艦隊これくしょん 艦娘たちと提督の話   作:しゅーがく

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第37話  謁見 その1

 

 俺は非常に震えている。理由なんて簡単だ。

 数日前から新瑞から戦線の状況を聞かれており、いつもより深く聞かれていたので面倒になった俺は詳細を纏めてある書類をごっそりコピーを取って大本営に速達で送りつけた。紙封筒の癖にkg超えそうになっていたが、そこはバインダーが入っていたことも加味してもそこまで多くなかったと思いたい。

それはともかくとして、受け取った新瑞はそれを余すことなく読み込んだ次の日の昼に電話を掛けてきたのだ。

 

『現在の台湾南方戦線の状況は分かった。北方は北方方面軍から報告書も上がっているので、送ってくる必要はない』

 

「は、はぁ。それで、何があって戦線の状況を詳細に知りたいと?」

 

『色々とあるのだ。皇室からの勅命でな。戦線の詳細な状況を教えろと。それが大本営にあり、戦線維持に投入されている戦力は私の下ということもあってお鉢が回って来たのだ』

 

「だから新瑞さんは俺から聞き出したりしていたんですね。それで、私が送った書類は役に立ちましたか?」

 

『大いにな。お陰で報告したら再び勅命だ』

 

 ということがあった。此処まで聞けば『国家の安全を心配する皇室』という印象が強く出る訳なんだが、それで終わりではなかったのだ。最後まで話を聞くことになった俺は、秘書艦が居ない1人だったこともあって、そのまま電話をスピーカー通話に切り替えて聞いていた。勿論、やらなければならないことと並行しながらではあったが。

 

「勅命? それは大本営に?」

 

『いいや。中将』

 

 何か資料を纏めろとかそういうものだと考えつつ、俺はペンを走らせていると新瑞は言い放ったのだ。

 

『謁見だ』

 

 という訳で震えている。現在進行系、俺は陸軍や横須賀の護衛に囲まれながら自動車に揺られているのだ。目的地は皇居。つい2日前までは実感がなかったが、いざこうやって移動していると実感が湧いてくる。今から俺が会おうとしているのは、前の世界でも雲の上の人間だった。この世界での天皇陛下がどのようなものなのか、それは既に学んでいた。

現御神。現人神と同じような意味で用いられる言葉で、天皇を指す尊称だ。とは云え、日本の神学概念からは絶対神ということにはならないそうだ。あくまでも尊称。人間宣言的なものは第二次世界大戦・太平洋戦争後に確かにあり、その記録も残っている。そのため、一般的には人間であるとされている。つまり、どういう立ち位置なのかがハッキリしていない。

学術的には人間であり、概念的にも人間であり、一部の人からすれば神ということらしい。ハッキリしていないというより、主義主張が飛び交っているため、定まっていないということだ。

 話を戻す。本来ならば、俺の護衛は海軍から派遣される憲兵1個小隊と横須賀鎮守府の部隊や艦娘という事になっていたのだが、陛下が陸軍に護衛として出動することを要請していたために、このような形での移動をしている。だが、横須賀側(艦娘側)が『こちらからも護衛を付ける』と言い出して聞かず、赤城がさっさと交渉してしまっていたので、こんな珍妙な形になってしまったのだ。

陸海軍約1個大隊規模の護衛と、連合護衛艦隊。大層な軍隊の移動はそうそうあることもなく、通りかかる民間人はボケーッとその姿を眺めていた。

 

「なぁ、姉貴」

 

「なんでしょうか」

 

 横須賀鎮守府から来ている人間は少ない。秘書官という名目で姉貴。同行人として武下。護衛として南風。これだけ。他は赤城が勝手に編成していた連合護衛艦隊。

姉貴たちは良いんだ。そもそもどういうところで誰と会うのかを知った上で、俺と同じかはさておき緊張をしているから。問題は艦娘たち。彼女たちは俺が大本営に出掛けるような警戒レベル、むしろそれ以上に警戒をしているのだ。艤装は必ず身に纏ったままなのだ。何度言っても聞きやしない。頭痛くなって考えることを放棄したが、最悪俺の首と胴体がさよならするようなことになるかもしれない。それもあり、震えていることもある。

