鉄兜提督がブラック鎮守府に着任しました   作:幻在

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掃除を開始しろ、以上

あの大きな戦闘から数日。

 

()()()()()()()()()()()片付いたので、流れた血の処理をするだけで事は済んだ。

あの日以来、この鎮守府にはいくつかの決まり事が出来た。

 

一つ、食事は基本自由とするが、体調を整える為に、朝、昼、夜の三回に食事をとる事。

 

一つ、提督との接触はあまりとらない事。

 

一つ、一週間に一度、鎮守府の清掃をする事。

 

一つ、演習を持って、訓練に励むべし。

 

一つ、不満無く、いつでも戦える状態を持って、『日常』を過ごす事。

 

 

これらは、数日の内に自然に決まったものだ。

食事は、間宮のお陰でまともなものになり、注文制という事で好きなものが食べられるのだが、栄養バランスも考え、無理矢理別のメニューに変えられる事がある。

あの日の影響で、彼女に逆らう者が出なくなったとか。

上から二つ目は、これは提督自身が言った事が原因だ。

基本的に、命令や招集などは秘書艦にやらせ、自分は執務室にこもって書類仕事をする。接触の時は呼び出しか出撃前のミーティングの時だけ、という事らしい。

他は、やはり提督が定めたもの。

なるべく艦娘たちを良い状態(ベストコンディション)とする為に決めた事だ。

提督自身、『兵器』という認識があるという様子も、こういうのは意外とありがたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が、朝潮は相変わらず自室に籠っていた。

やはり視線というものは応えるもので、食事時以外はこの中で殆どの時間を使っているものだ。

うつらうつらと、重い瞼を懸命に持ち上げているも、やはりそこへ子供、眠気に逆らえず夢の世界へ・・・・・

 

 

突如、扉が開け放たれる。

 

 

「うひゃい!?」

素っ頓狂な声を上げ、立ち上がって直立姿勢になる朝潮。

「し、司令官!?」

その人物、この第四鎮守府の提督は、朝潮の姿を視認すると、こういった。

「来い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「用って、工廠の清掃ですか・・・・」

そこには、よっぽど使われていなかった様子の赤レンガ造りの工廠があった。

所々が劣化しており、鉄の扉は錆びが出ている。

中は蜘蛛の巣や埃まみれといった様子だった。

「流石にここまでになってるなんて思わなかったな」

「本当ですね・・・・」

摩耶と鳥海が、工廠の状態を見てそう感想を述べる。

「ん?」

ふと不知火がとある人物の姿に注目する。

両手にゴム手袋をはめ、片手にバケツと雑巾、もう片方にモップ、そして前にはエプロンといった完全清掃装備の提督がいた。

『いやちょっと待て!?』

勝手に掃除を始めようとする提督に思いっきりツッコミを入れる一同。

「なんだ?」

「いやなんだ?じゃないでしょ!?」

五十鈴がものすごい形相で怒鳴る。

「アタシたちをここに呼んだんだから、なんか一言ぐらい、礼とか始めとかいう事あるだろ?」

隼鷹が呆れた様にそういう。

「む、そういうものなのか?」

『そういうものですよ!?』

「そうか。じゃあ、各自そこにある雑巾や(ほうき)を持って、掃除を開始しろ。以上」

『・・・・』

早急に始めたいのか、一言だけ言ってさっさと中の清掃を始める提督。

それに対し、艦娘たちは何も言えず、無言のまま雑巾や箒をそれぞれ手に取り、工廠の清掃を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごほっごほっ!?」

舞い上がる埃に思わずむせる大淀。

「大丈夫か大淀?」

「ええ。まさか工廠がここまで埃まみれだとは思いませんでした・・・」

大淀たちがやっているのは、工廠の中。

高い天井があるうえに、何故か鍛刀する為の釜戸があったり、高熱の業火を噴出するガソリンバーナーがあったり、さらには『ドクガ』やら毛虫やらがいて、大変な始末だ。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!?」

またしても悲鳴があがる。

「またかよ・・・」

「今のは・・・大鯨の声ですね・・・」

見ると、大鯨が床に倒れ伏していた。

「・・・・え?」

更によく見て見ると、白目向いて気絶していた。

慌てて駆け寄ってみる。

「大鯨!おい、しっかりしろ!」

「何があったんですか!?」

「あの、あれだと思いますけど・・・」

ふと、近くに立っていた如月が声を漏らす。

その顔が蒼白となってある一点を見ていた。

「?・・・・・・あ」

そこで二人は理解した。

 

 

 

 

ゴキブリだ。

 

 

 

 

「あー、そりゃ気絶するわな」

「とりあえず早く処理しないと・・・」

と大淀が動いた瞬間。

 

 

 

 

()()のゴキブリが羽を広げて飛んだ。

 

 

 

 

「「「ぎゃぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁあああぁぁあああ!?」」」

それを見た艦娘たちが同時に悲鳴をあげて逃げ回る。

「いやぁああ!?」

「来ないでぇぇぇ!」

「ひぃぃぃい!?」

もはや大惨事である。

ふとその中に一匹が床を掃いていた提督の方へ向かう。

「あ、提督!?そっちにゴキちゃんが!?」

睦月が叫ぶ。

ゴキブリが提督の横を通過しようとした瞬間。

 

 

 

 

 

提督のパンチがゴキブリを壁に叩き着け、ぶちゃ、という音と共に潰した。

 

 

 

 

 

 

