艦隊これくしょん 艦娘たちと提督の話   作:しゅーがく

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※注1 強襲揚陸艦『天照(てんしょう)

『艦隊これくしょん 艦娘たちに呼ばれた提督の話』第七十話にて登場。リランカ島へ陸軍第五方面軍第三連隊を輸送する際、依頼を命令と偽って横須賀鎮守府に寄港。当鎮守府にて第三連隊所属兵士による命令違反を起こし、禁止されていた上陸を行う。問題行動により、一時的に鎮守府の警戒レベルを跳ね上げさせた。



第22話  軍、政府、そして提督

 今日は執務を大幅にズラして、あるところに向かっていた。休日という訳でもなく、しなければならないという理由で鎮守府を出ている。

防弾仕様スモークガラスのセダンに俺は乗り込み、隣には姉貴が座っている。今日の秘書艦である白雪には既に断りを入れてあり、移動中の自動車には同乗していない。その代わりにビスマルク以下、赤城指定の護衛部隊、『番犬艦隊』が同行。警備部が保有するトラック2台を借りて、艤装を身に纏ったままついて来ているのだ。先頭のトラックにはビスマルクとレーベ、オイゲン。俺が乗っているセダンを挟んだ後ろのトラックにはツェッペリン、マックス、アイオワが来ている。U-511ことユーは対地攻撃の出来る武装が少ないために、今回は赤城から随伴の命を受けなかったそうだ。

セダンを運転しているのは、いつもの如く西川。今日はプライベートではないために、様々な状況を考慮した配置をすることなく、自然とこのような形になってしまった。

 どこに向かっているのかというと、大本営だ。昨日の夜の時点で新瑞から大本営に出頭するよう言われ、こうして顔を出しに行く。

『言われ』というよりも命令に近いと思うが、何にせよ、昨日の時点ではどういった要件で呼び出されるのかは分からなかった。

 

「……提督。本日0845より、大本営にて会談があります」

 

 状況を頭の中で整理していたが、やはり姉貴にこんな風にされるのはむず痒い。やめて欲しいとは言ってあるんだが、どうしても体裁的にこうなってしまうとのこと。仕事になるから、そこは分かって欲しいんだとか。俺も仕方ないとは思っているが、どうもムズムズする。あまりしつこく言っても仕方ないので我慢するしかないが……。

 姉貴曰く、今日は会談らしい。このように大本営に呼び出されての会談は今回が初めてではない。

以前にも何度かあったような気がしなくもないが、結局のところ新瑞や総督と話して終わりであることが多く、それ以外の人とは挨拶する程度しかない。というか、大本営の人間でちゃんと顔を知っている人は新瑞と総督しかいない気がする。姉貴は仕事柄上、結構な人数を知っているらしいが、どこまで知っているのかは俺にも分からない。どうも、俺には必要ない情報らしいので教えてくれないのだ。

 

「内容は『台湾外交の件』とありますが……」

 

「外交使節の護衛だろう? それだけなら俺を呼び出す理由はないと思うが」

 

「はい。その他、外交の件で直接話す必要のあることがあるとのことです」

 

 姉貴は手元にある手帳を見る。

 俺は外を眺めながら、あることを呟いた。

 

端島(端島鎮守府)は護衛に出れるほど余裕はない。自動的に俺たち(横須賀鎮守府)がやることになることは判っていた。だから今回の呼び出しの目的は恐らく『外交の件』のことだろうな」

 

 『外交の件』つまり、外交使節護衛の件以外のこと。外交使節を派遣するにあたって、恐らく陸軍も動かすことになる。台湾国内での護衛に必要になるからだ。

となると、最低限は"それ"。兵員輸送の件。それ以外で考えられるは、滞在期間中の俺たちの行動。艦娘はどのように動くのか、艦隊指揮はどうやって行うか……。

 

「そろそろ付きますね」

 

「そうだな」

 

 目の前に大本営が見えてきた。中に入り、自動車を降りたらすぐに新瑞さんが待っている部屋へと向かう。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 俺たちが到着したために、大本営から数名出て来る。出迎えと案内だろう。

 

「お待ちしておりました」

 

「えぇ。ではお願いします」

 

「了解しました。どうぞ、こちらに」

 

 格好からして1人は女性、非戦闘員。6人は短機関銃を携帯している。大本営付きの憲兵だ。

 正直、案内は必要ないんだが、決まり事だから仕方のない。後ろを歩きながら、そんなことを考える。

金属と布が擦れる音を耳にしながら、行き交う大本営所属の将官・士官・兵を見流していく。

 すれ違う度、俺の顔を見てハッと驚いては複雑な表情をして敬礼をする。それに俺は答礼しながら歩いて行く。やはり慣れない。彼ら、彼女らの表情には。

 横須賀鎮守府艦隊司令部所属の警備部や事務棟の人間は俺や艦娘に慣れている。一言ではそうとしか言い表せれないが、"普通"に接してくれているのだ。俺の顔を知っている、俺の素性をしっかりと理解している人たちからすれば、俺という存在がどのように見えているのか……容易に想像できるだろう。