 

「どうして姉貴は南風たちみたいに緊張してないんだ?」

 

「あー……。仕事柄、ですかね」

 

 本職、看護師だろうが。

 

「どうしても横須賀鎮守府の外の顔をすることが多いので、仕方なくですよ。まぁ、流石に国のトップとは始めてですけどね」

 

「そうかよ」

 

 そんな話をしていると、いつの間にか皇居の前に到着してしまっていた。

 既に護衛は停車しており、衛兵らに許可云々の話をし始めている。俺たちは降りず、近くまで衛兵が来て手続きをするのでこのまま待機することとなった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 手続きは多かったみたいだ。護衛で来ていた1個大隊は敷地外に待機、衛兵と共に周辺警戒に務めることとなり、数名が敷地内に入ることが許された。

俺と姉貴、新瑞が謁見へ。武下と南風は他の衛兵と共に廊下で待機することとなっていたようだ。途中で合流した護衛たちの中に新瑞も一緒に居たようで、自動車を降りてから気付いた。おう、といつも大本営で会う時と変わらずの挨拶をしてくる。

様子から察するに、どうやら謁見には慣れているようだな。

 

「今日の執務はどうしてきた?」

 

「昨日の内に済ませれるものは全て済ませて来ましたよ。今日でなければならないものや、飛び入りで入ってきた内部での仕事は溜まっていく一方でしょうけど」

 

「殆どが技術関係と報告書だったか? 後者はどのような内容なんだ?」

 

「そうですね……偵察・戦闘・演習・研究・戦術が多いですが、それ以外のものもありますよ」

 

 皇宮の中、人に囲まれて歩きながら話をする。新瑞が気を使って話を振ってくれているのだろうか。頭の中は確かに受け答えのことで思考が殆ど取られている。他事を考えることもなく、気を紛らわすことが出来ていた。

廊下を歩いている人は少なく、お手伝いさんのような人を見かける。男性であれ女性であれ、そのように思えた。立ち居振る舞いからそう感じさせるのかもしれない。何かしらの荷物を持ち、俺たちが歩いてくると足を止めて会釈をする。この建物の主の振る舞いでは決して無いだろう。

 廊下を進むこと数分。昇降もそれなりにあった先に辿り着いたのは部屋だった。扉の前に立ち、新瑞の背中を見る。

 

「武下中佐らは此処で衛兵と共に待っていてくれ」

 

「はい」

 

「了解」

 

 2人を此処で待たせると云い、扉をノックする。中からは男性の声が聞こえ、入っていいと促した。

 

「失礼します」

 

 その言葉に続き、俺も倣って室内に入る。

 部屋の中は洋風で全体的に白く、それなりに広くはあるのだが調度品が置かれているために無駄な広さは感じさせない。中央に置かれた机の上には花が置かれていて、そこには1人の男性が腰を下ろしていた。見覚えがある。

近くまで歩みを進めた新瑞が足を止め、姿勢を正すと敬礼をする。俺と姉貴もその男性に向けて敬礼をした。

 

「お待ちしていましたよ」

 

「ご壮健のようで何よりでございます。陛下」

 

 そういうことだろうな、と考えつつも、俺は敬礼していた手を下ろした。ちなみに既に姉貴は手を下ろしている。

 

「こちらが天色中将と」

 

「はい。日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部長官にございます。彼が日本皇国四方の奪還と、各国との国交回復のために深海棲艦との戦争を」

 

「そうですか。ささ、腰を下ろしてくださいな」

 

 何というか、物腰が柔らかで非常に接しやすい人のように思えた。これまでは写真や画面越しでしか見たことがなかったが、目の前に居るとなると違う。

 

