真田や端島鎮守府の艦娘たちの滞在2日目。今日は真田が大本営に全日行ってしまうため、端島派遣艦隊の面々はそれぞれ立入禁止区域以外の鎮守府内を自由行動し始めていた。その中、執務室で仕事をしている俺のことを尋ねてきた艦娘が居た。
「失礼します」
書類に目を落としていた俺は、適当な返事を返して招き入れる。
艦娘は時々、声を聞いただけでは誰だか分からないことがある。理由は分かっているのだが、それを知っているのは俺だけなのだ。説明の方法は幾らでもあるんだが、その件に関しては新瑞なんかは知っているのでは無いだろうか。俺だけが知っている理由。
それはともかくとして、俺は執務をしながら話しかけてくる声を聞きつつも返事を返していた。
今、執務室には秘書艦は居るものの、来客にはどうも秘書艦も『いつもの奴か』とばかりに無視している状況だ。
「航空戦術に関して、ご相談が」
「どの段階かは知らないが、最初は赤城に相談してくれ」
俺は次の書類へと視線を移動させるが、どうやら入室してきた艦娘は退室もしないようだ。足音から察するに2人であるのは分かるんだが、声からして翔鶴か瑞鶴だ。となると、片方が話しかけてきたのだろう。口調からだと翔鶴なんだが……。
それはともかくとして、今は南西諸島北海域の哨戒報告と深海棲艦出現情報の収集整理を行っている。日々哨戒艦隊を各方面に散らせているが、毎日届く報告を目に通して整理しておかなければならない。そうしなければ、深海棲艦の索敵情報や艦隊総数の確認が出来ない。いざとなった時に対応できなくなるのだ。
現状、鎮守府近海、太平洋沿岸部、沖縄諸島から台湾までの海域には深海棲艦出現は確認されていない。完全に制海権と制空権を奪取出来たと考えても良いのだろうが、敵の欺瞞工作かもしれない。不用意にこの情報を元に作戦計画を立案するのは不味いだろう。
次々と確認して行く報告書の山がそれなりに高くなった頃、俺は凝った肩を回した。
それまで下げっぱなしだった頭を上げ、首を鳴らしていると執務室に直立不動の人影が2つ見えたのが分かる。翔鶴と瑞鶴だ。
「……ん? どうした?」
「いえ……先程から執務をされていて、声をお掛けしても生返事しか返って来ませんでしたし、横須賀の赤城さんには相談済みでして」
「横須賀の赤城?」
一瞬、翔鶴が何を言っているのか分からなかったが、すぐに状況を理解した。目の前にいる翔鶴と瑞鶴は端島の艦娘なのだ。
ペンを机の上に置き、2人を確認する。翔鶴の手にはバインダーがあり、どうも資料が挟まれている模様。瑞鶴は何も持っていないようだ。
「端島の五航戦か。すまない」
「いいえ。申し訳ありませんが、お時間をいただけないでしょうか? 航空戦術についてお尋ねしたいことがございます」
2人の異常に謙った口調が気になるところだが、俺は2人の話を聞くところにした。とは言っても、どこまで答えれるのか分からないが。
「こちらになります。資料にある戦術なんですが、既存のモノを応用した航空攻撃の立案を行っていまして」
資料によると、どうやら艦攻・艦爆隊による艦隊航空攻撃の応用戦術立案を行っているようだ。想定は確かに応用だった。
発艦させた攻撃隊に護衛戦闘機隊を同伴させ、敵艦隊上空まで編隊飛行。攻撃開始と同時に攻撃隊は艦隊へ急降下ないし、手前で降下しての超低空侵入。接近した後の航空爆撃及び雷撃を行うという至って単純な戦術にあれこれと足している。
それは編隊編成や編成内容、セオリーである降下位置や攻撃順番の選定等を少し変えてあるもの。とは言っても、どうやら戦術指南書にあるセオリーに従ったものであるのには違いない。
これを見た俺に、翔鶴と瑞鶴は何を求めているのだろうか。
「敵艦隊編成、動きに対応した動きの変更点などもあります。それを全て加味して、何か助言をいただけないでしょうか?」
なるほど。この資料には確かに場合分けがなされている。敵艦隊の編成、状況、天候、その他様々な状況に合わせた動きの変化が用意されている。それらを目に通しても、セオリー通りとしかいえないんだが……。
「赤城に聞いたと言っていたが、どのように返答を貰った」
