※注1 赤城と金剛の外出
前々作『艦娘たちに呼ばれた提督の話』(八十一話:赤城、百五十一話:金剛)を参照
幾ら俺が特殊な立ち位置にあるとは言え、それなりの自由が無ければやってらんないだろう。そこそこの自由は許されている。というか、許してもらわないと困る。かなり。
確かに俺は日本皇国にとって重要人物であることは重々承知している。俺の"換え"が効かないのも、だが。
それはともかくとして、今日は既に執務を終わらせている。今日の秘書艦である山城も、既に書類の提出を終えて戻ってきているのだ。
つまり、これからは暇な時間になるということ。
先日のように、金剛に付き合って色々やるのも面白いと言えば面白いのだが、今日はそうもいかないのだ。火急ではないが、またとない機会でもあると言える。
既に手回しは終わっているし、後は準備をしてなるべく見られないように動くだけ。
そういう状況ではあるのだが、1つ問題があった。それは山城だ。
山城はとりあえず拗ねる。先約だと言って酒保や甘味を食べに行った時、タイミングが悪く誘ってきたり、秘書艦だったりする山城は、ことごとく俺は断ることしか出来なかった。
そういうこともあり、拗ねる。山城にとってみれば『誘ったけど、先約が居た』『約束はしても、用事があると言って断られた』というような心境だろうな。間違っちゃいないけど。
そういう訳で、山城は拗ねる。よく拗ねる。今回も出来れば1人で行くべきなんだが、また山城に拗ねられると困る。
事あるごとに、山城は扶桑が俺に要件がある時や、俺が扶桑に要件がある時に行くと、近くで拗ねている。『何? 猫なの?』と聞きたくなるレベルだ。ちなみに、構ってもそこまでつんけんせずにするのは山城の良いところでもある。
「なぁ、山城」
「執務も終わったことですし、お茶でも?」
「いや、違うんだが」
『そうなの?』と言いたげに小首を傾げる山城。
今日はまだ拗ねていない。朝も遅刻せずに来て、食堂で食べた。執務も滞りなく済ませたからだ。とは言っても、山城がここに来て3時間も経っていないんだがな。
それはともかくとして、どうしようかと考える。
俺が何をしたいのかというと、外に買い物に行きたいのだ。
酒保でも買おうと思えば、メンズである俺でも買えるものはある。ただ、酒保はそもそも艦娘用に作ったものだ。テナントで入っているものも、ほとんどがレディースや艦娘、女性が興味を惹かれるものばかり。本屋や日用品、雑貨、薬局、食品売り場もあるが、その程度。普通のサイズではあるが、手に入るものが限られてくる。
となると、外へ行く必要が出てくるのだ。主に、俺の服を買うときなんかは……。通販で買う訳にもいかないしな。
山城を拗ねないように仕向けるには、外出に誘う以外方法はない。
色々と不味いことになる確率はあるが、変装してもらえば大丈夫だろう。幸いにして、山城は黒髪だ。
となれば話は早い。俺は山城を誘うことにする。
「これから、買い物に行こうと思うんだが」
「食品ですか? なら私も」
「いいや。服と家電を少しな」
「……となると、酒保では買えませんね。外にでも?」
「そうなる」
明らかにテンションが落ちていくのが分かる。本当に分かりやすいな。ただまぁ、誘うと決めたのだ。意を決して、俺はその件を持ちかける。
「まぁ、山城にもついて来てもらおうかと思ってな」
「え?」
「俺の買い物に付き合わせるみたいだけど、どうだ?」
少し言葉の理解が追い付かなかったらしい山城のことを観察。頭で整理がついた山城は、すぐに返事を返す。
「行きます!!」
という訳で、俺は山城と買い物へ行くことになったのだ。
一応、根回しをしていた。こうなることも想定済みという訳だ。
先ず、事務棟には自動車を借りること。昨日の夜に伝えてある。なので、窓口に行けばキーが渡されるはず。
自分の自動車は持っていないが、何故か事務棟が乗用車を数台保有している。まぁ、理由なんていくらでもあるんだがな。その中の1台を今日は俺が借りることになっていた。
軍人が使うものなのに、車内禁煙というルールがあるらしいが、そもそも門兵たちで煙草を吸う兵は少ない。艦娘がいる、という理由らしいが……。
借りたのは日本車セダン。AT。国産高級車扱いらしいが、まぁ確かに内装は豪華だな。うん。
それに武下に買い物に行くことも、昨日の時点では伝えてある。護衛が付くはずだ。恐らく事務棟に行くと合流できるはず。