「今回は新瑞に無理を言って連れてきてもらいました。現在の戦線の状況は聞き及んでおります。大事無いですか?」

 

「はい。近海・南西諸島北海域には対潜哨戒任務を艦隊に発令しておりますが、問題はございません」

 

 微笑んだ陛下は誰かを呼び付けると、お茶を持ってくるように言いつけると、話に戻って行った。

 

「それならば良かったです」

 

 何のようで呼び出したのかは定かでは無いが、このまま陛下の質問に答えている方が良さそうだと感じた。質問されれば答え、何か求められたら口を開けば良いと。

リアルタイムの戦線の状況を伝えながら、それなりに今後の方針を説明していく。目立った新しい動きは無いが、物資や部隊の輸送の状況が刻々と変わっていることや横須賀での動きを伝えると、陛下は俺の後ろに立っている艦娘たちの方に目を向けた。視界に入っていなかった訳は無いだろう。だが、視線をそちらに向けたのは今が始めてだった。

並んでいる艦娘1人1人の顔を見た後、俺の方に視線を戻すと口調を変えずに尋ねてくる。

 

「彼女たちが艦娘、ですね」

 

「はい」

 

「新瑞からは聞いてます。『護衛』だそうですね。中将の」

 

「そうなります。必要ないと言ったのですが、気付いたらいつもこのように」

 

 付いてくるとは言わず、視線をそちらに向ける。

 

「ビスマルク級戦艦 ビスマルク」

 

 視線は彼女たちの方に向け、名前を読み上げ始めた。

 

「アイオワ級戦艦 アイオワ」

 

「グラーフ・ツェッペリン級航空母艦 グラーフ・ツェッペリン」

 

「アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦 プリンツ・オイゲン」

 

「Z1型駆逐艦 Z1(レーベレヒト・マース)Z3(マックス・シュルツ)

 

「伊勢型航空戦艦 伊勢、日向」

 

「長門型戦艦 長門、陸奥」

 

「金剛型戦艦 金剛」

 

「最上型重巡洋艦 鈴谷」

 

 ここに来ている連合護衛艦隊、全員の名前だ。俺はこのことに驚きを隠すことが出来なかった。

 基本的にこの世界の人間、正確にはこの時代の人間に艦娘をひと目見ただけで個体名称(名前)言い当てることは出来なかったのだ。横須賀鎮守府の門兵や新瑞のような接触の多い人間ならともかく、それ以外の人間に彼女たち個々の顔と名前を覚えさせることは難しい。軍もそれを促すようなことはしていなければ、メディアでも艦娘のことに関しては報道されているものの、名前までは無い。せいぜい艦種くらいまでしか報道されることは無いのだ。

それなのに陛下は全員を見ただけで名前を言い当てて見せた。知っていたのか、それとも情報を仕入れたのか……。

 

「『重い編成』ですよね」

 

「はい」

 

「皇室には深海棲艦との戦争開始からこれまでの記録が残っています。その中には艦娘の顔と名前が書かれた物もありますので、私はそれを覚えていましたから分かりました」

 

「一般の方は分からないそうですが、陛下はそれでお分かりになられたのですね」

 

「はい」

 

 最初は戦線、次は艦娘と話をしていく。緩急はあるものの、落ち着いた雰囲気で神経を尖らせることもなく会談は続いて行く。

途中、休憩と云って色々と振る舞われたが、それは護衛である連合護衛艦隊にも配られた。警戒はしているものの、この部屋での警戒レベルは外部では低い様子。キツい口調を使うこともなく、ちゃんと話しかけられれば彼女たちは返事を返していた。それでも鎮守府での様子とは違うんだが。

そうして話をすることどれくらいが経っただろうか。休憩は2回ほどしていたので1時間は確実に経っている。そろそろ陛下も俺や艦娘たちに対して聞きたいことも尽き着てきた頃だろうと考えていると、急に室内の空気が変わった。

