まだまだ立てておきたいフラグがあるんです。もう少し修行回に付き合ってね!
ライザー攻略会議にて対ライザー用の戦略が決まった翌日のこと。
午前中は前衛組みと後衛組みに分かれ、基礎修行を行った。
対ライザー用の戦略が決まったとしても、その作戦を遂行するための体力は必要だということで、前衛組みは翔にたっぷりと、嫌になるくらいに走らされていた。その間、勿論重しとして投げられ地蔵ぐれ~とや、しがみ仁王アイアンが使われていたことを記しておこう。
そして午後である現在。それぞれの作戦での役割を遂行するための各自の訓練へと入っていた。
小猫は作戦遂行上必要となる仙術や妖術を黒歌より学んでおり、木場は神器の扱いを磨いている。アーシアは木場の近くで役割を果たすための訓練を。朱乃とリアスは一緒に魔力の扱いを磨くための訓練をしている。
そして一誠とその師匠である翔はと言えば。
「組み手、か」
「そうだよ」
そう、山にある雑木林の中で組み手を始めるところであった。
今までも組み手ならしてきたが、相違点が1つある。
それは、一誠の手にある篭手が赤い色彩を放っているということだった。
「今回の組み手は、勿論今までの組み手と同じく、主にイッセー君の防御や回避のための技術を磨くものなんだけど」
「新しい要素を入れるのか?」
「うん。イッセー君の弱点を克服するための修行でもあるんだ」
その言葉に、一誠は首を傾げることになる。
自分の弱点。そう言われて即座に上げられる人はそうはいない。
一誠も、自分の弱点が何であるのかすぐには思いつかない様子であった。
「勿論、弱点なんてものはそうすぐには克服できるものじゃないさ。でも、それが弱点であると認識しておくのとそうじゃないのとでは実戦で対応に差が出てくるものだからね」
「……それはそうだな」
例えば、接近戦しか能の無いファイター系のボクサーは、アウトボクシングをするボクサー系の相手を苦手としている。しているが、自分がそういう相手を苦手としているのを熟知しているため、例えアウトボクシングをされたとしても慌てることは無い。落ち着いてアウトボクシングに対する対処法を実行することが出来る。
そういうことをされるかもという心構えをしておけば、例え弱点を突かれても戦闘中に動じることは無くなるのだ。詳しくは、はじめの○歩を読んでください。
そういう風に精神的動揺を少なく出来ると思っておけば、確かに弱点を知っておくことには意味と価値があるだろう。
「いいかい、イッセー君。キミの弱点は――――」
ごくり、と生唾を飲み込む音がやけに脳裏に響く。どんなことでも受け入れて修行すれば克服出来る筈だ! と、一誠は覚悟を決めた。
「才能が無いことだ!!」
「だあっ!?」
覚悟を決めていたが、流石に予想の斜め上を飛んでいったため、思わずずっこけることになってしまうのだった。
立ち上がって道着についた土を払い落としながら一誠はぼやいた。
「流石に身も蓋もなさ過ぎるだろ、それは……」
「事実だからしょうがないよ。それに……」
「それに?」
「「やられる才能がある」って言われるよりマシでしょ?」
「そ、それはそうだな……」
ちなみに、これは某史上最強の弟子が師匠達から散々言われていたことである。
この後に「努力する才能もあったな」という言葉が続くので、貶しているのか褒めているのか判断に迷うところだが、彼ら的には褒めていたのだろう。
閑話休題。
「というわけで、イッセー君には才能が無いという弱点があるわけだけど、その弱点を補うものをイッセー君はもう持っているでしょ?」
「……『
「そう。それはちょっとした才能なんかよりもよっぽど手に入りにくい、イッセー君という武術家だけが持つオリジナリティと言える。でも、だからこそとある弱点があるんだ」
「ああ、そっか。なるほどね……。時間、だよな? 『
下級悪魔になりたてであり、悪魔としての才能に劣り、身体能力も他の悪魔に数段劣る一誠が他の悪魔に対抗しようと思ったらどうしても数段階の倍加は必要になってくる。
『
それが、敵と戦闘になる前にその時間を取れたならいいだろう。或いは味方と一緒ならその時間を稼いでくれるかもしれない。
だが、1対1でその時間を稼ぐ必要性が出てきた時は?
