鉄兜提督がブラック鎮守府に着任しました   作:幻在

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覚えておこう

「それで、無事に連絡は済んだんだろうな?」

『ああ、最後に切られたがな!』

イライラとした声を受話器越しにぶつけられるも、第一鎮守府提督の南雲勇は淡々とした口調で続ける。

「なら良い」

『そうかい。まあ、これでアイツのふざけた態度も終わりだろうな』

先ほどとは打って変わって嫌らしい笑い声が聞こえる。

「あの男は、立場というものをわきまえていない。その立場というものを、今回の演習で見せつければ、敬意というものを覚える筈だ。そして、二度と歯向かう事もないだろう」

『だろうな。ま、どうせ役立たずを寄せ集めた編成で来るんだろ?だったら第三の奴らに任せて、俺たちは俺たちで楽しもうぜ?』

「そうは行かない。確実に叩き潰す必要がある。圧倒的力量差で捻じ伏せるのだ」

『ま、そういう事なら、こっちもこっちで最強の編成でいかせてもらうぜ。良いよな?』

「ああ。構わない」

『そんじゃ、色々と準備の方は頼むわ。こっちはこっちでお前のとこ対策に没頭させてもらうからよ』

「勝手にしろ」

ガチャリ、と電話を切られる音が聞こえ、勇も受話器を置く。

「さて、お前たち」

振り返ると、そこには六人の女性が立っていた。

とは言っても、戦艦が三隻、重巡が二隻、駆逐が一隻といった編成だ。

「聞いての通り、これは見せしめだ。だから、徹底的に奴らを痛めつけろ。良いな」

『了解』

無機質な返事。

それを気にした様子もなく、勇は、窓の外を見る。

「・・・・ふん」

何を言うでもなく、そう吐き捨てただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

演習当日。

護送車で送られてきた第四鎮守府の提督、及び、大淀、摩耶、鳥海、大鳳、不知火、朝潮は、第一鎮守府の建物を見上げる。

「・・・・」

その建物に、大淀、摩耶、鳥海の三人は、かつての日々を思い出す。

「どうした?」

ふと、先にどんどん進んでいた提督が振り返ってそう声をかける。

「ああ、わりぃ」

「すみません、以前、所属がここだったので」

「今行きますので、待っててください」

「そこまで待たん」

慌てて追いかける三人。

「皆さん・・・」

「行きましょう、大鳳さん」

「はい、そうですね」

そんな三人を心配そうに見ていた大鳳であったが、不知火の言葉にうなずき、追いかけた。

ただ、その中で一番心配すべきなのは朝潮だろう。

さっきから挙動不審に周囲をオドオドと見渡していた。

「朝潮?」

「ひゃい!?」

「どうかしましたか?」

「ああ、いえ、なんでもありませんよ?」

「何故に疑問形?」

「おい」

提督の声が聞こえた。

「早くしろ」

「申し訳ありません」

「すみません!」

提督のずかずかとした歩調は、止まる事を知らずに進んでいく。

その後を、朝潮と不知火は慌てて追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一鎮守府の港前。

そこでは、すでに第一の艦隊、第二の艦隊、第三の艦隊がすでに出揃っていた。

「ふむ・・・」

提督は、その艦隊の編成を見た。

 

第一の編成。

戦艦 武蔵

戦艦 長門

戦艦 陸奥

重巡 足柄

重巡 那智

駆逐 磯風

 

火力を重視した力押しの艦隊だ。

 

第二の編成。

 

空母 加賀

空母 瑞鶴

空母 飛龍

空母 蒼龍

駆逐 舞風

駆逐 野分

 

航空機を中心とした先制攻撃特化の編成だ。

 

第三の編成。

 

軽巡 神通

軽巡 川内

軽巡 矢矧

雷巡 北上

駆逐 夕立

駆逐 時雨

 

どこからどう見ても水雷戦特化型。

 

 

 

