「それで、あの時雨とはどういう関係だ?」
と、第四の待機室にて、そう迫る提督。
それに対して、顔色が悪い状態でうつむく朝潮。
そして、周りではそれを見守る艦娘たち。
提督には、まずデリカシーというものが無い。
その為に、人の事情には、興味がない限り踏み込む事を躊躇わない。
「見た所、例の輸送作戦に関係があるようだな」
「提督、その状況については私が・・・」
「む」
横から不知火がそう出てくる。
「そうか」
提督は、不知火に顔だけを向けそう言い、すぐに朝潮の方を向く。
それはつまり、頼む、という意思表示。
不知火は、一度、朝潮の方を向く。
朝潮は、どうにか視線を不知火に向かていたが、すぐにしたに反らした。
「・・・まず、その輸送作戦の内容ですが、日本太平洋側に発見された離島の小島、それも無人島にて調査に来ていた調査団の報告より、多量の石油を発見。政府はこれを数回に分けて、これを本土へ輸送する事を決定」
「もし襲撃されて沈められても、他があるからな」
「それで、輸送は、襲撃を受ける事なく進んでいきました。しかし、最後の輸送にて、敵の大規模部隊が襲撃。その船団には、島に残っていた調査団や石油をとる為の機械の整備士とかもいて、通常よりも大勢の人間が乗っていました。そして、襲撃された際に、真っ先に沈められたのが、石油輸送船ではなく、その調査団が乗る船でした」
「それを優先したんだな」
ギュッと、朝潮の片腕を掴む腕が強くなる。
「救助は、護衛隊から離れた朝潮のお陰で多数の犠牲も出しましたが、無事に別の船に乗せる事に成功。輸送自体は成功しました。ですが・・・・」
ここで不知火が初めて言いよどむ。
「随伴していた艦娘が、朝潮以外全員沈んだわけね・・・」
鳥海が、そう続けた。
「幸い、襲ってきた深海棲艦は、戦闘をした随伴艦たちによって撤退にまで追い込みましたが、結局は全員沈みました。しかし、今もそうですが、当時は今よりも酷く人間を嫌う艦娘が多く、その為、仲間よりも人間の救助に向かった朝潮を酷く糾弾しました」
「一つ聞いても良いか?」
「なんでしょう?」
「その時の編成は?」
提督は、そう聞いた。
「・・・・駆逐艦から村雨 初月 文月 弥生 萩風です」
「ふむ・・・・」
提督はうなずき、朝潮の方も見る。
その肩は、震えていた。
「・・・・くだらないな」
『!?』
提督がそう吐き捨てた。
「提督、そんな言い方は・・・」
「反省しているならそれで良いだろう」
「え」
提督の予想の斜め上をいく言葉に、思わず間抜けな声を出す一同。
「誰かを失う気持ちなら理解できるが、それを理由に誰かを傷付けるのは理解できない。それならそれで言わせておけばいい。どうせ、失ったものは二度と戻らない。そんなものを追い求めて止まるよりも、そんな過去など、一度の反省で捨てて前に進んだ方が断然効率的だ。前に進まないバカどもなどに目もくれるんじゃない」
提督は、そうズバズバと言葉を述べていく。
「そもそも、戦いの中で情けをかければ殺されるのは自分だ。そして、そいつの目的が殺戮ならその周りの奴らも死ぬ。つまりはそういう事だ。戦闘において、模擬戦だろうが実践だろうが死合いだろうが躊躇う事は許されないという事だ」
提督は言う。
「お前たちは兵器だ。ただ敵を駆逐する為に生まれた兵器だ。だが」
提督は、立ち上がる。
「元が人間という事が、お前を人間たらしめる証明だ。結局、どれだけ痛めつけても、『感情の生き物』と呼ばれる人間から感情を完全に抜き取る事は出来ないんだ。それも、かつての艦艇の記憶を受け継いでなお、精神が壊されなかった『艦娘』という存在なら、なおさらな」
艦娘は、艤装に宿る『
しかし、それは本来、過酷な事で、適性率が最低80.0%以上は無ければ、駆逐艦でも九割という高確率を持って、
その理由は、その魂にある記憶。
竣工から轟沈まで、その過酷な戦歴を直接魂や記憶に書き込まれるのだ。耐えられない方がおかしい。
ただ、80.0%以上であれば、その数値は逆転し、九割という確率もって成功する。
そうなると、適性率が70.0%以下である、大淀は、まさに例外中の例外なのだ。
それを考えると、大淀は案外、すごいのかもしれないが・・・
「その優しさは、命取りとなる。だが、決して忘れるな。自分が守りたいものは自分で決めろ。その優しさは、それにだけ向けろ」
そう言い、提督は、外へ出て行った。
「・・・・・」
茫然とする一同。
「・・・だ、そうですけど?」
ただ、一番最初に口を開いたのは大淀という事実は出てきたが。