数十秒。口に出したなら短く感じるこの時間。だが、実際の戦闘の際には数十秒という時間はとてつもなく長く感じるものだ。パンチが動き出してから相手に突き刺さるまでに掛かる時間が零コンマ秒の単位の話で、そんなパンチやキックの応酬が近接戦闘というものなのだからそれも当然だ。悪魔等の人外の闘争となればさらに刹那の駆け引きになっていくから尚更長く感じることだろう。
おまけに、『
つまり一誠は、倍加が溜まるまでの間、相手の攻撃を最小限のダメージで捌く技量を持つ必要性があるということである。
『
「悪魔だから永い時間を生き続けることになるんだし、その間努力を続けていればきっとイッセー君も禁手に辿りつけると思う。けど、イッセー君には未来手に入るかもしれない力の議論に時間を割くより、今必要な力を身に付ける修行をしたほうがタメになるでしょ?」
「まあ、そうだな」
「だから、これからの組み手ではイッセー君には『
ピクリ、と翔の話の中の一単語に反応をする兵藤一誠君16歳。煩悩多き彼が想像する「ご褒美」とは思春期男子の例に漏れず、ソッチ方面のことである。
ここには男子である一誠と翔しかいない(ドライグもいるにはいるが)。急にソワソワしだした一誠が翔にその内容を聞きたがるのはしょうがないことと言えた。
「な、なあ。ご褒美って一体なんなんだ?」
「え? ああ、リアスさんが――――」
「ぶ、部長が?!」
「ああ、いや。何でもないよ。……それじゃあ、組み手を始めようか。僕に一撃を当てないと、ご褒美はないからね?」
「おっしゃあ! 行くぞ、翔!」
『Dragon booster!!』
ご褒美という言葉に気炎を激しく燃やしている一誠の姿に翔は内心ほくそ笑む。どんな想像をしたのやら、やる気満々になっている姿はまさしく翔の「計画通り」だ。
そう、ご褒美等というのは一誠をやる気にさせるための翔の嘘である。一撃でも当ってやるつもりなど翔には更々無い。さっきの思わせぶりな発言も全て一誠の想像を掻き立てるためのものだ。ちなみに、先ほどのリアスさんが――――という言葉の続きには「好きなものって和食が多いらしいね」と続く。まったくもって脈絡も何もあったものじゃない。
そもそも、ここで一誠が翔に攻撃を一撃でも当ててしまえば、それが自分の実力だと一誠が勘違いするかもしれない。それで自信が付くだけならばまだしも、それが過信になり、慢心となってしまうかもしれない可能性がある。それが結果的に一誠が身を滅ぼす原因になるかもしれないのならば、翔はそんなことをしてやるわけにはいかないのだ。
厳しいかもしれないが、翔は今回の修行においては一誠を徹底的に叩きのめすつもりであった。
閑話休題
「行くぜえぇぇぇっっ!!」
少々やる気を上げさせ過ぎたのか。組み手が始まった瞬間一誠が翔に向かって突っ込んで正拳突きを放った。
組み手の趣旨がおもいっきり頭から抜け落ちてしまっている一誠の様子に、翔は思わず溜め息を吐いてしまう。
が、その翔の動作の意味するところは大きかった。
それは、一誠が正拳突きを繰り出して翔の体に着弾するまでのコンマ数秒の間に、溜め息を吐くだけの余裕があるということなのだから。
当る! そう一誠が確信した瞬間、一誠の拳は翔の左手で無造作に弾かれていた。
それだけではない。弾いたその反動を利用して、その左手が一誠目掛けて突き進んでくる。
顎に衝撃。その衝撃でまるで火花が散ったかのような錯覚を覚えた時には、一誠は既に地面に大の字で仰向けになっていた。
(え……?)
