A.D.2012 偶像特異点 深夜結界舞台シンデレラ 作:赤川島起
ここまで幾多の英霊と出会ってきたマスターにとって、既知の英霊であれば影や輪郭だけで真名を察するのは難しくない。
敵対する
鮮血魔嬢、エリザベート・バートリー。
竜化した少女、清姫。
串刺し公、ブラド三世。
吸血鬼、カーミラ。
怪人、ファントム・オブ・ジ・オペラ。
狂乱した湖の騎士、ランスロット。
フランス軍の潔白なる元帥、ジル・ド・レェ。
白百合の王妃、マリー・アントワネット。
白百合の騎士、シュヴァリエ・デオン。
天才音楽家、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
処刑人、シャルル=アンリ・サンソン。
竜を駆る聖女、マルタ。
竜殺しの聖人、ゲオルギウス。
竜殺しの大英雄、ジークフリート。
オルレアンの乙女、ジャンヌ・ダルク。
奇しくも第一特異点であるフランスの面々が敵となっていた。
「私は皆さんのサポートに回ります。恐縮ですが、お願いします」
マシュは戦闘に参加できない。
故に、此度の戦力はサーヴァント三名とマスター含めサポート二名。
シャドウサーヴァント相手とはいえ、数の不利は明白である。
加えて、三人を守りながら戦わなければならない。
戦闘慣れしている立香やマシュならばともかく、非戦闘員であろうシンデレラもいるために。
「―――あの、私―――」
だが、それは彼女が完全な戦力外であればの話である。
彼女はただのシンデレラにあらず。
もとより、純粋な意味での
彼女の本質は、一人ではなく多人数にて発揮される。
「皆さんの、力に――――」
魔力が集中する。
彼女を中心に、魔力が集まっていくのがわかる。
それは、彼らにとっては慣れ親しんだ感覚。
意図して行った行動ではないだろう。
かつて、キャスターであるクー・フーリンはこう言った。
→「宝具!」
集中した魔力は波及し、五人へと展開する。
領域で効力を発揮する宝具。
味方を強化するという単純明快な効果。
ただ、宝具の効果は五人が想像だにしない形で発揮された。
全員の装いが変化する形で。
いや、わかりやすく言うならば。
彼らの服が変化していた。
とりわけ女性陣は、
まずはアルトリア。
青いバトルドレスはところどころレースで飾られている。
無骨であった鎧部分も変化し、ちりばめられた金属製のアクセサリーが防御と装飾の役割を果たす。
手に持つエクスカリバーは変わらず。
頭上には青い宝石の埋め込まれたティアラ。
リリィとは違う、だが近い形といっていい姫騎士の姿。
もっと表現するならば、騎士がシンデレラへと変身したと言うべきだろう。
次にジャンヌ。
全体的に変化がかなり大きい。
元は紺色の布地と鎧が主体であったが、配色が黄色を主体としたドレスに変化している。
十字架のピアスとアクセサリーを中心に、銀色がアクセントとなっている。
宝具の旗は、アルトリアと同様変わらない。
が、大胆な変化は彼女の綺麗な金髪とよくマッチしていた。
黄色い宝石のティアラが燦然と輝き、農家の娘がシンデレラと化す。
もとより彼女は、ある意味シンデレラに近い性質なのかもしれない。
そしてマシュ。
彼女の変化もまた目覚しい。
ぴっちりとしたサーヴァントとしての面影も、普段のカルデアでの衣装とも全く異なっていた。
ピンクのフリフリとしたドレス姿。
眼鏡はなく、大盾とのギャップが大きい。
さらに、彼女たちとは色違いのピンクの宝石のティアラ。
デミ・サーヴァントの形態なのだろうが、一新どころか一変している。
男性陣もまた、彼女たちほどではないが変化していた。
エミヤの赤い外套と軽鎧、それが変化し赤と黒を基調とした執事風の洋装であった。
普段あまり見ない眼鏡も着けており、
マスター、藤丸立香も様変わりしていた。
見た目としては和装だが、武士とも将軍とも違う出で立ちだ。
明るいイメージの呪術師、といったところだろう。
全員に共通することとして華々しい衣装とは裏腹に、身にまとう魔力が一変して強化されている。
マシュなど、リハビリ中であったにもかかわらず、以前と遜色ないどころかそれ以上である。
あっけに取られていたのも一瞬で、彼らはすぐに目の前の敵へ意識を切り替える。
「少々驚きましたが、宝具による助力感謝します。貴女は、マスターと共に後方での支援を」
シャドウサーヴァントはもとより純粋なサーヴァントより劣化している。
数こそ多いが、百戦錬磨のカルデアのサーヴァントが大きく強化された今、物の数ではない。
戦闘はさほど苦労しないだろう。
「いえ、私にもがんばらせてください」
しかし、シンデレラは前に出る。
確かに、彼らが到着するまでの間まで持ちこたえていた。
戦闘能力は皆無ではないだろう。
