艦隊これくしょん 艦娘たちと提督の話   作:しゅーがく

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第31話  平静

 今、俺は執務室にいる。執務室と云っても、この執務室は俺が使っているものでもない。大きな机に内線、コーヒーカップに写真立て。ペンと換えのインクが2つに、書類が積み上がっている。近くには辞書かと思われる程分厚い本。背表紙には『戦術指南書 艦隊戦』と書かれている。

その机に付いている人物の前に、俺は立っていた。後ろの方には秘書艦であるグラーフ・ツェッペリンが立っている。

 

「ご苦労だった、中将。報告では爆発事故に巻き込まれたと聞いているが、どうだった?」

 

 俺の顔を見てそう言ったのは、この執務室の主だ。海軍部長官の新瑞海軍大将。

 

「大事ありませんでした。台湾側では負傷者数名おりましたが軽傷で済みましたが、こちら側では誰も」

 

「政府からの報告でも、使節団で負傷者は居なかったと聞いている。……報告ご苦労だった。政府からの命令もこれから増えていくだろう。追って通達していく」

 

「はッ」

 

 新瑞に敬礼をし、俺は帰ろうと踵を帰ろうとすると、新瑞に呼び止められた。仕事の話ではあるだろうが、外交に関係のない話であることは確実。

その場で回れ右をして、新瑞の顔を見る。先程よりも距離は開いているが、変わらず声は聴こえる。

 

「次は残りの南西諸島か? カムラン半島を確保した後はどうする?」

 

「西方海域、カスガダマまでの航路を確保します。現在、台湾以南に偵察艦隊を交代で向かわせております。時季が来れば動き出しますよ」

 

「インド洋を抜けてアフリカ大陸か。ヨーロッパへはどうするつもりだ?」

 

 今後の制圧予定を聞いているんだろうが、予定制圧海域や航路などを偵察しなければ決めれるわけがない。今ココでどうするかなんて答えられる訳もない。

 

「……まぁ聞いてみただけだ。前回の制圧ではカスガダマまでだったからな。考えられる航路はいくつもあるが、これまでの戦闘記録を鑑みれば予定出来る航路や通過海域は検討が付く」

 

「新瑞さんが頭に思い浮かべているであろう航路、恐らく当たっていでしょう。戦闘記録から導き出したのなら、私としてもそれ以外に思いつくものはありません。ですが、状況がどのように変化していくのか分かりませんから、その時になってみると変わっているかもしれませんね」

 

「そうだろう。予定とはそもそもその通りに動くものでは無いからな。では中将、呼び出してすまなかった」

 

「いいえ。どのみち報告に呼び出されるだろうと考えておりましたし、もし呼び出されなくともこちらから出向いていたでしょうから」

 

「と言うと?」

 

 台湾から帰ってきた俺が早々に新瑞のところに行く予定などいくつもあるまい。今回に関しては特例ではあるんだが。

 

「政府の方からも報告があるでしょうが、台湾海軍高雄基地の港湾施設の租借に成功しました。大部分の設備を使わせてもらえるみたいです。それに倉庫を幾つか借りることも」

 

「例の件、中将が進言したものか? 中継地の確保という名目でねじ込んだ件、それに君の腹案でもある件も同時に動かしたものか」

 

「はい。私の方のも成功。少々私には余りあるものではありますが、どれを優先するか考えれば決定はすぐに下せるものです」

 

「そうだな」

 

 新瑞は机に肘を付き、つぶやく。

 

「君、中将の政治介入。日本皇国と艦娘の関係を円滑に運ぶための投資。はじめは外務省への貸しになるが、これからも幾つか必要になるだろう。中将には心労を掛けるが、リスクリターンと日本皇国海軍の長としても一介の軍人としても私は君に負担を強いらなければならない。形はどうあれ、この行動にツェッペリンら艦娘たちが反応していないのを鑑みるに、この布石は間違い無いことだろう」

 

「えぇ。赤城、金剛、鈴谷が軍に対して敵対的な行動を取らず、むしろ乗ってきたのを鑑みるに有効であると言えます。ただ、最悪の事態を考えると恐ろしいことが起こることに変わりはありません」

 

「中将がもし傀儡になってしまった時は既に日本皇国は滅んでいるさ。国の形態の維持など出来るわけが無い」

 

「さぁ。そうなった場合、新瑞さんがどうにかしてしまうのでしょう?」

 

 新聞を読むようにしているのもあるが、門兵と世間話をしている中で聞いたのだ。海軍士官学校での教育プログラムの中に、戦術指南書を基に構成された座学が存在していることについて。それにここ数年で培った技術や情報を駆使した新たな指揮官育成を行っていると云う。その情報の真偽は分からないが、軍内部でも噂になっており、裏もある情報。真に限りなく近い噂だ。火のないところに煙は立たない。少なからずそのような動きがあったとしてもおかしくはないのだ。

