ハイスクールDragon×Disciple   作:井坂 環世

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遅れて申し訳ありません。

ライザーとの会談回です。


2 合宿に行こう!

鼻につく地獄の釜の蓋を開けたと錯覚するような異臭。口内を蹂躙し、味覚を冒涜していく何とも形容し難い味。ヘドロのような粘性を持った液体が喉に絡みつく感触。

 

それら五感の内3つを直接攻撃してくるような刺激によって、兵藤一誠は眼を覚ました。

 

「ゲホッ! ゲホッ!」

 

「お、眼を覚ましたかい」

 

「……ここ、部室か?」

 

キョロキョロ、と周りを見渡して現状を確認する。

 

確か、翔が持ってきたまっし~んを使って鍛錬をしていて……。それで、電撃を喰らって気絶したんだな。で、部室で眼を覚ましてもらったと。

 

パニックにならず数秒もしない間に気絶までの経緯と、今の現状を確認できる辺りに慣れを感じさせるが、……気絶することに慣れていると考えるととたんに一誠が哀れに思えてくる。

 

と、そこで一誠はいつもの部室では見かけない「異物」の存在に気付いた。……自らの喉を通過していった「異物」のことも気になるが、尋ねたところで疲れるだけだとこの1ヶ月強で理解しているのでわざわざ問いかける愚は犯さない。

 

「なあ、あの人たちは誰なんだ?」

 

主であるリアスが話し合っている様子なので、コソコソと小声で近くにいる翔へと問いかけた。

 

「話から察するにリアスさんの婚約者とその眷属の方々みたいだね」

 

「ふ~ん」

 

翔が答えたというのに一誠は随分と素っ気ない返事をする。その反応の薄さに翔は目をパチクリさせた。

 

「あれ? イッセー君なら「そっか、婚約者ね~……なんだってええええぇぇぇぇっっ!!??」っていう風に盛大なノリツッコミをすると思っていたんだけど……」

 

「お前が俺をどんな風に見ているのかはよ~くわかったよ……」

 

「いや、でも本当にあんまり驚いていないね」

 

「だって、部長って悪魔の中で結構な家柄なんだろ? だったらおかしくないかなってな。それに……」

 

「それに?」

 

「いや、何でもない」

 

「翔が起こす非常識のせいで大抵のことじゃあ驚かなくなっちまったぜ」とは、流石に言えずに一誠は口ごもった。こう見えて翔は非常識扱いされると結構簡単に拗ねるのだ。自分も達人色に染まってしまっちゃったか、という意味で。

 

「ふざけないでッッ!!」

 

そんな時、場に響き渡った聞きなれた女性の怒鳴り声。翔と一誠がそちらに眼を向けてみるとリアスがテーブルを叩きながら勢いよく立ち上がっていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「ふざけないでッッ!!」

 

その言葉を発した時のリアス・グレモリーの心境はまさにその言葉に集約されていた。

 

グラグラと煮え滾る怒りに頭を熱され、その怒気によって漏れ出た魔力が紅のオーラとなってリアスの体から立ち上っていく。

 

(自分達の側から大学卒業まで待つという約束を無視しておいて、しかもレーティングゲームをすれば納得するでしょうって……? 舐めるのもいい加減にして欲しいわね)

 

事の発端はそこまで複雑ではない。

 

戦争によって減った純血の悪魔たち。その血を保存するためにグレモリー家とフェニックス家の間で政略結婚を執り行おうとしていた。

 

しかし、リアスはその結婚に「納得」はしていなかった。

 

「理解」はしている。その家に生まれた以上、政略結婚をしなければいけない、ということに「理解」はしているのだ。

 

しかし、「納得」は出来なかったのだ。

 

グレモリー家のリアスとして「理解」は出来ても、ただのリアスとしては「納得」出来なかった。

 

そこで、リアスが結婚に賛成出来ていないと知ったグレモリー家とフェニックス家は期限をリアスへと与えた。

 

