※注1 ビスマルクらの移籍
・元々端島鎮守府で建造されたビスマルクを筆頭にプリンツ・オイゲン、Z1、Z3、U-511、グラーフ・ツェッペリンは端島鎮守府の司令官経由で大本営に『横須賀鎮守府への移籍願』を願い、移籍が果たされた。理由としては『端島鎮守府の司令官ではなく、横須賀鎮守府の司令官が私たちの提督である』というものだった。客観視すると、何の冗談かと思うが、本人たちは本気でそう思っている。
あと今回、シリアス若しくは人によっては鬱な内容に取られると思います。ご注意ください。
何日か前に発令された南西諸島海域北部への侵攻からあまり期間を置かずに発令された作戦、『南西諸島北海域制圧作戦』。
作戦概要は先日の作戦によって確保された南西諸島北海域の橋頭保、その
その方針には賛成だし、セオリー通りに事を進めた方が安全であるのも私自身よく分かっていることだった。
それに噂ではあるけれども、あることを耳にしている。今回からは征く先々で制海権を取るだけでなく、国家との外交も進めなければならないらしい。それに伴って、横須賀鎮守府にも命令が色々と下るみたい。
提督は本来ならば自由に行動を起こしてもいい立場でありながらも、大本営や政府の意向に従う姿勢があるんだよね。それはどういう意味があるのかなんて分からないけれど、きっと必要なことであるのには違いないと思っている。それは自分の為なのか、私たちの為なのか分からないけどね。
「伊勢さん。定時連絡です」
「分かったー」
艦橋の中、私は通信妖精さんからの連絡に耳を傾ける。今まではどこまでの果てしなく続く海をボーっと見ていただけだったけど、耳と頭も働かせなくちゃいけない。
この艦隊、『台湾攻略艦隊』の旗艦を提督から任されているからには最悪作戦に失敗しても提督は許してくれるけれど、私自身が私自身を許さない。きっと作戦に失敗しても提督は『無事だったのなら良い。それが一番だ』と云うに違いないけど、これまでの提督の経歴に泥を塗ることになる。それだけは絶対に嫌だ。
大破進軍も私の独断で決定することが出来るけど、提督は断固として撤退命令を下す。何かが無ければ絶対に、だ。
『飛龍より伊勢。機影・艦影共になし』
「伊勢より飛龍。ありがとう。情報共有してね」
『分かってるよー。以上』
受話器を通信妖精さんに返して、私は再び考えに耽る。
あと作戦発動直前に、あることも聞いたなぁ。出所は榛名だけど、色々と尾ひれが付いてる可能性がある話。
何でも今回の作戦が成功した後、一度攻勢はストップ。台湾の向こう側に哨戒線を敷いて防衛体制に入るっていう。その理由が台湾に外交使節を派遣して、外交を行うんだとか。その時にもしかすると、日本皇国側が使節を派遣することになって、その護衛を横須賀鎮守府が行うかもしれないっていう……。『かもしれない』という域から出てない話ではあるけれども、更に『英語が話せる艦娘を招集した』という。これに呼ばれた艦娘は金剛と妙高。金剛が英語に堪能であることは良く知っていることだけど、妙高までとは知らなかった。話すことはあっても、そういう話題にはならなかったからだろうけど……。
どうして提督が金剛と妙高を呼び出したのか、という話には色々な推測が艦娘や門兵さんの間でなされている。話の順序を追って整理しながら考えると、私は『使節の護衛艦隊に編成する旗艦に選ぶ』だと今のところ考えている。
護衛艦隊の捻出は端島か
艦娘の艤装に通訳を乗せて、無線通信で話す上に通訳も話すとなると、話が円滑に進まないことが考えられる。となると、その間を出来るだけ取っ払うのが好ましい。だから英語の艦娘を旗艦に据えるという話が浮き上がる、というのが私の推論。
正解はその時にならないと分からないけど、ほとんど合っているはず。特に最後。これは合理的に考えれば、そういう決断を提督が下してもおかしくないということだったのだ。
「……支隊からの定時連絡は?」
通信妖精さんに話し掛け、先行している支隊、偽装支援艦隊の現在地と現状の把握をしたい。
定時連絡の時間ではないけど、情報の更新は良いことだ。何かあった時にすぐに対応できる。
「1時間前からありません。ですけど、次の定時連絡まで2時間あります。それに現在緊急通信の類は一切入ってきていませんよ」
「なら良かった。じゃあ、予想現在地は?」
「恐らく端島鎮守府沖約30km」
「……そろそろ転進する頃かな?」
