない。能面のままだ。

 ボルテックとしては少し意外に思ったが、まさかグラズノフがこれを聞く前にこれを予想していたのか…… しかし逆に言えばこのグラズノフが有能だという証左だともいえる。

 

「上級補佐官、帝国政府を後ろ盾を付ける、良い考えだと思います」

 

 そしてあっさりとグラズノフは肯定した。

 ボルテックにとってこれは意外だ。いつもならボルテックの考えに反対するか修正するか、とにかくすんなり納得することはほとんど無いのに。

 

「問題は二つあるでしょう」

「それは何だ、グラズノフ」

「先ず一つ、帝国の実力者にこちらが利用価値があると思わせる方法です。二つ目は帝国の実力者がいったい誰なのか、これから誰になるのか、慎重に見極めて売り込まなければなりません」

「全くその通りだ、グラズノフ。非の打ちどころのない答えだ。オーディンへ行けばお前にもっと活躍してもらわねばならんだろう」

「この身の限りお手伝いさせて頂きます」

「よし、それではあのルビンスキーの使い走りを呼び出してくれ。喜ぶだろうな。ルビンスキーに自治領主の座は預けておいてやる。乗せられたフリをして」

 

 

 それから間もなくボルテックはルパート・ケッセルリンクを呼び出し、弁務官としてオーディン行きを了承したと告げた。

 

「ケッセルリンク補佐官、よく考えたのだが、微力ながら私もまたフェザーンのために力を尽くそうと決めた。ルビンスキー氏の推薦は大変光栄だ。オーディンに赴き、帝国がフェザーンに手出ししないよう精一杯の説得工作をすると約束する」

「それはボルテック上級補佐官、大いに感謝いたします。ルビンスキー氏も安心するでしょう。重大な職務に最もふさわしい人選がかなったのですから」

「それで前に聞いていた全権委任のことだが、帝国の誰と交渉するか、折り合いをどうつけるか、自由裁量でいいのだな。それに情報調査の権限と充分な説得資金も。それを確認しておきたい」

 

 

 引っ掛かったな。

 ルパートは心の中で祝杯を上げる!

 ボルテックは帝国を自分の後ろ盾にするためオーディンに行く気だ。考えるまでもなく意図が透けて見える。

 

「それはもちろん、自由裁量は保証するところです。それに日々の報告も不要でしょう」

 

 最後の一押しだ。

 どうせボルテックはオーディンに行けば好き勝手するに決まっている。報告書など最初から当てになるものか。

 

「ならばフェザーンのために働いてくる。ルビンスキー氏には安心せられたし、と伝えておいてほしい」

 

 ボルテックは隠しきれない皮肉の言葉を言ったが、ルパートはそれを見透かしている。

 

 

 

 会談を終え、深く一礼してルパートは執務室を出ていく。

 そのドアを閉めて数歩も歩いたところで、逆に執務室に入ろうと近付いていた男とすれ違う。

 陰気で表情の乏しい男だ。

 しかし、意外なことにその男から話しかけてきた。

 

「策に乗せたものですな。ボルテック上級補佐官を」

「……いったい何の話でしょう。よく分からないのですが」

 

 ルパートは一瞬で緊張した!

 相手が何を言ってるのかは明らか、確認するまでもない。

 今回、ばらまいた噂といかにも都合の良い話でボルテックを踊らせた。それを見抜かれている。

 

「でははっきり申し上げる。弁務官としてオーディンへ自分から行くよう仕向けた、そのことを言ったつもりですが」

「本当に意味が分かりません。ボルテック上級補佐官にオーディン行きを要請したのは確かですが、それはあくまでフェザーンのため。どなたか存じませんが何か妙な誤解をしておいででは?」

「フェザーンのためとは、いかにも意味深長ですな」

 

 この時にはルパートはこの男の名を頭に浮かべている。

 ボルテックの第一秘書グラズノフだ。

 ボルテック側のことは調べた。そして、前回執務室を訪問した時にも見たこの無表情の者がグラズノフということも知っている。今の言葉はただの確認だ。

 

「ボルテック上級補佐官の第一秘書グラズノフです。それで、妙な誤解と言われましたか。もしそうならこちらが勘ぐり過ぎたこと、お詫び申し上げなければなりませんな。そしてこちらも一安心というものです」

「分かっていただければ充分です」

 

 

 もちろんグラズノフはルパートの言葉で納得した感じではなく、とうていそんな口調ではない。この件についてもう議論する気はないというつもりなのだろう。

 ルパートは会釈をするとその場を離れた。

 

 

 

 そのことも含めてルパートはアドリアン・ルビンスキーとエカテリーナに報告した。

 

「……それは見抜かれているな。ルパート」

「まずいことでしょう。ボルテック本人が策に乗っても、その第一秘書に見抜かれてしまったとは、この先どう転ぶでしょうか」

「いや、ルパート、そのことなら安心していい」

「安心とは? あの男の言うことをボルテックが聞けば、これまでの策が無駄になるのでは」

「いいや、様子から察するとその第一秘書はボルテックに何も言わないだろう。本当に策の邪魔をするつもりならここまで至るはずがない」

 