「大学卒業までは自由にしていて構わない」と。

 

しかし、つい先日、急にこの約束を無かったことにして結婚を進めるということになった。

 

しかし、唐突にそんなことを言われても「納得」できる筈などない。

 

案の定、話を詰めに自身の居城とも言える部室に来た婚約者であるライザーとの話は揉めた。

 

と、そこで話を仲裁したグレイフィア――兄であるサーゼクスの女王(クイーン)であり、妻でもあるのでリアスから見ると義姉となる――から、レーティングゲームで話を決着したらどうかと提案がなされたのだ。

 

その話を聞いた瞬間、リアスは理解した。

 

ここまでが、グレモリー家とフェニックス家が用意していた筋書きだろう、と。

 

フェニックス家は「不死身」の特性を持つ悪魔だ。(今現在の、という注釈は着くが)リアスとライザーが戦ったならまず間違いなくライザーが勝つ。

 

その上で、レーティングゲームの結果ならばリアスも「納得」するだろう、というのがあちら側の考えだろう。

 

ここまで読んだからこそ、リアスは「ふざけるな」と思ったわけなのだが……。

 

そこまで考えたところで、頭に血が上っている筈なのに随分冷静な部分が残っているな、と自分のことなのに他人事のようにリアスは思った。

 

自分が短気な性分だということは……まあ、認めるのは癪ながら自覚していた。

 

この土壇場での自分の成長に感謝しようとして、……その原因が普段はまともなのに武術関係になると途端に非常識になる、とある男の巻き起こす修行(頭の痛くなるようなこと)のせいで感情が揺れ動くことに慣れてしまったからだということに気付いて、感謝するのはやめておいた。

 

さて、自分が怒っていながらも意外に冷静な部分が残っていることに気付いたところで、リアスはこれからのことについて考えてみる。

 

まず、レーティングゲームを受けるか? ということだが、これは考えるまでもなかった

 

「やってやろうじゃない。そのゲーム受けるわ」

 

そう、ゲームは受ける。はっきり言って、ここまでコケにされて黙っていることなどリアスには出来ないし、我慢する気もなかった。

 

メリットがないわけではない。ここで勝てば、今まで何を言っても無駄だった婚約を破棄することが出来るのだ。これは大きい。

 

それに、ここで勝てば何だかんだ言っていた家族を見返すことも出来るだろう。

 

……冷静に考えているように見えて、その実上げている理由の殆どが感情論であることを考慮すると、結局感情的になりやすい部分に余り変化はないみたいだった。

 

まあ、要するに勝てばいいのよ勝てば、とリアスは締めくくった。

 

(……でも、今のままじゃあ勝つのは難しい。いや、相手がフェニックスであることを考えると……)

 

ほぼ確実に負けるだろう、とリアスはそう予想する。

 

別に、眷属の力で負けているとは思っていない。むしろ、ポテンシャルで考えたなら自分の眷属の方が勝っているだろう。リアスはライザーの眷属と自身の眷族を比べてそう判断した。

 

だが、数で劣っている点は否めない。いくらポテンシャルで勝っていようとも、今現在の力に余り差はないのだ。ならば数の差で押し込まれてしまうのは自明の理というものだろう。

 

そして何より、フェニックスの、「不死身」という要素が重く圧し掛かってくる。

 

(どうすればいいの? どうすればあのフェニックスから勝ちを取れるかしら……?)

