第三鎮守府。
そこは主に、水雷戦隊と遠征部隊を中心に構成される、後方支援型の鎮守府。
の、はずなのだが、この鎮守府では、第一の戦艦や第二の空母に引けを取らない、軽巡洋艦や駆逐艦がいる。
駆逐艦『夕立』
駆逐艦『時雨』
軽巡洋艦『球磨』
軽巡洋艦『矢矧』
そして、現在最強と言われ、かの大和を、単艦にて大破せしめた、鬼百合の異名を持つ、軽巡洋艦『神通』
最後に、神通ほどではないにしろ、この鎮守府でナンバー2の実力を持つ、
俗に言う、『
「やっほ~」
お気楽に声をかける北上。
それに対して、提督は態度を変えず。
「ああ、三年ぶりだな」
久しき『知り合い』に、そう言った。
「球磨の様子はどうだ?」
「戦闘に支障はありません。時々、軽く痛む程度みたいです」
「そうか」
大井の返答にそう返す提督。
「そういう君こそ、第四ではどうなの?あそこ、毎回着任した提督が行方不明になってるって聞いたけど?」
「ああ。殺されていた」
隠す事もせずにそうつげる。
「ありゃりゃ・・・・」
「大丈夫なんですか?」
北上は苦笑し、大井は心配そうに。
それに対して提督の返答は淡々としたものだ。
「問題無い」
「なら大丈夫だね」
それに安心した様に返す北上。
ふと、北上の表情が、気楽なものから真剣なものに変わる。
「で?聞きたい事はそれだけ?」
しばしの間。
ここで提督は、はじめて質問を躊躇った。
だが、すぐに切り出す。
「・・・白露型、阿賀野型、川内型の様子は?」
「一応、金剛型と妙高型、翔鶴型の状態も言えるよ?」
「なら、頼む」
ふう、と息を吐いた北上。
そこで頭の後ろで組んでいた手をおろす北上。
「・・・・金剛型以外はかなり
「・・・そうか」
空気は重く、暗いものへと、ねっとりとしたものへと変わる。
「
大井が浮かない顔で俯く。
「特に、白露型は殺気だってるよ。もう五年もたってるのに、懲りないよね」
「
提督は言う。
「誰かを失う苦しみは、誰よりも理解している」
「そこだけは、確信をもって言えるよね・・・特に、君の場合は」
提督の言葉に、同意する北上と大井。
「それはそうと、どう?
「問題無い。その気になればいつでも
「整備は怠ってないよね?」
「怠れる訳が無いだろう。まあ、使わないのが一番だがな」
「ですね」
一旦、会話を切る三人。
ふと俯いた北上は、提督に問う。
「ねえ。今、私たちの事、どう思ってる?」
「・・・・『兵器』だと思っている」
「だよね」
諦めたかの様な笑みを浮かべる北上。
「北上さん・・・・」
「本当、笑っちゃうよね・・・・・『天才』までと呼ばれたこの北上サマが、君の
自虐するような北上の言葉に、大井は、何も言えない。
「・・・・・過去など捨て置け」
だが、そんな北上に、提督は遠慮無しに言う。
「過去から連れてくるべきは『罪』であって『心情』ではない」
「うん・・・そうだね・・・・・」
目を閉じる北上。
「・・・・過去は捨てて罪を償え・・・・か・・・相変わらず矛盾した事を言うよね。罪は過去そのものなのにさ」
「そうか?」
「そうだよ」
「でも、それなりに筋は通ってます。偏見過ぎますけど」
ふふ、と笑う大井。
「ありがと、少し元気出た」
「そうか」
ニシシと笑う北上。
「さて、これからどうする?球磨姉に会ってく?」
ふぅむ、と唸る提督。
「・・・・いや」
提督は、断る事を選んだ。
「最後に聞きたい事がある」
「何?」
「一度、第一に行った事があるはずだ。その時のそこの様子はどうだった?」
「一言で言って、まるで機械化兵団だね。金剛だけは感情的とは言え、榛名を人質に取られているような状態だからね」
