第四鎮守府。
そこは、いわばストック置き場だ。
詳しく言うと、そこの役目は、練度の低い艦娘の錬成、戦闘に支障が出るような精神的障害を抱えた者のケア、未知数の能力を持った艦娘の能力の測定など。
ただ、ケアという一点について。
これは、元の精神に戻すのでは
たいていは、提督に逆らったり、兵器としての自分の在り方に疑問を持った者への処置なので、調教しなおしたらすぐに送り返される事になる。
今回も、その事例の一つ。
手錠をはめられた少女は、目の前のそびえ立つ鎮守府を見上げる。
「・・・・」
その眼に強い意志を込め、少女は、中へと入っていく。
提督は、入り口で、今日引き渡される予定の艦娘を待っていた。
その傍らには秘書の不知火。
「来ましたよ」
不知火の一言に、提督はそちらに目を向ける。
そこには、四人の武装した男と、その中心を手錠をかけられた状態で歩く、二人の少女。
一人は銀髪で三つ編みの長い髪をしており、確固たる意志をその瞳に持っている。
一方でもう一人の方は明るい緑色の髪をしているも、何かと怯えており、銀髪の少女の後ろをついて歩いている。
その二人を観察している内に提督たちの前に、少女たちが連れてこられる。
提督と男たちが互いに敬礼をする。
「駆逐艦『海風』、同じく駆逐艦『山風』の引き渡しに参りました」
「ご苦労」
提督はそれだけを返す。
「こちらが鍵になります」
「分かった」
差し出された鍵を受け取り、提督はそれを右手に持ったまま半歩さがる。
「我々はこれで」
「ああ」
ざっざと帰っていく男たち。
残されたのは二人の少女。
よく見て見ると、手錠は、中間の鎖から首輪へと繋がる鎖が繋がっており、まるで奴隷だ。
提督は、そんな二人を一瞥。
彼女たちに近寄る。
「ッ!」
警戒する銀髪の少女、海風。
思わず怯える山風。
だが、提督の行動は淡々として、簡潔なものだった。
手錠をなんの躊躇いも無く外す。
「え・・・」
そんな呆然とした声が漏れるも、手錠と首輪は外される。
そして、鍵を海風に渡す。
「ソイツの錠も外したら来い」
それだけを告げ、提督は踵を返して歩いて行った。
執務室にて、提督と不知火、海風と山風は対峙していた。
「駆逐艦『海風』、駆逐艦『山風』」
名前を呼ばれ、背筋を伸ばす二人。
提督はそれを気にした様子もなく、淡々とこの鎮守府について説明する。
「この鎮守府は『補給』を行う事を、自由にしている。以前の鎮守府がどうであれ、定期的となると朝、昼、晩が適切な時間だろう。食べたいものは選んでくれて構わん。料理をしている者は腕利きだ」
そんな説明に目を丸くする二人。
「次に出撃について。ここは主に演習などの錬成を中心に回る。資源については遠征もあるが、基本的に枯渇する事は無い」
呆然とする二人を置いて行きながら提督は説明を続ける。
「風呂については好きにしろ。掃除はした。湯さえ入れれば誰でも入れる。それと、ここは現在、反提督派と温厚派の二手に分かれている。ここにいる不知火の他、朝潮、隼鷹、飛鷹、間宮の五人が温厚派、他は反提督派だ。どちらにつくかは好きにしろ。だが命令には従ってもらう」
そして最後に。
「最後に、俺はお前たちと友好な関係を築くためにここにいるのではない。ただ『奴ら』に勝つためにお前たちを使うだけだ」
「えーっと、とりあえず、案内を任された朝潮です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「・・・よろしく・・・」
黒髪の少女、朝潮を目の前に、お辞儀をする海風と山風。
「じゃあ、まずは食堂から案内します」
「解りました。行こう、山風」
「・・・・うん」
海風に手を引かれつつ、山風も朝潮の後をついていく。
食堂につくと、そこはがらんとしていて、特に繁盛している様子はない。
「あー、まだあまり料理を食べる人が少なくて・・・・」
「・・・・まずいの?」
「いやそんな事は無いですよ!?間宮さんの料理は絶品なんですから!」
山風の言葉に全力で訂正を加える朝潮。
「じゃあなんでこんなにいないの?」
「えっと・・・・それは・・・・・」
「あはは・・・」
言葉に詰まる朝潮に、力なく笑う海風。
「と、とにかく!食べてみましょう!」
「え、でも・・・」
「ここじゃレーションは食べちゃいけないんです!」
「そうなんですか?」
「そうなんです!」
半ば無理矢理に席に座らされ、朝潮が何かを注文しに行く。
「・・・・海風」
山風が海風の服の裾を引っ張る。
「分かってる。あの提督が何しようと、私は屈しないし、貴方には何もさせない」
確固たる決意を安心させるように山風に述べる海風。
そのまま数分。
海風たちの前に、ものの見事なカレーが差し出され、それで号泣したのは言うまでもない。
廊下。
「不知火」
そこを歩いていた不知火に声をかける人物が一人。
大淀だ。
「提督は今どんな様子なのでしょうか?」
「・・・・・それを私が言うとでも?」
不知火の拒否に、思わずぴくりと眉を動かす。
「・・・・あの約束は、守る程のものなんですか?」
「はい」
即答。
「何故・・・」
「私は、盟約は必ず守る主義です。どんな最低な命令であろうとも、約束事を結んでしまった以上、相手がそれを破棄しない限り、私はその約束を守り続けます」
不知火の言い分に、思わず歯噛み
「
「・・・・ええ」
一瞬の間をおいて、不知火は返す。
「それは、相手の死も含まれるのでしょうか?」
「内容によりますね」