だが、よく見れば動きがぎこちない。
戦闘向けのサーヴァントでない以上、当然かもしれないが戦いには慣れていないだろう。
それでも、彼女はカルデアのサーヴァント達の横に立つ。
勇気を奮い立たせるのはサーヴァントとしての本能か、彼女の気質が影響しているのか。
「―――わかりました。では、共に戦いましょう」
→「お願いね」
なんてことはない、彼女が勇気を出した理由、それは―――
「はい、島村卯月。がんばります!」
彼女は、勇気を振り絞るのを
助けに入ってくれた仲間のために。
――――――――――
シャドウサーヴァントとの戦闘は危なげもなく勝利した。
張り詰めていた空気が弛緩し、大きく息を吐くマスター。
「戦闘終了。これ以上の増援も無いようです」
『こちらでも確認したよ。近辺に敵影なし、よくやったね』
「わっ!?」
突如現れたモニターに驚くシンデレラ。
いや、おそらく正確な真名ではないだろう。
先ほどは島村卯月と名乗っていた。
諸葛孔明のような依り代召喚に近いかもしれない。
「えっと、助けてくれてありがとうございます」
「はい。そして、こちらからもお礼を言わせてください。宝具による支援と、魔力弾による援護、戦闘の大きな助けとなりました。改めまして、サーヴァント、ルーラー。真名をジャンヌ・ダルクと言います」
「私はセイバー。ウーサー王の嫡子、真名をアーサー改めアルトリア・ペンドラゴンです」
「シールダーのデミ・サーヴァント。マシュ・キリエライトです。ご無事で何よりです」
「サーヴァント、アーチャー。エミヤだ。礼ならマスターに言ってくれ、私は彼の指示に従っただけだ」
「はい。ありがとうございます、ジャンヌさん、アルトリアさん、マシュさん、エミヤさん、そしてマスターさん」
→「どういたしまして」
「あの、名前を聞いてもいいですか?」
→「藤丸立香だよ。よろしくね」
「よろしくお願いします。改めまして、アイドルの島村卯月です」
→「アイドル……、――あっ、昼間のライブの!」
「来てくれてたんですか?ありがとうございます」
『さて、自己紹介も済んだ様だし詳しい話は後、移動することを勧めるよ。そこはいつまでも安心できる場所ではないからね。』
「あっ、なら私、安全な場所知ってますよ」
『それはありがたい。我々はあまり土地勘が無いからね。ここいらの地理に詳しいのは頼りになる』
→「ぜひお願い」
「卯月さんの申し出は非常にありがたいです。よろしくお願いします」
一向は、
普通に考えれば、悪意のあるサーヴァントの罠という可能性もあるだろう。
しかし、彼らはその考えを却下する。
宝具とは、英霊の逸話の具現にして現身。
これを偽ることなどほぼ不可能。
それが、彼女の宝具を受けた一同の感想である。
事実、それは間違いではない。
彼女の宝具、その分類は――――対悪宝具なのだから。
――――――――――
「こ…………」
→「これは…………」
目の前にある建物。
東京という都市に合わせた城とも言うべき規模であった。
立派な門、広い中庭、綺麗な本館。
昼に東京を散策した面々だったが、このようなタイプの現代建築は未経験だ。
そして、門にはこの大きな建物の名前が示されている。
346プロダクション
それが、この
彼女たちの本拠地。
「ここが安全な場所。私たちのプロダクションです」
シンデレラガールたちが集まる場所である。
――――――――-―
内装も豪華であった。
しかし、ローマやウルクのような装飾華美な豪華さではない。
かの王達からすれば、地味といわれるかもしれないが、落ち着いた豪華さといえばいいだろう。
黄金のような煌びやかさではなく、プラチナのような淑やかさ。
このような豪華さを好むのも、ここが日本たる所以だろう。
『さて、落ち着いたようだし話を進めよう』
「今までの情報を整理する――――のは分かるんですが、一つ伺ってもよろしいですか?」
→「そう、だね」
「はい?何でしょうか?」
「――――この衣装、何時まで着たままなのでしょうか」
マシュの言うとおり、ここまで彼らは装いが一変したままである。
男性陣はまだましだが、女性三人が赤面したままやや俯いている。
慣れないフリフリのドレス、その姿に気恥ずかしさを感じながら。
「えっと、…………どうすればいいんでしょうか?」
その言葉を聴き、より頭を抱える。
どうやら、彼女自身も宝具の解除方法を知らないらしい。
『逆に、お嬢さんからは質問がないかな?突然現れた我々に聞きたいことも多いだろうからね』
ホームズの質問に対し、待ってましたとばかりに表情を変える。
どうやら、ずっとこっちに質問したかったらしい。
「はい! ほうぐとか、サーヴァントとかって、何のことですか?」
その質問は、思った以上に斜め上であった。