提督は口頭では支隊に詳しい説明をあまりしなかったけど、作戦書には支隊の詳しい行動予定が書かれていた。私たち本隊は端島鎮守府で補給を受けることになっているけど、支隊は端島鎮守府から出る補給隊(恐らく水雷戦隊と輸送艦の混合艦隊)と合流して、洋上補給を行う予定になっている。それが端島鎮守府沖約50km地点方位242辺り。発見次第艦を並べて投錨、補給活動に入るという。
遠征として出撃しているので、本来ならば補給の必要はないけど、"偽装"だ。戦闘するので、念のために燃料を満載にしておくみたい。それに支隊は私たちを先行している。航空偵察は密になっているはずだから、航空機燃料もかなり使っているだろう。それが一番の補給の目的になっていると思う。
近くに置いていた作戦書を手に取り、私は再度内容を確認する。この行動も出撃からまだ30時間くらいしか経ってないけど、何十回と繰り返していた。
どこか見落としはないか、道中しなければならないことはないかの確認。作戦参加している艦娘全員に配られていて、多分皆も同じように確認を繰り返していると思う。私が見落としをしていても、他の娘が知らせてくれる。けど、見落とすなんてことは絶対にしたくない。
一通り確認してから作戦書から目を離し、再び海を眺める。
"つい数年前まで"は今航行している海域を安全に航行出来た。北はアルフォンシーノ、南は大スンダ列島まで。東はマリアナ、西はカスガダマまで。否。アンダマンからカスガダマまでの間は安全に航行は出来なかったけど……。それがほんの1年2年で本土の陸から50kmまで狭まっていたからね。
再び取り返すのも骨が折れるけど、海域の維持に努めなかった"私たち"の責任だからねぇ……。仕方ない。とはいえ、その責任も私たちだけが背負っている訳じゃない。不特定多数の人間が背負っているのは確かなこと。
それに提督は覚えているか分からないけど、リランカ島には陸軍の占領軍が居る。それの救出が急務だとも思う。体裁的に、だけど。クズの集団だったように思えるし、何より助ける価値があるのかって言われたら首を傾げざるを得ない。一部だけど明らかに素行不良で提督に迷惑を掛けた兵が居たのも事実。そんな兵を抱える部隊を助ける必要があるのだろうか。連帯責任だよ。
最も、提督が助けて来いって言ったら行くけどね。間違ってリランカ島を空襲しちゃうかもしれないけど、その時は『間違えちゃった~テヘッ☆』って言えば許してくれると思う。怒られるのは確実だけどね。
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ーーー
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予定よりよりも少し早くに端島鎮守府に到着した私たちは、私たちへの補給を任されている艦娘と話しをすることになった。
端島鎮守府所属 第一一号水雷戦隊旗艦 北上って言ってたね。知っている顔ではあるけれど、私たちの鎮守府にいる北上とは全然違う。カーキ色でお腹丸出しの制服ではなく、オリーブドラブのセーラー服。否、私たちの鎮守府の北上もオリーブドラブのセーラー服を着ていることが多いけども……。
なんでも話を聞いてると、まだ軽巡洋艦のままなんだって。改装は出来ると思うんだけど、辞令が降りないからそのままの状態が続いているみたい。
「補給量はそこまで多くないけど、丸1日居るんでしょ?」
「そうなるねー。そういう命令だし」
「じゃあさ、色々話を聞かせてよ」
そう切り出した北上は、恐らく支給品(端島鎮守府の司令官が旗艦に渡している時計らしい)の時計をチラッと見て私に腰掛けるよう促した。
埠頭だから座れる場所はいくつもあるなかの1つ。海に足を投げ出して、腰を掛ける。お尻がズレ落ちたら海にボチャンだ。艦内にお風呂はあるけど、服はなぁ……。交換用のを何着も用意しているけど、そんなことで使いたくはない。
私がそんなことを考えていた数秒の間に、北上は私に質問してきた。
多分、それは北上はおろか、端島鎮守府の艦娘の誰もが知りたいことなのかもしれない。
「よくテレビとかで取り上げられているのを見るよ。この前までの状況がようやく分かったよ」
「制海権の話?」
「そうそう。私たちも最初は九州までの航路を維持するために出撃していたけどね……」
急に北上の声のトーンが落ちていった。何かあったのだろうか。
私たちには基本的に他鎮守府の情報は能動的に動かなければ手に入れることができない。私は正直どうでも良かったから調べていなかったけど、知っている艦娘は知っているんだろうね。