「「「・・・・・・」」」

それを見た全員が、同時に吐き気を覚えた。

一方で提督は、何事も無かったかのようにまた箒を掃く。

「あれ?悲鳴がなくなった」

ふとそこへ朝潮がやってくる。

「あれ。朝潮なんで来たの?」

「いえ、なんか物凄い悲鳴だったので、なんだろうと思ってきたんですが・・・・・」

そこへゴキブリが朝潮の前に飛んでくる。

「あ、朝潮・・・・」

避けろ、と叫ぼうとする摩耶であったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「せい」

 

 

 

 

 

蚊を叩き潰す感覚(モスキート・キル)で潰し殺した。

 

 

 

 

 

 

 

「「「・・・・・」」」

更に、吐き気が襲う。

「ん?どうかどうかしたんですか?」

「いや、朝潮、お前・・・・」

「ん?ああ」

そこで朝潮は自分がした事に気付き、爽やかな笑みでこういう。

「だって、あの部屋、ゴキブリやネズミの巣窟なんでもう慣れちゃいました」

てへ、と笑う朝潮。

そこに一切の悪気はない。

「いや、掌こっちに見せないでくれ」

その瞬間、その場にいた艦娘たちは、朝潮の事について考えるのをやめた。

その代わり、残り八匹のゴキブリを全力で排除しなければならなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、外では。

梯子(はしご)や、屋上からロープを使って壁に張り付き、窓を拭いている者が多かった。

ただ、高い所はまだ子供である駆逐艦には出来ないので、主に軽巡や軽空母たちがやっている。

他残った駆逐艦たちは工廠付近のゴミ拾いや錆びた鉄などを一ヵ所にまとめる作業をやっていた。

「うわぁ・・・・」

中の様子を見ていた長良が表情を引き攣らせていた。

「どうしたの長良姉さん」

そこへ上の窓をやっていた五十鈴が声をかけてくる。

「中がとんでも無い事になっててね~」

「中?・・・・・ひぃ!?」

長良に言われ、窓の中を見た五十鈴が悲鳴をあげる。

五十鈴の前の窓にゴキブリが張り付いたのだ。

思わず態勢を崩し掛けるもなんとか持ち直す。

「ま、まさかこんな事になってるなんてね・・・・・」

「でしょ?」

「ひぁぁああ!?」

突如、下から甲高い悲鳴があがる。

そちらに振り向くと態勢を崩したであろう名取が地面に落っこちていた。

そして目を回していた。

高さがそこまで無かったので大事にはならなかった様だ。

「あーらら」

「ははは・・・・」

もはや苦笑するしかない。

「五十鈴」

「きゃぁ!?」

突如、中から提督が出てきて、今度こそ五十鈴の態勢が崩れる。

が、その胸倉を提督が掴んで阻止する。

「ちょ!?いきなり出てこないでよ!?」

「む、それはすまなかった」

提督のお陰で態勢を立て直す五十鈴。

「それで?何の用?」

「首尾はどうだ?」

「順調、て所かしら?」

提督の問いに答える五十鈴。

「そうか」

それに素っ気なく答える提督。

「そろそろ中に戻ったら?色々と大惨事だから」

「ふむ・・・・そうだな」

「提督―――――!!はやくゴキブリをなんとかしてくださいぃぃぃぃぃいいいいいい!!!」

「朝潮こっち来んなぁぁああああ!?」

数々の悲鳴と共に窓をしめる提督。

「ふぅ・・・・」

溜息をつく五十鈴。

「いやぁ、随分と賑やかになったよねぇ」

長良がのんびりと答える。

「そうね・・・」

五十鈴が、それに答える様に笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終了だ。解散」

『ありがとうございましたー』

夕焼け空、工廠中組は完全に疲れ切った状態で、外組はなかなかに良い汗を掻いて、一礼する。

「いやぁ疲れた疲れた」

「久しぶりに運動した気分ですね」

「もう二度とゴキブリみたくないにゃし・・・」

「ほんと勘弁して欲しいわ」

「何があったの?」

「聞かない方が良いかもね山風」

それぞれ鎮守府に戻っていく艦娘たち。

「そんで?」

だが摩耶と鳥海、そして大淀が残った。

「いきなりこんな事をしたって事はよ、何かするんだろ?」

彼女らは知っている。この男は必要のない事はしない男だと。

「ああ」

提督は、工廠へ入っていく。

「お前たちは気付いてるだろう。『奴ら』の姿が見えない事に」

提督は、綺麗になった工廠内のある場所に向かう。

「ここまで放置しておいて、何もしないなど、通常じゃありえない」

おそらくそれは、前任の提督たちの所為。

「素質を持つ者にしか視認できず、艦娘にのみ対話が可能な存在。そんな奴らが何故いないのか」

それは、壁。

「大淀でも知らなかっただろう。なにせ、この鎮守府に『開発』は必要ない、いや、させたくなかったのだからな」

提督がナイフを腰の鞘から取り出し、僅かに色合いが違う境の部分に、ナイフを突き立てる。

そのままシュババッ!と目にも止まらぬ早業で、その境を斬る。

「この工廠が無ければ、鎮守府は成り立たない。だが、開発をさせない為にはどうすれば良いのか。その理由がこれだ」

ずずん、と壁が外れ、倒れる。

「やはりな」

それは、扉。

ハリボテの壁にさらにコンクリートで固め、入り口を塞ぎ、誰にも気付かれないようにしたのだ

数メートル先にある壁に、提督は歩く。

その扉には、厳重に太い鉄鎖でとってを巻き、錠でガッチリと留めていた。

提督は、その鎖を何の躊躇いも無く、斬る。

ガキィイン!という音と共に、呆気なく鎖は切断され、床に落ちた。

提督はナイフを仕舞い、両手で片側ずつとってを手に取る。

そして思いっきり開ける。

「解放の時だ。思う存分働け」

そこには、小さな人型の何か、『妖精』たちがいた。


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