そういう意味での維持出来ないではないのかもしれないが、本当に最悪の事態を想定すると新瑞だけでは無理だ。

 

「買い被るな。私にも出来ないことの1つや2つある。さて、引き止めて悪かった。帰って貰って構わない」

 

「そうさせて頂きます。では、失礼しました」

 

 扉を開く前に敬礼をし、廊下へと出ていく。一緒になってツェッペリンも出て来るが、どうも表情が優れないようだ。唯でさえ白いのに、青白く、否、表情を歪めているだけか。

 

「俺も赤城たちもある程度の反感は想定済みだ。目先のことではなく、今後のことを考えての行動だぞ」

 

「分かっている。ただ、後発の育成が始まったということは、私も耳にしている。その件に付いて思うことがあるのだ」

 

「……」

 

 廊下を歩きながら、俺はツェッペリンの語りに耳を傾けた。

 

「私も戦術指南書で勉強をしているが、今後艦娘を指揮する"純日本皇国"の海軍基地が出来上がることになる。そうすれば横須賀、アトミラールの優位が損なわれる可能性が」

 

「そんなモノはどうでもいい」

 

 一蹴し、俺は続けた。

 

「自衛の手段、安全の確保を自らの手で行えるようになるのならそれに越したことは無い。ただ」

 

「ただ、その地位を利用する悪道い野郎は現れるだろうな。アトミラールは……そのようなことはしないが、他は分からない。アトミラールを見た者がその地位に肖って薄ら汚い笑みを浮かべながら上り詰めてくると考えると虫酸が走る」

 

「少なからず居るだろうな。居ないなんて考えない方が良い」

 

 軍は実力主義だ。実力のない者は振るいに掛けられて落とされていく。戦術、戦略、人格、功績。それらを評価されて上へと登るのが軍という組織だ。その中でも俺は異例中の異例ではあるが、それは事情が入り組みすぎて複雑なために言及は出来ない。

自己評価をするとすれば、無駄に資材を消費したかもしれないが、艦娘を1人も死なさずに一度はカスガダマまで辿り着いた。これは功績としてカウント出来るだろう。

 大本営の建物から出ると、そこには自動車が2台停まっている。乗用車の方の運転席には横須賀鎮守府警備部の人間が居る。その後ろにはトラックが1台。同じく、運転席には警備部の人間。

乗用車の後部座席のドアに手を掛け、俺たちは乗り込んだ。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 鎮守府に帰ると騒がしい。本部棟までの道中、歩いていれば艦娘や門兵たちから話しかけられる。お茶会に来て欲しい、腕相撲大会をやるから参加するか見に来て欲しい、調理室で懐石料理を作ってみたから少しつまみに来て欲しい、お腹空いた、夜にカード大会やるから来て欲しい、工廠で巨大ロボットを見た、赤城が何か設計図を持ってうろついてたから捕まえた方が良いんじゃないか、油圧カタパルトの試作機を作ってしまった後悔はしてないetc……。

いやいや。お腹空いたは俺に言う必要あったのか? 蒼龍。赤城は早急に捕まえるとして、ロボットとカタパルトは工廠の話みたいなので、後で見に行こうと思う。

そんな風に歩いていれば、本来ならばすぐに本部棟に付くものが30分以上も掛かってしまった。ツェッペリンがカタパルトの件は噛んでいると自白していたので、後で問いただすとして、俺は執務室に着くなり椅子にぐったりと座り込んだ。

 

「なぁ……今何時だ?」

 

 秘書艦席に座っているツェッペリンに時間を聞く。

 

「10時過ぎだ」

 

「すぐに始めよう。出る前に執務は終わらせてあるから、これからは別件の仕事だ」

 

「そうだな。では私がすることは、赤城の捕獲という訳だな?」

 

 俺が頷くと、ツェッペリンは立ち上がる。

普段は帽子を被っていないが、今日は外に出たために被っている。いつも空振るつばを今日は掴み、帽子の位置を直したツェッペリンは目を細めた。普段も切れ目ではあるんだが、帽子を被ってしまうことで……あれだ。人相が悪くなる。とてつもなく。

俺が表情を変えたのを気付いたのか、ツェッペリンはむっとした表情でこちらに歩いてくる。机に手を付き、俺の顔を覗き込むようにして近づいてきた。息は当たらないが、ふわっと空気が変わる。少し顔の方向を変え、ツェッペリンの肩の方に顔を向けて目だけを顔に向ける。

 

「帽子を被ると人相が悪くなったと思っただろう」

 

「ッ」

 

 気付かれたか。……否。普段からビスマルク辺りにいじられているから過剰反応したのか、それとも艦娘ならではのレーダー的な何かで察知したのだろうか。

 一層机から身を乗り出し、顔を近づけてくるツェッペリンから離れるが、彼女はより机に乗り出して来る。既に机に乗った状態で、膝を付いて机の上で四つん這いになっている状態だ。