「私もお父様と同じ考えです。兄さん、今回の策は見抜けば妨害するのは簡単だったはずです」

「そうならエカテリン、どうして見抜いていてもその第一秘書は妨害しないのか。むしろその方が不気味じゃないか。意図が分からない」

「私も分かりません。その第一秘書が何を考えているのか。しかしそれ以上に不思議なのは、どうして兄さんに話しかけて、わざわざ牽制のようなまねをするのか」

「全くその通りだ。不思議なことは多いね。確実に言えることがあるとすれば、そのグラズノフはボルテックの忠実な部下ではない、ということかな」

 

 

 

 

 ルビンスキー家の三人がそんな話をしているのと同じ時刻、そのグラズノフが動いている。

 

 フェザーン政府ビルの一室に入り、しっかりドアを閉めた。

 それは政府関係者専用の超光速通信のための小さな部屋である。

 

 グラズノフは複雑な手順を経て通信機を起動させる。ここの通信機には特殊な暗号化を行う装置が備えられていて、この部屋からの通信に限り決して盗聴されることがない。

 もしグラズノフが超光速通信を使ったという事実だけが残っても、外交部上級補佐官ボルテックの第一秘書が使用したことだ。誰に疑われることがあるだろう。

 

 

 グラズノフは明るくなった画面の向こうに話しかける。

 

「おいプレツェリ、挨拶は抜きだ。至急の報告がある。バグダッシュ中佐に伝えといてくれ。ボルテックは策に嵌まってオーディンに高等弁務官として行く。これでフェザーンの次期自治領主はアドリアン・ルビンスキーに確定だ!」

「それは大ニュースじゃないか! 至急伝える。グラズノフ、それでお前はどうなるんだ。ボルテックとオーディンに行くのか?」

「もちろん俺も一緒に行くさ。こんな機会は滅多にないぞ。帝国の喉元で活動できるんだ。しかもフェザーンの工作に見せかけられるという立場で」

「そいつは最高だな!」

 

 

 まさかグラズノフの話す相手が自由惑星同盟情報部とは誰が知ろう!

 それほどグラズノフの諜報活動は精緻を極め、疑われることなくボルテックの第一秘書にまでなっていたのだ。

 

「ただしグラズノフ、既にオーディンに入れてある工作員には伝えないぞ。お前はフェザーン高等弁務官の第一秘書の立場を持って行くんだ。下手に接触する方が危険だ。その分、工作員ネットワークのサポートは受けられないが了承してくれ」

「そいつは構わん。他の工作員の情報まで知らなくていい。かえって心配ごとが増える」

 

 その自信はいつものことだ。同盟の敏腕スパイであるグラズノフは帝国中枢部へ赴くことに恐れはない。

 

「お前は一人でもやれるさ。グラズノフ。しかし羨ましい。こっちはしばらくハイネセンだ。まったく、同盟の諜報員のくせにハイネセンにいるなんて冗談にもならんぞ」

「いいさプレツェリ。ハイネセンにいるにも意味がある。お前がフェザーンの弁務官としてハイネセンにいてくれれば、こうして通信するのも安心だ」

 

 一方のプレツェリはもちろん同盟の工作員だが、先にフェザーン内で地位を得て、そしてハイネセンに帰ってきている。むろんフェザーン経由の情報を誰にも疑われず受け取り、同盟情報部に渡すためである。

 

 

「ま、それだけの意味といえばそうだけどな」

「話を戻すが、今回ボルテックを嵌めたルビンスキーの策はかなりのものだった。予想外に上手い策を使ってきた。こりゃあ自治領主として先代以上の大物になるかもしれん。ボルテックのためでもあったが、ルビンスキーを潰そうとしたのは自分でも正解だったように思う。一応、最後に多少の牽制をかけたつもりだが」

「おいグラズノフ、危ないことはするなよ。お前は調子に乗り過ぎだ」

「俺は普段は無表情の第一秘書で通してるぞ。お調子者は奴一人で充分だ」

 

「奴って…… 誰のことだ。ああ、そうかお調子者のヘンスローのことか。いいじゃないか。ああいう奴がいるとフェザーンに同盟が馬鹿だと思ってもらえる。道化の使い道には上策だ」

「全くだな。それじゃ」

 

 今言ったのは同盟側から正式に弁務官としてフェザーンにいるヘンスローという者のことだ。その者は同盟情報部とは関係なく、本人はどう思っているか知らないがグラズノフたちからすれば遊んでいるようなものだ。

 

 重要な報告と軽口をとりあわせた通信を終えると、グラズノフは元の無表情に返り、この部屋を出ていく。

 

 これからはオーディンで仕事が待っているのだ。自由惑星同盟のために。 

 

 

 

 

 




 
 
次回予告 第十一話 新しい国

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