海に揺られること5日間。軽巡洋艦 五十鈴以下木曾、重雷装巡洋艦 北上、駆逐艦 夕立、時雨、雪風は目的地に到着していた。港であるにも関わらず、船は少ない。見かけるのは、見覚えのある艦しか居ない。潮風に当たりながら、ある指示を飛ばす。
「五十鈴。強襲揚陸艦 天照へ。『我、横須賀鎮守府艦隊司令部所属 軽巡洋艦 五十鈴。政府より新たな命令書を受領したため、台湾第一次派遣使節団への取次を乞う』。念のため、両舷同時砲撃戦用意」
「了解よ。通信妖精さん!! 以下の内容を天照に!! 『我、横須賀鎮守府艦隊司令部所属 軽巡洋艦 五十鈴。政府より新たな命令書を受領したため、台湾第一次派遣使節団への取次を乞う』艦隊両舷同時砲撃戦用意!! 警戒するだけよ!!」
五十鈴が檄を飛ばし、艦内が騒がしくなる。
「開いている埠頭に接岸次第、俺は命令書を届けてくるよ」
「判ってるわ」
そう、俺は今、台湾の高雄に来ている。強襲揚陸艦 天照を護衛して出立した護衛艦隊らから遅れること数時間後、俺を乗せた水雷戦隊二個艦隊は横須賀鎮守府を出発。ここ、台湾の高雄を目指したのだ。理由は簡単。政府から台湾第一次派遣使節団宛の命令書が発行されることに関して、"事前"に情報を入手していたからだ。そのような命令書を艦娘に頼む訳にも行かず、俺が届けに来たという訳だ。その間はというと……
ーーーーー
ーーー
ー
ポツンと私は椅子に腰を下ろしている。見覚えのある部屋、だが見覚えのないアングル。普段来ているBDUや海軍士官の制服を脱がされた私は、無理やり別の服を着させられて、何も分からないままここに連れてこられた。そしてある人から一言。
『今日から数日間、代理をお願いしますね』
と言われた。それが数分前の出来事。そう私、天色 ましろは横須賀鎮守府艦隊司令部本部棟、この軍事基地の頂点に立つ弟の椅子に座っていた。第二種軍装を着せられて。
「……え? どうして私が!? というか、提督は?!」
「提督は数時間前、急遽政府が出した命令書を片手に台湾に向かわれましたよ」
「はい?! 意味わかんないです!!」
「ま、諦めが肝心ネー。これも決まりデスシ、しっかりやってくだサイヨ!! 提督代理!!」
「ひえぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
ーーーーー
ーーー
ー
ということになっていると思われる。姉貴には悪いことをしたが、これも横須賀鎮守府が有利に立つための布石なのだ。今回はすまないと思ってる。……今後、時々あるかもしれないが、その時は頼んだ。
そんなこんなで、俺は高雄に来ているのだ。既に接岸も終わらせると、大慌てで天照からクルーらが降りてくるのが見える。そのままものすごい勢いで台湾軍の兵士に許可を貰ったのか、埠頭を全力疾走。五十鈴の艤装を見上げるようにして、声を張り上げるのだ。
「要件は伺っていますが、まさかご本人が……」
「伝達が遅れて申し訳ないです。内容が内容だけに」
「なるほど……了解しました」
俺の方をチラチラと見ているが、何か気になる事があるのだろうか。
「あの……護衛の方は?」
あぁ、それで。心配せずとも連れてきている。本当は艦娘だけでも良かったんだが、気付いたら乗り込んでいた。
「2人居ます。艦娘も陸に上がれば護衛になりますので」
「そうですか。では、こちらで使節団の方には連絡をしましたので、お待ち下さい」
「えぇ。お願いします」
手すりから離れると、俺の後ろには艦娘以外のヒトが2人立っている。何故か事前に情報を察知していたのか、俺が乗った時にはこの2人は乗り込んでいたのだ。南風と沖江。どちらも完全装備だ。
「気付いたのが、出航してから1日後。引き返すのもためらうところまで出てきから連れてきたが……あまり目立つ行動は避けて欲しい」
「判ってますよ。これも提督のためです」
南風はそう言い放ち、装備を外し始めた。その場に置かれていくベスト、ベルト、ヘルメット、小銃、最後に拳銃を隅まとめた南風はそのままタラップで降りていき、近くに立っている台湾軍の兵士に話しかけ始める。止めようとしたのが、タラップを降り始めた時だったので間に合わず、そのまま降りきられてしまったのだ。隣に立つ沖江はキョロキョロと周囲を見ているだけで、南風のような行動を起こさない。
数分後、南風はタラップで戻って来た。何を話していたかは知らないが、どうやら英語でやり取りしていた様子。
装備を付けながら、俺に報告を始めたのだ。
「台湾軍に新たに日本皇国側から9名の上陸許可を申請、許可をもらいました。ですので、ここからは陸に降りましょう」