私たちの鎮守府と他の鎮守府の違いを。
「経験がそれなりにある私たち水雷戦隊はまだ良かったんだ。だけどさ、重巡以上の大型艦が……」
「え?」
「近海の制海権を確保するためだけにほとんどいなくなっちゃった」
「っ……」
「横須賀が動き出して、ニュースで天色中将が帰ってきたことで近海の安全確保が取れたけど、さ」
北上は俯いたまま話す。その声はか細く消え入りそうで、どんどんとくぐもった声へと変わっていく。
そんな北上に、私は何もしてやることができない。というか、何をしてあげれば良いのか分からなかった。
「それまでの約1年……次に、また次に……。春前なんて、長門しか、いな、いなかった、んだよ……っ。空母のみんなも、みんな……」
ボタボタと大きな涙が、北上の膝の上に落ちていく。声を噛み殺し、手を握りしめて心の叫びを漏らしている。
そんな北上に、私は何もしてやれることが無い。仲間の轟沈経験なんてない。提督が死ぬ死なないは経験しているけど、それでも……隣に立って戦った戦友を失った気持ちなんて……。
「ぐすっ……」
水面に視線を落とす。これが"戦場の本当の姿"なのかもしれない。そんな風に感じた。
北上たちには、戦っていく目的があるのか分からない。艦娘の習性的に言えば、端島の司令官とは私たちで言うところの『提督と軍上層部の中間』だと思う。実際にここに居て、司令官と話した訳ではないけれど、それが想像できる一番近い印象だった。
絶対的な司令塔として認識している訳ではない、というのが私たちのところに居るビスマルクたちが表している。こっちに来た理由からして、そういう風に感じ取れるからだ。(※注)
この後、北上は話の方向転換を行った。本来、聞くはずだったことから話を脱線させてしまったと、私に言って本来したかった話に戻ったのだ。
「ねぇ、伊勢」
「何?」
「天色中将は、あたしたちが困っていたら助けてくれるのかな?」
そんなことを聞いてきた。これが北上たち端島鎮守府の艦娘が聞きたかったことなのだろうか。
私はそんな風に考えつつも、私なりの解釈で答える。
「助けてくれると思う。でも、あの人はかなり周りを気にするから……状況にもよるかもしれない」
「そう……」
「でも、そんなものまで気にならない程の状況だったなら、絶対に助けてくれると思う」
「そう、なんだ」
「暴漢の間に自分が割って入るくらいだからね」
そういってニッと笑って見せる。沈んだ表情の北上を少しでも元気づけるためだ。
私の顔を見て、北上がどう思ったかなんて私には分からない。だけど、少なくとも表情は良くなったと思う。私も知っている北上の表情。そんな表情の奥に、暗い影が少しでも晴れてくれたなら……。
ーーーーー
ーーー
ー
翌夕方には燃料補給が終了。そこから夜まで待機し、朝には出発できるように準備を始める。
そして横須賀鎮守府から出撃して4日目の0700。私たち本隊は端島鎮守府を出発。先行している支隊を追いかけて南西諸島北海域を目指して前進を始めるのであった。
出発前、未明に私のところを第一一号水雷戦隊所属だという駆逐艦 潮が私に会いに来た。
どうやら何か話があったみたい。夜だと消灯後までは目に付くし、それ以降は寝なきゃいけないからといって、準備をしている私が起きていると踏んで来たみたい。
「い、伊勢さん」
「潮ちゃんかぁ、どうしたの?」
「そのっ……」
歯切れが悪いのは、潮という艦娘だから仕方がない。私は黙って続けるのを待つ。
「昨日、北上さんが……訪ねてきたと思うんですけど」
「ん? あぁ、来たよ」
北上のことか……。所属を聞いてなんとなく想像はしていたけど。
「悪く思わないで、ください……。伊勢さんも、……たぶん分かっていると思ったんですが、それでも……」
「分かってるよ」
そう。北上は不器用なところがある艦娘。ウチにも居るからよく分かる。
「優しいんです。北上さんは……」
「知ってるよ」
そう答えると、潮ちゃんが首を横に振った。
そして……
「北上さんだって、苦しい思いをしているハズなのに……それでも、いつものように振舞って」
それは……どういうことなんだろう。
「姉妹全員が沈んで1人だけ残ったの、北上さんだけ……なのに」
「……えっ?」
なに……それ。昨日、北上は自分のことを全く話さなかったけど、そんなことが……。
北上以外の姉妹全員が沈んだ、ということは、球磨、多摩、大井、木曾が沈んだってこと? 理由は? 横須賀が戦闘停止している期間、九州との航路確保で出撃していたから?