 

表面上はグレイフィアとライザーの話を聞き、相槌を打ちながらも深く考え込んでいたリアスの耳に、その言葉は入り込んできた。

 

「ゲームは11日後にしようか。俺は幾つか公式戦も経験しているが、リアスは初めてだ。色々準備する時間が必要だ。10日もあれば十分だろう」

 

また、頭に血が上っていくのをリアスは自覚した。屈辱に頭がやられどうにかなってしまいそうなところを、リアスは一呼吸いれることで無理矢理落ち着かせた。

 

「……ハンデ、ということかしら?」

 

「屈辱的か? だが、感情だけで勝てるほどレーティングゲームは甘くはないぞ。いや、寧ろその感情に振り回されたやつから敗北していくといってもいい。感情は力を与えてくれるが、力だけがレーティングゲームに必要な要素ではないからな。眷属の力を引き出す戦略がなければ即敗北だ」

 

その通りだ。リアスも力で劣っていようとも、戦術的、戦略的に優位にたつことで勝利を収めてきた王がいることを、冥界のテレビなどで見ていたことがあるから知っている。文句の付けようのない正論だった。

 

ただ、それを言っているのが「不死身」という一族固有の力によってレーティングゲームでのし上がってきたフェニックス家のライザーが言っていることが少し滑稽で、リアスは溜飲を下げることが出来た。落ち着いたことでライザーに勝つための「条件」と、それを引き出させるための方策も見えてきた。

 

話が纏まったと判断したのだろう。グレイフィアが話を締めようとする。

 

「話は決まりましたね? それでは、11日後にお嬢さまとライザー様の非公式のレーティングゲームを行います。僭越ながらこのゲームの指揮は両家の立会人として、私が――」

 

「ちょっと待って頂戴」

 

「――なんでしょうか? お嬢さま」

 

「まだ、私の条件を言い終わってないわ」

 

話は完全に出揃ったと判断していたのだろう。この言葉にピクリ、とライザーが反応した。

 

「おいおい。10日も準備期間を貰っておいてまだ足りないのか?」

 

「それはあなたから出した条件でしょ? 私から言ったわけではないわ。そもそもレーティングゲームには準備期間があるものでしょ? ゲーム開催を決めて、その翌日にやったなんて話は聞かないもの」

 

勿論、10日という日数を貰ったことには変わりないでしょうけど、とリアスは言う。

 

リアスの話はまだ終わっていない。

 

「それに、この婚約は元々大学卒業までは自由にさせてくれるという条件だった筈よ。その条件を勝手に変更していきなり結婚話を持ち込んできたのよ? なら、こっちからだって何か条件を出させてもらわないとフェアじゃないわ」

 

公式のレーティングゲームにおいても、フェアに行うために何か条件付けを行う、というのは珍しい話ではない。余りにも特殊すぎる力を使えないようにするなどの特殊ルールを設けることで、フェアネスさを保とうとするのはおかしな話ではなかった。

 

そう言われてしまうと、折れてしまうしかライザーに出来ることは無かった。

 

「ハァ。わかった。……で、その条件っていうのは?」

 

「助っ人を1人、出させて欲しいのよ」

 

「助っ人だと?」

 

「ええ。……グレイフィアは私のもう1人の『僧侶(ビショップ)』については知っているわよね?」

 

黙って話を聞いていたグレイフィアは、いきなり話を振られても動じる事無く即座に答えを返した。

 

「承知しております。……つまり、助っ人とは、彼の代わりということですか?」

 

「その通りよ。……彼がこの場にいないことも、ゲームに出ることが出来ないのも、全て私の力不足によるところだというのは承知しているわ。だからこそ、彼の代わりに助っ人を入れて欲しいと頼むのよ」

 

それに、と続けてリアスが言う。

 

その顔には、ライザーに向けての挑発的な笑みが浮かんでいた。

 

「この助っ人を頼むのは、ライザーのためでもあるのよ?」

 

「……なんだと?」

 

その言葉が癇に障ったのか、ライザーがこの対談の中で初めて不愉快そうに顔を歪めた。

 

「私はいつまでも『僧侶(ビショップ)』である彼を今のままにしておくつまりはないわ。いつか必ず外へと出して見せる。……そして、悪魔の社交界の性質はライザー、あなたも知っているでしょう?」

 

「……なるほどな。……例え、その助っ人なしのゲームで俺が勝ったとしても、それはリアスが全力を出せなかったからだと噂されるかも、というわけか」

 

