第一鎮守府。
そこは、本営のすぐそばにあり、常に本営の命令を受けて動いている。
希に、元帥が来席する事もありその度に、指令を授かる事が多々ある。
構成は戦艦や重巡を主とした巨砲大艦主義まっしぐらな火力重視。
空母や駆逐艦も何隻が着任しているとはいえ、その統制は、全ての鎮守府の中で群を抜いて高い。
ただ、今回は、その外れにある屋根のある白いティーテーブルで、事ははじまる。
テーブルの上に、ティーセットを用意している、一人の女性。
髪型はショートカット。眼鏡をかけており、頭には、カチューシャのようなものを被っている。
服装は巫女服で、ティーセットを用意している様は、どこか、アンバランスな雰囲気をかもしだす。
最も、その手つきは手慣れており、一切迷うことなく、菓子やティーカップを用意していく。
用意したのはカップ及びソーサーを三組。
これから来る義姉と、その友人と、自分の分だ。
「これで、よし」
「霧島ー!」
「あ」
遠くから聞こえた声。
それに振り向く、『霧島』と呼ばれた女性。
「金剛お姉様ー!用意出来ておりますー!」
その声に、大きな声で返す女性。
「congratulation!こっちも連れて来たヨー!」
姉、金剛の後ろを歩いてついてくるもう一人の人物。
白い軍服姿に黒の手袋。
きっちり着こなしているくせに歩き方はズカズカと大雑把。
そして、異様ともいえる、兜を被った姿は、自分が良く知っている人物だ。
「久しぶりです」
「・・・ああ」
そうやって微笑む彼女に、鉄兜の男は、そう返した。
二人は艦娘だ。その名は、金剛型戦艦一番艦『金剛』と四番艦『霧島』である。
「どうぞ」
「すまない」
霧島から紅茶を渡され、それを受け取る提督。
カップを持ち、兜の隙間から中の茶色い液体を流し込む。
「遅くなりましたが、鎮守府着任オメデトウデス」
「ああ、ありがとう」
スコーンを一個を鷲掴み、それを兜の隙間へと頬る。
味は、しない。
「様子はどうですカ?」
「問題無い。何度か殺されかける程度だ」
「それ大丈夫じゃないと思いますけど。しかも大問題です」
提督の返答に呆れた様な声を出す霧島。
ふと、金剛はこんな質問を投げかけた。
「――――大淀は元気デスカ?」
大淀。
艦娘適合率がたった約七十%以下で艦娘になった女性の事だ。
彼女は以前、第一鎮守府にて、その艦隊指揮能力及び通常の艦娘より広い範囲での通信を可能とする性能を持って活躍していたのだが、適合率の所為で思ったほどの性能は出ず、危うく解体処分になる所を、第四鎮守府最初の艦娘として着任する事を許された艦娘だ。
「・・・・ああ」
「そうデスカ。なら、良かったデス」
「・・・・アイツは
その質問に、少し躊躇う金剛。
「・・・まだ、次の大淀適正者が出てきていないので、また
「捨てられるか」
「・・・・はい」
代わりに答えた霧島の表情が曇る。
「そうか・・・・」
「貴方は、どうしたいデスカ?」
金剛が聞いてくる。
「・・・・・有能さを示すしかないだろう」
提督が言う。
「次の大淀が見つかったとして、ソイツが役に立つかどうかは分からない。ならば、自分の有能さを証明するしかないだろう」
「デスネ」
「そうですね」
そう同意する三人。
「あ、他にも、摩耶や鳥海は・・・・」
「摩耶は克服させた。対空戦闘はもう可能だ」
「それは良かったデース」
うなずく金剛。
「他の艦娘のメンタルも回復してきている。このまま行けば、大規模作戦の参加も可能になるだろう」
「でも、それってまずくないですか?」
霧島が恐る恐るそう言う。
「パワーバランスが変化する可能性があるな」
「やっぱり分かってた・・・」
「霧島、諦めなサイ。この人が真面目で一生懸命で常識知らずの無遠慮な男だという事は良く分かっているデショ?」
「仰る通りでございます・・・・」
もはや諦めるしかない。
ふと、残りを飲み干した提督は、片手に持ったソーサーにカップを置き、ある事を尋ねる。
「・・・・妙高型について」
「・・・・一応、『伊吹雪斗』は死んだ事になっていマース・・・しかし、それでも、まるで八つ当たりの様に深海棲艦に憂さをぶつけています」
「精神状態は?」
「大丈夫と言ってもいいでしょう。ですが、おそらく貴方の姿を見た瞬間・・・」
霧島の言葉が切れ、沈黙が流れる。
「・・・・・提督」
金剛が、沈黙を破るかのように、口を開く。
「もし、自分の正体がバレて、彼女たちが襲ってきたら・・・・貴方は彼女たちを斬りマスカ?」
その問いに、提督はしばしの逡巡を含めて。
