艦隊これくしょん 艦娘たちと提督の話   作:しゅーがく

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第11話  提督と司令官 その3

 端島鎮守府を見た感想は『疲れ果てている』だった。具体的に言うと、通る艦娘たちがそんな表情をしていたのだ。

接岸して上陸し、端島の司令官が待っているという部屋まで、俺たちは夕立の後を歩いていくしかなかった。

 夕立曰く、炭鉱跡は埋めてあるらしく、遊びに行こうとしても入ることが出来なかったそう。坑道全てに土砂やコンクリートが充填されており、掘って入るのも破砕してまで行くこともないから入ったことが無いんだとか。島全体を探検すると面白いらしいが、廃墟の類は一切なく、鎮守府関連施設しかないとのこと。資源保管施設等が島の1/5を占めており、その他は艦娘寮や弾薬、工廠、入渠場と鎮守府に必要な施設で埋め尽くされており、酒保はあるものの、明らかに横須賀鎮守府のそれとは規模が違っていた。

 横須賀鎮守府で言うところの本部棟に足を踏み入れる。そこはどうやら半分地上に出ており、重要区画は地下に埋まっているらしい。地上施設のほとんどが会議室や倉庫になっており、地下施設が重要書類保管庫だったりそういうものらしい。横須賀鎮守府とは全く異なる作りなので、俺は物珍しく周りを観察してしまっていた。

そうこうしていると、本部棟地上施設にある一室に到着する。

 

「ここで司令官が待ってるっぽい。じゃあ入るね!!」

 

 ノックをした夕立は男の声の返事を聞いて、扉を開いた。

 

「連れてきたっぽい!!」

 

「ありがとう。夕立」

 

「じゃあ、私は整備に行くっぽい!!」

 

「お疲れ様」

 

 夕立から順番に俺と金剛だけが会議室に入った。護衛の4人は窓の外で待機になる。

 端島の司令官は俺よりも年上で、俺とは違い、ちゃんと軍装を着用していた。帽子を被って来なかったが、彼は被っている。腰には軍刀と拳銃を下げている。

俺は形式上的に軍刀は下げているが拳銃は金剛たちに捨てられている。一応、執務室の机の中には小口径のコンパクトサイズの拳銃が入っているが、今は持っていない。

 司令官は立ち上がり、俺に敬礼をする。軍という組織は上下関係に厳しいところだ。あちらが年上でも、俺の方が階級は上。年下相手でも敬礼は欠かさない。

俺が答礼をして手を下げると、あちらも手を下げるのだ。

 

「端島鎮守府司令官の海軍大佐、真田です。お待ちしておりました」

 

「横須賀鎮守府艦隊司令部の天色です。急な押しかけ、申し訳ありません」

 

 座るように促された俺は椅子に腰かけ、早速話を開始する。導入は先の作戦の件で良いだろう。

大本営から俺たちの行動に関してはあまり情報が流れていないらしいので、真田も知りたいと思っているだろう。

 

「先日の申し出、お受けいただきありがとうございます」

 

「補給の件ですか? 自分はそれも必要なことと思ってます。油はどうやら国内に出回る量が減って、海軍への供給量が増加したように見えます。当鎮守府の備蓄もかなりありますから、お気になさらぬ様」

 

 話してみれば特に不快感はない。それに中年に片足入れているような歳ではあるが、かなりさわやかな印象を持った。悪いことをしているようには見えないが……本当に艦娘をいたずらに沈めているような輩なのだろうか。

 

「先の作戦では台湾まで防衛線を押し上げました。既に掃討作戦の準備も行っております。その際には戦力捻出をどうか」

 

「分かっていますよ。自分の方では沖縄以北の哨戒偵察を負います」

 

「よく分かっていらっしゃる」

 

「それ以上は自分のところだと力不足ですので」

 

 真田は良く分かっているのだろう。指揮下にある艦娘の練度を。だったら何故、遠征で轟沈艦が出てから方針転換をしなかったのか……。

 

「……中将にお聞きして宜しいですか?」

 

「何でしょう? お応えできる範囲でなら」

 

 真田は何を聞こうというのだろうか。

 下士官以上の階級に就いている人間は、基本的にプライドと自信を持って軍務を全うする。それが軍人の基本であり、教えを乞うなんて行動は異様だ。

真田も士官学校卒で実務経験があるからこそ、海軍で生き残っている人間。となると、よりにもよってポッと出で、士官学校も出ていない若造()に聞くこと等あるのだろうか。身構えて、俺は真田の言葉に集中する。

 

「私は信じることが出来ません。中将が横須賀鎮守府に着任されてからこれまでの間に、艦娘が1人も轟沈していないことが。自分は横須賀鎮守府の戦闘報告を参照しながら、先達の糧を盗もうと」

 