「は? ちょっと待って、9名? どこにそんな人数が?」
「私が乗り込む時、交換条件としてそれを五十鈴さんたちに提案しました。これを叶えたならば、乗って身を潜めることを黙っていてくれると」
「あぁ……後で詳細を聞くからな」
頭を掻き、自分の部下と艦娘たちの勝手な行動にイラつくが、それもすぐに収まる。結局は恐らく、俺のためだったんだろう。その思いを無下には出来ない。
被りなれない帽子を被り直し、俺は戻ってきていた五十鈴に声を掛けた。
「上陸する。台湾に9名の上陸許可を取ったから、そのまま艤装を身に纏わずに上陸」
「皆に連絡するわ。それで……その、ごめんなさい」
「良い。気にするな。五十鈴たちには罰則として……帰った日の夕食で苦手なものを克服してもらおうか」
「うっ、私はレバーね……」
艦娘たちに罰則があるのなら、2人にも勿論ある。
「2人は武下のゲンコツとお説教」
「「うえぇぇぇ……」」
規律を乱したならば、それ相応の罰が必要だろう。俺は基本的に艦娘の方の裁量をするが、門兵は基本的に武下に任せているのだ。具体的にどのような罰があるかは知らないが、ゲンコツとお説教があるのは確実。具体的な罰則は知らないが、軍隊なので減俸とか降格くらいしか思い付かない。
ここに来ていた水雷戦隊に連絡が行き届くのに、そこまで時間はかからなかったのと、天照から入電があった。使節は現在、国有施設で会談中だったらしく、護衛の兵に伝えられたんだとか。そこから、会談の小休止に入り、団長らの耳に入ったと。
あっちでは少しパニックになっているらしく、護衛数人と団員数名を引き抜いて向かわせるか、という話し合いをしているんだとか。そんなことをしていれば、恐らく決まることなく時間が無常に流れていくだけだ。
俺は決断を下す。
「俺たちの方から向かうか」
「提督、貴方?!」
「良いんだよ。どうせ台湾軍も俺のことは、日本皇国から来た武官だとしか思わないだろう。ただ、連れている護衛には違和感以外は持たないだろうが」
「だけど……」
「いざという時は守ってくれるんだろう? 情けない話だけどな」
「勿論守るけど、大丈夫なの?」
「大丈夫だろ。ただ、使節団も護衛もうろたえるだろうさ。それで交渉事でしくじらなければ良い」
書類を折れないようにカバンに入れ、陸の方に顔を向けた。
「行こうか。命令に関しては、早急に伝達するものだからな」
ーーーーー
ーーー
ー
俺が陸に上がると、近くで立哨していた台湾軍の兵士がこちらに向かって敬礼をしてくる。俺はそれに答礼をし、南風に案内されながら歩くことに。どうやら近くに
台湾軍一個歩兵小隊の護衛という名の監視の元、俺と南風、沖江、連れてきた水雷戦隊の全員が上陸。CPの目の前に来ていた。
中には入れてもらえないようだが、士官相当が出てくる様子。そうこうしていると、中から一兵卒とは違う階級章を襟につけている兵士が数名出て来る。小銃は持っていないが、腰には拳銃があるのがよく分かる。
「貴殿らが日本皇国から急遽送り込まれた伝達役か?」(※以下の台詞は英語で話されています)
中でも一際雰囲気を放っている士官が、英語で俺たちに話しかけてきた。俺はお世辞でも英語が下手で話すこともままならないので、南風に任せようと思う。そのまま翻訳して俺に教えてくれるみたいだしな。
「はい。日本皇国政府より当方の使節団宛の命令書の伝達を命じられ、こうして来た次第であります」
目を細め、疑るような視線で俺たちを見た士官は少し表情を曇らせた。
「伝達役? 8人の小娘に小僧じゃないか。それで、貴官らの所属は?」
「私は日本皇国海軍所属 横須賀基地警備隊の南風大尉です。それにもう1人は沖江伍長。奇妙に思われているであろう後ろの少女たちもれっきとした軍人でありますが、事情がありましてあのような姿が正装です」
「私は貴軍の艦隊が停泊する港の警備担当の台湾海軍の大隊指揮官、ヤン少佐だ。事情はよく知らないが、後ろの少女たちのことは深く聞かないで置こう」
「助かります」
ヤン少佐。普通の指揮官だな。俺がそんなことを考えている間にも、南風だけで対応出来るところの話を進める。
「それにしても警備隊がここに出張って来るとは……そちらの青年は政府の?」
「いいえ。事情が事情でありまして、日本皇国海軍から命令伝達役で派遣されました。私どもは彼の護衛にあります」
「ほぉ。台湾軍でも昔はこれくらいの若い士官が多かったが、深海棲艦に打って出ないようになってからは私のような中年が多くなってきた。それで、彼のことも紹介してくれるのだろう?」
