A.D.2012 偶像特異点 深夜結界舞台シンデレラ 作:赤川島起
カルデアにいる英霊は、かつてその道を極めた偉人である。
共通点を持つ者ならば、作家たちや発明家たちのように関わることもあったりする。
時としてそれは、師弟のような関係を築き、双方共に技を磨く。
今回は、師弟のような関係となった、英霊とアイドルの様子を見てみよう。
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Side キッチン
カルデアの食堂は、様々な英霊、職員、マスターの憩いの場として利用される。
趣味、補給のために食事を摂る時。
お茶会やイベントなど、ちょっとした祝い事に。
酒豪たちによる、宴会の会場としても。
特に何も無くても、趣味や交流、遊戯のためにこの場所を使うなど、その使用方法は多岐にわたる。
だがもちろん、そんな憩いの場を支えている者達がいる。
カルデアの食堂で、美味しい食事を提供する人物達。
かつて世界中の料理人と友誼を結んだらしい料理長、エミヤ。
食文化が乏しいはずの英国から生まれた奇跡の料理人、ブーティカ。
気まぐれながらも、野生の技で腕を振るう料理人、タマモキャット。
マスターの頼みならば、いかなる手間も惜しまない料理人、清姫。
村娘であったためか、慣れた手つきで調理場に立つ料理人、マルタ。
メンバーは事情によって変化、増減するが、主に厨房に立つ料理人たち。
人は彼らを、――――――キッチンカルデアと呼ぶ。
なお、料理という名の邪魔をする人物は含まれていない。
件の厨房には、料理特有のかぐわしい香りが漂っている。
現在は、昼食の準備中。
古今東西の英霊達がいるからか、料理のジャンルは数種類に分かれている。
しかし、どの区画の料理も甲乙付けがたい。
洋食のジャンルからは、肉の脂弾ける香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「う~ん、バッチリ!上手に出来てるわ」
「ありがとうございます。ハンバーグには自信があるんです」
ブーティカの賛辞に、満面の笑みで応える少女。
五十嵐響子。
お嫁さんにしたい有名人グランプリのアイドル部門で、ナンバーワンに輝いた家事万能アイドル。
彼女のソロ曲の主題でもあるハンバーグは、シンプルながら見事な出来栄えである。
ちなみに、彼女の得意料理は肉じゃが。女の子に作ってもらいたい料理の代表格。
まさに、理想のお嫁さんを体現したアイドルだろう。
「良い出汁だ。和食において、もはや私から教えることは無いかも知れんな」
「いや、まだまだエミヤさんには届いてないけえ。学べることは多いっちゃ」
「分かってるじゃないか。君はもう教わるのではなく、自身で学ぶ段階なのだよ。教えという殻を破り、自分の味を極めていくことだ。ここからが、本当に長いぞ」
「嬉しい言葉ですけえ。これからも、精進するっちゃ」
やや特徴的な方言を話すアイドル、首藤葵。
料理をするアイドルの中でも、和食に精通した人物だ。
実家が料亭であり、和装もあいまって13歳ながら若女将の風格がある。
エミヤに師事していた彼女だったが、得意料理であったこともあってか、和食においては彼をも唸らせた。
食において相応の厳しさを持つエミヤから、若くしてお墨付きを貰うという偉業をなしたらしい。
なお、他ジャンルの料理は勉強中。
一般人から見れば十分レベルは高いが、本人はまだ納得がいっていないようだ。
「むむむ……。魚料理においては、このキャットも認めざるを得ない……。対抗心とよだれが止まらんのである」
「お魚アイドルれすから。それにキャットさんの料理も、とってもおいしそうなのれす~」
カラリと揚がったサバに、甘酸っぱいタレを染み込ませて作るは南蛮漬け。
たまねぎを添え、完成させるの少女の名は浅利七海。
お魚系アイドルという、おそらく世界初の個性を持つ少女。