山城が今日の秘書艦であることが昨日の夕食の時には分かっていたので、昨夜中に、扶桑には仕事をしてもらうことにしていた。
内容は『瑞雲の航空爆撃戦術の構想を赤城と共に練って提出』だ。言い方を変えると"特務"。水上爆撃機という特殊な航空機を使用する航空戦艦・巡洋艦を代表して、扶桑にその任務を請け負うように仕向けた。
赤城も水上爆撃機での航空戦術の構想はしたことが無い筈だから時間が掛かるのは重々承知していた。更に『俺も戦術構想をするから用があったらこちらから出向く。来てもらっても、答えることは出来ないと思うから、俺が来た時に質問やら構想についての話をしてくれ』と釘を刺してある。これで、俺のところに来ることもなくなる。
そして、机の上には今『外出中』という置手紙を用意した。これで準備は万端。
扶桑に"特務"を任せたのは、山城が私服を持ち出す余裕を作るためだ。
非番だった場合、もしかしたら扶桑は私室で過ごすかもしれないからだ。そうなっては、山城が私服を持ち出すのを不審に思うだろう。そう思っての、手打ち。
「扶桑は今、任務中だから私室に戻って私服を持ってきても問題ない。すぐに行ってカバンに入れて戻ってこい。着替えは事務棟のお手洗いか更衣室を借りれば良い」
「は、はい!」
山城は少し顔を赤くして執務室を出て行く。ならば俺も、と思い立ち私室へと入る。自分も私服をカバンに詰め、事務棟で着替えるためだ。
最近はそうしている。艦娘たちに見つかったら、かなり面倒なことになるからな。
ーーーーー
ーーー
ー
カバンを持ってきた山城と執務室で合流し、俺は山城と隠し通路へと入っていく。
この通路も今では、俺くらいしか使っていない。外に買い物に行くときにしか使っていないが……。そんな中を、山城がびくびくしながら俺の軍装の裾を掴んで歩いているのは面白い。
隠し通路を抜けて、本部棟の外へと出る。場所は木で隠れていて見えない。ここを移動して、事務棟へと向かう。
事務棟に到着し、窓口であいさつすると中に通してもらう。
既に話は付いているのだ。更衣室に入って着替える。持っていくもの以外はここに置いて行っても良いとのことなので、俺は遠慮なく邪魔にならないであろうところに置く。
確認だ。手荷物は携帯電話、財布、ハンカチ、さっき受け取った自動車のキー。
ファッションには無頓着ではあるが、それなりの恰好を意識しているつもりだ。パーカーを着たいところではあるが、姉貴に小言を言われるので今日は無し。
まだ春を出ていないために長袖で上着を羽織っているが、そこまで分厚いものでもない。まぁ、これを着て走り回れば暑いかもしれないけども。黒のパンツに白いシャツ、黒のジャケット。着崩して着るものらしいので、シャツはパンツにインしないし、ジャケットも前を閉めない。開けっ放しだ。モノクロだって? これが一番落ち着いて良いのだ。もちろん、他の色の服も持っているがな。
そうこうしていると、山城が女性更衣室から出てきた。
山城の格好だが、腰下よりもさらに長いクリーム色の縦セーター。紺のレギンスパンツ。ヒールの少し高い黒のブーツ。小さいポーチを肩から下げていた。
「お、お待たせしました」
「荷物は?」
「着替えと一緒に置いてきました。そう言われましたし」
「それじゃあ、これ」
そう言って、俺は携帯電話を渡す。もちろん、俺が用意してあったものだ。機能は削ってあって、電話とメールしか出来ないけど。
「使い方は分かるか?」
「勿論です」
「その携帯電話には俺と護衛で付いてくる兵の電話番号が登録してある。状況に応じて電話を掛けるなり、メールを送ってくれ」
「分かりました」
一応、秘書艦業務でパソコンは使う。携帯電話も俺が貸したりするので操作方法は分かるはずだ。山城も分っていると言っていたので、多分使えるだろう。
「それと注意点だ」
ビクッと山城は肩を跳ね上げる。
「俺のことを"提督"と呼ぶと、非常に面倒なことが起きる。俺を呼ぶときは"提督"等の特定の人物を連想させるような呼び方をしないように」
「……分かりました」
明らかに不安そうな表情をしないでくれ。少なくとも赤城や金剛は大丈夫だったんだ。(※注1)
「じゃあ行こうか」
「はいっ」
山城も出てきたので、俺たちは事務棟の裏手にある駐車場へと裏口を使って抜ける。