 ハッと表情を変えて、真田は口を噤んだ。

後半に言っていた言葉、『横須賀鎮守府の戦闘報告を参照しながら、先達の糧を盗もうと』という言葉、それはまさに"自分のプライドを無碍にしてまでしている"ことを表していた。途中で気づき、それ以上言うのを止めたのだろう。

 

「自分らは資源輸送と哨戒戦闘が主任務です。その任務は戦争です。様々な戦術を使ってきましたが、事あるごとに艦娘を失ってきました。それであるのに、主力である中将らは轟沈を出さずに深海棲艦から制海権を奪い返していました」

 

 そもそも艦娘を轟沈させずにそこまで進める理由が分からないのだろうか。それとも……。

 

「練度の差は理解します。それ以外に、自分と中将にどのような差があるというのですか」

 

 遂に言った。真田は遂に艦娘を轟沈させてしまう決定的な理由になる言葉を言ったのだ。『練度の差』『どのような差』これが真田が艦娘を轟沈させる理由だ。

俺の鎮守府の戦闘報告と比べて糧にしようとする姿勢から、学び取ることを放棄している訳ではない。つまり、意図的に轟沈させている訳ではないことが分かる。更に真田は足りていないものを理解している。その先で躓いているのだ。

 

「何もかもデース」

 

 後ろで今まで黙っていた金剛が突然、真田に言い放った。

その言葉は、短いながらも鋭く尖った刃の如く一閃し、真田を斬りつけた。

 

「なっ」

 

「真田大佐。貴方は自らの問題点を見出し、改善しようと行動を起こしていマス。地位に踏ん反り返って威張り倒すような人間でないことが、この数分間で私にも分かりマス」

 

 金剛に同意だ。

 

「デモ、それだけなのデス」

 

 金剛は長く大きな袖の中からあるものを出して、机の上に置いた。俺にもそれが何なのかを確認させ、金剛は話を続ける。

 

「『練度の差』『どのような差』……真田大佐と提督には確かに差がありマス。士官教育を受けていない提督に、士官学校卒の真田大佐。軍役の短い提督に、軍役の長い真田大佐。これだけを聞けば、軍人として優秀であるのは真田大佐であると、聞いた全員が答えるデショウ」

 

 スッと机に置いた紙を、真田に見えるように金剛は近づける。

 

「ただ、艦娘の指揮、対深海棲艦戦闘には提督に軍配が挙がりマス。指揮に関してはそう大して変わらないように見えますケド、大きく違いがあるとすれば"それ"デス」

 

 真田は金剛が出した紙を手に取り、内容を確認していく。

1枚ではないその紙を捲り、捲り、捲っていくに連れて、真田は表情を少しずつ変えていった。

 

「な、なんだコレは……。キルレシオがおかしいッ?!」

 

「それは横須賀鎮守府艦隊司令部所属の、とある航空隊の詳細な戦闘状況報告デース。個人で付けているものらしいノデ、直接言って借りて来マシタ」

 

 真田が見ているそれは、赤城航空隊の戦闘状況報告。戦闘状況や、双方の戦力、運用方法、艦載機の整備状況まで事細かに書かれていたものだ。

そんなものがあるとは思いもしなかったが、考えてみれば赤城なら付けていてもおかしくはない。それを他の艦娘に教導するか、それを元に戦術を考案するか……。

 

「こ、こんなことが……」

 

「はい。それを見て何が違うのか、"差"を見つけると良いデス」

 

 どうやら金剛の発言は終わりみたいだ。ここからは俺の番になる。

 

「真田大佐。金剛はああ云いはしましたが、1つ聞いてはもらえませんか?」

 

「えぇ」

 

「"艦娘を轟沈させない戦術"を土台に作戦立案、実行、遠征が私たちには求められています。その一環の成果が、金剛が提示したものです。それらを目指す一番の近道は資料室に籠ること。これまで日本を支えてきた艦娘たちの遺した戦術指南書が私の応えです」

 

 戦術指南書の中には、俺がしていることや、常識であることも書かれている。攻略が済んでいない海域への遠征の危険性や、各海域の難易度等々……。

それを熟知したならば、未攻略の海域への遠征任務を下すことも無くなるはずだ。そして、明確に攻略と遠征、それ以外の違いが分かる。そこに艦娘を轟沈させない何かがあり、それを掴むことが出来るだろう。

 

「資料室、戦術指南書……。了解しました」

 

「誰一人として、"家族を失った悲しみを味わわせることのないように"……。お願いしますよ」

 

 刹那、真田の目が見開いた。俺が知らないと思っていたのだろう。

それを暗に気付かせることが出来たのは大きい。

 

「せっかく端島に来ましたから、少し見てみたいですね」

 

「そうデスネ。私も見たいデース」

 

 もう辛気臭い話はお仕舞だ。ここからは有益な情報交換と行こう。

真田から俺も何か盗み、それを横須賀で生かそう。そう思い立っての行動だ。

 

「ならば、丁度今訓練中の艦娘が居ます。見ていかれますか?」

 

「是非に」

 