 

「あ、天色中将っ?!」

 

「「っ!?」」

 

 すれ違う士官3人組。軍装からして、恐らく海軍憲兵である3人は、俺と姉貴を見て顔を強張らせる。海軍の軍人であるのならば日本皇国軍の中で最も横須賀鎮守府のことを知っているだろう。もしかすると、俺が機密扱いしているものも。

 表情は少し青ざめ、冷や汗が額に浮かんでいる。俺が足を止め、3人のことを見ているからだ。

 右手をおろし、体の向きを変える。歩くのを再開すると、3人は腕をおろしたようだ。すれ違い、少し離れると話し声が背後から聞こえてくる。

 

「中将と隣を歩く……誰だ?」

 

「さぁ? でも階級章は特務大尉だったみたいだけど?」

 

「特務大尉……海軍に特務尉官居たか?」

 

 耳を澄まさなくても声が聞こえてくる。

 右手の手袋を引っ張り上げ、グーパーをした。ホワイトグローブをするのが海軍将官の軍装の決まりだが、普段横須賀鎮守府ではしていない。来客時くらいにしか付けない。暑いし筆記し辛いことこの上ないのだ。握っているペンがグローブの生地で滑って手から抜け落ちるのだ。

 

「なんにせよ、提督がいらっしゃったということは攻勢だろうな」

 

「先日、台湾周辺を確保したっていう噂が流れたが……その件は報告済みだろうし」

 

 次第に声が遠ざかっていくが、人通りがあまりないところを歩いているために離れていても聞こえてくる。

 遠ざかるのを3人が気付かないわけがない。俺は意識をそちらに飛ばしていたから知っているが、恐らく隣を歩く姉貴も気付いている。

話し声を聞いているかもしれないが……気にしているようにも見えない。

 

「……知り合いから聞いたんだが、国内備蓄資材の殆どが横須賀鎮守府に運び込まれたらしい」

 

「えぇ? じゃあすぐにでも国内の燃料と鋼材がカツカツになるんじゃ?」

 

「既になっている。訓練用弾薬の節約と空薬莢・発射弾頭の回収が各地で下っているらしい。燃料に関しても、公共交通機関に配給する分くらいしかないし、空港国内線は全て運休になっている。空を飛んでるのはもっぱら、横須賀の骨董品くらいだろうさ」

 

 確かに運び込んだな。横須賀鎮守府には国内備蓄資材の殆どがある。鋼材は殆ど全て、燃料は石油備蓄基地1つ分を残して他の全てが横須賀鎮守府に運び込まれた。

俺が大本営に進言したことでもあり、それを許可した大本営の上位決定でもある訳だが。

 

「燃料はこの先備蓄が増えるか分からない。横須賀が南西諸島を確保して、西方海域、カスガダマまでの航路の安全を確保すれば展望が見えてくるんだが」

 

「……急ぎ足でも半年以上はかかるね」

 

「だなぁ」

 

 科学という叡智を持ったからこそ、燃料と鉄鋼が自由に使えなくなるのが痛い。これじゃあまるで……。

 

「これじゃあ、本当に戦時だな」

 

 戦時だ。そう。戦争をしている。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 通された部屋には、既に新瑞が待っていた。その他にも5名、見覚えが全くない顔がいる。新瑞に言われた席まで行って腰を下ろし、近くに姉貴と番犬艦隊らが艤装を纏った状態で立すくんだ。

砲門には弾頭と薬嚢が装填され、いつでも砲撃可能状態にある。とはいえ、それが形式であるために仕方のないことでもあるが、ツェッペリンは違った。艤装の一部を原寸大で展開、工廠で載せ替えてきたらしい13mm機銃を構えていた。

5.56mmを見慣れているであろう新瑞でさえ、少し目を向いている。知らない5人も同じくそうだ。

 ツェッペリンの行動は自然ではあるんだが、これは何度言っても聞きやしない。艤装はいいがのらりくらり、ひらひらと躱してこうやって機銃を構えるのだ。

今回も『13mmの原寸大限定展開は普段の正装とは変わらないだろう? 装備品だからな』とかなり強引に押し通された。装備品、艤装であるから展開できる。通常時の艤装展開とは違った形ではあるのだが、確かに艤装ではある。認めない訳にはいかないし、俺が認めないのを番犬艦隊たちは認めないだろう。