「まあ、提督が言いたい事は、この戦いで完膚なきまでに叩きのめせって事ですよ、きっと、たぶん」
「確信ねーんじゃねえか」
大淀の言葉に摩耶がツッコミを入れる。
「ま、そういう事にしておきましょう、ね、摩耶」
「おうよ。まあ、アタシは対空戦闘担当だけど、それ以外でもまかせろ!」
摩耶がガッツポーズで明確な意志を示す。
「まあ、ここであの提督にしごかれた成果を出すには、良い機会かもしれませんね」
「ははは・・・・だいぶ慣れたけどキツかったよね、あれ・・・」
不知火がいつもの仏頂面で、大鳳がカラ元気に思い出す。
「皆さん」
「どちらにしろ、私はあの提督に従うだけです。それが私の生き甲斐。私は、信頼できる人の元で、働きたいだけなんです。例え、この身が朽ち果てようとも」
「大淀さん」
「提督は、ああ見えて、色々と真面目で一生懸命なんです。ただ、嘘はつきたくないだけ。あの人の行動がどうであれ、結果的に私たちは救われた。そうでしょう?」
「・・・・」
朝潮は思い出す。
あの提督に初めて出会った時、あの提督が鎮守府の掃除をしていた時、そして、自分のあのカレーを食べさせてくれた時。
その時、朝潮は確かに、それだけで救われていた。
「きっと、彼は私たちを見捨てない。どれだけ私たちがボロボロになっても、きっと見捨てない。きっと、傷付いたなりのやり方をおしえてくれる。私が戦う理由なんて、それだけで十分なんです。朝潮はどうしたいですか?」
「・・・・」
朝潮は考えた。そして、真っ先に提督に教えられた事を思い出した。
罪は、生きていればいくらでも償える、と。
死ねば、それは逃げているのと同じだ、と。
罰を課すのは、他人ではない。自分でもない。これからの人生である、と。
呪うのなら、他人ではなく、何もできなかった自分を呪え、と。
そして、それら全てを、前に進む糧とせよ、と。
朝潮は、ギュッと、胸に握拳あてる。
「わかり、ました・・・・」
朝潮は、真っ直ぐに顔をあげる。
「今回の演習、全力で行きましょう!」
その言葉に、全員が答える。
一方で、先ほど部屋を出て行った提督は・・・・・
「・・・こんな所に何の用だ?」
人気の無い森にやってきていた。
提督の右手には、いつの間にか懐にしのばされていた手紙だ。
『指定の時間に、鎮守府外れの森に来い』
という簡潔な言葉だけだったが、特にする事も無いのでやって来たわけだが。
ふと、背後でがさりという音が聞こえた。
「・・・珍しいな」
提督は振り向いた。
「お前があそこから出てくるなんてな」
「いやぁ、バレてた?」
そこには、まともに手入れされていない腰まで伸びた、いや、伸び放題というべき程伸びた黒髪。
肌は青白く、あまり健康的とは言えない。
ただ、顔立ちはそれなりに良いため、俗に言う、残念美人という類に分類されるだろう。
そして、彼女の身分を示す要素が一つ。その体に纏う、真っ白な白衣だ。
「何の用だ?」
「まあまあ、君にそのナイフや弾丸を与えたのは誰か、分かっているのかい?」
「むう・・・」
そう言われると、唸って何も言えなくなる提督。
彼女の名前は、『
提督に、深海棲艦の装甲板製のナイフと弾丸を与え、彼の上杉以外での唯一の協力者である、『海軍深海棲艦研究局
「それについては感謝している。ただ、今回呼び出した件について聞きたいだけだ」
「それもそうさね。ま、いいさ」
と、幽香は白衣の下から束になった資料を取り出す。
「これをみてみたまえ」
それを黙って受け取る提督。
「・・・・そうか」
提督は、それを見て納得する。
「出来る限りの事は調べたよ。一応、それの製法も分かった。ただ・・・」
「決まっている。使う気は無い」
「だろうね。何しろ君には忌むべき代物だからね。それは」
懐から出したたばこを口にくわえ、火をつけた幽香。
「・・・・君の妹を殺した力は使いたくないだろう」
「違う」
提督は、資料を持った手を下ろす。
「・・・雪菜を殺したのは、俺だ」
「そうかい」
そう返す幽香。
「それはそうと、今回の演習は勝ち目あんの?」
「ある」
「即答だね・・・・」
分かってたけど、と苦笑する幽香。
「しかし、分かってはいるんだよね?相手はあの『鬼百合』だけじゃなく、『狂犬』や『戦術鬼』までいる。他の鎮守府からも、加賀と瑞鶴のコンビに加え二航戦までいる第二や、第一に至っては単騎で敵の拠点を撃滅せしめた武蔵までいる。そんな奴ら相手に、お前の艦隊に勝ち目なんてほとんどないぞ?」