「ならばご案内します」

 

 スッと立ち上がった真田も、どうやら話の一区切りが付いたことを悟ったのだろう。少し態度を変え、椅子から立ち上がった。

 会議室から出て、俺と南風は真田の後ろを歩きながら話をしていた。

金剛は別件の話をしたいみたいだが、内容が内容だけに別の時に話すとだけ言って、キョロキョロと物珍しそうに周りを観察している。

 南風ら護衛は許可を貰って帰りにも乗ることになる夕立の艤装の中に小銃を置いてきているので、今はいつものBDUだけだ。それに拳銃とナイフだけ。これはここ端島鎮守府の門兵というか、駐在兵たちもそのようなスタイルなために、特に違和感なく過ごすことが出来ている。

そんな南風でも気になることがあったのだろう。

 

「提督が話されている間に、差し入れしてもらいました」

 

「あまり貰いすぎるなよ」

 

「分かっていますけど、私たちの階級を見て心底驚いていましたね」

 

 台湾攻略作戦中に南風ら門兵から言われ、俺はまだ相手に砕けた口調で話すのに慣れていない。やはり、年上に砕けたり命令系で話すのは慣れない。そんなことを感じながら、俺は南風との雑談を続ける。

 

「下士官以下の一兵卒だと思われていたのか?」

 

「そうみたいです。私、童顔ですから」

 

「……」

 

 なんて返せば良いんだ? 今のは南風のボケなのか? 確かに南風は顔が整っている。そして華奢だ。これで戦闘力がそこらの兵よりも格段に上であるとは信じられないことではあるが、それが階級やら周りからの信頼が表しているんだから信じざるを得ないだろう。

何故か夜に執務室にランニングウェアで来る時があるが、そういう服装だと身体の線やらがよく分かる。そもそも布地が少ない上に薄く、身体に張り付くタイプだからだろう。身体の筋肉がどうなっているかなんて、嫌でも見えてしまう。本当に嫌だと思っていたのならすみません。

というか、どうしてそんな格好で男の前に出れるかが謎ではあるが……。

 

「他の護衛は屈強な男だというのに……」

 

「そうは言いますが大尉~」

 

 護衛の1人が南風に笑いながら言う。

 

「手元ぶきっちょで工兵的なこと出来ないじゃないですか」

 

「チマチマしたものは好きじゃないから」

 

「いってらぁ~!! 不器用な女はモテませんよー」

 

「言ったね? 私のどこが不器用なの?」

 

「ひぇー!!」

 

 笑い飛ばす護衛に、南風もはにかんでいた。そんな光景を視界の端に入れ、俺は真田の背中を追う。

 一応、横須賀鎮守府じゃないから自重して欲しいんだが、これが横須賀鎮守府での彼らのスタイルだったりする。

職務中でも、ミスをしなければ良いという暗黙のルールみたいなものが出来上がっているのだ。そんな状況でも、今まで誰かがミスしたなんてことを聞いたことが無い。そんなことを考えていると、笑い声がピタリと止んだ。どうやら横須賀じゃないことに気付いたんだろう。

 

「申し訳ありません。羽目を外し過ぎてしまいました」

 

「俺は気にしない。真田大佐はどうだか知らないが」

 

 そう俺が言うと、真田大佐は答える。

 

「自分も気にしませんよ。賑やかなのは好きなんです」

 

 こっちをチラッと見てそう言った真田は、再び正面を向いた。

 

「だ、そうだ。存分に騒いで結構」

 

「「「「はははっ!!」」」」

 

「それと南風は不器用なのは良いが、爆薬を鎮守府の中で爆発させるのだけは勘弁な。ひき肉になりたくないからな」

 

「「「だーっはっはっはっ!!」」」

 

 刹那、風を切る音が聞こえた。

 

「シッ!!」

 

「っ!!」

 

 鈍い音がしたので後ろを振り替えてみれば、どうやら南風に脛を蹴られた護衛が1人居る。ケンケンしながら後を追ってくるので、どうやら八つ当たりされたのだろう。ご愁傷様。

 そのまま護衛と金剛、俺、真田を交えて談笑しながら、真田の目指す目的地を目指す。

談笑の途中に行先を教えてもらったが、どうやら埠頭のようだ。なんでも、空母の艦娘と航空隊が実戦訓練中らしい。それを案内するとのことだった。金剛が見せたアレの後に、俺に航空隊の訓練を見せるのはどうかと思うんだがな……。多分、何か目的があって連れて行くのだろう。

ならば、俺もそれに答えようじゃないか。

 




 これで終わりだとは思ってませんよね? まだまだ続きますよ。続きますよ(2回目)

 それと後半に焦点が当たった南風に関してですが、オリキャラで登場頻度が高いので設定をご参照ください。ちなみにこの時点ではまだ普通です。
それと、南風と並行して前作から度々出ていたオリキャラも今後は登場が多くなります。

 ご意見ご感想お待ちしています。

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