この2人のゲームは非公式のものだ。当然、観客、というより来賓客は限られた者達だけだろう。

 

しかし、人の口に戸口は立てられないものだ。非公式のゲームがあったことと、その内容は自然と漏れ出し、そして悪魔の社交界へと広まっていく。

 

そうすれば、ライザーはどういう風な噂を立てられるのか? ……恐らく、碌なものじゃあないに違いない。悪魔の社交界とはそういうものだ。

 

そのことにライザーが思い至ったことをリアスも察したのか、その顔に冷笑を浮かべて更に辛辣な言葉を放った。

 

「それに、もしライザーが負けたとしてもその方が言い訳も簡単でしょう? 『相手に助っ人が居たから負けたんです』ってね」

 

その相手の神経を逆撫でるような言葉に、ライザーも我慢できなかったのか、怒気がもれだし、その体から火の粉が立ち上り始めた。

 

「いいだろう。助っ人を1人出すことを認めようじゃあないか」

 

腕を組み、胸を張り、絶対的に上から見下しながらライザーが告げた。その口調には「俺が上でお前が下だ」という意思が多分に含まれており、言外に「俺の慈悲のお陰で悔いのないゲームが出来るんだから感謝しろ」と言っていた。

 

リアスも負けじと相手を睨み返した。その体からは変わらずにオーラが立ち上っており、両者のオーラの衝突によって空間が歪んでいるようにさえ周囲のものに錯覚させた。

 

その空気を打ち消すように間にサッとグレイフィアが入り込んだ。双方の怒気の入り混じったオーラの衝突地点へと平然と割り込むことが出来ることが、彼女の実力がリアスやライザーとは格が違うということをこの場の全員に知らしめた。

 

「それでは、このゲームの条件を確認させていただきます。ゲームは11日後に行う。お嬢さまには1名助っ人が参加することを認める。そしてお嬢さまが負けた場合は即座に結婚を執り行い、ライザー様が負けた場合はこの婚約を破棄する。……以上でよろしいですね?」

 

その言葉に両者ともが頷いたことで、今回の対談の終結が決定した。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「と、いうわけで翔。助っ人をお願いするわ」

 

「はい。別にいいですよ」

 

「返事が軽いな、おい」

 

「話は聞いていたからね」

 

ライザーとその眷属、そしてグレイフィアが帰った後の部室にて、リアスは翔へと助っ人の要請を行っていた。

 

その言葉に翔は飽くまで軽く承諾する。断る理由が特にないからだ。受ける理由も特にないが、人の頼みを受けないという選択は他に優先事項がない限り翔には存在しない。

 

翔ならば受けてくれるとわかっていたものの、実際にOKを貰ったことで安堵したのだろう。リアスが大きく息を吐いた。

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

翔が返礼をすると、それで気持ちを切り替えたのだろう。その顔キッと鋭いものへと変えた。

 

眼前に並んでいる自らの眷属を睥睨する。全員が引き締まった表情をしているのを見ると満足げに頷いた。

 

「皆、話は聞いていたわね?」

 

『ハイッ!!』

 

「例え翔が助っ人に入ろうが、それだけで勝てると思うほど私は能天気じゃあないわ。いや、翔に頼りきりで勝ったとしてもそれはあくまで翔の勝利であって、私たちの勝利にはならない。……私たちは、強くならなくちゃあいけないのよ」

 

その言葉に、眷属は強く頷いた。……たった1人の強者におんぶに抱っこになっているなど、彼らの矜持が許さない。

 

「私たちオカルト研究部は、この10日間、強化合宿を執り行うわ! 各自、その準備を行っておくこと! 出発は明日の早朝、日の昇る前よ!」

 

『ハイッッ!!』

 

「それじゃあ解散っ!!」

 

その言葉を合図に、眷属の各々が準備をするために行動を開始した。

 

そんな中、リアスは翔の下へと駆け寄った。手持ちぶさたにしている翔へと図々しいとわかっていながらも自分の頼みを聞いてもらうために。

 

