私たちは横須賀鎮守府に招待されて来ている。鎮守府から横須賀までの航海はそれほど荒れたものではなく、至って平穏な海だった。それもこれも、中将が周辺海域の偵察警戒を厳に行っているからだろう。
この招待、私にはまたとないチャンス。日本皇国のため、軍人でなかった身でありながらも戦う中将が『学びに来い』といったのだ。それは数週間も前の話にはなるが、私が任される鎮守府に視察で訪れた際に言ったのだ。私に言ったものでは無いが、私が良いと言ったならば来いと。何をしに来いとは言ってない。ただ、何をしに行くべきかは分かる。
「どうも。私たちがこちらの仮設指揮所のオペレーターです」
「あぁ。よろしく頼む。呼び方はどうすれば良い?」
「戦域担当妖精と呼ばれています。基本的にここにいる妖精の殆どがそれに該当しますが、大佐の声には手の空いている者が必ず対応します。それに、こちらから逐一戦況報告をしますが、私どもは助言などを行いません」
「……それは君たちがどれほど経験を積んでいてもということか?」
「はい。それが提督の方針なんです。意見がある時はあちらから聞いてきますので、基本的には私どもは自ら進言をするようなことはしません。大佐がもし困ったのならば、それを口に出してさえいただければ、私どもの考えを口にします」
「ありがとう」
「いいえ。では、各員所定の席へ」
ここの妖精たちはメリハリがハッキリしている。戦闘中、待機中、休憩中のメリハリをちゃんとしており、とてもこうやって任務をしやすい。それに礼儀正しく、正に軍人のような振る舞いだ。
私が立っているのは段々になっている仮設指揮所内の一番高いところだ。指揮官が立つところということで、正面の戦域モニタがよく見え、各員の席を見ることが出来る。
そこに私は立っていた。そしてその背後には、今回演習で出ない連れてきていた艦娘たちも一緒にいる。
「演習楽しみっぽい!! 夕立、実戦訓練は回数だけ力になるから、楽しみっぽい!!」
「そうクマー。水雷戦隊じゃないけど、一見の価値はものすごくあるクマ」
ワイワイとしている小型艦たち。
「巡洋艦を出されないんですか……」
「しょうがないよー。でも、そのうち見れるかもよ? それよりも、私は嬉しいね!! 航空戦艦の戦闘が見れるんだから!!」
相手の戦力から様々な事を考えている大型艦たちだ。
一緒にいる艦娘は夕立、球磨、鳥海、伊勢、そして……。
「相手の航空隊編成の想定はいくつかあるけど、恐らく最新鋭機を使うのは目に見えてるね。もしかしたら、こっちに合わせてくるかもしれないけど……」
「そうね。……私は前者だと思うわ。歴戦の艦隊よ? 最新鋭機を使っているに決まっているわ。そう考えると、編成は自ずと見えてくるわね」
「戦術はどうだと思う? 翔鶴姉」
「特殊な航空攻撃を行うことは分かるのだけど、それ以外が……。爆戦を使う可能性も捨てきれないわ」
「爆戦だった場合は、どのタイミングでどの編成割で出すかで変わってくるけど」
あの日以来、訓練の回数を減らして資料室に缶詰をするようになった五航戦だ。私も資料室で何度も朝を迎えている。その時も一緒だった。
そうだ。私たちは指摘された点を直すために、努力してみせたのだ。私は執務の間を縫ったりだとか、自由時間を使うことしか出来なかったが、五航戦は違う。この2人は資料室で寝泊まりしているようなものだった。勉強し、勉強し、勉強し、訓練し、勉強し、勉強し、勉強していた。風呂に入り忘れたとか言っていたこともあった。
