鉄兜提督がブラック鎮守府に着任しました   作:幻在

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鉄兜提督が着任しました

――――突如、海より来たりし、謎の黒い生命体。

その姿、異形にして恐ろしく。

その体、異様にして美しく。

その思考、容赦など無い。

ただ深海の底よりいでし、怪物。

 

人は奴らを深海棲艦と呼ぶ。

 

その装甲、人類に貫く術無し。

その主砲、人類に防ぐ術無し。

その力、人類が勝る術、無し。

 

奴らの目的は、ただ一つ。

 

人類の抹殺。

ただ殺す機械の様に、冷徹に、虐殺の限りを尽くす。

 

しかし、滅亡の道を辿る人類に、一筋の希望在り。

 

女子の姿をした、かつての艦艇の生まれ変わり。

その姿、武人にして誇らしく。

その体、丈夫にして美しく。

その強さ、奴らに対抗する唯一の手段。

 

人は彼女たちを、尊敬と畏怖を込めて、こう呼んだ。

 

 

 

 

艦娘――――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

その戦いが始まり、七年。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

錆びれた、赤レンガの建物。

海に面するこの場所は、この時代で俗に言う、『鎮守府』と呼ばれるものだ。

その言葉が指す意味は、ただ一つ。

 

人類の希望たる艦娘の拠点。

 

ただ、あちらこちらが風化しており、とてもじゃないが、『希望』を置いておく場所とは到底思えない。

そこに、一人の男がやってくる。

白い軍服を正しく着込み、だがその歩き方はズカズカとした不器用なもの。

手は黒い()()()()の手袋に包まれ、靴もそれなりに丈夫な物。

そして、歴戦の兵士を思わせる気迫。

ただそれだけなら、周りからはただの一人の海軍兵と思われるだろう。

だが、たった一つの点だけ、異様と呼べるものがあった。

 

 

鉄兜を被っているのだ。

 

 

その鉄兜は所々に傷がついてはいるが、ちゃんとした手入れをされている。

兜の種類は頭全体を隠すクロスヘルム。

とても簡素な造りで、その素材は全部、金属。それも鉄。

その兜の存在が、異様な雰囲気を漂わせ、とてもでは無いが、近寄りがたい。

その男が、ずかずかと鎮守府に向かって歩いていく。

扉を開ける。

中はがらんとしており、人がいる様な気配は無い。

否、息をひそめて隠れている。

鉄兜男はそれを気にした様子もなく中に躊躇い無く入っていく。

表情は、兜によって見えない。

ただ、彼にとってはこれが恰好をつけている訳でもなければふざけている訳でもない。

 

至極真面目な理由だ。

 

ただ、今はそんな話をしている暇は無い。

ふと誰かが出てくる。

女性、黒髪、長髪、眼鏡、そして彼女が腰の辺りに装備する、『艤装』と呼ばれる武器。

それらの情報を照合、該当する人物を見つけ出す。

「軽巡、大淀か」

「ええ。こんにちは、新しい提督」

彼女、大淀は、ニッコリと笑う。

 

そう、この鉄兜の男は、ここに新しく着任する、提督であった。

 

 

 

 

 

 

 

「長旅、ご苦労様です」

「・・・・」

男、提督は大淀の言葉に対し、何も返さない。

だがそれを気にした様子も無く、大淀は手を差し出す。

だが、提督はそれを素通りし、一言。

 

「必要無い」

 

