鉄兜提督がブラック鎮守府に着任しました   作:幻在

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失ったものはそれだけか?

「・・・・」

早朝、艤装を展開している摩耶。

目の前に広がるのは広大な海。

ただし自分が立っているのはアスファルトの土手。

海上ではない。

ごくり、と唾を飲み、ゆっくりと海面に足を踏み入れる。

「よし・・・」

それだけで、どういう訳か歓喜する摩耶。

「あとはこのまま・・・・」

滑り出すだけ。

動ける。

摩耶は他の艦娘同様、普通に海を滑れている。

そう、滑れているのだ。

「なんだ。それぐらい出来るんじゃないか」

「うおわ!?」

突然、提督がどこからともなく現れる。

「い、一体いつ!?」

「つい先ほど。前に言っただろう。俺は基本二十四時間行動だと」

「・・・・休んでんのか?」

「案ずるな。適度に仮眠をとっている」

「なら良いんだけどよ・・・・」

ジト目で提督を睨みつける摩耶。

だが、すぐにそっぽをむく。

「それで?感想は?」

「悪くない。だがそれだとどうしても分からんな。俺に砲塔を向けられる奴が、何故演習に限って出撃しないのか。まさか、仲間を撃てないとか抜かすんじゃないだろうな?」

「そういう訳じゃ・・・ねえよ」

「ならなんだ?」

相変わらず遠慮なしに聞いてくる提督。

いつもの事に溜息を吐きながらも、摩耶は言った。

「・・・・海に出ると、撃てなくなるんだ。主に、対空兵装がな」

「む、なら主砲は撃てるのか?」

「そんな単純なもんじゃねえ・・・・主砲の場合はどういう訳か海に出ると全部空砲になって出てくる。こんな風にな」

試しに一発放つ。

すると、砲弾はでずに音だけが鳴り響く。

「装填はしたのか?」

間髪入れずに聞いてくる。

「した。弾のチェックもしたし、しっかり装填の確認もした。それなのに、全部空砲だ」

「ふむ。一方で、対空兵装というと、機関銃や高角砲あたりが使えないという事だな?」

「ああ。その通りだ」

俯き、水面に映る自分の顔を見る。

酷い有様だ。

その自分の顔に思わず笑いたくなってくる。

「困るな」

提督のつぶやきが耳に入る。

「そうかよ」

「ああ。今回の出撃は空母の艦載機相手にお前を活用したいのだがな・・・・・困ったものだな」

「どうせアタシたちの過去なんざ興味ねえんだろ?」

「そうだ」

即答する提督。そのいつも通りの反応に、摩耶は呆れたくなる。

ただ、今回は少し違った。

「俺がお前たちに過去を話さないように、お前たちも俺に過去を話す必要などない」

「え?」

その言葉に目を丸くする摩耶。

「とにかく、過去がなんであれ、作戦には参加して貰わなければならない。どうせ過去を話したところで誰かが帰ってくる訳ではないのだからな」

「あ、ああ、そうだな・・・」

提督の一方的な話題変更に思わずたじろぐも、確かにその通りだと思わされる。

「お前の場合、どうやら対空戦闘になんらかの恐怖を感じているようだな。ならば、大鳳やその辺りでいっその事沈められる寸前まで攻撃されてみてはどうだ?」

「いやなんでそんな危険な事をやらせようとするんだ?」

「ちゃんと死なない様に調整はする。だから安心しろ」

「鳥海が黙ってないと思うんだが・・・・」

「その場合はいつも通り()()()()

「ああ、そう・・・」

「ちなみに今思いついた」

「今かよ!?」

よくこんなので提督になれたなと思う摩耶。

「どちらにしろ、お前の恐怖をなくさない限りは二度と戦えないだろうな」

そういう提督に何も言えない摩耶。

「決めるのはお前だ。だが作戦には出て貰う。早く治してももらいたいからな」

踵を返し、立ち去っていく提督。

「・・・・早く治すったって・・・・・アタシには・・・・・」

海に立つだけで精一杯。

もはやその事実を否応なしに受け入れなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

提督から――――といっても渡してきたのは大淀に頼まれた不知火だったが――――受け取った一枚の紙。

それに朝潮が目を疑うような内容が書かれていた。

 

