どうかご容赦を。
「あ、あり得ない。あり得ないのですよ。まさか話を聞いてもらうために小一時間も消費してしまうとは。学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに違いないのデス」
「…結構気持ちよかった?」
「いいからさっさと続けろ」
本気で泣きそうになりながらも、黒ウサギはなんとか話を聞いてもらえる状況を作る事に成功した。四人は黒ウサギとほど近い岸辺に思い思いに腰かけ、彼女の話を『聞くだけ聞こう』という程度には耳を傾けている。
黒ウサギは気を取り直してコホンと一つ咳払いをして、両手を広げた。
「それではいいですか、御四人様。定例文で言いますよ?言いますよ?さあ、言います!ようこそ“箱庭の世界”へ!我々は御四人様にギフトを与えられた者達だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼンさせていただこうかと召喚いたしました!」
「ギフトゲーム?」
「そうです!既に気づいていらっしゃるでしょうが、御四人様は皆、普通の人間ではございません!その特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます。『ギフトゲーム』はその“恩恵”を用いて競い合う為のゲーム。そしてこの箱庭の世界は強大な力を持つギフト保持者がオモシロオカシク生活できる為に造られたステージなのでございますよ!
黒ウサギは大きく両手を広げて箱庭をアピールする。飛鳥が質問の為に挙手した。
「まず初歩的な質問からしていい?貴女の言う“我々”とは貴女を含めた誰かなの?」
「YES!異世界から呼び出されたギフト保持者は箱庭で生活するにあたって、数多とある“コミュニティ”に必ず属していただきます♪」
「嫌だね」
「属していただきます!そして『ギフトゲーム』の勝者はゲームの“主催者”が提示した商品をゲットできるというとてもシンプルな構造となっております」
「……“主催者”って誰?」
「様々ですね。暇を持て余した修羅神仏が人を試すための試練と称して開催されるゲームもあれば、コミュニティの力を誇示するために独自開催するグループもございます。特徴として、前者は自由参加が多いですが“主催者"が修羅神仏なだけあって凶悪かつ難解なものが多く、命の危険もあるでしょう。しかし、見返りは大きいです。“主催者”次第ですが、新たな“恩恵ギフト”を手にすることも夢ではありません。
後者は参加のためにチップを用意する必要があります。参加者が敗退すればそれらはすべて“主催者”のコミュニティに寄贈されるシステムです」
「後者は結構俗物ね……チップには何を?」
「それも様々ですね。金品・土地・利権・名誉・人間……そしてギフトを賭けあうことも可能です。新たな才能を他人から奪えばより高度なギフトゲームに挑む事も可能でしょう。ただし、ギフトを賭けた戦いに負ければ当然――ご自身の才能も失われるのであしからず」
愛嬌たっぷりの笑顔に黒い影を見せる黒ウサギ。
挑発的にも見えるその笑顔に、同じく挑発的な声音で飛鳥が問う。
「そう。なら最後にもう一つだけ質問させてもらっていいかしら?」
「どうぞどうぞ♪」
「ゲームそのものはどうやったら始められるの?」
「コミュニティ同士のゲームを除けば、それぞれの期日内に登録していただければOK!商店街でも商店が小規模なゲームを開催しているので、よかったら参加していってくださいな」
飛鳥は黒ウサギの説明に片眉を上げた。
「……つまり『ギフトゲーム』とはこの世界の法そのもの、と考えてもいいのかしら?」
飛鳥の指摘に、お?と少々大袈裟とも思える程に驚く黒ウサギ。
「ふふん。なかなか鋭いですね。しかしそれは八割正解の二割間違いです。我々の世界でも強盗や窃盗は禁止ですし、金品による物々交換も存在します。ギフトを用いた犯罪などもってのほか!そんな不逞な輩は悉く処罰します――が、しかし!『ギフトゲーム』の本質は全く逆!一方の勝者だけが全てを手に入れるシステムです。店頭に置かれている商品も、店側が示したゲームをクリアすればタダで手にすることも可能だということですね」
「そう。中々野蛮ね」
「ごもっとも。しかし、“主催者”は全て自己責任でゲームを開催しております。つまり奪われるのが嫌なら初めからゲームに参加しなければいいだけの話でございます」
一通りの説明を終えたのか、黒ウサギは一枚の封書を取り出した。
「さて、皆さんを召喚依頼した黒ウサギには、箱庭の世界における全ての質問に答える義務がございます。が、それらを全て語るには少々お時間がかかるでしょう。新たな同士候補である皆さんを何時までも野外に出しておくのは忍びない。ここから先は我らのコミュニティでお話しさせていただきたいのですが……よろしいですか?」
「待てよ。俺達がまだ質問してないだろ」
今まで静聴していた十六夜が、威圧的な声を上げて立ち上がる。ずっと浮かべていた軽薄そうな笑顔が消えている事に気付いた黒ウサギは、構える様に姿勢を正した。
「……どういった質問です?ルールですか?ゲームそのものですか?」
「そんなのはどうでもいい。腹の底からどうでもいいぜ、黒ウサギ。ここでオマエに向かってルールを問いただしたところで何かが変わるわけじゃねえんだ。世界のルールを変えようとするのは革命家の仕事であって、プレイヤーの仕事じゃねえ。俺が聞きたいのはたった………一つ、手紙に書いてあったことだけだ」