「翔、今回の合宿、あなたに前衛のコーチをお願いしていいかしら?」

 

「別に構わないですけど……。学校はどうするんですか?」

 

「それは、しょうがないけれど、病欠という形になると思うわ」

 

「まあ、いいですけど。……それじゃあ、色々準備もあるので僕は家に帰らせてもらいますね」

 

「ええ。それじゃあ、お願いね」

 

頭を下げてから翔は後ろへと下がった。そうしてからピクン、と反応した。その反応に訝しんだリアスが翔へと質問した。

 

「どうしたのよ?」

 

「いえ、黒歌さんと一緒に帰ろうと思ったんですけど……姉妹の仲の邪魔をするのもなんだかなあ、と」

 

そう言っている翔の視線は、旧校舎の裏庭の方へと向いていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

夕焼け色に染まる裏庭で、対照的な姉妹が対面していた。

 

黒と白。

 

2人の髪が夕焼けの光を反射して、独特の光沢を持っているように光っている。

 

「それで、しr……小猫ちゃん。私に話ってなんなの?」

 

その内心の喜びを表に出さないようにと苦心しながらも、黒歌が問いかけた。

 

この1ヶ月強、何とか仲を深めようと様々な手を打ってきていたものの、それが成果を上げているとは言い難く、ただ時間によってしかその仲を修繕出来ないと目されていた妹が、自分から話を持ちかけてきてくれた。

 

その事実によって舞い上がっている心を自覚しているからこそ、それを表すような行動に移せないことを黒歌は内心嘆いた。

 

「……あなたに、頼みがあります」

 

「あなた」。その呼び方が、黒歌の歓喜を消し去った。

 

分かっていたこととは言え、やはり自分と妹との間に広がる溝を改めて直視させられたことによって、黒歌は消沈した。

 

だが、やはりその感情を表に出すようなことはなかった。黒歌の今までの経験がそうさせなかった。

 

「何かしら?」

 

「……私に、仙術を……猫魈としての戦い方を教えてください」

 

黒歌はその驚愕を内心に押し込めることに失敗した。その眼を大きく見開き、小猫の続きの言葉を聞くことしか出来なかった。

 

「……私は、仙術が嫌いです。憎んでいるとも、恐怖しているとも言ってもいいです。……どうしても、あの日のあなたの姿が頭にこびり付いて離れなくて、自分もそうなってしまうのではないかと恐れてしまいます」

 

その言葉に、黒歌はガツン、と頭を殴られたような衝撃さえ受けた。

 

自分は、確かにかつての主を殺した。でも、それは(白音)のためで……。

 

そう口に出そうとして、しかし自分の内から出た言葉がその口を縛ってしまった。

 

本当に? そうだ

 

自分のためじゃあなくて? 当たり前だろう

 

じゃあ何で主を殺したの? それは、あいつが白音に手を出そうとしたから

 

もっと他に方法があったんじゃないの? それは……

 

短慮な行動に出たのは暴走していたからだと言えるんじゃないの? それは…………

 

自分の内心から出てくる問いによって、深く深く自身の裡へと埋没していきそうになっていた黒歌を留めたのは、小猫の言葉だった。

 

「……でも、今はそんなことを言っていられる状況じゃあありません。……リアス部長の、将来が掛かっているんですから」

 

俯いてしまっていた黒歌が顔を上げる。

 

小猫の小さな顔が見える。その眼には、断固たる決意が宿っているような気がした。

 

「……私の命は、サーゼクス様に助けられました。……でも、私の心は、リアス部長に救われたんです」

 

その無表情の中に、確かな親愛が宿っているのが黒歌にははっきりと分かった。

 

黒歌は小猫を助けてもらったことを感謝しながらも、そんな感情を向けられていることに嫉妬せざるを得なかった。それが場違いだとも、見当違いであるとも分かっていても。

 