それはもう急に。唐突に起こったことだった。それは俺たちの誰もが変えたものではなく、目の前に腰掛けている陛下からだったのだ。ガラリと変えた雰囲気の中、確認が始まろうとしていた。

前回の休憩の際に持ち込まれた書類だろう。それを手に取って読み上げる。ゆっくりと、丁寧に。内容は簡単だ。

『俺』に関してだった。俺がどういう人間であり、どのような経歴の持ち主なのかということを読み上げている。それはさながらパーソナルデータだった。氏名・生年月日・住所(この場合は2つ)から始まり、自己紹介でしか言わないようなことや、この世界では言ったことの少ない内容まで様々。簡潔に確認として読み上げられていく。

そして経歴に入り、出生から現在までの大きな事柄を読み上げていき、最後、陛下は書類を机の上に置いた。

 

「間違いないですね」

 

「はい。間違いありません」

 

 これまでのものに間違いはなかった。どのようにして調べたのかはさておき、それは紛れもなく俺の歴史だったのだ。

そしてこれを話したということは、陛下が何をしたいのかも分かるというものだ。今回の謁見の目的は"これ"。

 

「貴方は『海軍本部』よる『提督を呼ぶ力』によって横須賀鎮守府の提督として異世界から転移・召喚された青年です。このことは私、いいえ、日本皇国が貴方に責任と重圧を押し付け、未来を奪ってしまったと考えています」

 

 そうだろうな。これまで散々海で戦闘を繰り返してきたものの、このようなことは一切なかったのだ。

だから日本皇国はこのような形を取り、俺に公の場でこのようなことを一度言わねばならなかった。だが俺はそんなものは欲してなどはなかった。そもそもというところから始まるのだが、元凶はというと国は関係ないこと。全ては深海棲艦が悪く、『海軍本部』が悪い。敵と自国の国家組織が原因とは言うが、彼らは国からの許可を度外視した越権行為を行っていたことは自明であった。ならば国はそれを裁けば良い。責任を追求すれば良いだけのことで、国がここまでする必要はない。それが俺のこの状況に対する持論だった。

だから、これに対する答えは1つのみ。

 

「もし、世界に平和が訪れたその時には、貴方に出来る限りの恩を与えます」

 

「大層なものは頂けませんよ、私は」

 

 そう答え、続ける。

 

「もし、世界に平和が訪れる要因が私だとしても、それは私が"日本皇国海軍軍人"としてしたことであって、それが"日本皇国海軍軍人"に求められたものであると考えています」

 

「ですが貴方は」

 

「はい。異邦人です。だとしても、私は"日本皇国海軍軍人"。軍人が国のために人柱となることを厭わず、出来うる限り力を使って果てることをが軍人だと考えます。ですから陛下」

 

 力強く、俺は言声を一層張って言い放った。

 

「私に"よくやってくれた"と仰っていただけるだけでも過ぎた栄誉、それでも私は心満たされます」

 

 ここで話は終わってしまった。というよりも陛下が黙ってしまったのが正しい。1、2分過ぎると、陛下が雰囲気を元に戻したのだ。

室内に待機していた人を呼び出し、これからのことを伝え始めた。内容は聞こえなかったが、何かあるようで、何かを言い使った人はそのまま部屋を出ていってしまう。

 

「昼食を用意させます。お食べになってください」

 

 さっきのは昼食の用意をするように言いつけたのか。ということは、ここに居る全員分を用意するように言ったことだろう。これは断れない。そう考え、俺は新瑞の方を見た。そうすると頷くので、俺と同意見の様子。

 

「是非、頂戴致します」

 





 こうした情勢下でどうしてなかったのか、という話を今回書きました。本作では皇室との交流(という名の呼び出し)が何回かあります。その都度目的は違いますが。
艦これのハズなのに政治や他の軍の話が多いのは本作ならではですので……。

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