 

 

出撃任務。

 

鎮守府近海を通過するであろう敵小規模機動部隊の撃滅を敢行せよ。

 

編成は以下の通り。

 

旗艦

軽巡 五十鈴

随伴艦

軽母 隼鷹

重巡 摩耶

重巡 鳥海

駆逐 海風

駆逐 朝潮

 

 

 

 

 

 

「・・・・ナァニコレ?」

いやなにこれ?なんで自分が編成に入ってんの?

しかもなんとなく目立ちやすい一番下だし。なにこれイヤガラセ?

「いやいや現実逃避するな朝潮」

頭を左右に振り、気持ちを切り替える。

「五十鈴さんが旗艦・・・・・まあ、この部屋はもともと私が自分から入ったんだし問題ないよね」

一応、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

そんな風に呼ぶのは、()()()()に関わった者と、自分がいた第三鎮守府の艦娘たちだけだ。

「打ち合わせはどうするのかな・・・・」

気になり、ゴミ溜めの部屋から出る。

しばらく廊下を歩いていると、廊下の脇で、壁に背中を預けている人物の姿を見つけた。

「出撃部隊に選ばれたそうね」

朝潮型の一人、満潮だ。

敵意たっぷりとした視線を朝潮に突き刺す様に向ける。

それに思わず怖気づき、何も言えない朝潮。

「チッ」

それにしびれを切らし舌打ちする満潮。

「せいぜい頑張れば、裏切り者」

「ッ・・・」

その言葉が、どうしようもなく朝潮の心に突き刺さる。

満潮は朝潮に向かい、その脇を通り抜け、立ち去る。

「・・・・私は・・・間違った事なんて・・・・・」

それだけを、漏らす事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

執務室にて。

 