こと魚料理においては、深い知識によって様々な料理を作る。
ただ、なんにでも魚を入れかねないということもしがち。
正直、チョコレートに魚のすり身は合わないと思う。
料理を嗜むアイドルは多い。
ジャンルや料理は違えど、各々の得意分野を持っている。
そんな彼女たちは、キッチンカルデアに指導してもらうこともしばしば。
生前に料理を行ってきた英霊達は、召喚されてからこの厨房で腕を磨き続け、多彩な料理ジャンルを持つエミヤから技を盗んできたため料理スキルは高い。
多くのアイドル達の料理の腕は、趣味の領域を超えない。
が、それは成長の余地があるとも言える。
厨房を任される英霊は常識的な人物も多いので、良好な師弟関係に収まるのも自然なことであった。
なお今はこの場にいないが、十時愛梨、三村かな子など製菓技術の高いアイドル達は、お茶会の方で活躍している。
→「おいしそうな匂いがするね」
「本当ですね、先輩。どのメニューにするか、迷ってしまいます……」
そうこうしている内に、来客第一号と二号が到着したようだ。
アイドル達の参入によって料理人も増えたが、食べる人数も増えた。
カルデアの厨房は、ここからが戦場となる。
「さて、忙しくなるぞ。準備は良いな?かかるぞ!」
「「「はい!!」」なのれす!」
料理長の合図で、より調理に身が入るアイドル達。
続々とやって来る来客。
注文の声が舞い、テーブルは次々に料理で埋まっていく。
キッチンカルデアは、忙しくも楽しそうな様子で調理にかかっていた。
――――――――――
Side 通路
ルーラー警察。
カルデアの治安維持を自主的に行う組織だが、正確に言えばルーラーだけが該当するわけではない。
ライダーのマルタやランサーのジャンヌ・リリィをはじめとした、他の英霊も参加することがある。
なので、カルデア警察と呼称する方が正しいだろう。
なにより彼らにも、ルーラーではない新入隊員が増えることになったのだから。
「南条光です!よろしくお願いします!」
元気良く挨拶する、アイドルサーヴァントの少女。
南条光。
ヒーローアイドルと呼ばれる彼女は皆を守るため、カルデア警察に入隊していた。
ちなみに、片桐早苗も隊員である。
「天草四郎です。元気ですね、大変よろしい」
「元気で笑顔でいること!それが、みんなの不安を払う秘訣だから!」
「良い心がけです。では早速、パトロールへ行きましょう」
「はい!」
そんな二人の去った後、現れた黒い影。
数は二つ。
大きさは、だいぶ異なっている。
その正体は――――――。
「相変わらず南条はイイ子ちゃんね!今日こそあのヒーロー気取りに、レイナサマの完璧なイタズラをお見舞いしてやるわ。アーッハッハッ…ゲホゲホ」
「落ち着きなさい、レディ。悪巧みというのは、もっと静かに行うものサ」
新宿のアーチャー、真名ジェームズ・モリアーティ。
いたずら大好きな悪役アイドル、小関麗奈。
悪を是とする二人であるが、モリアーティからすれば麗奈はいい玩具でありトカゲの尻尾でもある。
麗奈からすれば、悪役英霊のなかでも特に悪巧みに優れているからと、彼女としては非常に珍しく尊敬を向ける相手なのだ。
が、それをも利用するのが、かの犯罪紳士――――だった。
「それで
「では手始めに……。――――今、なんと呼んだのかネ」
「ん?オジサマだけど?」
オジサマ、おじさま、叔父様…………。
その響きが脳に染み渡った瞬間、教授の身体に電流が走った。
父性、とは似ているようで違う。
娘、とも異なるこの感覚。
これはそう、――――姪っ子と呼ぶべき存在。
自分は今、真の意味で
「フフフッ、良かろう!(くわっ!)悪のカリスマである私の
「……いいけど、なんかテンション高いのね?」
どうやら、麗奈は意図せずして、この犯罪紳士を篭絡したらしい。
「フハハハハッ!何でもないサ!この叔父様に全て任せなさい!」
今ならばそう、宿敵たるあの顧問探偵にですら勝って見せよう!