だからこそ、今回の演習では得るものが多くあって欲しい。
「そろそろ時間だ」
演習開始時刻30秒前だ。戦域担当妖精たちがこちらの艦隊に無線を入れつつ、戦域モニタの表示を変えていく。そして時刻になった。
「
「戦域担当妖精より各艦へ。演習開始」
『演習艦隊旗艦長門。演習開始了解』
艦隊のアイコンが変化する。
「続けて通達。
「戦域担当妖精より旗艦長門へ。艦隊運動、索敵の指示を任せる」
『旗艦長門了解。いつも通り、蹴散らしてくれる』
意気込む言葉も仮設指揮所に設置されたスピーカから聞こえてくるが、私たち
それもそうだ。ここにいる艦娘たちは、立ち止まらずに上を目指している艦娘たちだ。それにここの戦域担当妖精たちは横須賀鎮守府の妖精だ。演習艦隊があのような発言をしたのなら、横須賀の艦隊のことをよく知っている彼女たちが変な空気を出すのは仕方のない事。
「長門より索敵機出撃命令です。零式水上偵察機、発艦開始。偵察行動を行います」
いつも通りだ。恐らくそのまま長門は蒼龍、飛龍に第一次攻撃隊を飛行甲板に出しておくことを伝える筈だ。その後、索敵の情報を吟味しつつ、艦隊運動を決める。
それまで、私は相手の取る手を考えるとしよう。
ーーーーー
ーーー
ー
長門が艦隊の動きを決め、演習海域中央を目指す事を各艦に通達した後のことだった。突然、戦域担当妖精が騒がしくなる。バッと戦域モニタに目を向けると、艦隊の前方を飛行していた水偵のアイコンが点滅している。
『こちら利根3号、利根3号!! 接敵につき航路変更!! 敵機に追われている!!』
それと同時に、艦隊前方を飛行していた索敵機が次々と点灯を始めた。
『こちら摩耶2号!! 索敵中に敵機を発見!! 恐らく敵索敵機と思われる!! 訂正!! 訂正!! 敵索敵機にあらず!!』
『こちら利根1号、利根1号!! 索敵空域に侵入してきたのは零戦だ!! 発動機周辺の形状から零戦五ニ型!!』
五ニ型だと?! こちらではまだ配備していない型ではないか!!
それにしてもどういうことだ? 何故開始早々に零戦が索敵機を撃墜しに来るのだ。それに撃墜された索敵機の無線内容から考えるに、恐らく零戦はそれぞれ1機での襲来。どういうことだ?
私が物思いに耽っている間にも、事態は転々と変わっていく。
既に索敵機として出撃していた水偵は全て撃墜されていた。艦隊は目を失ってしまったのだ。
「HQより二航戦へ。発動機に火を入れておけ」
「戦域担当妖精より第ニ航空戦隊へ。第一次攻撃隊発艦準備」
『蒼龍了解。ただ、今航空爆弾と航空魚雷の搭載中なんだよねぇ。もうちょっと待って』
『飛龍了解。私も同じー。護衛なら出せるけど?』
まだ準備も出来ていないのか……。そんな事を考えていると、後ろで瑞鶴が呟いていた。
「これじゃあ間に合わないかもしれない……」
「同感だわ。私ももう間に合わないかもって思うもの」
翔鶴も瑞鶴と同意見なようだ。私も同じ考えを持っている。だが、そんな思考に時間を割いている余裕などあるはずもなかった。次々と各艦から状況報告が入ってくる。
『長門より全艦へ!! 敵編隊を艦隊正面11時方向、距離10000に確認ッ!! 対空戦闘よーい!! 二航戦は直ちに迎撃隊発艦を!!』
『こちら飛龍。今から発艦させる!!』
『蒼龍はまだ無理!!』
通信がめちゃくちゃだ。艦隊は混乱には陥っていないものの、通信が乱れに乱れている。このままだと相互連絡がうまくいかなくなる可能性がある。そうこうしていると、戦域モニタの敵編隊のアイコンが艦隊に接触する。