そのまま立ち去る。

「・・・・」

大淀は、その振り返りながら、目を細める。

「・・・・・チッ」

そして、舌打ち。提督の手を()()()()はずだった手を下す。

「どうしますか?」

闇の中から、一人の少女が出てくる。

桜色の髪をサイドで結った小学生程度の少女。

「察しが良いのか、あるいはまともにかかわる気が無いのか、どちらにしろ、好きな様にはさせませんよ」

陰りのある瞳で、憎々し気に、立ち去っていく男を見る。

「不知火、朝潮は?」

少女、不知火に聞く大淀。

「執務室にいます。おそらく、()()()()()部屋を片付けているものと思います」

「そうですか・・・・相変わらず、お人好しですね、あの子は」

少し考える素振りを見せる大淀。

「彼の監視をしなさい。必要であれば、『決定』を待たずに殺しても構いません」

「了解しました」

そのまま闇の中へ消えていく不知火。

「どちらにせよ、貴方には死んでもらいますよ。提督」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・」

提督は、ズカズカと、埃だらけ、蜘蛛の巣だらけ、汚れだらけの廊下を歩く。

「・・・・気に入らん」

独り言の様に呟き、提督は、執務室の前に立つ。

そこでそのままノブに手をかけようとした所で、中から音が聞こえ、止まる。

何かが崩れ落ちる様な音だ。

「いったたぁ・・・・」

その様な声が聞こえる。

提督は、興味が失せたかのように扉を開けた。

「え・・・・」

漏れる声。

そこには、地面にへたり込む黒髪の少女の姿と―――――――台風でも起きたかのような惨状の執務室であった。

壁はあちらこちらがへこんでおり、床はどこもかしこも穴が空いている。

家具や戸棚は砕かれ、書類が舞い散らかり、唯一、執務机、椅子、ソファだけが放り投げられた状態でもまだ使える様子であった。

「あ・・・」

ふと、地面にへたり込んでいる少女が声を漏らす。

だが提督はその少女の一瞥しただけで惨状を見て、一言。

「・・・・気に入らん」

その言葉を聞いた黒髪の少女の反応はこれだ。

「あ、すみません!片付けてなくて、すぐに終わるので・・・・」

まるで媚びるかのような態度。

その体には、いくつもの痣があった。

たが、提督は、その少女の頭を左手で掴む様に置く。

「え・・・・」

「後は俺がやる。お前は外で待っていろ」

「でも・・・」

しゃがむ提督。

「提督命令だ」

 

 

 

 

「・・・・」

執務室の横で、ちょこんと三角座りで壁に背中を預ける形で座る、少女、朝潮。

彼女も、艦娘の一人だ。

艦種は駆逐艦。

装甲は薄く、火力は弱いが、その機動力と魚雷による一撃は、当たりが良ければ一撃で戦艦を沈められる力を持つ。

小型であるが故に量産も可能であった。

特に朝潮型は、第二次世界大戦で後期型と呼ばれる程に優秀で、そのネームシップがこの朝潮だ。

「・・・・」

―――悪い印象を持たれちゃったかな・・・・

この第四鎮守府は、読者の方々が言う、『ブラック鎮守府』と呼ばれる所だった。

彼、提督が着任する前、前任がいた数年間は、まさに地獄ともいえる日々だった。

傲慢過ぎる態度。歯向かえばすぐさま怒鳴り散らして独房に入れ、拷問する性格。絶対服従を求める強欲さ。

更には、その惨状を知った近くにある街に向かっての隠蔽の為の脅し。

助けを呼ぶ事も出来ず、ただ従うしかない生活。

そんな生活に終わりが来たのは、とある艦娘がその男に向かっての一発の砲撃だった。

とうとう怒りが爆発したのか、まとめてクーデターを起こし、前任の男は一目散に逃げ帰っていった。

それから、何人かこの鎮守府に着任したが、その全員が、()()された。

だが、朝潮は知っていた。

中には、ちゃんと艦娘と向き合おうとする人間もいたという事実を。

大体の人間は、艦娘を兵器とみて酷使する者たちばかりだ。

それが、海軍の中での常識として定着している。

「大丈夫・・・・・ですよね・・・・」

その朝潮の小さな呟きは、執務室の中から聞こえる騒音によってかき消される。

 

 