「・・・・」

そんな編成の見て、戦術を立てようと考えた矢先。

「遅かったじゃねーか」

「む」

こちらに向かって、小馬鹿にしたような声。

「第二の提督か」

「真だ。斑鳩真」

「興味ない」

「テメェ・・・・上司に向かってその態度ォ・・・」

「さっさと並んで来い」

「あ、分かりました」

「無視すんなゴラァ!」

大声をあげた真に舌打ちする提督。

「ん?お前、大鳳じゃねえか」

「ッ!?」

その中で、そそくさと目立たない様に逃げていた大鳳を見つけた真。

「よぉ、元気かぁ?」

嫌みったらしくそう声をかける真に、オドオドと返す大鳳。

「は、はい、元気に、やって、ます・・・・」

歯切れ悪く返す大鳳に、更に追い打ちをかけるかの様に真は言う。

「お前の様な『役立たず』を使ってくれそうな所は、第四にしかないもんなぁ」

「・・・・」

真の言葉に、顔色を悪くする大鳳。

「せいぜい頑張れよ。まあ、それまでに気力が残ってれば良いがな」

「・・・・」

「おいおい、返事はどぉしたぁ!?」

「!?」

いきなり大鳳に向かって小突くような、しかしかなりの力を入れた蹴りを放つ真。

だが、その蹴りは大鳳を引っ張った誰かの手によって空振りに終わる。

「ああ?」

「関心しないな」

今まで黙っていた提督だ。

「んだよ、邪魔すんなよ」

「こんなくだらない事に時間を使うな。それに、戦う前に演習相手を攻撃して怪我させるのも、関心しないな」

「どうせコイツら、後で治んだから良いだろ?それともなんだ?お前の大事な部下が傷付くのが、見ていられないのか?」

「まさか」

提督は言い返す。

「勝率を下げられるのは困ると言っているんだ」

「ッハハ!お前、俺たちに勝とうと思ってんのかよ!?」

「もとよりそのつもりだ」

「ハッ!テメェら後ろでグダグダしてる第四が、前線で戦っている俺たちに勝てるかよ!立場わきまえろバカが」

「そうか」

提督はうなずく。

「つまり勝ては良いんだな?」

全くもって別の方向で納得した提督。

それに絶句する真。

しかし、その瞬間、提督の首元に向かって、光る何かが当てられる。

軍刀、それも第一の提督、勇のものだ。

「司令官!?」

思わず声を挙げる朝潮。

「・・・・ふざけているのか?」

「俺は至って真面目だが?」

何故、刃を突きつけられているのか分かっていない様子で、首を傾げる提督。

それに、舌打ちして突きつけていた軍刀を納める勇。

「たかが、()()()()()()()()()()()()()()()()弱者(クズ)や、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()弱者(バカ)のいる艦隊如きが、我々に勝てると思っているのか?」

「でなければここにはいない」

きっぱりと答える提督。

その背後では、うつむき、両拳を握りしめている摩耶の姿があった。

「・・・ふん」

踵を返す勇。

「せいぜい、今はその慢心に浸っていろ。すぐに貴様が間違っていた事に気付かされるのだからな」

数歩歩いた所で、振り向く勇。

「宣言してやる。お前たちは、第一第二どころか、第三にも勝てない」

そうして去って言った。

「・・・・何を言っているんだ?」

「要するに、私たちじゃここにいる全員に勝てないと言っているんですよ」

大淀がそう訳す。

「そうなのか?」

「そうなん・・・・はあ、このやり取り疲れる」

提督の反応にもはや呆れるしかない大淀。

「ただ・・・」

大淀は、去っていく勇の背中を睨み付ける。

「・・・あの男には、個人的に恨みがあるので」

「そうか、だが分かっているな?」

「ええ。私は旗艦です。私怨如きで、敗北という醜態は晒しません」

「なら良い」

提督は振り返り、自分の艦隊の方へ向く。

「・・・・今回の演習は、今のお前たちの実力がどこまで通用するのかという事を見極める為のものだ。だが、それでも俺たちは戦えるという事を証明しなければならない」

提督は言い放つ。

「勝て、それだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開会の宣言の後、それぞれが、与えられた部屋にて待機している頃。

