A.D.2012 偶像特異点 深夜結界舞台シンデレラ 作:赤川島起
アイドルサーヴァント。
その人数は多く、そのメンバーだけでそれまでカルデアにいたサーヴァントの数に匹敵する。
故に、前回語れなかった多くの出来事が起こっている。
今日は再び、その様子をご覧に入れよう。
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Side 資料室
カルデアの資料室。
紙媒体を保管しておくこの部屋は、カルデアには複数存在している。
が、カルデアの職員はこの部屋をほとんど使用しない。
スキャンを行い、電子媒体へと移したものを使用すれば事足りるからだ。
しかし、カルデアの紙媒体は増加の一途をたどっている。
なぜなら、今現在そこを主に使用しているのはサーヴァントたち。
その中でも、作家系のサーヴァントたちが入り浸っているため。
彼らが資料室を勝手にカンヅメ部屋として改造したのだ。
そして最近、そこに新たなメンバーが加わった。
締め切り間際。
その修羅場を表現するのに、それ以上に合う言葉は無いだろう。
部屋は乱雑としており、ドリンクの缶がいたるところに放置されている。
睡眠が必要ないはずのサーヴァント。
にもかかわらず、目にはくまが浮かび、表情はげっそりとしている。
「全く!カルデアの人口増加のおかげで本の供給が追いつかん!よりにもよって、子供の数が増えるとか
口からは皮肉と罵声が飛び、それを放ったのはハンス・クリスチャン・アンデルセン。
童話作家として有名な彼は、若年層のアイドルサーヴァントが増えたことによる愚痴が止まらないようだ。
しかし手は止めず、怒涛のごとく原稿を書き上げていく。
「我輩としても、この忙しさは殺人的ですな!公演のための脚本が次々と締め切りとなって襲い掛かってきます!本職とはいえ、限度があると思いませんか!」
ウィリアム・シェイクスピア。
劇場作家である彼は、アイドル達の加入で本領を発揮したといって良いだろう。
何せ、演技や舞台を経験したアイドル達が、しかも複数カルデアに加入したのだ。
彼が脚本し、アイドル達が演じる。
その舞台は録画され、映像となってカルデアにおける人気娯楽となった。
その代償が、この締め切り地獄というわけである。
そしてもう一人。
新たにここに加わったのは、アイドルサーヴァントの一人。
「はは……。眠らなくてもいい身体になればいいのにと思った、かつての自分を張り倒したいっス……」
荒木比奈。
童話作家、劇場作家の次に登場した漫画作家のサーヴァント。
正確に言えば、漫画描きアイドルなのであって、プロの漫画家ではない。
しかし、カルデアにおいて唯一無二の漫画供給者である彼女は、二人に負けず劣らずの修羅場である。
彼女の描いた漫画は、紙媒体及び電子媒体となってカルデアに流通していく。
おでこに冷えるシートを張りながら、彼女の描く手は止まらない。
死んだような目をしながら、手だけは機敏に動き書き上げていく三人。
もう何徹したかも曖昧になり、終わりの見えない地獄が続いていく。
その中に、作家でも修羅場でもない人物がいた。
「………………。」
黙ったまま本を読み、ページをめくる音のみを発する、少女と女性の中間とでも呼ぶべき人物。
文学少女アイドル、鷺沢文香。
見た目の雰囲気もそれを表しており、趣味も読書。
手にある本は、一般では流通していないもの。
カルデアで、アンデルセンが書き上げた本のうちの一冊である。
「しかし、貴殿がこの少女の入室を許すとは!執筆作業を読者に見せることを良しとしない貴殿らしくないですな!」
「うるさいぞ劇場作家。声を出す余裕があったら手を動かすスピードを速めたらどうだ。」
「あ~。そりゃあブーメランじゃないっスかねぇ?」
「は!俺の皮肉は執筆の一環だ!舌がノると筆もノる性分なんでな!」
「そいつは結構。ならば話してもらってもかまいませんかな?なぜ、貴殿が彼女を気に入っているのか」
「お前は何を勘違いしている。この女のせいで、俺がどれだけ苦労していると思ってるんだ!」
「ん?文香さんは本に対して真摯っスよ。嫌う部分なんてありそうも無いっスけど」
「
「それは、貴殿のポリシーからしてみれば正しいのではないですかな?」
「
「あ~……。ツンデレなんスね」
「やかましい!俺をそんな一辺倒で使い古された属性に当てはめるんじゃない!」
わいわいと騒ぐ三人に対し、集中しているのか一切見向きもしない文香。
ふと、彼女が手を止め、ポツリとつぶやいた。
「――――――面白い。」
たった一言だけ。
すぐ、ページをめくる音が再開した。
本人はもしかしたら、つぶやいたことすら気づいていないのかもしれない。
そんな文香の声を聞き、アンデルセンの手が一瞬、止まった。
「ふむ」
「あ~」
「やかましい!そのニヤニヤした面をこっちに向けるな!」
夜は更けていく。
雑談や騒ぎはすぐに違う話題へとシフトする。
彼らの締め切りは、まだ終わらない。
「失礼する。差し入れにコーヒーを持ってきた」
ドアが開き、入ってきた青年。
インドの大英雄。名をカルナ。
施しの英雄は、今日は彼らにそれを持ってきたらしい。
「あ~、ありがとうっス!カルナさん」