 

「全っく……酷いアトミラールだ。私の女心が傷付いたぞ」

 

「女心って……あのなぁツェッペリン」

 

 ジリジリと近づいてくるツェッペリンに背を逸していた俺は、椅子も後ろに引いている状態から動けなくなってしまった。背もたれが壁に当たり、ツェッペリンに椅子の肘置きを掴まれてしまった。椅子も動かせなくなり、どんどん顔が近づいてくる。

 

「ふふっ。傷物にしたからには、私を貰ってもらわにゃ」

 

「……」

 

 今、噛んだ? 噛んだよな? 双方が黙ってしまい、今まで詰め寄ってきたツェッペリンは顔をうつむかせてしまった。耳を真っ赤にして。

白いからよく分かる。真っ赤になって少しプルプル震えているのだ。

そんなタイミング、良いのか悪いのかさておき、執務室の扉が開かれたみたいだ。

 

「てーとくー。工廠にあるカタパルトら、し……き」

 

「……ビ、ビスマルク」

 

「ツェッペリン? 机に乗ってはしたないわよ。それにこっちから大きいお尻と下着が……って、何してるの?」

 

「あの……これは……そのっ……」

 

「ははーん。なるほどなるほど、なるほどねぇ」

 

 俺のところからは見えないが、何かを察したビスマルクが歩いて来る音が聴こえる。どこからか椅子を引っ張り出し、俺の視界にわざと入るところに腰を下ろしたビスマルクは、硬直したまま動けないでいるツェッペリンをジロジロ見てニヤニヤ笑っている。それはもう悪い笑みをしているのだ。

 そんなビスマルクが居るからか、ツェッペリンはバババッと机から降りると帽子のつばを引っ張って顔の半分を隠そうとする。右手でつばを引っ張り、左手は右肘裏をつかむ形で。

やっと口を開いたツェッペリンは声を震わせながら言う。

 

「赤城を捕まえて来るッ!!」

 

 刹那、走り出したツェッペリンは数秒もしないうちに執務室から出ていってしまった。ここに残されたのは俺とビスマルク。

姿勢を正して椅子を元に戻した俺はビスマルクに声を掛けた。

 

「何か用事があったみたいだが、どうした?」

 

「あー、そのことなんだけど、さっきツェッペリンが言っていたからもう良いわ。カタパルトらしきもの、あれはなにーって聞きに来ただけよ。……平静を装うのも大変ね」

 

「……何のことだ?」

 

「はぁー……もう良いわよ。そういう奴だってのは判ってるんだから。それで、またツェッペリンは自分が弄られるネタを置いていった訳だけど」

 

 フフッと笑うビスマルクを尻目に、俺は溜息を吐きながら考える。ビスマルクの言った言葉について。

どういうつもりで言ったかは知らない。だが、俺としても考えあっての行動だ。『分かってやれ』なんて言われても『分かった』とは返事できない。してやりたいが、それはダメだ。決めたことだしな。ヘタレと言われようと構うものか。

 

「今夜辺りに弄って拗ねさせるんだろう? 止めてくれ。執務室の隅から動かなくなるから」

 

「本っ当、その拗ね方が意味わかんないわよね。どうしてわざわざ執務室の隅で体操座りなんか……」

 

「そう思うならツェッペリンをあまりからかわないでやってくれ」

 

「あら? 貴方だってよくやるじゃない」

 

「……そう見える?」

 

 ビスマルクは力強く頷いた。この後も、ビスマルクは執務室に居座ると言ってソファーに腰掛けて本を読み始める。数分もするとツェッペリンが赤城を連れて執務室に入って来たので、とりあえず工廠にあるというカタパルトの件を2人に問正し始める。

なんでもカタパルトは白衣妖精が原型を開発したので、実験と評して試作機を作っていたらしい。俺への連絡は完成機が出来てからで良いか、となっており、開発が始まったのは俺が台湾に出発した次の日からだったとか。俺が不在の間に何やっているんだろうか、ウチの空母連中は。

 

「いいや、この件には正規空母と水上機を搭載出来る一部の艦娘の中でも更に一部が関わっていてだな」

 

「ちょっとそいつらまとめて連れてこい」

 

 ということで、艦娘十数人が関わっているとのこと。こってり怒ってやった。帰って来て早々騒々しい限りだ。それが面白いところでもあるんだろうがな。暗い表情をしているよりかは笑い疲れた表情の方が何倍もマシだ。

 




 艦娘がメインで登場する話っていつぶりでしたっけ??(白目)
この調子で少しずつ話を進めていくつもりです。それに春休みですし、更新頻度を上げたいものですね……。

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