「私、少しお手洗いに」

朝潮が、部屋から出ていく。

「・・・普通にトイレと言えばいいものを」

「提督、それどうなんだ?」

「?」

理解できていない提督。

それに何も言えない摩耶。

そういうわけで、無事、用を済ませた朝潮が、廊下の水道で、手を洗っていた所。

「まさか、君が出てくるとは思わなかったよ」

「!」

聞き覚えのある声に、思わずビクリと反応してしまう朝潮。

ゆっくりと、その方向へ向く朝潮。

そこには、黒髪を後ろで三つ編みに結った少女が、壁に背をあずけ、こちらに顔を向けていた。

「・・・時雨さん」

その名を呼ぶ朝潮。

その声音には、確かな怯えがあった。

「どうして、君の様な()()()()が、こんな所に出てくるのかなぁ?」

「えと、それは・・」

壁から離れ、朝潮に歩み寄る時雨。

それに対して、朝潮は後ずさりする。

「ねえ?どうして?」

壁に追い詰められ、時雨の光を失った眼に、カチカチとかすかに歯を鳴らして怯える朝潮。

「ねえ、どうしてなのさ」

そして、そのささやくような声は、徐々に、怒声へと変わっていく。

「どうして!お前の様な()()()()がこんな場所に出てくるんだよ!ずっとずっとあの場所で引き籠ってればよかったものを、どうしてお前は出てくるんだ!答えろよ!」

「あ、かぁ・・・は・・・」

いつの間にか首を絞められ、あえぐ朝潮。

「ご、めぇ、なさ・・・・」

「謝るぐらいなら、村雨を返せよ!この人殺しが!クズが!」

もはや何を言っても、時雨の怒りを逆撫でする要素でしかない。

徐々に、時雨の喚くような怒声を聞きながら朝潮の視界が黒く暗転していく。

「・・・・た・・・す・・・け・・・・て・・・・」

たった四文字、そう、()()()

「ああ?なんて言ったのさ?ええ?なあ、なんて言ったんだよ?」

もはや、平静を失い、朝潮を追い立てるしか考えていない時雨。

だが、その時、何かがこちらに走ってくる音が、確かに聞こえた。

「何をしている?」

そして、確かに聞こえた。

 

自分の提督の声が。

 

「おい!?いきなり飛び出したかと思ったら何を・・・って朝潮!?」

その後ろを摩耶が慌てて追いかけてくる。

だが、時雨はまるで気付いていないかの様にギリギリと朝潮を締め上げる。

「おい!やめろ!」

摩耶がそんな時雨に駆け寄り、朝潮から引き離そうとする。

「ッ!?邪魔するなぁ!」

「ぬあ!?」

だが、思わぬ反撃によって後退せざるを得ない摩耶。

否、振るわれた腕に当たり、思わず転びそうになった。

だが、その摩耶を支えた提督。

「提督?」

「・・・・」

摩耶が態勢を立て直したを見ずに感じると、支えていた手を放し、提督は時雨に近付く。

「おい」

「答えろ。おい答えろ、なんで答えないんだ。おい、答えろよ!」

「あ・・・あ・・・」

意識がほとんど残っていない朝潮。

元々持っていた()()()()()()精神力が仇になり、中々、意識を落とす事が出来ないのだ。

提督は舌打ちをして、時雨の肩を掴む。

「だから・・・邪魔するなぁ!」

時雨は、それをうっとおしそうに、思いっきり提督に向かって腕を薙ぐ。

だが、提督はそれを誘ったかのように限界までしゃがみ、時雨の薙ぎ払われる腕を回避する。

そして、時雨の腹に手を当てると、衝撃を与えぬように、ゆっくりと、しかし強く時雨を吹き飛ばす。

「うわ!?」

宙を舞い、しかし態勢が立っている状態のままだったので態勢を崩す事なく着地する。

吹き飛ばされると、共に、朝潮を離した。

「げほっ・・げほっ・・・」

「朝潮!?大丈夫か!?」

摩耶が朝潮に駆け寄る。

「ま・・・・や・・・さん・・・・」

「指は何本に見える?」

摩耶は、右手で三本指を立てる。

「はあ・・・・さん・・・ぼん・・・・」

「良し、大丈夫だな」

ほっと安堵の息を吐く摩耶。

「・・・・なんで邪魔したのさ」

「俺のものだからだ」

提督はそう言った。

しかも、もの。

「だから何?それで僕の邪魔をしたって訳?」

「そうだ」

時雨の問いに、提督はさも当然の様に答えた。

「そんな理由で、そんな理由で僕の邪魔をしたのか、そんな理由で・・・」

「どうせ、この後の演習でお前の鬱憤は晴らせるだろう。それとも、先に自分一人だけ手柄を横取りしたかったのか?」

「ソイツのせいで村雨は死んだんだ。ソイツのせいで仲間が沈んだんだ。人間なんか助ける価値なんてないのに、人間なんか、僕たちを見下している癖に、僕たちに頼らなきゃ何も出来ない癖に」

「そうだな。俺たちはお前たちに頼らなければ全滅の一途を辿るだろう。だが、それなのにどうしてお前たちは人間に従う?」

「それなのにソイツは仲間じゃなくて人間を助ける事を優先したんだ。艦娘(なかま)じゃなくて人間(クズ)を助けに行ったんだ。旗艦の役割を放棄して、それで仲間を見捨てて、仲間を全員殺して」