ここまで和訳していたが、俺もどうせ後々知られることになるだろうからと、南風を止めることはしなかった。
「彼は日本皇国海軍横須賀基地艦隊司令部 天色中将。海洋を航行する艦隊全ての司令長官です」
「な?! 先程のご無礼、お許しください。中将。そ、それで、そのような方がわざわざ命令の伝達を?」
心底驚いたのか、目をひん剥いていたが、俺は特にリアクションする事なく南風に任せる。
「我が軍にも入り込んだ事情がございます。今回はたまたまですよ」
「なるほど。……ならば、早急に移動の手配を」
「お願いします。ちなみに、彼女たちも連れていきますが、トラックでお願いします。あの奇妙な武装は取り外しが出来ないものですから」
取り外しは出来るが、不審に思われる要素をなるべく消しておきたいという南風の考慮だろう。俺はまだ黙ったまま、和訳を聞いて黙っている。
「分かった。すぐに手配する。それまでしばし待たれよ。中将殿にもご不便おかけして申し訳ありません」(※以上までの台詞は英語で話されています)
士官はCPに戻っていき、俺たちの移動のために部隊選定等を始めただろう。
少し溜息を吐いた南風は腰に手を当てて姿勢を崩すと、目を閉じた。
「台湾軍、深海棲艦によって鎖国に追い込まれたというのに、正常に軍が機能しているように思えます」
「自分で訳していただろうが、彼らは台湾海軍。アポイントを取った時の相手も台湾海軍だった。上との連絡も円滑に取れていたし、情報漏れもなかったようだ。現に使節団は会場でちゃんと会談をしている」
今まで黙っていた沖江はヘルメットの位置をわざとらしく直し、小銃を肩に掛けた。その動きに反応したかのように、五十鈴たちも艤装の音を鳴らして姿勢を直している。
チラッと沖江と艦娘たちの方を見ると、沖江が何か言いたそうにしている。
「どうした、沖江」
「いえ……今回の件、少し考えていたんですが……」
今回の件というと、俺が政府からの使いっ走りをしている件についてだろうか。それ以外は思いつかない訳で、沖江もそれに関して何かあるのだろう。
「仕組まれたことのように思えて仕方ありません。台湾第一次派遣使節団の出発を見計らったように、早急に伝達しなければいけない命令が下り、それを横須賀鎮守府が受け取った上に、性質上、艦娘たちに届けることになるものを"わざわざ"このような形にして伝達しなければならなかった……」
気付いていても、理由までは見通す事が出来なかったのだ。とは言え、この命令伝達も出処は政府。だがら分からないのだろう。出された日時に仕組まれているようにしか思えないからこそだ。
「理由は何であれ、政府からの命令だ。それに内容が内容だけに緊急性を要する」
そう俺は沖江に言い、頭の中では命令の内容を思い出していた。台湾第一次派遣使節団に出された命令ではあるが、俺もその内容は知っている。
《台湾第一次派遣使節団は、高雄にて正式な日本皇国海軍の中継基地として港湾施設の一部の租借取引をせよ》
というものだ。これは恐らく、これまで何でもかんでも秘密裏に独断で進めていた俺たちが、行動の殆どを公開したことによる、今後の作戦行動に必要になるであろうモノを先行して用意するためのもの。政府の中でも"海軍部"派の人間による命令だろうということを、命令書を受け取った時に新瑞が言っていたことだ。
そして、これを俺に持たせて台湾に向かわせたということは、この取引へこちらが提示するメリットは"俺"が用意しなければならないことだ。
丁度良いのかもしれないが、"丁度"俺は高雄に向かおうとしていた。予備案は用意していたが、そもそものこの政府の命令を辿れば、俺の進言から作られたものだということも忘れてはならない。
燃料・弾薬・その他物資の補給が行える補給基地の建設。今後の海域開放には必須だ。これまでも直接乗り込んで、強引に進めていたことではあったが、今回からは正式に行うべくこのような手を選んだ。
もう巻き戻るのはゴメンだ。日本皇国内にもその余力は残っていないことだろうしな。
あけましておめでとうございます。新年早々に投稿することはなく、少し遅れ気味の挨拶となりました。
本編では外交の件が語られていますが、今回はかなり濃く書いています。今後は節目になるようなところは、これよりも内容を減らしますし、必要ないところは数話で終わらせることになると思います。
海域攻略が本職なのに、外交の件ばかりしていたら「何だソレ」ですからねぇ。
ちなみに、投稿してなかった間にもちょくちょく書いていて余裕が出来ました。といっても、一気に投稿するようなことはしないです。……休息回ならしていたかもしれませんが。
ご意見ご感想お待ちしています。