王様ゲームは1回1回が長い。20分強は使っているので、そこそこ時間も流れてきている。既に午前10時前だ。
カップに注がれている紅茶やコーヒーも3杯目を飲み切ったところで、そろそろ3回目が始まろうとしていた。前回と比べ物にならない程、参加している艦娘たちの真剣さが滲み出ている。この頃にはようやく翔鶴もゲームの概要と、どういう面白さがあるのかが伝わったようで『柄にもありませんが、少し楽しんでみようと思います』とか微笑んでいた。だが残念なことに翔鶴。キミは運が低い。
そうそう引けるとも思えない。隣の瑞鶴ならまだしも、ではあるが……。
そんなこんなで3ゲーム目が始まる。
既に全員が割りばしを選んでおり、後は引き抜いて王様を引いた人が名乗りを挙げるだけ。前回までに感づいたが、少なくとも金剛は俺に対して合法的に何かをやらせたいのが伝わる。伝わらない方がおかしいとは思うが、普段なら絶対に俺がやらないようなことをやらせようとしているのは明確だった。
その他の意図がつかめない。金剛のように目的があって参加しているのか、ただゲームとして楽しむために来ているのか……恐らく前者だとは思うが、そう考える他無い。
ならば、俺はそれを防ぐしかないだろう。俺が王様を引くしかあるまい。
この手の中にある割りばしが王様ならば、出来るだけ時間のかかる命令を下してゲーム回数を減らしていかなければならない。独り、俺は艦娘6人との戦いを始めようとしていた。
「「「「「「王様だーれだ!!」」」」」」
「だー」
少し遅れて、一斉に割りばしを引き抜いて確認する。今回はどうやら1番のようだ。残念ながら王様は引けなかった。となると、誰が王様を引いたのだろう。
視線を這わせ、全員の表情を見る。……とかしなくともすぐに分かった。
「私ですね」
霧島だ。ぶっちゃけ、この中で一番何を考えているのか分からない艦娘だ。金剛のような命令を下してくるか、榛名のようなことを言ってくるとも考えられる。
とにかく、霧島が王様だと命令の内容も想像が付かない。
「既に命令は決めていたのです、なので早速」
霧島はそう言い放って、何故か定着させようとしている台詞を口にする。
「女王の私が命じます」
一抹、執務室内に緊張が走る。
「2番、5番の方は私が用意した衣装を着て赤城さんのところに行ってきてください」
「え?」
「2番、5番の方は私が用意した衣装を着て赤城さんのところに行ってきてください」
この戦艦、とんでもない命令を下したな!! 幸いにも、俺は1番だったので良かった。ならば誰がその番号を引いたというのだろうか。
すぐには名乗り出てこないので、霧島は詳細な命令を言う。
「赤城さんのところで、『どっちの方が似合っているか』と聞いて返事を貰って来てくださいね」
悪魔だ!! ここに悪魔が居る!! ちなみに霧島はどうやら既に持ち込んでいたらしく、紙袋を机の上に置いていた。
「ど、どんな衣装なの?」
と、瑞鶴が霧島に尋ねる。ということは、1人は瑞鶴で確定だろう。となると、もう1人は誰だろうか。まだ名乗り出ないので、このまま傍観していようか。
少し周りを見てみると、榛名と比叡が苦笑いしている。ということは、2人も該当番号じゃないのだろう。一方で金剛は笑っていた。金剛も違うんだろうな。そう考えると、もう1人は翔鶴だろうか。