「・・・・さっきから何を言ってるんだ?」

「ソイツがいたせいで、ソイツが旗艦だったせいで、ソイツが、ソイツは、裏切り者だ。僕たち艦娘の裏切り者だ!」

さっきから話が全く噛み合っていない。

というか、時雨が聞く気がないだけで、提督の方は首を傾げている。

「そういう事だったのかよ・・・・」

一方で摩耶は、朝潮を介抱しながら、戦慄していた。

噂で聞いた程度だった。

第三の艦娘たちは、人間を酷く憎んでいると。

その理由は、おそらく七年前の事件が原因だという事。

一人の男が、逃げていく十人の逃亡犯を逃がすために、自分の命と引き換えに七人の艦娘を殺したというあの事件。

ただ、摩耶は、()()()に第四に異動になったために、詳しくはしらないが、とにかく、第一、第二、第三のほとんどの勢力が偶然横須賀に集まっていた時に起きた事だ。

どういう事なのかは知らない。しかし、その事件で犠牲になった艦娘は――――

 

 

駆逐艦 春雨

 

駆逐艦 吹雪

 

戦艦 比叡

 

軽巡 酒匂

 

軽巡 那珂

 

空母 翔鶴

 

重巡 羽黒

 

 

 

 

――――だった筈だ。その中に、村雨の名前はない。

つまり、村雨の死と朝潮はこの事件には関係はない。

あるとすれば、朝潮がここに来る原因となった輸送作戦。

確か失敗したと聞いてはいたが、おそらく、そういう事なのだろう。

犬歯をむき出しにして提督を睨む時雨と、それを軽く受け流しているように見える提督。

「どいてよ」

「断る」

「どけよ」

「断る」

「どけって言っているだろ!?」

「断る」

「―――――ッッ!」

とうとうキレた時雨。

だが。

「時雨、やめなさい」

その場を支配するような凛とした、ものすごく重々しい声が、その場に響いた。

「ッ!?」

息が詰まりそうな空気の重さに、摩耶は思わず戦慄する。

しかも、体が重い。まるでドロドロの液体の中にいるかのようだ。

その声に、流石に止まる時雨。

そして、怯えているかのように、ゆっくりと振り向いた。

「神通さん・・・・・」

ノースリーブの制服、頭の後ろをリボンで結った茶色の髪型。

そして、額にある鉄の額当て。

 

『鬼百合』の異名を持つ川内型二番艦『神通』だ。

 

おそらく時雨を止めるためのものの筈だが、それでもこの重圧は向けられていない筈の摩耶にもかなりの苦痛だ。

その証拠に先ほどから冷や汗が止まらない。

(くそ・・・なんて気迫だ・・・・)

提督にあの地獄の様な特訓を受けていなければ意識を失って、四肢が弛緩してしまうかもしれない重圧。

ただ、特に驚くべきなのは、その重圧を受けてなお立っている提督だ。

まるで微動だにしていない。

「じん・・・つう・・・さん・・・」

「いないと思ったら、こんな所にいたんですね。ダメですよ。時間まで自室で待機と言われたでしょう?」

「・・・はい・・すみません・・・」

何も言い返せない時雨。

「うちの時雨が失礼をしました」

「構わん」

「では」

神通は、その濁った眼を一度提督に向け、まじまじと見た。

「・・・・どうした?」

「いえ、見覚えのある双眸だと思いまして」

「そうか」

提督は淡々と返す。

神通は、踵を返し、去っていく。

「・・・覚えてろ」

時雨は、憎々し気に、そう吐き捨て、神通の後を追った。

「覚えておこう」

提督は時雨の背中にそう言い、振り返り、朝潮と摩耶の元へ向かう。

「朝潮の様子はどうだ?」

「意識ははっきりしてるが・・・・なんだか体に力が入らないみてぇなんだ」

「体が弛緩しているようだな。ここだな」

提督は朝潮の胸の一部を()()()で叩いた。

「ふぎゅぁ!?」

奇怪な悲鳴をあげて、飛び上がる朝潮。

「ハア・・・ハア・・・ハア・・・何が起こったの・・・?」

訳が分からないとでも言うかのように目を大きく見開き、叩かれた胸を抑えていた。

「上司に教えられた、一回で気力を無理矢理引き戻すツボだ。効果は見ての通りだ」

「これ失敗したらまず間違いなく痛いだけじゃすみませんよね!?」

「心配するな。痛いだけで済む」

「そういう問題じゃなくて・・・・」

いつもの調子の二人。

それに思わず安心してしまう摩耶であったが、ふと、先ほど神通と時雨が去っていった廊下を見据える。

「・・・・」

(たぶんアタシも、こういうのに直面するんだろうな)

そう、思うのだった。

 

 


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