「犯人は……」
「お前だッ!」
「「!?」」
大声を聞き、振り返った先にいた二人。
名探偵、シャーロック・ホームズ。
探偵アイドル、安斎都。
彼らもまた悪事に対して、頭脳を持って戦う人物。
犯罪紳士の宿敵であり、最大の弱点。
どうやら麗奈は師匠を得た代わりに、敵対する相手も増えたらしい。
「……えっと、オジサマ?こういう場合は……」
「無論!戦略的撤退!」
「やっぱりー!?」
逃げる犯人(未遂)と追う探偵。
以降も、探偵と警察が犯人を追うという光景をカルデアでよく見かけるようになった。
――――――――――
Side 戦闘用シミュレーションルーム
カルデアにおいて、英霊同士の戦闘訓練は珍しいことではない。
腕試しを行ったり訓練の成果を発揮したりと、シミュレーションルームの使用頻度は多い。
そして時折、特定の組み合わせで行われることもある。
たとえば、ケルトの師弟や主従。
中国拳法を使う者同士。
その中でも、アイドルと訓練を行う組み合わせが存在する。
「……参りました」
竹刀を弾き飛ばされ、尻餅をついているアイドル。
脇山珠美。
剣道とアイドル道を極めんとする、道着姿の低身長なアイドル。
なお、本人はちびっ子と呼ばれる事を気にしている。
「太刀筋が読みやすいです。壱の太刀は重要ですが、そこからの『繋ぎ』がおろそかでは意味がありません。一つの太刀筋から、どの道筋でも展開できるようにすることを忘れないで下さい」
「は、はい……」
「一先ず休憩にしましょ。ちゃんと呼吸を整えて。はい、水」
「ありがとう、ございます……。やっぱり、皆さんは遠いですね……」
「いやいや、訓練当初に比べれば、見違えるような出来よ。しかし、拙者たちとて剣に生きた先駆者。竹刀だろうと、そう簡単に一本はやれんさ」
そんな彼女の剣を見ているのは、歴史に名高い日本の剣豪たち。
セイバー、沖田総司。
セイバー、宮本武蔵。
アサシン、佐々木小次郎。
珠美も剣の道に生きるものとして、彼の剣豪たちと竹刀を交えるのは必然のことであった。
しかし、珠美はあくまで剣道アイドル。
相手は剣で名を馳せ、英霊となった人物達。
普段とは勝手の違う竹刀であっても、技の冴えには陰りなし。
幾多の死線を潜り抜けた、沖田総司の「剣術」にはなすすべも無かったようだ。
いつまでも休んではいられないと、気合を入れなおし、今度こそはと再び立ち上がった珠美。
「もう一度、お願いします!」
そして、もう一組。
この場で指導を行っている師弟がいた。
「う、上手くいかない……」
「クナイの扱いは、忍者の武器の基本です。投擲、剣戟の両方を一定のレベルにするまで、次の段階へは進めないものと思いなさい」
遠く離れた的に対し、クナイを投げる訓練を行う人物。
くノ一アイドル、浜口あやめ。
忍者でアイドル、通称忍ドルである彼女を指導するのは、忍者一族の五代目頭領、風魔小太郎。
此度は指南役である為か、風魔の頭領としての風格で指導に当たる。
ちなみにだが、あやめの故郷は三重県であり伊賀の膝元。
彼女の忍ドルとしての源流も伊賀であり、小太郎とは本来相性が悪い。
小太郎からしても、伊賀を至上とする考え方は絶対に納得できない。
が、しかして彼女は風魔を貶める発言をすることも無く、武器の整備も真面目に行っている。
先人の忍者である小太郎に対し、師匠と呼び敬意を向けてくる姿勢も無下には出来ないので、こうして指導しているらしい。
感情的にはならないように振舞ってはいるが、こと指導となれば熱が入る。
あやめの身体能力はアイドルの中では高いほうだが、小太郎の指導には苦戦している様子だ。
二人のアイドルは、厳しい指導でかなり消耗している。
呼吸は整わず、床は汗で水溜りができている。
「なぜ、やめないんですか?」
そう言い出したのは、指導する側である沖田総司。
剣の道、忍びの道を進む彼女たちが、
「私たちのことは知っているはずです。人を斬り、自らの剣を血で染めてきました。私の指導で、貴女までそうなってしまうのではないかと。そういう考えが、頭をよぎります」