それが気になるところ。
「えぇ。同じように説明と資料を……そうしたら『セオリー通り過ぎてつまらないです。何を目指しているのかは分かりませんが、これなら敵艦隊もそれに沿った対応策をこちらの手の内を知らない状況でも打って来ますよ?』と」
最初の一言に詰まっているな。『セオリー通り過ぎてつまらない』と。
天候に関しては省くが、先に大型艦を潰すということなんて、かなりセオリー通りだと思うんだが。目標選定なんてその時々にもよる訳なんだが、相手の編成に応じた攻撃目標順序なんかも書かれていて、ついついそんな事も考えてしまう。
「俺も赤城と同意見ではあるんだが、強いて言えば……」
強いて言えば、その続きに出てくる言葉はどうも不明瞭なものだと思う。
「こういうことは実戦経験から来るものが多いだろう」
「それは、"経験"で補え、ということでしょうか?」
「そうだな」
『経験』。そんな言葉で片付けてしまうが、実に不明瞭だと思う。経験、何を指す経験なのか。指揮か、航空隊か、攻撃か……どれにでも当てはまる経験ではある。しかも、指標が持ち辛い。試すには深海棲艦や演習をして見なければ分からない。
「経験による知識の蓄積は、他者に伝えることも出来る。だが、受け取った者はその知識があったとしても、経験がなければ上手くそれを扱うことが出来ない。もし此処で俺が何かを教えたとしよう」
意地悪な言い方だが、彼女らが育つためには必要なことだ。
「例えば『零戦二一型の特性』。それを教えたとして、翔鶴や瑞鶴はその知識を携えて次の演習や実戦に望んだとする。どうなる?」
「……零戦の癖がまた分かったのなら、それを理解して」
「理解して? 敵航空隊の撃滅に役立つか? そちらに気を取られすぎるのでは無いか? 零戦二一型の特性を気にしすぎて、本来の目的が少しでも霞むのではないか?」
「っ……」
俺は資料を机の上に置き、2人に助言をする。
「じゃあ助言だ。付いてこい」
「「「え?」」」
この2人無視してた癖に、何リアクションしてるんだよ……飛鷹。
「飛鷹。少し席を外す」
「わ、分かりました。私も」
「飛鷹は執務を優先」
「はい」
ーーーーー
ーーー
ー
端島の五航戦を連れてきたのはここだ。
「ここは……先程私たち、来ましたよ?」
「知ってる」
「なら何故?」
「ここの
俺たちが来たのは艦娘寮。普段は足を踏み入れ無いが、艦娘寮に俺が来る用の全てがここにある。それは横須賀の艦娘は皆知っていることだ。
「おーい。赤城。出てこい」
『提督ですかー?』
「他に誰がいるんだよ」
『今行きます』
パタパタとドアの向こう側から声が聞こえ、出てきたのは赤城。いつもと変わらない服装でいるようだ。それに今は、同室の加賀も居るみたいだな。
出てきた赤城は俺の後ろに居る2人を見て察したみたいで、中に入って欲しいと言ってくる。
まぁ、廊下で話す内容でもないから上がることにした。
「少し待っててくださいね。お茶とお茶請け持ってきますから」
「そこまで長居する気は無いんだが……」
「はいはい」
畳敷きの赤城と加賀の部屋には数えるほどしか入ったことが無いが、やはり長居するのは良くないだろうな。理由は察して欲しい。
それはともかくとして、この部屋に加賀も居るわけだ。丁度近くの机で戦術指南書を見ているようで、こちらに気付いて『どうも。提督がいらっしゃるなんて珍しいこともあるのね』とか言ってた。確かに珍しい。それとついでのように、こっちのちゃぶ台に来るのは止めてくれ。そして2人の目の前で戦術指南書の続きを読むのは止めてやれ。
そうこうしていると、赤城がお盆を持って戻ってくる。
俺たちの前にお茶とお茶請けを置くと、加賀の膝の上に座ろうとし始める。
「ちょっと赤城さん。座らないで」
「提督は私に話があって来たんですよ? 戻ってみれば、ちゃぶ台は埋まってましたから、加賀さんの膝の上に」
「ごめんなさい強引に座ろうとしないで」
「えぇい!! 座らせろー!!」
なんか茶番が始まったので2人の方に目を向けると、呆然とする瑞鶴と苦笑いをする翔鶴が……。分かるぞ。良く分かる。来客。しかも別の鎮守府からも居るのに、何をしているんだ。