十六夜は視線を黒ウサギから外し、他の三人を見回して、巨大な天幕によって覆われた都市に向ける。
「この世界は………面白いか?」
その紫水晶を思わせる瞳は静かに、冷ややかに、そして何もかもを見下すように。ただ一言問いかけた。
「――――」
他の三人も、無言で返事を待つ。
『家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い』と。
彼らを呼んだ手紙には、確かにそう書かれていた。
それに見合うだけの催し物があるかどうか。それこそが、四人にとって最も重要な事だった。
「――YES。『ギフトゲーム』は人を超えた者達だけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保証いたします♪」
――――箱庭二一〇五三八〇外門。ペリベッド通り、噴水広場前。
箱庭の外壁と内側を繋ぐ石造りの階段に座り込む少年の耳に、明るい少女の声が届いた。
「ジン坊ちゃーン!新しい方を連れて来ましたよー!」
聞き慣れた黒ウサギの声に、階段に座り込んでいた少年――ジンがはっと顔を上げた。
「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性二人が?」
「はいな、こちらの御四人様が――」
クルリ、と振り返った黒ウサギは、カチン、と固まった。
「……え?あれ?あと二人いませんでしたっけ?ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から“俺問題児!”ってオーラを放っている殿方と、何やらハイカラな和服に身を包んだ凛とした感じの女剣士様は?」
「ああ、十六夜君とセイバーさんのこと?二人なら“ちょっと世界の果てを見てくるぜ!”と言って駆け出して行ったわ。あっちの方に」
指さす先にあるのは、上空4000mから見えた断崖絶壁。
街道の真ん中で呆然となった黒ウサギは、ウサ耳を逆立てて二人に慌てて問いただした。
「な、なんで止めてくれなかったんですか!」
「“止めてくれるなよ”と言われたもの」
「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」
「“黒ウサギには言わないで”と言われたから」
「嘘です、絶対嘘です!実は面倒くさかっただけでしょう御二人さん!」
「「うん」
ガクリと前のめりに倒れた黒ウサギ。新たな人材に心躍らせていた数時間前の自分がとてつもなく妬ましい。
まさかこんな問題児ばかり掴まされるとは思ってもいなかった。これはもう嫌がらせだろう。
そんな黒ウサギとは対照的に、ジンは蒼白になって叫んだ。
「た、大変です!“世界の果て”にはギフトゲームのために野放しにされている幻獣が」
「幻獣?」
「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に“世界の果て”付近には強力なギフトを持ったものがいます。出くわせば最後、とても人間では太刀打ち出来ません!」
「あら、それは残念。もう彼らはゲームオーバー?」
「ゲーム参加前にゲームオーバー?……斬新!」
「冗談を言ってる場合じゃありません!」
ジンは必死になって事の重大さを訴えるが、幻獣の恐ろしさなど微塵も知らない二人は肩を竦めるばかりだ。
黒ウサギは深いため息を吐きつつ立ち上がった。
「はあ……ジン坊ちゃん。申し訳ありませんが、御二人様のご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「わかった。黒ウサギはどうする?」
「問題児達を捕まえに参ります。事のついでに――“箱庭の貴族”と謳われる黒ウサギを馬鹿にした事、骨の髄まで後悔させてやります」
悲しみから立ち直った黒ウサギは怒りのオーラを全身から噴出させ、艶のある黒髪を桜色に染めていく。外門めがけて空中高く飛び上がった黒ウサギは、外門のあった彫像を次々駆け上がり、外門の柱に水平に張り付いて一言。
「一刻程で戻ります!皆さんはゆっくりと箱庭ライフをご堪能くださいませ!」
桜色の髪を戦慄かせた黒ウサギは、踏み締めた門柱に亀裂が入るほどの脚力で、まるで弾丸の様に飛び去った。あっという間に三人の視界から消えてしまう。
「………。箱庭の兎は随分速く跳べるのね。素直に感心するわ」
「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り大丈夫だと思うのですが…」
そう、と飛鳥は空返事して、心配そうにしているジンを振り返った。
「黒ウサギも堪能くださいと言っていたし、御言葉に甘えて先に箱庭に入るとしましょう。エスコートは貴方がしてくださるのかしら?」
「え、あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですがよろしくお願いします。二人の名前は?」
「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱えているのが」
「春日部耀」
ジンが十一とは思えない丁寧な自己紹介をする。飛鳥と耀もそれに倣って一礼した。
「さ、それじゃあ箱庭に入りましょう。まずはそうね、軽い食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ」
飛鳥はジンの手を取ると、明るく胸躍るような笑顔で箱庭の外門をくぐった