沖田総司は人を斬り、戦いに身を投じた事を悔いてはいない。
むしろ、戦場で戦い抜けなかったことこそが心残りなのだ。
しかし、その血塗られた人生を他者に、ましてやこのような少女に押し付ける事など論外だ。
かつて近所の子と親しくしていたこともあり、彼らと珠美の姿が重なる。
それは、根拠無き幻想――――。
人斬りの
「弓術」と「弓道」が違うように、「剣術」と「剣道」は違う。
明確にルールがあり、その中で技を競う「剣道」は武術とはいえスポーツなのだ。
人を斬り殺すことを是としてきた、彼らの「剣術」とは考え方自体が異なる。
「私たちの剣は『人斬り』の剣。貴女のように、優しい人が振るうものじゃない……」
沖田総司は、『人斬り』として有名である。
敵対するものは斬る。
そのようにシビアな価値観を持っているが、彼女とてそれが平和な時代にそぐわないものだとは理解している。
珠美の剣は、血の気配が全く無い。
そんな彼女の剣が、自身の教えによって血を吸ってしまうのではないかと。
沖田総司は、そう思ってしまう。
そしてそれは、この場にいる剣士の英霊との共通認識でもあった。
佐々木小次郎は、可憐な花が血で汚れる事を好まず。
宮本武蔵もシビアな死生観を持っているが、彼女の正義感はそれを快く思わない。
「……貴女も同じですよ。忍びの技は、諜報、妨害、そして暗殺の為に使うことが目的です。貴女の目指す忍道と、僕の成してきた忍道とは、違う道なのではないですか?」
彼ら英霊は、多くの血を流し、人を殺してきた過去を持つ。
サーヴァントになった以上、戦闘訓練は必要だろう。
術理が似ている自分たちに師事するのは、効率的なのだろう。
だが、彼女たちアイドルの本質を曲げてはならない。
それは、精神的な意味でも、「真のアイドル」という意味でも。
本質を曲げてしまったら、彼女たちの強みは殺されてしまうのだから。
「……珠美も、皆さんの時代で、剣を握ると言うことの意味は理解しています。自分が目指す『剣道』は、皆さんと違うということも、分かっているつもりです」
剣とは本来、人を斬る為のものだ。
竹刀を持つ珠美と違い、彼らが持つのは真剣。
何人もの人間を彼らが殺してきたことを、珠美は知っている
しかし、その上で。
彼らと自分の道が違うと承知の上で。
ですが、と言葉を紡ぐ。
「たとえそうであったとしても、あなた方は私が目標とする『剣技』を持っているのですから」
「剣術」と「剣道」は違う。
しかし共に「剣技」を磨く者であると、彼女は言う。
「私も同じです。小太郎師匠は、尊敬するほどの『忍術』を修めています。過去は関係ありません。今、目の前に立っておられる『忍者』は、私が師匠と呼ぶにふさわしい人物です」
二人の弟子を見て、彼らは理解し安心した。
どんなつらいことがあっても、究極の選択を迫られたとしても。
彼女達が己の『道』を曲げることはありえない。
「……良い話だった。まさか、拙者が言葉で怯まされるとはな……」
「あれ~?沖田ってば、泣いてる?」
「な、泣いてなどいません!」
彼女たちの師匠として、不安であった心の枷が解かれた。
剣技も忍術も未熟。
しかして、彼女たちの心は既に定まっていた。
「では、修行を再開しましょう。僕たちの『技』を盗んだ上で、自らの『道』へ昇華させるのです。――――生半可な道のりではありませんよ」
「「はい!!」」
師弟共に気合に満ちている。
修行は厳しいが、彼女たちは挫けることなく邁進する。
アイドル道との両立は大変だが、
彼女たちは、歩みを止めることなく進んでいく。
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師匠と弟子。
弟子は、師匠から技術を習い。
師匠は、弟子から何かを学ぶ。
英霊とアイドル。
彼ら彼女らの研鑽は、いつか実を結ぶだろう。
それでは、今日はここまで。