「……その恩人を助けるためには、強くならなくちゃあいけないんです。……そのためなら、仙術を使うことも、そのためにあなたに教えを請うことも……躊躇いが無いとは言えませんが、必要ならばやらなければいけないんです。やってみせます」

 

そこまで言ってから、小猫が深く頭を下げた。

 

「……だから、私に戦い方を教えてください」

 

そう頭を下げられた黒歌は、妹との距離がとても離れてしまったかのような錯覚に陥った。

 

手を伸ばせば届く距離にいるのに、その心はまるで大河を隔てた対岸にあるような気がして、口を開くのに酷く力を振り絞らなければいけなかった。

 

「……わかったわ。私が、あなたを強くしてあげる」

 

その言葉を口にした瞬間、黒歌はもう姉妹としての和解は無理なのかと思ってしまった。

 

姉と妹としてではなく、師と弟子という形でしか付き合うことが出来ないのかと。

 

そう考えると胸がズキンと痛みを発したので、黒歌はそれ以上考えるのをやめた。

 

何となく顔を見せたくなくて、黒歌は体ごと向きを変えた。その口からは言い訳のように言葉が出てきた。

 

「それじゃあ、準備がいるから一端家に帰らせてもらうわ。……翔も私を探していると 「あのっ!」 っ!?」

 

いつもよりも早口になっていた黒歌の言葉を遮るように、小猫が声を上げた。普段から口数が少なく、また、大声を出すのも珍しい小猫が出したその声に黒歌は吃驚として振り返った。

 

そこには、俯きながらも、手をぎゅっと握り締めている小猫がいた。その手から血の気が感じられないことが、どれほどの力で拳を握っているのかということを黒歌にわからせた。

 

「私は、あなたを許せないと思います。……唯一の家族を失って、周囲から被せられた悪意は私の中で澱んでいて……どうしても、あなたのことを思うと複雑な気持ちになってしまいます」

 

黒歌は、思わず唇を噛んでいた。プツリ、と皮が切れる音がして、唇の端から血が垂れていった。それは顎へと伝わり、雫となって地面へと落ちていく。

 

黒歌の視線が下がっていく。罪悪感が肩と頭へと圧し掛かってきて、その重みに耐えかねるように黒歌は俯いていた。

 

その黒歌の視線を掬い上げたのは、またしても小猫の言葉だった。

 

「でも、でも……。いつか、きっと、この気持ちにも整理をつけることが出来る日が来ると思うんです。……あなたを許すことは出来ない……。でも、それでもあなたと笑顔で向き合える日が来ると、そんな気がしているんです」

 

黒歌が視線を上げていく。そうして眼に入った小猫の顔からは、先と同じ決意が滲んでいて。

 

「そしたら……。そうしたら……。あなたのことを、もう一度「姉さま」と呼んでも、いいですか?」

 

その言葉に、思わず黒歌の視界が滲んでいった。溢すまいと思っていても、それでも雫が零れ落ちるのを我慢できそうになかった。

 

黒歌は心からの衝動に従って行動した。目の前の妹へと駆け寄り、ガバ、と強く抱きしめる。

 

「うん……! うん……っ!!」

 

姉の抱擁の中にいた少女は、戸惑いながらもその手を相手の背中へと回して、抱き返した。

 

夕焼けの光が、1つになった姉妹を祝福するように降り注いでいた。




副題元ネタ……学校に行こう!

というわけで翔ゲーム出場フラグと、小猫強化フラグと姉妹和解第二歩な話でした。

リアスの思考っていうか、そういうのが無理矢理感出ていますが、こうしないと翔を出せれなかった作者の力不足です。

あの場で「不死身制限」だしていたらリアスが勝っていたという指摘はなしで。じゃないと翔の出番がなくなっちゃうじゃあないですか。



今回のボツ台詞

リアス「「納得」は全てに優先するわッ!! じゃないと私は前へと進めないッ! 「どこへ」も! 「未来」への道も! 探すことは出来ないッ!!」


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