「・・・・わからない」
そう、言った。
「そうデスカ」
寂しく笑う金剛。
「きっと、『あの子』も、そう言うと思いマース」
「・・・・そうか」
提督は、そう返事を返すのみだった。
「紅茶、ありがとう」
「はい、こちらこそ、来て頂いてありがとうございました」
「また、一緒にやりまショウ」
「ああ」
提督が、金剛と霧島にそう言い、二人は微笑む。
ふと、俯いた提督は、また顔をあげ、訪ねる。
「お前たち」
「はい?」
「なんデスカ?」
「・・・・・お前たちは、恨んでいないのか?」
その質問にきょとんとした二人だったが、やがて困ったような笑みを浮かべた。
「もう昔の事デス。気にしないで下サーイ」
「そうですよ。それに、貴方と私たちじゃ・・・・」
「・・・そうか。すまな・・・」
提督のその返答に、金剛は口のあたりに人差し指をあてる。
「こういうときは、アリガトウ、って言うんですヨ?」
「・・・・・・そうか?」
「そうなんデース」
「そうか・・・・ありがとう」
提督が立ち去り、金剛たちと別れるその一部を見ている者がいた。
「・・・・」
黒髪に長い髪を頭の後ろで結い、歴戦を思わせるその表情と顔立ちは、『妙高型』の二番艦に相応しい出で立ちだ。
その視線は、真っすぐに鉄兜の男を睨んでいた。
「・・・・やはり聞こえないか・・・・指向性マイクでも持ってくるべきだったな」
どうやら耳を澄ましていたようだが、聞こえなかったらしい。
それほどまでに、彼らは小さい声で話し合っていたのだ。
「とにかく、提督に報告しておくか・・・・第四の提督について、金剛たちから聞き出す必要もあるようだしな」
踵を返し、歩き出す彼女。
奴の正体がなんであれ、私は、ただ戦うだけだ。
ただ、『向こう』に行ってしまった、弟を殺す為に。
遠い、海にある、城塞にて。
「――――『ソレ』ノ調子ハドウダ?」
フードを被った小さな少女が、目の前で黒い槍を持った男に問いかける。
服装、というか鎧は軽装であるように、肘膝肩脛にそれぞれプロテクターのついたジャケットを着ており、前開きの胸にはプレート。髪の色は黒のつんつんとした頭だ。
「ああ、絶好調だぜ」
「なーに調子乗ってんのよ」
「あで!?」
振り向いてドヤ顔した男の頭を殴る、一人の女性。
腰まで伸びた長い髪に体に密着しそうなラバースーツの上にいくつかの装甲をつけた装備、そして、顔立ちはそれなりに綺麗ではあるが、どういう訳か、茶色の左目に対して、右目が血の様に赤い。
「いってーな!何すんだよ美代!」
「アンタはいつも調子乗って失敗するから気付けしてあげたんじゃない」
「ぐ・・・」
女性の言葉に反論できない男。
「ふん、これだから男は・・・・」
「その男に負けてたのは誰だよ・・・・」
「う、うるさいわね!あれは調子が悪かっただけよ!」
「ハッ!『アイツ』に一度も勝てなかった癖によく言うぜ!」
「何をー!」
ヒートアップしていきそうな二人の喧嘩。
だが、それを止める者が一人。
「やめないか」
「「ギャン!?」」
頭部を思いっきり殴られ、うずくまる二人。
「いたたぁ・・・・」
「何すんだよ蓮太!」
その殴った張本人を睨みつける二人。
そこには、二人よりも二回りも大きい体格に、がっちりとしたパワードスーツの様なものを着ていた。
髪は、色素がばっさりと抜けたかのように白く、顔にはしわが出来ており、その眼光は、二人を見下している。
「こんな所で喧嘩している暇はないぞ。『提督』がお待ちだ」
「ソウダゾ?早クシナイト怒ラレルゾ?」
「チッ」
「ふん」
渋々と言った感じで引き下がる二人。
「行くぞ」
「あいよ」
「分かったわ」
「イッテラッシャーイ」
フードの少女に見送られ、三人は、『執務室』へと向かう。
「お待たせしました。『
「『
「『
三人が敬礼をし、『執務室』にいる男を見る。
「やっと来たか」
奥にいる白軍服の男。
この部屋には、他にも数名いた。
たった今来た彼らを加え、九人。
横一列に並び、目の前に立つ『提督』を見る。
「全員、『
答える者はいない。
『提督』は、それを返事と受け取り、言う。
「我々の『復讐』が果たされる時だ。今こそ、日本を滅ぼし、そこに、我々の新しい国を作ろう。誰も苦しまず、誰もが幸福でいられる、そんな新しい国を」
『提督』は誓う。
「まずは、我々の力を示し、屈服させよ!暁の水平線に、勝利を刻め!」
『ハッ!』
これから始まるのは、第四の提督の原初にして始まり、絶望と血と憎悪にまみれた、残酷な戦争だ。
その戦いは、一人の男を中心として動き出す。