それから数分後。誰かがこちらに歩いてくる音が聞こえてくる。

「?」

「ありゃ?中に入ってるんじゃないのか朝潮」

「隼鷹さん・・・・」

まるで陰陽師の様な恰好をした女性、軽空母の『隼鷹』だ。

隼鷹は、未だに騒音の鳴りやまぬ執務室の扉を見る。

「・・・・掃除してんのか?」

「おそらく」

簡単に返す朝潮に、頭をかく隼鷹。

彼女は、比較的提督に対する印象が低い。

着任が遅かったので、あまり危害が及ばなかったからだ。

「物好きだねえ。掃除なんてアタシらに任せちまえば良いのに」

「提督命令ですって」

「命令、ねえ・・・」

苦笑する隼鷹。

突如といて騒音が鳴りやむ。

そしてぬっと扉から鉄兜の男が出てくる。

「うお・・・!?」

それに驚く隼鷹。

それもそうだろう。

仮面、それも鉄兜という時代遅れなものを被っていたら、驚くのも無理もない。

「む」

「あ、どうも」

軽く会釈する隼鷹。

「・・・・・軽空母の隼鷹か」

「まあ、そんな所かね」

「そうか」

提督は興味無さげにずかずかと隼鷹のいる別方向の廊下へ歩いていく。

その後を追いかける隼鷹と朝潮。

来たのは食堂。

そこを悪びれもせず、躊躇い無く開け放つ。

そこにはだれもおらず、いくつかの長方形の机や正方形の小さな机、更には円形の机まであり、それぞれの机に、きっちりと椅子が並べられている。

だが、長い間使っていないかの様に、その上には埃が溜まり、天井には蜘蛛の巣が出来ている始末。

 

なるほど、流石、半年も提督がいない訳だ。

 

「ここ、あんまり使ってねえんだよ。前の提督が、アタシたちに不味いレーションなんか寄越してさ。それで食堂じゃなくて自室で食えなんて、ひでぇ話だよな」

隼鷹が、そう言う。

提督は、埃まみれなのをお構いなしに入っていく。

踏みしめた所にはいくつかの足跡がくっきりと残っており、何度かここを艦娘が訪れる様だ。

「・・・・・気に入らん」

「そうかい」

提督の一言を、隼鷹は力無く返す。

それもそうだろう。

艦娘は、どういう訳か提督に逆らえない。

それが、艦の魂からか、それとも、彼女たちが『訓練』というなの『教育』のせいなのか。

ただ、この男は次にこういった。

「『衣』『食』『住』。これは、兵器でいう、『装甲』『燃料』『倉庫』にあたるもの」

ふと語り出す提督。

奥にある段ボール箱の中にあるレーションを、一つ取り出す。

「こんな()()()()()()で、まともに敵が倒せるものか」

男は言う。

「俺は、敵を倒すためにここに送られてきた『提督』だ。それ以外の何者でもない」

提督は、朝潮たちに向き直る。

「お前たちは、自分が、『艦娘』とはどういうものだと思っている?」

そう聞く。

それを聞いた二人の返答はこうだ。

「アタシは『兵器』だと思ってるね。だって、周りがそう言ってるからな」

「わ、私は・・・・その・・・・良く、分かりません・・・」

「そうか」

男の返答は淡々としたもの。

「俺は、お前たちが『人間』だろうと、『兵器』だろうと扱いは変わらん。いや、『艦娘』の存在がなんであれ扱いは変わらん」

男は、言い放つ。

「俺がやるのはこの戦いに勝つ事だ。その為なら、なんでもする。だがこれだけは言っておこう。兵器だろうと人間だろうと、失っていいものなど何一つない。でなければ、戦いに勝てないからな」

あくまで、戦いに勝つ事を前提とした言い分。

だからこそ、二人はあっけにとられる。

「いまからやるのは、この鎮守府の『衣食住』ならぬ『装燃倉』の改善だ。まずは、『食』の改善を開始する。異論は認めない」

 

 

 

 

 

 

これからはじまるのは、全てを失いながらも生きながらえてしまった男と、そんな男が着任してしまった人間嫌いの艦娘たちが、深海棲艦と戦う、戦争記録である。


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