 

「今回はまた変えてきたな。ツェッペリンが重機関銃を構えている」

 

「あの細腕で腰辺りで構えられるコツを知りたいですね。新瑞さん」

 

「1発でも当たれば肉が砕け散るんだがな……。それとこちらの方が怯えるから下ろして貰いたいんだが」

 

 新瑞がツェッペリンの方を向く。

重機関銃の銃口は、ツェッペリンたちはもちろん俺も素性を知らない人たちだ。だが、おおよその検討は付く。恐らく、政府の人間。話す内容から考えると外交に関わる者だろう。

 

「ツェッペリン。重機関銃を戻して艤装を通常状態に戻して待機だ」

 

「……了解した」

 

 右眉をピクリと跳ね上げ、明らかに不満そうな表情をしたツェッペリンは13mm機銃を消し、艤装を身に纏った通常状態に戻した。開いている手で帽子のつばを摘んで位置を直し、艤装を揺らす。

 俺は視線を新瑞の方に戻し、一息吐く。少し気分を変え、俺から切り出すことにした。

 

「して、要件はだいたいは伺っていますが?」

 

「あぁ。外交に関することだ」

 

 フッと鼻を鳴らした新瑞は頭をポリッと掻き、要件の詳細は話し始めた。

 

「横須賀鎮守府艦隊司令部発令、南西諸島北海域制圧作戦成功に際し、台湾への政治的接触を試みる。これは知っていることだと思うが、護衛や使節団輸送の件はこちらから話を持ち出さずともわかっていることと思う。一応、確認のために口に出してもらえるか?」

 

 目の前に腰を下ろしている新瑞が机の上においている手の下には、書類が数枚置かれていた。内容はここからは見えないが、南西諸島での報告要約と状況に関する資料だろうな。

 

「今回の台湾への政府要人派遣に横須賀鎮守府艦隊司令部は護衛艦隊を編成、日本皇国台湾間の海上護衛の任を拝受します」

 

 拝受。あくまで横須賀鎮守府は日本皇国海軍の一部隊に過ぎない。そういう姿を、部外者には見せておく必要がある。ここには俺や新瑞、姉貴、艦娘の他にも目と耳がある。彼らにはそれを見ておいて貰わなければならない。

 その言葉を口にした時、新瑞は苦笑いをしていた。理由は分からないが、検討はいくつかある。そのようなことを今、後に考えても野暮だ。

すぐに忘れることにした。

 

「頼んだ。そこで、だ」

 

 新瑞は俺の目の前に書類を突き出してくる。それを受け取り、内容を確認する。やはり、と言いたくなるのを我慢して顔を上げた。

 

「派遣に伴い、使節の護衛を用意しなければならない上に、それらの輸送も横須賀に頼むことになる。横須賀からの状況報告から察するに、軍が機能しているから政府も機能していると考えられる。先の作戦で台湾軍との交信もあったのだろう? 理由としては現在、台湾とは正式な国交があるとは言い難い。日本が国号を変えてしまったからだ。それによって政治体制は多少なりとも変わり、世界情勢も大きく変化してしまった。戦前とは違い、外国がどのような状況になっているかなど分からないのだ。君に確認を頼むのも気が引けてしまったからな」

 

 ポロッと出てしまったと思われる本音。確かに、俺に確認を頼むのは確かに躊躇してしまうかもしれないし、その立場に俺が入れば俺も同じように悩んでしまうかもしれない。表情を変えることなく、俺は新瑞の言葉に耳を傾ける。

 

「はい。応答は金剛が英語で。相手の所在も軍事基地を名乗っていました」

 

「ならば、国家機能は失われていないはずだ。だが油断はできない。日本国内でも食料こそ助かっているものの、その他の水以外の資源は全てカツカツだ。我々が生きていくために必要な"資源"をどう扱っているかなど、現地を見るしか知るすべはないからな。最悪の場合は紛争状態にあることも想像できる。そうなってくると、現地軍、台湾軍がどのように手を打っているのかを行ったその場で確認するのでは遅過ぎる」

 

 整然と現在想定される使節団派遣に伴う最も危惧すべき点を新瑞は簡潔に説明した。そしてその説明を聞いていた俺も、新瑞が頼むつもりでいる件は想定済みだ。ただ、想定していただけ。

使節団数名ないし十数名の輸送は護衛艦隊に搭乗してもらう他を考えていなかったが、上陸した後の護衛をも一緒に連れて行くとなると、かなりの兵力と物資の移動を考えなければならない。その上、人力で運べないものは輸送することができないのだ。艦載機で吊り下げての空中輸送なんて以ての外だ。