私が咄嗟に予想を立てていたこととは、潮ちゃんの言葉で全く違っていたことが分かる。
潮ちゃんから聞かされたのは、この端島鎮守府の現状。元々端島鎮守府は、日本皇国に供給する資源を南方から輸送するために設立された鎮守府で、基本的には私たち横須賀鎮守府が開いた航路を航行してピストン輸送をしていたということ。これは私も知っている話だった。だけど、それだけしか私は知らなかった。
実情、端島鎮守府では国内の需要を安定化させるために、実は攻略直後の海域にも足を踏み入れていたんだとか。しかも明らかに練度が足りない状態の艦隊で、護衛もなしに。色々な艦娘が端島鎮守府の司令官に現在の任務の見直しや、横須賀鎮守府にも協力してもらうこと、それが出来なければ情報提供をしてもらうことを再三申し出たみたい。
でも、司令官はそれを受け入れなかった。その結果、遂にピストン輸送中に深海棲艦による奇襲で艦隊が壊滅。その後も、その輸送を続けたとのこと。それまではあまりなかったが、艦隊が欠けて帰ってくることが珍しくなくなっていった……。ということらしい。
だから誰かしらは隣の戦友を失った経験があり、独りで帰ってきたこともあるとのこと。そして、"建造"があるので、同名同型の同じ顔をした艦娘が新入りとして入ってくる。自分の建造に使われた資材よりも多くの資材を運んでは、道中"消える"。それの繰り返しだった。
潮ちゃんは、北上が端島鎮守府で最初の北上であることを知り、地道に自分で見てきたことを纏めていた。それを私に伝えた。ということだった。
北上は私には『大型艦』のことしか言ってこなかった。本当は『違う方』の話を伝えたかったのかもしれない。私たちに助けて欲しいことを伝えたかったのかもしれない。
潮ちゃんの言葉を聴いて、私は拳に血を滲ませていた。提督は絶対にこんなことはしない。こういう鎮守府があることも知っている。でも今まで見てきた鎮守府には手を出せなかった。なら、私が言えば、潮ちゃんの証言を持って帰れば、助けることが出来るかもしれない。
「誤解は、してないよ。潮ちゃん」
「はいっ」
「いつかきっと、提督が手を差し伸べてくれる。そんな風にしていたなんて聞いた提督が、絶対に許すわけがないからさ」
そう。絶対に許すわけがない。出来ることなら、絶対に助けようとするはずだから。
「それまで待っててね」
「はいッ」
「北上が壊れないように、潮ちゃんが支えてあげてね」
「……は、いっ」
そう言い切った私は、潮ちゃんを見送った。埠頭から自室に戻って、同型艦の皆に悟られないようにするために。
私も少し空を見上げて、一言吐く。
「無能な指揮官……ね」
今回は伊勢の視点でした。台湾攻略艦隊旗艦を任された伊勢の内心や、端島鎮守府での話がメインになりますが……。戦闘はなくてすみません(汗)
それと外交の件も、少々考えることがありまして、提督視点から外させてもらいました。
少し時間が欲しかったですからね。
ご意見ご感想お待ちしています。