そんな茶番が長く続き、赤城と加賀は並んで座ることにしたらしい。狭いところに肩を寄せ合って居るわけだが、それはまぁ無視して話をすることにした。
「んで。この2人を連れている理由は分かるか?」
「えーっと……王様ゲーム?」
「おう、表出ろ。金剛型四姉妹ところ行くぞ。今ならティータイム中だ。あの4人に赤城のはz」
「ごめんなさいごめんなさい!! 航空戦術の件ですよね?!」
どこまでふざければ良いんだ、赤城。
やっとのことで本題に入れる訳だが、俺は赤城にある事を頼むことにした。
「赤城、この前の」
「あぁー。そういえばこの前言いましたっけ?」
「そう。それ。んで、この2人を帰還前日まで」
「えー……。大丈夫ですかねぇ?」
と、そんな会話をしているわけだが、加賀は内容を知っているので黙って聞いている。一方で翔鶴と瑞鶴は何のことだか分かる訳もない。
「何の話ですか? 航空戦術の件で」
「中将さん?」
そんな様子で終始分からず、話はトントン拍子で進んでいってしまう。
「拘束時間は結構なことになりますし、私の方もいささか支障が出てしまいますが」
「良いだろ、別に。二航戦の2人は音を上げているんだからな」
「聞いてますよ。蒼龍さんの方は提督に甘えっぱなしで、遂には暁さんたちにすら呆れられているとか」
「……可哀想になってきた」
疑問符を浮かべたままの2人を置いて、俺たちの話は逸れながらも進んでいく。
「では消費資材はウチで持つんですね?」
「あぁ。報告は俺の方からしておく。真田の返事もどちらかだし、まぁ頷くだろう」
「今すぐ聞いてみればどうです? 出向中とはいえ、書類の手続きとかばかりでしょうし」
「後でやっておく」
「では決まりの方向で」
「頼んだ」
そして決着が付いた。実行だ。ちなみに2人はまだ分かってない。そんな2人に説明し始めた。
「という訳で、助言を言い渡す」
ゴクリと喉を鳴らした2人に突きつけるのは……。
「経験が大事だと言ったな? これから帰還までの日程、ほぼ全日は赤城に付いて演習・訓練を行うこと」
「「はい?」」
「消費する資材はこちらが用意するし、真田大佐にも許可を取り付けた。頑張ってくれ。俺がしてやれることはこれくらいだ」
と返して、赤城にバトンタッチをする。
「そう云う訳で、端島の翔鶴さん、瑞鶴さん。よろしくお願いしますね」
ニヤリと嗤う赤城に加賀も横槍を入れる。
「私も赤城さんにやってもらったことがあるのだけれど、まぁ……死にはしないと思うわ」
「「えっ……死ぬんですか?」」
「死なないと思うわ…………多分」
こうして端島鎮守府所属の五航戦、翔鶴、瑞鶴は毎日横須賀鎮守府内で悲鳴を上げる事になったのだった。
毎日毎日赤城と加賀が付いて資料室や赤城と加賀の私室に立て籠もって戦術指南書の勉強、理解して自分の物にするまで何度も何度も叩き込まれ、かと思えば外に連れ出し演習・訓練と称して艦隊戦を赤城が取り付けた横須賀の艦娘に混じって行い、鎮守府内を走り回ることとなった。
時々俺も見に行っていたが、加賀の時とそこそこ同じレベルではあるんだ。あるんだが、そこに加賀も加わったことで、休憩時間がより短縮されているように見えた。加賀の時は赤城が1人でやっていたので、赤城の『特務』や出撃がある時は加賀も休みが出来たのだが、それが今回は赤城に加えて加賀が居た。どちらかが居なくなることがあっても、どちらもが居なくなることはない。どちらかが必ず2人に付いているような状況だった。
ちなみに横須賀の二航戦は訓練だけ赤城と加賀に付き合っていただけで、ここまではいつもやっていない。時間がないので仕方なくということと、真田から頼まれたのだ。『徹底的にお願いします』と。頼まれたのなら、その期待に応えようとしたまでだ。
ちゃんと艦娘がメインになっている話ですが、時々変なテンションで書いているところがあります。後悔も反省もしません(真顔)
そういう場面は少し取り入れていきたいところですからね。
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