瑞鶴の質問に答え、霧島はどういう衣装なのかを口に出した。
それを聞いた時、完全に俺のことを考えていないことが分かった。何故かって? そりゃ、野郎が着るもんじゃない。ふざけてコスプレする時か、そういう趣味のある人しか着ないだろう。俺だったら絶対に着ない。
「スク水メイド服です。スク水ですので下は要らないでしょう。それに猫耳と尻尾も付けてくださいね」
とんでもないものを用意したな……。ここまで来ると、狙って来ているようにしか思えない。
……そういえば命令を言う前に、既に決めていたとか言っていたな。ということは、この催しは結構前から計画されていたのだろうか。
そんなことはどうでも良いが、該当番号の翔鶴、瑞鶴は霧島が出した紙袋を手に取っていた。
やはりもう1人は翔鶴だったんだな。流石に居た堪れないが、変わってやることは出来ない。俺が着たところで、誰の得にもならないからな。
ーーーーー
ーーー
ー
霧島の命令は想像以上に大事になるので、かなり時間を使う。今は鶴姉妹が俺の私室で着替えている最中。俺たちはそれを待っている。
というようなことを考えていると、2人が出てきた。恥ずかしそうにもじもじ身体をよじらせながら、顔を赤らめて歩み出てくる。
これも王の命令、普段なら何か着せるくらいはするが反逆になるのでそれは止めておく。
霧島はスク水メイド服と言ったが、大部分がスク水だ。メイド服らしさを出しているのは、レースの施されたカチューシャと前掛け、ロンググローブか長手袋か言い方は知らないが、そういうたぐいのものを手にしている。
それを眺めて霧島は『用意した甲斐がありました』とか言っている辺り、確信犯だろうな。誰かに着せてみたかったのだろうか、もしくは自分で着てみたかったが誰かに先に着てもらいたかったのか……。後者だった場合、着てどうする気なのだろうか。
女王は従者を連れて、赤城を探しに出かけることになる。
赤城と言えば、艦娘の中では忙しい人であると有名な艦娘。俺から"特務"を受けたり、私用で訓練や勉強やらで忙しいらしい。あくまで"らしい"だ。俺からしてみれば、いつも暇しているようにしか思えないんだがな。毎日執務室に来ては居座るからな。
「ねぇ、アレって翔鶴さんと瑞鶴さんじゃない?」
「あ、本当だー」
「いつもの恰好じゃなくて、アレはスク水とメイド服かな?」
と本部棟の廊下を歩いていると、すれ違う艦娘に悉くそういう様に囁かれている。翔鶴は恥ずかしさで、色白の顔がピンク色を通り越して真っ赤直前にまでなっている。既に前を向いて歩こうとはせず、下を向いて前を歩く霧島の後を追っている状態だ。
その後ろを歩く瑞鶴は開き直ったつもりなのだろうか、顔は紅くしているものの前を向いて歩いている。2人の性格がこうしてみると一目瞭然なのも面白い話ではあるが、恰好がそれを全てぶち壊している。
「顔を紅くして、恥ずかしいのかな?」
「かなぁ? でも提督が居るし、どうしてだろう?」
今すれ違った二航戦の2人も、他の艦娘同様に関わってこようとはせずに遠巻きにそんな話をしていた。俺にも声が聞こえてきたから、他の全員にも聞こえているだろうな。
「提督の趣味だったりしてー」
「あー」
止めて!! なんだか不名誉な渾名が付きそう!! もしかしたら既に手遅れかもしれないけど!!