長門は報告しなかったが、状況から察するに第一次攻撃隊が襲来している。編隊機数は分からないが、場合によってはこちらの被害が大きくなる。なんとしても砲雷撃戦に持ち込みたいところであった。
私は今回の演習、砲雷撃戦に持ち込まなければ勝機は無いと見ていた。それもそのはず。大本営や来訪、先程の鈴谷の話を聞いた限りだと、私たちが横須賀鎮守府の艦隊を打ち破るにはそれしか方法がないように思えたからだ。
『と、利根より全艦へ!! 艦隊正面2時方向から駆逐艦と思われる艦影が2つ急速接近しているのじゃ!!』
『こちら飛龍!! 迎撃に出した隊から艦隊正面7時方向から別働隊接近って!?』
『一体どうなっている?! どうして四方八方から敵が?!』
一気に演習艦隊の周辺に敵アイコンが増える。この状況は一体なんだと云うのか。第一次攻撃隊の発見からたった数分でこれだけ包囲されるとは思ってもみなかった。2つの編隊に1つの敵梯団。艦の方は恐らく駆逐艦だと思われるが、このような戦法を取るとは……わざと戦力を分散させたのか? それとも、こちらを力量を分かった上での戦術なのか?
早急な対応が求められる今、私はすぐに艦隊に指示を出す。
「全艦に通達!! 飛龍から上がった迎撃隊はそのまま第一次攻撃隊と思われる11時方向の編隊へ攻撃を敢行せよッ!! 後方の別働隊は捨て置け!! 接近中の艦影は恐らく駆逐艦だ。全艦、右舷砲雷撃戦用意!!」
『演習艦隊、了解ッ!!』
今出来る最善の手を打った。だがどう考えても足りない。戦力が足りない。先ず第一次攻撃隊と思われる敵編隊へ向かった迎撃隊は零戦ニ一型6機。恐らく5倍以上の編隊相手にそれでは足りない。後方に出現した別働隊はこちらの索敵機を撃墜した零戦五ニ型の集団であるか、第一次攻撃隊の発艦直後に出された第二次攻撃隊だと思われる。
艦隊右舷側にいる駆逐艦と思しき艦影が接近し、その正体がハッキリする頃には敵の主力も到着する。もし、主力到着までに右舷の敵艦を撃沈することが出来れば万全とは行かないものの、砲雷撃戦に突入することが出来る。
私は戦域モニタを睨み付けながら、今か今かと戦況が動くのを待ち続けた。
そして動き出す。
「飛龍航空隊の迎撃隊、撃墜」
「艦隊左舷後方より別働隊、艦隊上空へ到達」
「右舷より艦影2、接近」
『長門より全艦へ、右舷砲雷撃戦開始!! 出し惜しみは無しだ!!』
そして……。
『摩耶より全艦へッ!! 前方12時方向より艦影接近ッ!!』
終わりを告げる鐘が鳴る。たった6機で対処に当たった第一次攻撃隊は艦隊上空に到達。航空爆撃と航空雷撃を敢行する攻撃隊に、艦隊は対空砲火で応戦するものの"全く"当たることはなく、尽くを被弾。この時点で艦隊の半数を失い、艦隊右舷より接近していた艦隊によって残っていた飛龍が轟沈判定。残っていた満身創痍の長門、摩耶は全艦健在の敵艦隊と反航戦に突入。砲弾を一身に受けて轟沈判定。この演習はこちら側、端島側の完全敗北に終わった。
この演習で横須賀側の損害は、被弾1機のみ。艦への損害は軽微だった。こちらの放った砲弾の殆どは外れ、数発が夾叉しただけに終わったのだった。
今回は久しぶりに主人公とは別視点で話を書きました。というのも、赤城航空隊の異常性を書きたかったというのがありましてですね……。
というか、書き切ってみるとそもそも演習艦隊自体が異常にしか見えないという。
ご意見ご感想お待ちしています。