アンデルセンやシェイクスピアから皮肉交じりの礼を告げる中、唯一まともにお礼を言う比奈。
「………………ああ」
そんな彼女を見て、どこか懐かしそうにしているカルナ。
「ん?どうかしたっスか?」
「いや、少し懐かしい人物を思い出していただけだ」
――――――――――
Side 食堂
カルデアの食堂は、サーヴァントにも憩いの場として利用されている。
カルデアキッチンズは、当番などによって味が代わるが美味しい料理を提供してくれる。
そして夜が更けると、幾人かのサーヴァントが始める事がある。
「乾杯!」
『カンパーイ!』
そう、酒盛りである。
「ほう、これはなかなか酒にあう」
強めの蒸留酒を片手に、焼き鳥をほおばる女性。
彼女の名は荊軻、アサシンのサーヴァントである。
「プハァ!うまい!今日は一段といい酒が呑めそうだ!」
巨大なジョッキを手に、から揚げを口に放り込むのは、征服王イスカンダル。
気に入ったのか、皿の上の肉がどんどん消えていく。
「か~!日本酒、ってのもなかなかイケるね~!生前は専ら、ビールとワインだったから新鮮だよ」
お猪口、ではなく、グラスに入った透明な酒を楽しんでいるのはフランシス・ドレイク。
フォークを使い、行儀の良くない食べ方で揚げ出し豆腐を口に運ぶ。
「やっぱ、アイルランドつったら鮭だよな!アーチャーのやつも、なかなかいい仕事するじゃねえか」
ビールのお供に鮭フライ(タルタルソース)を喰らうのはクー・フーリン。
作った人物には思う部分もあるが、料理については話は別だと割り切り、楽しそうに呑んでいる。
此度の飲兵衛はこの四人に加え、参加しているアイドルがいる。
「ん~♪いい仕事してるわ。このローストビーフ、最高ね!」
ワインを手に、箸で肉をつまむのは川島瑞樹。
上品に口に運びながら、ゆっくりとワインを堪能している。
「美味しいわよね~。体重を気にしなくっていいのが、ホンとありがたいわ」
サーヴァントになったため、存分に食べれると意気込んでいるのは、元警官アイドル片桐早苗。
ビールと焼き鳥という黄金コンビを、次々と消費していく。
「あら、この酢の物美味しいですね。タコの味をしっかり引き出してます」
優雅に箸で酢の物をつつく女性、三船美優。
お猪口で日本酒を呑んでおり、この中では落ち着いた雰囲気だ。
「刺身醤油で、今朝染みをつけた。う~ん、イマイチ」
食べている刺身を題材にした駄洒落を披露する二十五歳児、高垣楓。
焼酎を飲む彼女に、何人かのサーヴァントがそっちを向いたが変わらずマイペース。
他のアイドル達はスルーしており、少ししてそれに習うことにした。
以上の四名。
彼女達こそが、お酒大好き大人アイドル。
なお、居酒屋メニューなのは彼女達の注文だからである。
飲み会を行う面子は、その時の各々の都合で変化する。
今日はたまたま、この八人が集まったようだ。
「しかし、オススメするだけあってなかなかに美味だ!日本の酒場がうらやましくなってきたわ!」
「まあね。日本人はお酒に弱いからこそ、呑める範囲で美味しくしようとしたのかもね。私達でも呑めるほうなのよ。樽で呑むような貴方達からすれば、たいしたことは無いでしょうけど」
「ふふっ。でもこうして、歴史的な偉人と一緒にお酒が呑めるなんて、カルデアは楽しいとこですね」
楽しげに語る楓。
その言葉には、英霊達にとっても同意見だ。
時代も文化も土地も異なる人物達が、酒を囲い料理を囲い、飲み交わす。
様々な話も聞けるし、実に楽しい時間だと思っている。
「わたし、やっぱりお酒の力ってすごいな~って思うんです」
「何か言いたげね、楓」
付き合いの長さからか、その様子に気づいた瑞樹。
すると、手に持ったグラスを置き、彼女は語り始める。
「私たちのこの世界。いろんなところに、いろんな時代に、いろんな人たちがいました。そして、こうして集まってみると、とても面白いと思うことがあるんですよ」
「それは……なんなんでしょうか?」
「
「そういわれれば、そうかもしれないねえ」
「置いているだけで作れるとか、アルコールに依存性があるというのが理屈なのかもしれません。でも、お酒をこうして皆で楽しむ。いつでも何処でも、酒宴は楽しまれていた。それって、とってもすごいことだと思いませんか?」
「人の歴史は酒の歴史か……。うん、確かにそう思う。なかなかに面白い話だった」
「確かにそうだのう。かの英雄王の時代にも、既に酒はあったとも聞いている。最古の文明から脈々とつながれ、時には全く別の流れで生まれてきた。それが酒か。うむ、酒に対する新たな考え方が出来たわい!」
「ふふっ。楽しんでいただけたならなによりです」
笑顔を浮かべ、グラスを再び煽る楓。
どうやら、酒トークはここまでらしい。
「結構マジメな話だったわね」
「そういうところも、楓さんらしいかもしれません」
「お酒に対してマジメ、ってとこが特にね」
笑い声が続く。
彼らの宴会は、キッチンからのストップがかかるまで終わらなかった。
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いかがだっただろうか。
今日紹介したのはほんの一部。
楽しんでいただけたのなら幸いだ。
それではまた、他の話は別の機会に。
それでは、今日はここまで。