『Reset』
篭手より響いてくるその言葉を聞いて、ようやく一誠は自分が翔に迎撃されたのだということに気がつけた。
顎に鈍痛を感じながらも上半身を起き上がらせてみれば、視界の中で翔が呆れたように後頭部をガシガシと掻いている。
「まったく。イッセー君、キミは話を聞いていたのかい? ……いや、煽りすぎた僕も悪いといえば悪いんだけどさ。今回の組み手の趣旨は倍加が溜まるまで自身を護りきるということだよ? 自分から突っ込んでどうするのさ」
「あ、ああ。わるい……」
「今回が組み手だったからともかく、実戦ではこんなことが無いようにね?」
「おう。……もう大丈夫だ。頭が冷えたからな」
「じゃあ、行くよ!」
「おう!」
『Boost!!』
先ほどまでの話で10秒経ったらしい、一誠の力が膨れ上がる。
だが、それは今だ力を倍加させている途中のためにとても揺らぎやすい不安定な力。まだ十分に神器に習熟しているとは言い難い一誠では覚悟をしていても数撃攻撃を喰らうと霧散してしまう。
やはり、一誠がまともに戦うためには、数段階溜めて倍加停止するしかないのだ。それまで何とか凌ぐしかない。
多少力が上がったとしても翔との差は埋まりきらないほど隔絶しているのだから。
「行くよ!」
「応っ!」
結局、一誠は一度とて
だが、確実に回避に必要な動体視力や回避や防御の技量。ついでにタフネスは向上していったのだった。
◇◇◇◇◇◇
深夜。月が中天に差し掛かろうかという時間帯。一誠は喉の渇きを覚えて眼が覚めた。
台所に行って冷蔵庫を開けてみる。2Lペットボトルに入っている麦茶を見つけ、それをコップに注いで一気飲みをした。冷たい液体が喉を通り過ぎていく感覚と、麦の香ばしさが渇いた喉に浸み込んでいく。とても美味い。
もう一杯麦茶を飲んで喉を潤した一誠は、頭が覚醒してしまったために何となく眠れる気分にはならなかった。それは深夜に力が増す悪魔だからということもあるだろう。
体を軽く動かして汗でも流せば眠くなるかも。そう思った一誠は同室の木場と翔を起こさないように気をつけながら寝巻きから
夜なのにも関わらずはっきりと眼に映し出される山の緑。それは悪魔故に夜目が利くという理由だけでは無い。空から降り注ぐ光も関係していた。
何となく空を見上げてみる。雲1つ無い満天の星空に綺麗な弧を描く半月が浮かんでいる。その雄大な光景に感動だけではなく感傷も覚えてしまうのは、それがもう都会からは失われてしまっている
一誠が動き出したのは、自身を呼ぶ声が聞こえたからだった。宙へと向けていた顔を声の聞こえた方へと向けてみる。
一誠がこれまでの人生で他に見たことが無いほどの鮮やかな紅が眼に飛び込んでくる。ストロベリーブロンド等という言葉では括れない紅の長髪を持つ女性を一誠は他に知らない。
「部長、何しているんですか?」
「多分イッセーと同じだと思うわよ? 眼が覚めたから何となく散歩でもしようかなって出てきたの」
「俺もちょっと運動でもしようかなって思ったんです」
フフフ、とお互いに軽く笑い合う。何故だろう。そんなことがほんの少し可笑しく感じられた。
一誠はリアスの元へと歩いていった。彼女が座っている長椅子の隣をポンポンと叩いてくるので、一誠はそこへと腰を降ろした。
何となく沈黙が続く。一誠はリアスへと顔を向けて、ちょっとだけ疑問に思ったことを口にした。
「部長。ここで座っているってことは、散歩に行ってもまだ眠くならなかったんですか?」
「いえ、そうじゃなくてね。あれを観ているのよ」
あれ。そう指差された先を一誠も観てみる。
暗闇の中だからこそ目立つ稲穂の金色。暗闇でなお浮かび上がる黒曜。それらが一誠の目では捉えられないほど激しく交差しあっていた。
だが、その割には音が聞こえない。だからこそ、今まで一誠も気付くことができなかった。
「音が漏れないように遮音の結界を張っているのよ。その中で組み手しているようね」
「組み手」。一誠も今日、翔と散々やった基本的な修行の1つだ。純粋な技量比べやより実践的な駆け引きを高めるという意味合いがある。
だが。そこで繰り広げられていたのは。とても組み手などという言葉には収まらない、一誠が今までに見たことが無い、次元の違う闘いだった。
黒歌の左回し蹴りが
だが、翔はそれにも難なく対応する。
使うは空手の基本中の基本の返し技。右手で相手の蹴りを受け、左拳による正拳突きを叩き込む。
右手から全身へと走る衝撃。それでも体を流すことなく轟!! と唸りを上げて正拳突きが突き進む。
黒歌は正中線を軸に反時計回りに回転することによって正拳突きを回避した。
それだけではない。その遠心力を利用してより強烈な威力になった右回し蹴りをお返しする。
攻撃している左手側からの攻撃。対処しにくいその攻撃を翔は右手の平で受け止める。
バシンッッ!! という音が響き渡る。その音の大きさが先の蹴りの威力を物語っていた。
右手の平が痺れを訴えている翔の目の前で、黒歌が両手を振り被る。