と、心の中で叫ぶが2人に聞こえる訳もない。話はどんどん進んでいく。ちなみにどうして歩いているのにずっと2人の声が聞こえてきているのかというと、俺たちの集団の後ろを歩いているからだ。どうやら行先は同じ方面らしい。
「でもそれなら誰にも見られないようなところでやるんじゃない? 一緒に歩いているけど、何というか距離を感じるというか」
「そうだよねー。というか、提督がやって欲しいって頼んだのかなぁ?」
「確かに。翔鶴ならまだしも、瑞鶴は多分断るもんね」
「うんうん。じゃあどうして着てるのかな? しかも人の目に触れるようなところを歩いてさ」
声色しか聞こえてこないが、蒼龍が2人の恰好と俺の因果関係を考え始めたようだ。
「金剛とか近くにいるから、何かやってたんじゃない? 時間的には提督の執務も終わっていてもおかしくない時間帯だし、何かレクリエーションでもしていたとか? その罰ゲームであのコスチュームを着せられているんじゃないの?」
飛龍が的確に的を射てきた。ズバリその通りな訳だ。
「あははっ、そうかもね」
蒼龍がそれに反応を返して、別の話題に移っていった。これが初めてではないが、いい加減俺の胃が痛いんだが……。主に勘違いされそうな件で。
今のところ弁明のする必要がないまま終わっていたが、これからは分からない。早急に赤城を見つけて早く帰りたい。俺はそう心の中で思っていた。自分が着ている訳でもないのにな。
ーーーーー
ーーー
ー
ひらひらとレースが揺れる翔鶴と瑞鶴にも見慣れ、瑞鶴は完全に開き直った様子。翔鶴は未だに恥ずかしい思いをしているみたいだが、一体どうしてだろうか。
そんなことを後ろを歩きながら考えていると、瑞鶴が俺に話しかけてきた。
「提督さん」
「なんだ?」
「翔鶴姉がどうしてまだ開き直らないのか、気になるんでしょ?」
「……まぁそうだな」
赤城を探し始めて1時間まではいかないものの、本部棟と艦娘寮を練り歩いている。それまでには瑞鶴も自分の恰好と周りの視線を気にすることは無くなっていたが、翔鶴は別だったのだ。
着替えて俺の私室から出てきた時、執務室から出た時、赤城を探して艦娘に声を掛けた時、ずっとこの調子である。
よそよそしく歩き、フリフリとレースを揺らし、おどおどとしている。何というか気弱な人にしか見えない。恰好が気弱のきの字もないけども。
「提督はあまりこっちに視線を向けないから分からないんだろうけど、私が着ているのはジャストサイズなんだ」
「そ、そうか」
確かに見ていないが……そんなに視線って分かるものなのだろうか。
チラッと横を歩く瑞鶴の全体像を確認し、すぐに顔に視線を戻した。
「でもね、翔鶴姉の着ているのはサイズが身体に合ってないの。私が着ているのと同じサイズみたいだけど、翔鶴姉の身体にはかなり小さかったみたい。あちこち食い込んだり締め付けたりして苦しいってさっき言ってたよ」
「そんなこと、俺に言われてもなぁ……。用意した霧島に言ってもらわないと」
「ダメだよ。今は霧島が女王様だからね。臣民は黙って命令に従わなくちゃいけないし……」
まぁ、今の言葉で翔鶴がそういう様子のままだという理由はよく分かった。よく分かったが、それを聞くとなんだかまた別のベクトルで可哀そうになってきたな。
サイズが小さいものを着せられて恥ずかしい思いをする翔鶴に、翔鶴と同じサイズのはずなのにジャストフィットしている瑞鶴。うん。居た堪れない。どういう意味かは自重するが。
そんなことを考えてくると、じりじりと瑞鶴が俺に近づいて来ていた。
俺は少し距離を取るが、瑞鶴はその距離を詰めてくる。急にどうしたのだろうか。俺には理由が分からない。
「今、失礼なこと考えなかった?」
「は? 何のことだ?」
「ふーん、しらを切っても無駄だよ。提督さん」
どうしてそんな怖い顔をしているんだろうか。俺、気になる。
この後、俺は瑞鶴に小声で怒られた。理由は不明だが、俺が何か不快なことを考えたからだとか。そんなこと……ないだろう? な?
そうだと思いたいが、どうなんだろうか。とりあえず、早く執務室に帰りたい。
最近更新頻度が上がってきていると思いました? 気のせいです(目泳ぎ)
あと、若干別作品のノリに近いと思う方もいらっしゃると思いますが、気のせいです(目泳ぎ)
これでオチではないので、その3をお待ちください。
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