「以上が、今回の作戦の内容になる。五十鈴が旗艦な理由は、単純な話、戦果だ。異論は俺の前では無駄だと思え」

提督が資料を片手に横一列に並ぶ彼女たちに告げる。

提督から見て左から、旗艦の五十鈴、隼鷹、鳥海、摩耶、海風、朝潮だ。

「敵に対して輪形陣で挑め。対空は摩耶。五十鈴と鳥海、朝潮と海風はいるであろう敵の空母以外の随伴艦の撃破だ。隼鷹は制空権を確保する事に専念しろ」

淡々と告げる提督。

その作戦内容に、なんとも適材適所な内容だと思い知らされる。

五十鈴がこの鎮守府へ異動となったのは、他艦娘とは違う点で感情的だという事だ。

なんとも些細な話、無理な作戦などの一切を無視して仲間の生存を優先する事に苛立った彼女のいた第三鎮守府の提督がこの第四鎮守府に行かせたのだ。

名取はその気弱な性格から、長良はあまりにも適当で反発すると言う理不尽な理由で()()()()一緒に異動させられたのだ。

ただ、その能力は高いもので、指揮に関しては群を抜いている。

これほど旗艦にうってつけなのは、大淀を除いて他にいないだろう。

そんな事は提督にとって当然の様にどうでも良い事なのだが、とにかく彼女に旗艦を任せたのはそれに基づく提督の判断だ。

「作戦は以上だ。出撃は敵が鎮守府近海(ここ)にやってくると思われる時刻と合わせる為に、午後三時とする。敗北は認めん」

背後の執務机に資料を置く。

「集合は三時より三十分早い時間に工廠に集まれ、装備を確認を忘れるな。不備があれば妖精に頼め。解散だ」

『了解』

「・・・・」

ぞろぞろと部屋を出ていく艦娘たち。

摩耶が最後に部屋を出た所で、ふう、と溜息をつく。

「結局出撃する事になってしまった・・・・・強引なんだよあの提督は・・・・」

それゆえに真面目でひたむきなのだろう。

そこで、摩耶は鳥海がでていない事に気付く。

「・・・・・鳥海?」

その瞬間、執務室の中から音が聞こえた。

「!?」

「どうして摩耶を出撃させるんですか!?」

鳥海の怒声が響いた。

すでに周囲はそれぞれの部屋に向かい誰もいない。

声が聞こえる事は無い。

一方で執務室の中では。

鳥海が提督の胸倉を掴んで壁に押し付けて圧倒的怒気を発して至近距離で提督を睨み付けていた。

「あの子がどれほど苦しんでるのか・・・貴方に分かるんですか!?」

「分からんな」

悪びれもせずに言い放つ提督。

その予想できた回答に、さらに鳥海の怒り()に油をを注ぐ。

「なんですって・・・・ッ!」

「奴が何を失ったのか知らないが、俺には関係ない事だ。その問題は奴のだ。俺が干渉する必要などない」

「必要がないからって・・・・今の状態でまともに戦える訳ないでしょう・・・・ッ!」

「その状態を今回の作戦で克服してもらう。でなければ今後の作戦でいろいろと困る」

「その為のあの作戦ですか・・・・・摩耶一人に対空をやらせて、他は雑兵を相手をしてろって事ですか・・!?」

「その通りだ」

「ッ・・・!ふざけないで!」

とうとう鳥海の口から暴言が飛ぶ。

「貴方一体なんなんですか!?他人の過去も気持ちも知ろうとしないで、勝手に話を進めて、それでいて誰かを苦しめる様な作戦を敷いて、それで意見も聞かずに、あげくの果てには無理矢理出撃させようとするじゃないですか!?」

「他の鎮守府でもやっていた事だろう?」

「違う、ほかの鎮守府の提督は、使えない艦娘は使わない。だってそれじゃあまともな戦果なんて得られないでしょう?でもあなたは、わざわざ戦えない艦娘をむざむざ出撃させて死ねと言っているようなものじゃないですか。せめて沈まないような作戦は立てます。貴方はそれすらしてないじゃないですか」

嗚咽混じりの怒声。

もはや鳥海は提督への暴言を戒める気など毛頭なかった。

「高雄姉さんや愛宕姉さんを失ったあの娘の気持ちが・・・・貴方に分かるんですか!?」

その問いに、提督は。

「―――――()()()()()()

そう即答した。

鳥海は、それを『言いたい事』だと()()()して、さらに怒りを燃え上がらせる。

「あなたは・・・・」

()()()()()それだけか?」

「え・・・・?」

次に言った提督の言葉に、鳥海は間抜けにも声を漏らす。

「父は?母は?兄は?姉は?妹は?弟は?友人は?知り合いは?親戚は?従兄妹(いとこ)は?叔父は?叔母は?仲間は?先輩は?後輩は?それ全部()()()()()?」

提督は、鳥海に向かってそう問いかける。

艦娘は元は人間。当然、家族がいる訳で、大体は強制だ。

従わなければ、家族が人質に取られる事もある。

「その繋がりを失った事は?裏切られた事は?信頼が無くなった事は?家族を殺した事は?それ全部まとめてやった事はあるのか?」

「え・・・あ・・・・・」

それに答える事の出来ない鳥海。

何故そんな事を聞いてくるのか。

鳥海は答える事が出来なかった。

それに対して、提督は溜息をついた。

「所詮はこの程度」

提督は鳥海を見る。

「その程度で易々と気持ちが分かるのかとか抜かすな。お前たちも、俺の気持ちというものなど分からないくせにな」

それを最後に、提督は鳥海を締め出した。

もはや茫然としている鳥海は、ふらふらとした歩き方で執務室の前から離れていく。

摩耶は、鳥海が空けた扉の死角に入っていたので、見える事は無かったが、それでも、摩耶は提督の信じられない言葉に、驚く事しか出来なかった。

「・・・・・家族を・・・・・・殺した・・・?」

その意味が分からず、摩耶はその場に立ち尽くした。


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