となると、護衛艦隊以外にも何か艦船を連れて行く必要が出て来る。例えば、揚陸艦……。輸送機を飛ばすのは危険であるために、そもそも案には上がってくることもない。

 揚陸艦を護衛艦隊に編成するとして、現在そのような大型艦船が残っているのだろうか。……少し考えた後に、あることに気づく。

新瑞や国内でも触れるようなことがなかったために気付かなかったが、現在、陸軍第五方面軍第三連隊がリランカ島に取り残されている。理由としては、至極簡単なことだ。俺が軍病院に搬送されてから復帰までの間に、艦娘たちの戦意喪失による戦線後退によって帰投できる航路がなくなったのと、ホットゾーンを抜けようにも護衛艦隊がいないからだ。それは現在でも続いており、リランカ島への早急な救出作戦展開を視野に入れなければならない。

 

「最悪の場合を考えると、出発する時には護衛の部隊を同行させるのが吉でしょうね。ただ数十名やそれ以上の規模になると、人員輸送は請け負うことが出来ません。甲板で数日間過ごしてもらうことになりますが……」

 

「その通りなのだが、幸いにして強襲揚陸艦はある。君も知っているだろうが、"天照(てんしょう)"だ。リランカ島から連隊規模を輸送後、物資の補給に3度往復して戻ってきている。とは言っても、ここ1、2年はドックから出ていないがな。強襲揚陸艦ならば装甲車も持ち込むことが出来る上に、それなりの砲や誘導弾も持ち込むことが出来る。いざという時には使うことが出来る」(※注1)

 

 考えていたこと、天照のことを言われてしまった。俺はてっきりリランカ島に兵員輸送を行ったっきりだと思っていたんだが、その後も何度か往復しているんだな。知らなかった。

 

「一度は小破状態で帰還したこともあったが、今では完全に修理されていて万全の状態とのことだ。これは総督経由で陸軍からの情報だ」

 

 少し考え事にふけろうとか思った矢先、新瑞が話を強引に続けてくる。

 

「護衛の件も陸軍に話を通してある状態だ。編成が完了次第報告が入る。それで、天照を艦隊に組み込んで台湾派遣艦隊として出してはもらえないか?」

 

 愚問だ。

 

「返答は判っていて聞いてますよね? これも任務です。断る訳がないです」

 

「そうだな。では、この件の正式な書類は後日郵送する。そちらで詳細を確認し、不明な点があればいつものように頼む」

 

「了解しました」

 

「それと、だ」

 

 どうやら本題に入るみたいだな。これまで話してきて、新瑞の他の5人は一度も口を開かなかった。俺は話しながらも観察していたが、俺の顔や外見、番犬艦隊をチラチラと見ていたことに気付かない訳がない。好奇の目とは少し違うようにも見えるが、珍しいものを目の当たりにしたというような表現が近いのかもしれない。そういう目をしていたのと、やはり艦娘を見る時の目は俺を見る時のそれとは少し違っていた。

ツェッペリンやその他ビスマルクたちの格好は正装。いわば軍人で言うところの軍装に当たる格好をしている訳だが、これが普通の格好とは違っている。露出の多いものが多く、そしてそれを纏っているのは目麗しい少女、女性たちだ。紹介のまだな5人は全員男性だ。彼女たちをどういう目で見ているかなど、片手で数えられるほどの事象しか思い浮かばない。

 俺は新瑞の顔を見る。恐らく後ろの5人の紹介があるからだ。

 

「ここで控えているのは、今回の使節団員の一部だ。会談・交渉を担当し、使節団のリーダー、日本皇国政府の選りすぐりの外交職員たちだ。彼ら含めた20人を使節団として政府は派遣する」

 

「よろしくお願いします。台湾第一次派遣使節団の一平(かずひら)と申します」

 

 5人の中から1人、1歩前に出た。その男は一平と名乗り、軽く頭を下げる。

 

「我々の台湾往復、海上護衛を請け負っていただきありがとうございます。海軍中将殿」

 

 含みのある言葉遣いだ。特に最後の1言。これにはかなり含みがあるように感じられた。だがこのことにはどうやら俺しか気付いていないらしく、姉貴と番犬艦隊の皆はどうやら何も思うことはなかったようだ。

ここから話すのは、一時的に新瑞からこの一平に変わるのだろう。俺は一平の顔を正面から見るように体勢を変えることにした。この男、初対面ではあるが、どこか引っかかるところがあるのだ。

 




 今回から大本営にいる間はシリアス回になります。登場人物設定に載らない程度ですが、固有名詞の付く登場人物が現れます。今後も何度か出てくると思いますので覚えてください。

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