この場合、不知火は提督に寝返る事のみを約束している。
つまり、提督が死ぬ事によって、それは、解消される。
くくく、と大淀から笑いが漏れる。
「・・・・殺す気ですか?」
「そうですねぇ。どうします?邪魔しますか?」
「それは
それを聞いた大淀は、内心で提督を嘲笑う。
なんと愚かな提督か。
自分を守れる要素を、わざわざ自分から排除するなど、愚の極みであろう。
そんな言葉が脳裏で反芻されるも、大淀はその場を立ち去る事に決めた。
「では、私はこれで失礼させてもらいますね」
「そうですか」
その場を立ち去る大淀。
憎い提督をまた殺せる。憎い憎いあの提督を、人間をまた殺せる。
なんと素晴らしき事かな。不知火が寝返ってはまさかと思ったが、天は我らを見放していなかった。
大淀は、提督を殺す策を脳内で構築しながら、廊下を歩いて行くのだった。
先ほど、天ハ我ニ味方セリ、と述べただろう。
それは間違いであった。
「え・・・・摩耶が・・・・」
鳥海から言い渡された言葉に、思わず絶句する大淀。
「はい・・・・抜け駆けして提督を殺しにいって失敗した後に、勝ち目がないなどと言って参加を拒否してるんです」
「どうして・・・・理由は解らないんですか?」
「それが・・・さっぱりで・・・・」
何があったというんだ。
あれほど協力的だった摩耶が突然、拒否してくるなんて。
これには、他の艦娘も動揺を隠せない。
「ただわかる事があるとすれば、提督が何かをしたか、でしょう」
ぎりり、と拳を握りしめる鳥海。
「新しく入った海風と山風はすでにあちら側。提督がわざと彼女たちだけの部屋をあたえた事で、上手く接触も図れない・・・・」
歯噛みする大淀。
だが、摩耶が復活しない以上、このまま作戦を進めるしかない。
あの提督は、ああ見えて仕事が早すぎる。
初日と二日目で鎮守府全域の掃除、三日目で不知火の寝返り、五日後には食の改善。
たった一週間でここまで変わるなんて思いも寄らなかったのだ。
それに、あの提督は遠慮というものがない。
必要な事はすぐに片付けるのだ。
このままでは、いずれ
だからこそ焦る。
早く殺さなければ。
好きなように、させてはいけない。
「貴方の思い通りにはさせないですよ・・・・」
同時刻、執務室。
書類にペンを躍らせ、着々と書類を片付けていく。
「・・・・・む」
ふと、執務室の扉が開く。
そこから、海風が入ってくる。
「・・・・何の用だ?」
提督は、彼女の姿を見る事無く、書類に文章やらサインやらを書き込んでいく。
「・・・・聞きたい事があって、来ました」
「そうか。話せ」
視線を外す事無く、提督は書類を片付ける。
それに少しムッとする海風。
山風は、すでに寝かしつけている。
久しぶりのふかふかのベッドだ。まるで死んだように眠ってしまうのも、無理はない。
「・・・・この鎮守府は、艦娘の再調教を目的とした鎮守府と聞いています。なのになぜ、貴方は私たちに・・・・」
「そんな
提督は、海風は絶句する。
そこで初めて、提督はペンを止めた。
「俺がお前たち艦娘を扱うのは勝手だろう。ただ俺は、この戦いに勝つためにお前たちを使うだけだ」
兜の奥から光る赤い鬼火の様な眼光に、海風は、絶句する。
「この鎮守府が、艦娘の再教育の為の施設だと言ったな。確かに俺はそれをまるで洗脳されるかの様に散々聞いてきた。だが、よく考えてもみろ。鎮守府の運営の項目に
提督は続ける。
「運営の項目にはこう書かれている。『第四鎮守府は、他の鎮守府で心身共に出撃不能なダメージを負った者の
「・・・・!!」
「それに俺はそれが必要な事だと思わない。『兵器』に調教した所で時間の無駄だ」
提督の一言で、海風の表情が強張る。
「俺が求めるのは勝利だ。必要な事はなんでもやる。食の改良、住の改善、衣服の新調、衛生面への配慮、防衛技術の教示、演習回数の増加。これら全て必要な事であるならば俺はやる。お前たちの過去など
そう言い放つ。
それに、海風は、何かを言い返す事が出来ない。
「それにしては、ずいぶんとゆるいと思うんですが?」
ふと背後から声が聞こえた。
不知火だ。
「そうか?」
「命令に従えと言いますけど、貴方が言っているのは作戦の時の話でしょう。それ以外では艦娘との接触は極力避けているのに、そんな風に言う必要はないと思うのですが?」
「誤解を避けるためだ」
「その所為であまり命令を聞いてもらえなくなるかもしれませんよ」
「む、それは困る」
随分と和やかな会話に、海風は毒気を抜かれたかの様に立ち尽くす。
「という訳で、提督はこういう人です。決して、私たちの為に働いてるわけじゃない。だけど結果的に私たちを救う形になっているんです。その点については、了承のほどをお願いします」
「あ、分かりました」
もはやそう返すしかない。
「海風」
「は、はい!」
突然、名前を呼ばれ、思わず背筋が伸びてしまう海風。
「明日、
「え・・・・」
「返事は?」
「は、はい!」
中身がどういう訳か重要な説明を省いた命令。
それを無理矢理にも押し付けられる事に、戸惑いを感じてしまう。
「なら下がれ。いいか。明日は、何が起こっても山風から離れるな」
「分かりました」
もとよりそんな事をする気など毛頭無い。
心の弱い彼女がされてきた事の数々に比べれば、こんな事、造作も無い。
退室した海風を見届け、不知火は提督の方を向く。
「提督、明日・・・・」
「もしもの為だ。
「承知」
その言葉が響くと同時に、月に雲がかかる。