「ふん。そんな事ははじめから分かっている。自分より格上の相手に、真正面から挑む馬鹿などいない」
「そう言うだろうと思ったよ」
分かっていたかのように笑う幽香。
「どんな手を使ってでも勝つ。それが俺の戦い方だ」
深夜。
昼の間に第一と第二の演習を実施したあと、夜までまってこの時間。
第三と第四がやるのは、夜戦演習。
艦載機が使えない、周りが見えないので敵味方の判別が出来ず、入り乱れる、乱戦も覚悟される演習だ。
夜だという状況により、第四の大鳳は艦載機を使えない。
「・・・・予想通りだな」
「そうですね」
提督は、その様子からその様に言い、大淀がそれに同意する。
「やあ、第四の提督くん」
「・・・第三か」
提督は、やってきた第三の提督、天瀬玄に向く。
その傍らには矢矧。
「良い演習をしようじゃないか」
「・・・そうだな」
提督は、そう素っ気なく返す。
「やれやれ、君はもう少し、上官に対する敬意というものを示すべきではないのかね?」
「俺の敬愛すべき上官は、一人だけだ。それ以外は死んだ」
「それはもしかして、上杉大将殿の事かね?」
「そうだが?」
提督は、首を傾げる。
「あの男は確かに優秀なのだがねぇ・・・どうにも、海軍の意向に反対しているように見える。その上、巧みな言葉使いで部下を惑わし、手玉に取り、利用する。君ほどの人間なら、その事について気付いているだろう?そんな男の元について、君は不満じゃないのかね?」
「少なくとも、あの人は俺の恩人だ。理由はそれだけで十分だ」
提督は、そう答える。
それに溜息を吐く玄。
「やれやれ、君という人間は。どうにも思うように行かないね。まあ、それも今日までだ」
「どういう意味だ?」
「今回の演習、君が負けたあかつきには、君は我々の配下に下って貰う」
玄は、いつもの優しそうな笑みでそう言った。
「そうか」
だが、提督はそんな事興味無しにそう返す。
「おや?分かっているのかい?負けたら君は我々の奴隷という事なのだよ?」
「安心しろ。負けるのはお前らだ」
玄の言葉に、提督はそう返す。
それに、僅かに反応を示した玄。
だが、それ以上、感情が荒ぶることはなく、くっくと笑う。
「それは面白い冗談を言うね」
「冗談ではない」
「おや、もしかして本気で私の艦隊に勝とうと思っているのかい?」
そこで提督は言い返そうとした時、横から予想外な声が割り込んできた。
「そうでなければここにはいませんよ。天瀬提督」
「なに?」
思わず視線を大淀に向ける玄。
これには、後ろに控えていた矢矧も目を見開く。
「私たちは、勝つ為にここにいるんです。そんな分かり切った事を一々聞かないで欲しいです」
「・・・・これはどういう事かな?」
この時、初めて玄の顔から笑みが消えた。
提督は、さぞ当たり前のように言い放つ。
「俺は何もしていないが?」
「嘘を言うな。何故、艦娘如きが我々人間に口出し出来る」
「俺がやったのは、施設の整備、清掃、そして
「ほんとうに、それだけかね?」
「そうだが?」
嘘ではない。
実際、鎮守府内は掃除をし、傷んでいた場所は提督と妖精が共同で治した。
食に関しては、間宮のお陰でまかり通っている。
お陰で士気は上々、おそらく、どこの鎮守府よりも活気に満ちているだろう。
「・・・・どうやら、君には鎮守府を運営する資格はなかったようだね」
「何の話だ?」
「それは君が知る必要は無い。今回の演習、くれぐれも楽しみにしていたまえ。君の艦隊が、完膚なきまでに叩きのめされるその瞬間まで、ね」
玄は、そう言い残し、矢矧と共に去っていく。
「・・・・・まあ、良いだろう」
提督は、そんな玄の背中を見送った後にそう呟いた。
「申し訳ありません。あんな出過ぎた真似を・・・・」
「何を言っている?意見は多い方が良いに決まっているだろう」
その返しにしばし茫然とした大淀だったが、最後にふふ、と微笑む。
「そうでしたね」
「おーい!」
ふと背後から声がかかる。
振り返ると、そこには、第四鎮守府の艦隊全員がいた。
その中心に立つ摩耶が声をあげて言う。
「準備、出来たぜ!」
「そうか」
提督は、彼女たちに向く。
大淀が、横一列に並んだ皆の横に立つ。
「今回の演習内容は、夜戦による砲雷撃戦。敵は軽巡三、雷巡一、駆逐二、水雷戦隊でやってくる。我が艦隊の目的は敵の撃滅及び撤退、砲弾や魚雷を当てて、敵を轟沈判定にして数を減らすだけで良い。戦術的でも完全でもなんでも良い。勝ちを取りに行け」
提督は、一度、第四鎮守府の艦隊を見回す。
「―――指令だ。敵を撃滅し、暁の水平線に勝利を刻め」
『了解!』