今日使うことになっていた自動車の横には、既に門兵が1人居た。私服なんだけどな。
「提督ーぅ!!」
「よう」
ここで注意。今挨拶した相手は艦娘ではない。門兵である。門兵であるということは、俺よりも年齢が上ということだ。軍には俺よりも年齢が下の人間はいるが、こういうところの配属になる人間はいない。そして女性だ。女性に護衛されるとは……男である俺、少し悔しい。
とは口に出すことはない。門兵はそもそも軍人だ。戦闘訓練を十分に受け、任官後も訓練や演習を繰り返している錬成された兵だ。実戦経験は……あるにはあるか。
そんな護衛も口に出せば"護衛"で済むものなのだが、見てくれは護衛の『ご』の字もない。
そんな護衛の恰好はダボッとしたライト系の水色のパーカー。下は膝小僧が見える程度の長さのプリーツスカート。中には黒いパンストを履いているみたいだな。まぁ、一見すればこの人が俺の護衛だなんて思う訳もない。どう見ても護衛には見えない。
「おっと……
「私服で言われても締まらないなぁ。それに無断で姉貴と一緒に俺の私室に入ったりする……武下の拳骨食らっても知らないぞ」
「それは勘弁願います」
沖江 嗣羽。俺が横須賀鎮守府に呼ばれた時から、横須賀鎮守府憲兵(当時)として配属されていた横須賀鎮守府古株の1人だ。原隊は日本皇国海軍第一憲兵師団。巡回、摘発、介入、取締りをこなす実働部隊から転向で配属された叩き上げの憲兵さん、ではあるんだが……その威厳は欠片もない。
姉貴と仲が良いらしく、公私ともに一緒にいることが多いんだとか。それに、姉貴の寮室にある冷蔵庫の大部分を間借りしてスイーツを貯蓄するほどのスイーツ好き。スイーツ女子だ。
「それと……山城さんですよね?」
「はい」
「……私服姿は初めてみましたけど、やっぱり美人ですよね」
「……」
恥ずかしくなったのか、山城は袖で顔を隠してしまった。別に恥ずかしいもなにも事実だし、諦めて欲しいものだ。
それはそうと、沖江は俺にあるものを差し出してきた。
拳銃、ホルスター、信号弾発射機だ。そんな格好で物騒なものを渡してこないで欲しいんだが、そうも言っていられない。これは決まりだし、こうしないと艦娘も不安がる。皆に黙って外に行っている俺のことを、な。
勿論、山城にもそれらは渡される訳だが、山城には俺が渡されたものとは違うものが渡されたみたいだ。
ホルスターを自動車の天井に置き、ホルスターを広げる。
どうやらショルダーホルスターのようだ。俺はジャケットを脱いでドアミラーに掛け、ホルスターに腕を通す。その上からジャケットを着た。信号弾発射機は腰の横にでも付けておけばいいだろう。小さいから問題ない。
一方で山城にはレッグホルスターが渡されたみたいだ。レギンスではあるので恥ずかしくないのか、腿まで隠れていたセーターを持ち上げてホルスターを付ける。ベルトにバンドを固定し、腿にもバンドを巻く。そこに拳銃を刺せば完成だ。セーターを下ろしてしまえば、そこに拳銃があることなんて分からない。信号弾発射機はどこにも身体にはぶら下げれないので、ポーチに入れることにしたらしい。
「山城さん。拳銃の扱いは?」
「大丈夫です。出来れば
「警察なら使っていますが、軍では無理ですよ」
山城も拳銃は使えるのか。知らなかったな。というか、艦娘全員が使えるのだろうか。そのようなことを姉貴が前に話していた気がする。帰ってきたら聞いてみようか。
俺と山城に物騒なものを渡した沖江も、どうやら既にそれらの携帯火器は装備済みらしい。どこにあるのかは言ってくれなかったが、身体のどこかにはあるとのこと。まぁ、どこにあるか何て知らない方が良いだろうな。
「じゃあ行くか」
そう言って俺は自動車の運転席に座る。助手席には山城が座り、後部座席には沖江が座った。
ミラーを確認してドアロック。キーを刺してエンジンを点火。ドライブに入れて発進だ。
事務棟から一番近い門にも、一応話してあるのでスルーすることが出来た。公道へと躍り出た俺たちは、目的地を目指すのであった。
今回の休息回で、本編に戻ろうと思います。とは言っても、題名を見てもらえばお分かりになると思いますが、『その1』となっています。続きがありますので、あしからず。
その3まで予定しています。
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