「大和は?」
「相変わらず、元帥の犬だよ」
「そうか。ありがとう」
「どういたしまして」
二人の横を通る提督。
「もう帰んの?」
「ああ」
提督は返す。
「長居は無用だ」
「徒歩で良いの?」
「ああ」
「電車は使わないので?」
「金は持ってこなかった」
「なんで持ってないの?」
「盗まれるといけない」
「流石にそれは無いと思う」
要らない心配だと思うよ、という北上の言葉に、そうか?と首を傾げる提督。
「では、また機会があれば」
「ああ」
「気を付けてね~」
踵を返して、歩き出す。
ただ、数歩歩いた所で立ち止まる提督。
しばし逡巡すると、提督は肩越しに振り向いた。
「・・・・『奴ら』には出会ったか?」
「・・・・いや、ここまで音沙汰無しだよ」
「そうか」
それを聞いて、提督はまた歩き出した。
その様子を、とある一室の窓から見届ける人物が一人。
「球磨姉さん」
その部屋の扉が開く。
そこから入って来たのは、眼帯の少女。
「木曾か」
「良いのか?見送りしなくてさ」
「良いんだクマ」
彼女は、左鎖骨あたりにある『古傷』に手をあてて、自虐する様に笑う。
「また、会えるクマ」
軽巡洋艦『球磨』は、提督の後ろ姿を見届けて、そう結論付けるのだった。
『あの日』からすでに六年。
提督は、道路を歩道を歩きながら、しばし考えを巡らせていた。
北上の話から、『奴ら』はまだ準備を進めている。
その為に、艦娘たちの足止めのために深海棲艦を送り込んでくる。
消耗するのは一方的とは言えないが、それでもこちらの補給路は確実に寸断しようとしてきている。
今までに、その寸断の成功は五十二回中、二十一回。
その際に、『鬼級』の出現が確認されているらしい。
おそらく、そこまで
早急に奴らの拠点を叩かなければ、こちらの勝機は
それだけはどうしても防がなければならない。
最悪の場合、己の正体を晒してでも、戦場に
たとえ、
数十時間もかけて、辿り着いた第四鎮守府。
提督は特に疲労した様子をも無く、真夜中の鎮守府の敷地に入っていく。
「兜さん」
入り口には、間宮が立っていた。
「おかえりなさい」
「・・・ただいま」
二人して中に入る。
「鎮守府の様子はどうだ?」
「満潮と霞が、貴方の暗殺を計画していました。よっぽど荒潮の異動に不満があったようです」
「その後は?」
「朝潮がそれに気付いて、大淀さんに言って、それで見事に独房に入れられましたよ」
「そうか」
「第三はどうでしたか?」
「気に入らん」
「そうですか」
提督の答えに、どこか安心した様に微笑む間宮。
「あの鎮守府は恐怖の元に支配をする恐怖政治じみた事をやっている。あれではいざって時の危機管理能力がなくなり、帰還してくる確率が確実に下がる。貴重な戦力である艦娘をみすみす失うなど、三流のする事だ」
「ははは・・・・相変わらずの正論ですね・・・」
ある意味、偏見から入った正論に苦笑する間宮。
だが、その表情が、すぐに浮かないものに変わる。
時々感じてしまうのだ。
彼の背中から、確かな『哀愁』というものが。
それはおそらく、親を失い、友人を失い、仲間を失い、尊敬する上司を失い、仲間から切り捨てられ、挙句の果てには、その手で自らの妹を殺す事になった。
たった一年で詰め込まれたそのショックは、彼を一度、壊す事に至った。
そのさい、どうやって再起したのかは知らないが、それでも、立ち上がるきっかけは、誰かがくれたのだろう。
きっと、彼は二度と幸せを掴む事などないだろう。
この戦いが終われば、人知れず、きっと消えていく。
誰にも知られず、消えていくだろう――――