その手には妖術によって生み出された劫火が轟々と燃え盛っていた。
猫又と火車――葬式から死体を持ち去っていく妖怪――はしばしば同視されることがある。黒歌にも火車としての特徴があり、炎を扱う妖術は得意としている。
その黒歌の扱う焔は、断じて組み手などで使っていい威力のものではない。人が触れたなら即座に炭化する熱量を持っている。
だが、そんなことなど意に介す事無く、黒歌はその両手を交差させるようにして振るった。
「しゃっ!!!」
それは黒歌が達人たちの話の中で聞いた話を元に創りだしたオリジナル。手技がどうしても劣りがちになるテコンドーを補うために再現、アレンジした技の1つ。
天地無心流が1つ「十字頚木」が崩し。「ヘルフレイム・クロスファイア(余りにも名前が厨二病臭いのでちょっとした黒歴史となっている)」である。
地獄の業火と見紛うほどの熱量を持って相手の首を焼き切る。紛う事無き殺人技だ。
そんなものなど生身で防御出来る筈もなし。即座に翔は避けるために後ろへと跳躍した。
そんな翔へと
翔は焦ることなく自身の手札の中で、これに対処できる技を選択、行使した。
翔の両手の平が球を描き出す。まるでその手の平に絡みとられるように。或いは翔の前に不可視の壁があるかのように。翔の目の前で炎が霧散した。
開けた視界。その中心に既に足を天へと突き上げている黒歌の姿があった。
炎を眼晦ましにして翔へと接近。攻撃準備を整えていたのである。
だが。明らかに窮地へと陥っている筈の翔は目の前の黒歌を無視するかのように後ろへと振り返った。
それと同時に翔の頭に突き刺さる踵。だが、その姿は何かが弾けるかのような音とともに溶けるように虚空へと消えていった。
幻術で生み出した虚像に気当りによるフェイントを組み合わせることによってより精度の高い分身へと昇華させる。黒歌の得意技だ。
翔は目の前の存在が虚像だと見破っていたからこそ、後ろへと振り返ったのである。
そして、翔の目の前には驚いた顔を見せている黒歌の姿があった。
翔はその場で跳躍。体を捻り――
「実はこれも偽者で、後ろが本命だっ!!」
更に体を回転させ、元々向いていた方向へと左後ろ回し蹴りを繰り出した。
足が向かう先には、先ほどよりもより度合いの高い驚愕を顕わにしている黒歌の顔があって――
パン! とその体が弾けて消えた。
着地した翔の後頭部の一寸先には、黒歌の足の甲が置いてあった。
寸止め。組み手における基本的なルールだ。
それを黒歌が行っているということが示すこと。それはつまり。
「はい、私の勝ちだにゃ」
「はぁ、また負けちゃったよ」
項垂れている翔と、カラカラと笑う黒歌は、先ほどから感じている視線の元へと歩き出した。
先ほどまで描写していた翔と黒歌の組み手模様。
だが、一誠とリアスの眼にはその殆どが捉えきれていない。
精々が、黒歌が炎を翔へと放ったこと。それを翔が防いだこと。いつの間にか黒歌が翔の背後に周っていて、勝負に決着がついていたこと。
この位しか、分からなかった。
それが、2人と翔と黒歌の間に隔たる実力の差というものを端的に示していた。
しかし、だからこそ、2人の内でやる気という名の炎が轟々と燃え盛っていた。
一誠は思う。
(今の俺と翔の間には、背中が見えない程の長い距離が隔たっている……。だが、それがいい。そうだからこそいい。……目標は、いつだって高く聳え立っていたほうが上を目指していける。翔がこの世界においてどれほどの高みに位置しているかはわからねぇけど、それでも俺よりも遥か先を行っていることに違いは無い……。それだからこそ、追いつく努力のし甲斐がある!!)
リアスは思う。
(私はある意味で幸運だった……。私は、上級悪魔としてその力に自信と誇りを持っていた。……身近に、魔王と最強の女王という遥か高みが存在していたのにも関わらず、自分のそれに遠く及ばない力に絶対的な自信を持っていた……。それは、多分心のどこかで「彼らには届かない」と思っていたから……それで充分だと思っていたから……。けれど、彼らの姿を見てそれが間違いであることに気付くことが出来た。種族的に見てか弱い筈の人間である彼が、努力であそこまで強くなれるのなら。魔王であるお兄様と同じ血を引いている私が努力を怠らなければ、お兄様と同じ領域にいけない道理はない……!! そのことに今の段階で気付けたのはこれ以上無いほどの幸運だわ!!)
2人の元まで歩いてきた翔と黒歌は、そんなやる気満々な2人の様子に自分達が何かしらの切っ掛けになれたことに、嬉しそうな笑みを漏らすのだった。
ちなみに、テンションを上げすぎた一誠とリアスが中々寝付けず、翌日に寝不足で苦労することになるのは別の話である。
副題元ネタ……兄妹だけど愛さえあれば関係ないよねっ!
なに? 副題が思いつかないだって?
それは無理矢理副題を考えようとするからだよ
逆に考えるんだ。「副題が思いつかなくてもいいや」と考えるんだ。
そんなノリで作った副題でした。